第1754話 ルクセリオン教国 ――狭間の魔物・討伐――
瞬が目覚める少し前。丁度ユリィとルーファウスが源次との戦いを行っていた頃の事だ。カイトはというと、相棒をカナタへと替えて『狭間の魔物』との戦いを行っていた。が、そんな彼の真横に、巨大な顔が現れる事となる。
『GYAXAOOOOO!』
「っと! 図体と一緒ででけぇな!」
ものすごい大きな鳴き声が響き渡り、カイトが思わずしかめっ面をする。カイトも声量ならものすごいわけであるが、この大きな方の『狭間の魔物』の遠吠えはもはやそんな大きいという領域さえ超越している様な感じだった。
「……後二十分と言うところかな。最悪はこいつとダンスだが……」
「楽しみね」
「ダンス会場がこれじゃ、楽しめねぇな」
楽しげに嘯くカナタに、カイトが肩を竦める。確かにこの巨大な『狭間の魔物』であれば本気のカイトでも中々に楽しめるだろうが、そんな事をした瞬間、ルクセリオの街は終わる。それは流石に許容できなかった。
「さて……まぁ、首だけのデカブツはちょいと放置で」
「中々にしぶといわね」
「中々にな」
カイトとカナタは揃ってもう一体の『狭間の魔物』を見る。その身体はボロボロで、かなり手酷い状態だった。まぁ、当然だ。カイトとカナタという二つの時代の最強クラスと同時に戦っている。瞬殺されないだけ、おかしいのかもしれないぐらいだ。
「さ……続けようか」
カイトは毎秒単位で再生する『狭間の魔物』を見ながら、改めて刀を構える。そうして、彼が消えた。
「はぁ!」
消えたと思える程の速度で『狭間の魔物』へと肉迫したカイトであったが、そんな彼の斬撃に対して『狭間の魔物』は平然と合わせてくる。が、その打ち合いを見て、カナタが舌舐めずりをしていた。
「あら……だめよ。それはさっきもやったでしょう……?」
舌舐めずりをしたカナタは、超高速で動き斬撃を交え合う『狭間の魔物』に向けてライフルの照準を合わせる。
現在、彼女の為にヴァールハイトが開発した装備は全て改修に回され、大半はここにはない。これはその内の残った数少ない一つ。重火力による支援を主眼とした兵装だった。その彼女の右手には大口径のアンチマテリアルライフルにも似たライフルがあり、その照準を合わせていたのだ。
「……」
まるで獲物を吟味する様に。カナタはカイトによって足止めされる『狭間の魔物』をしっかりと捉える。
が、照準はそこにはない。このままやった所で流石に二匹目のドジョウは狙えない。だが彼女ほどの近接戦闘の技術を持つのだ。転移だろうとその兆候を完璧に見抜ける。故に、狙い撃つのは。
「そこね」
『GYAAAAA!』
「ジャックポットだ、カナタ!」
『狭間の魔物』が転移した直後。障壁が消える一瞬の隙を狙い撃ち、カナタがまるで置く様な感じで狙撃を成功させる。おそらくコンマの刹那も無い様なタイミングでの狙撃。完璧に転移の瞬間を見切り、完璧に位置を見抜き、そして弾速さえ自らの物にしなければ成功しない一撃だ。出来るのは、天性の才能を与えられた彼女ぐらいなものだろう。
「ご褒美は期待するわ」
「オーライオーライ。考えよう。パフェか? ケーキビュッフェでも良いぜ」
「ミルクが沢山欲しいわね」
「冗談キツイぜ……で、これでくたばりゃ話は早いんだがね」
カイトの股間を見ながら告げられたカナタの冗談に対して、カイトは一度肩を竦め改めて『狭間の魔物』を見る。その状況は先程より更に悪い。元々ボロボロだった胴体の右側には完全に風穴が空いていて、肩のあたりから消しとんで右腕は何処かに吹き飛んでいた。
「あぁあぁ、またこりゃひどい……やったのオレ達だがな」
「随分息が上がってるみたいね」
「流石に延々何十分も戦ってるんだ。そうもなる」
一応、『狭間の魔物』も再生しようと試みてはいるらしい。が、今回カナタが叩き込んだ魔弾には再生を阻害する力も込められており、消耗した状態の『狭間の魔物』では回復が困難な模様だった。
そして勿論、再生を待ってやる道理なぞどこにも無い。故に、カイトが一瞬で肉迫してボロボロの障壁を叩き割った。
「はい、ジャックポットのおかわりよ」
カイトが障壁を叩き割ると同時に、カタナがアンチマテリアルに似たライフルの引き金を連続して引き絞る。それは轟音をあげて巨大な魔弾を射出して、『狭間の魔物』に殺到する。
「さ、おまけのおまけだ」
魔弾の雨と入れ替わりになる様にバックステップでその場を退いたカイトであるが、弓を手にしていた。やはり魔弾より矢の方が威力は高い。最後のダメ押しにするつもりだった。と、そんな攻撃を前にして、『狭間の魔物』は不利を悟ったらしい。
「あら」
「っと……」
弓を手に矢をつがえていたカイトであるが、『狭間の魔物』の右手が流体状の魔力で復元したのを見て攻撃を取り止める。今射った所で無駄だと判断したのだ。
「苦し紛れの腕だが……」
同時に中々に厄介な腕ではあるらしい。まるで流れ出た血を腕の代わりにしたかの様な歪な腕は、まるでウォーターカッターの様にカナタの魔弾を切り裂いていた。そうして、そんな流体の腕が急速に伸びて、無数に枝分かれする槍となりカイトとカナタに襲い掛かった。
「掴めそうには……」
「無いわね」
まるで軽い動きで流体の腕を回避した二人であるが、どうやら考えていた事は同じらしい。と、そうして二人が避けたのを見たからか、流体の腕が途中で枝分かれして二人を追撃する。
「おぉ、伸びる伸びる……いや、だからなんなんだ、って話なんだが」
「そうしか無いわね」
確かに縦横無尽に枝分かれして追い縋ってくる槍というのは厄介と言えば厄介なのであるが、同時にそれだけと言ってしまえばそれだけだ。
故に二人はバックステップやサイドステップで軽やかに避けながら、魔銃を構えて『狭間の魔物』へと銃口を向ける。
「さて、レディのエスコートは男の仕事だ」
「あら、嬉しいわ。女として見てくれて無いのだとばかり」
「少女だろうと老婆だろうと乙女だろうと赤子だろうと、レディはレディだぜ?」
「あら、残念」
楽しげに言葉を交わした二人は、同時に引き金を引く。但し、カナタは一直線に本体狙い。カイトはそれを食い止めようと動く流体の腕狙いだ。と、そんな伸びる流体の腕の一部が、動きを止めた二人へと殺到する。
「ま、その程度はな」
自身目掛けて殺到する流体の腕を見て、カイトが虚空を足で叩く。そうしてかんっ、という音と共に予め仕込んでおいた魔術が起動した。
「あら……いつの間に?」
「パーティではレディが恥を掻かない様にしてやるのが、男のマナーってもんだぜ?」
魔法陣から無数に現れる武器の雨を見て目を丸くしたカナタに、カイトが笑いながらどこか気障ったらしく告げる。と、そんな彼が銃の形を作った。
「ジャックポット!」
カイトの掛け声と共に、魔弾が『狭間の魔物』の本体に直撃し、轟音を上げてその胴体をごっそりとえぐり取る。
「さぁ……そろそろパーティも終幕だ」
流石にこの一撃は効いたらしい。ぐらりと大きく倒れ込む『狭間の魔物』に向けて、カイトが魔糸を編んで強引に落下を阻止する。が、それに『狭間の魔物』も相手が決めに来たのを悟ったらしい。唯一自由に動く流体の腕を操って、カイトへと殺到させる。
「あら、駄目よ。男が女に恥を掻かせない様にしたなら、良い女は男を立てるものよ? それを行かせるわけにはいかないわ」
殺到する流体の腕に対してカナタは即座にハンドガン型の魔銃の引き金を引いて牽制する。そうして、彼女がカイトへと告げた。
「さ、そろそろそのゴミを片付けて頂戴な」
「あいよ」
カナタの要請を受け、カイトは二冊の魔導書を手に取った。流石にこれだけの力を持つ魔物だ。流石に生半可な力では倒すのに時間が掛かってしまう。なので、というわけだ。というわけで、カイトが二冊の魔導書を媒体にして、完全に『狭間の魔物』を半透明の球の中へと封じ込める。
「其れは異界への扉。破局への門……さぁ、絶対の破壊の力に耐えきれるか?」
どこか厳かな様子で、カイトが僅かな詠唱を行う。そして、次の瞬間。半透明の球の中が、どこかへと繋がった。
「消し飛べ」
ごぅ、という音ならぬ音と共に球の中がどこかへと繋がって、異界が半透明の球の中を侵食し『狭間の魔物』を飲み込んだ。と、内部に圧倒的な破壊の力が解き放たれる直前だ。唐突に球にヒビが入り、赤銅色の何かが飛び出した。
「何だ!?」
極光に包まれるとほぼ同時。カイトが展開した半透明の球が修復して完全に閉じる直前だった。その速度はとてつもないもので、それが何かを確かめるより前に破壊の余波による極光が迸った。
「っ……奴は……」
自らの破壊の極光に僅かに顔を背けたカイトであるが、極光が収まると同時にまずは『狭間の魔物』の状況を確認する。少なくとも飛び出したのがあの小型の『狭間の魔物』でない事だけは事実だ。
あの瞬間、カイトは魔糸が破られていない事だけは理解していた。なので逃げられた道理はない。であれば、ひとまずこちらが完璧に討伐されているかしっかり確認してからの方が良いだろう。
「ふぅ……ひとまず、これで完全に倒せたか」
「みたいね。最後の悪あがき……かしら」
とりあえずこれで小型の『狭間の魔物』の討伐は完了。完全に跡形もなく消し飛んだ半透明の球を見て、二人は僅かな安堵を浮かべる。状況が状況故に中々に時間は掛かってしまったものの、これで懸案事項の一つであった『狭間の魔物』の片方は片付いた。残るは、久秀率いる七人衆と巨大な『狭間の魔物』だ。
「……さて、次は……」
「……どうかして?」
さて次はデカイ方だな。そう言おうとしたカイトが唐突に言葉を失ったのを受け、カナタが彼の方を向いて声をかける。と、そんな彼女の問いかけに、カイトは盛大にしかめっ面だった。
「やってくれたな……」
「え?」
「……見ろ、あそこ」
困惑するカナタへと、カイトは顎で巨大な『狭間の魔物』が出ようとしている空間の亀裂の上の方を指し示す。そうして、カナタもまたそれに気が付いた。
「あれ……もしかして」
「ああ……奴の腕……の残滓という所か」
空間の亀裂の上部。まるで押し広げるかの様に、小さい方の『狭間の魔物』の赤銅色の腕が刃の様に亀裂に食い込み、強引に押し広げようとしていたのである。どうやら、本体が死んでもこの腕の方は動けたらしい。無論、それでもかなり弱々しい。だが、それでも。もともと傷ついている亀裂を押し広げるには十分だった。
「「っ!?」」
がしゃんっ、という大音と共に、空間の切れ目が一気に押し広がってそれと同時に力尽きたかの様に赤銅色の腕が散り散りになって消え去った。そして、直後。僅かに動きを止めたかに思われた巨大な『狭間の魔物』が、大きく蠢いた。
「……」
これは出て来るか。カイトは覚悟を決めて、巨大な『狭間の魔物』との戦いに備える。そうして戦場全てが沈黙し、僅かな間が空いて少し。うごめく様に動いていた巨大な『狭間の魔物』が大きく揺れ動き、遂にガラスの砕ける音と共に巨大な『狭間の魔物』が飛び出した。
「カナタ! 補佐しろ!」
「ええ!」
カイトの指示に合わせて、カナタが最大めでチャージした魔銃の引き金をしっかりと構える。そしてそれに合わせるかの様に、周囲で成り行きを見守っていた無数の艦隊の砲撃も開始された。
「おぉおおおお!」
雄叫びと共に、カイトが地上へ向けて降下を開始した巨大な『狭間の魔物』へと直進する。このまま落下すれば、それだけで甚大な被害が生まれる事になる。街から押し出さねばならなかった。
とはいえ、そうなると一手間加えるしか無い。故に、彼は一度目の攻撃で障壁を破壊する事なく強引に押し止めるにとどめた。そしてその意図を、ルクセリオ所属の冒険者達も理解する。
「っ! 今だ!」
「全員、奴をできるだけ遠くへ吹きとばせ!」
「行ける奴はあいつと共に一気に押せ! 押して押して押しまくれ!」
「「「おぉおおおお!」」」
冒険者達が声を荒げて、一気に巨大な『狭間の魔物』へと攻撃を叩き込む。が、それら全てが倒すための攻撃ではなく、大きく吹き飛ばす為の攻撃だった。そうしてそれを見て、カイトがその場を離れた。
流石に巨大な『狭間の魔物』だろうと、冒険者達の総攻撃を受けてはひとたまりもない。故にその身体はゆっくりとだが押し戻され、しかし『狭間の魔物』が吼えた瞬間。全てがまとめて消し飛ばされた。
「それを、待ってたわ!」
冒険者達の攻撃がかき消された瞬間。カナタが容赦なく引き金を引く。それは旧文明の最高傑作にして人造の神に相応しい火力で、一撃で彼女の持つライフルが使用不可になるほどの一撃だ。
しかしこれでもなお、まだこの『狭間の魔物』を倒すには足りない。が、それでも障壁を打ち砕くには十分だった。そしてそれこそが、彼女の狙いでもあった。
「おぉおおおお!」
完全に空中に縫い留められた挙げ句、障壁を破砕された『狭間の魔物』へとカイトが再度雄叫びを上げて直進する。が、今度は彼を阻む障壁は無い。故に彼はその胴体を思いっきり殴りつけ、その巨体を強引に吹き飛ばした。
「まだまだだ!」
巨大な魔物の障壁もまた巨大だ。そしてそれ故、ここまでの巨体になると障壁と肉体までの間の隙間も人とは比べ物にならないほどに大きくなる。それは人一人が入るには十分なぐらいに、である。だから、彼は僅かに動いた『狭間の魔物』を何度も殴りつけ、加速させていく。
「おらぁ! はぁ……はぁ……さっすがにこれは疲れるな……」
加速の勢いが十分に乗ってこれ以上は費用対効果に見合わないと踏んだ最後の一撃。彼は渾身の力を込めて巨大な『狭間の魔物』を殴り飛ばす。が、さすがの彼もこれは疲れたらしい。追撃に移る事は難しかったのか、荒れた呼吸を整える事になる。
「あの小僧! やりやがった!」
「行ける奴は全員あっち行け! 街の住人の避難はもう終わる! こっちは最低限の守りだけで十分だ」
「急げ! 怪我してようとなんだろうと、あいつ倒さねぇと元も子もねぇ!」
カイトの称賛の声を上げた冒険者達であったが、口を動かしながらも即座に追撃を仕掛ける。あの巨大な『狭間の魔物』がヤバい事なぞ誰でもわかる。なので行ける奴は全員総掛かりでやらねばならないだろう。と、その一方で吹き飛ばされたはずの『狭間の魔物』であるが、虚空で停止して再度ルクセリオに向けて突進を開始した。
「「「っ!」」」
「食い止めるぞ!」
「全員、ここが最後の防衛ラインだと思えよ! 行かれたら街全部が壊滅だ!」
冒険者達が覚悟を決めて、前を向く。が、その次の瞬間。思いっきり突進して来ていた『狭間の魔物』が、大きく吹き飛ばされた。
『はっ……三百年ぶりの教国だってのによぅ……こりゃ、歓迎会は期待できそうねぇな』
「……別にもともと期待もしていないだろう」
舞い降りたのは、金獅子と翼の生えた男。<<無冠の部隊>>の中でも有数の戦闘力を持つレイナードとラカムの二人だ。その二人の横に、カイトもまた舞い降りた。
「遅かったじゃねぇか……先にパーティ始めちまってたが……遅刻か?」
「これでも急いだ方だ。途中で飛空艇より先行した」
『つーわけよ』
どこか楽しげなカイトの問いかけに、ラカムとレイナードの二人が獰猛に笑う。どうやらこちらでの異変を感じ取り、足の早いこの二人が先んじてやってきたというわけなのだろう。カイトもそれに時計を見てみれば、到着予定より僅かに早かった。そうして、なんとか巨大な『狭間の魔物』をルクセリオの街から遠ざける事に成功し、討伐戦が開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。前回源次が引いた理由はこの二人が来たから、ですね。
次回予告:第1755話『ルクセリオン教国』




