第1746話 ルクセリオン教国 ――進捗――
教皇ユナルに呼び出されて聖堂教会へと向かっていたカイト。そんな彼は教皇ユナルが古い友人の不慮の事故を受けて急遽出立してしまった事を知ると、その代役となっていたライフより事の次第と呼び出された本題について聞く事となる。
そうして彼との話し合いを終えたカイトは、改めて冒険部に合流して調査を行っていた。と言っても、流石にこの頃にまでなると地下の調査は終わりとなり、改めて本来の予定であったマルス帝国時代に得られたルナリア王国の情報を調べる作業に入っていた。というわけで、彼はおおよそ調査というよりも調査の手伝いがメインだった。
「ふむ……」
手伝いがメインと言っても、カイトにはやはり全体の統括という仕事がある。なので彼はもっぱら全体の統率やルードヴィッヒとの連携がメインで、手伝いはしていなかった。そんなわけで彼は前の戦いの折りに手に入れた手記を確認していた。呪いが怖かったのでティナに確認をしてもらったら、今になったらしい。と、そんな彼に、ユリィが問いかける。
「どう、何かわかりそう?」
「ふむ……それが微妙な所だ」
「中身、なんなの?」
「普通の手記だな。あの村の村長の息子の物らしい。まぁ、過去に村長の息子という事だから、今から見れば村長になっていたかもしれんが……そこはわからん。エネフィアじゃ次男が継ぐ、という事も別に珍しいわけではないしな」
ユリィの問いかけに、カイトは見たままを答える。ただし、これには一つの但し書きが付く事になる。
「とはいえ、どちらにせよ今からかなり昔の村長の息子だがな」
「……どういうこと?」
「そのままの意味だ。今から……大体百五十年ぐらい前か。そこに居た村長の息子の手記というべき、なのかもしれんな」
「今から百五十年だと……皇国には教国の情報あんまり無い頃かな。でも特段変わった事は無かった、と思うけど……」
カイトの言葉に、ユリィは少しだけ過去を思い出す。やはり本当に数ヶ月前まで教国と皇国が冷戦中だった事が大きかった。わからないのも無理はない。
「まぁ、大勢としてはそうなるんだろうさ。が、小勢としてはそうはならん。どうやら教国の北部で流行り病が流行ったそうでな。この著者はそれを受けて一時避難していた様だ。その時の事から始まっている……ここ。父の指示に従い、避難する者たちの指揮を任されたと書かれてある」
自らの肩から覗き込むユリィに、カイトは該当の部分を指し示す。そんな一文を見て、彼女が推測を述べる。
「……じゃあ、カイトが戦ったっていう魔物はこの人……?」
「わからん……が、どうやらこの人物には弟も居たらしい。手記を持っている事から、どちらかの可能性は十分にあるだろう」
「なーんかきな臭くなってきたねー」
「なー」
一気に漂い始めたきな臭い匂いに、カイトとユリィは盛大にため息を吐いた。まだはっきりとした事はわからないが、少なくともこの様子ではかなり長い間死霊を操る術を研究していた者が居る可能性が非常に高い事だけは事実だ。嫌な予感しかしなかった。
「ま、これについては確実に何かの証拠にはなるだろう。取り敢えず、持ち帰って引き続き調査というところかね」
「今やらないの?」
「下手に敵陣ど真ん中でやるのもな」
カイトは手記を異空間の中に仕舞いながら、立ち上がる。この手記が気になる事は気になるが、同時に今やるべきことか、と言われると必ずしもそうとは言い切れない。
この手記は見た限りでは、どうやら個人の手記である事に間違いはない。更には何か著名な人物の手記であるわけでもなく、単なる一般人の手記に過ぎない。当時の生活を知る意味ぐらいはあるだろうが、その程度の文化的な価値しか考えられなかった。
「さて……ティナ。状況はどうだ?」
「うむ。一応、研究所のデータベースも以前の最下層への突入後に更に拡張。もはや数日やそこらで解析出来る状態ではない、というのは報告したな?」
「ああ。聞いた。で?」
これは元々なのであるが、このマルス帝国の中央研究所はいくつかの区画に分かれてデータが保管されていた。今までは一番重要な区画の情報に入る事は出来なかったのだが、ホタルのIDにより最下層へも行ける様になった。結果、データベースも完全に開放され、元々整理されていた情報さえ散らばってしまったらしい。
「うむ……まぁ、まずは第一として。これはわかるな?」
「ウェアラブルデバイス……だな」
「うむ。余が地球で開発した物じゃな」
ティナが提示したのは、彼女が言う通り地球の技術を素案として彼女が地球の技術者と共に開発したウェアラブルデバイスだ。それは彼女謹製の魔道具で、科学技術による情報も魔技術による情報もどちらも保存出来る、というスグレモノだった。
いや、スグレモノというよりオーパーツとさえ言える。魔術による情報の保存は概念による保存。科学技術による情報の保存は言うまでもなくゼロイチでの保存だ。本来はどう考えても互換性がない。なので変換も不可能だ。
が、これはその互換性が無くとも変換して保存出来る様にした、というものらしかった。詳しい技術はわからないが、出来たらしい。
「これに研究所のデータの大半を落とし込み、それをSSDにぶっ込めるようにしてみました。まー、流石に見込みの時点でテラバイトにまでなるとは思うておらんかったがのう。時間の問題でお主が行く時に発信機ぶっさす、が一番良いじゃろ。やはり情報の変換はまだ不完全じゃなー」
「結局それが一番か。まぁ、お前ならそれぐら……」
「どした?」
やばい。それは考えてなかった。カイトはお前ならそれぐらいはやってくれるだろう、と言おうとして思わず停止する。確かに、ティナが行くのは厳しい。なら、情報をぶっこ抜いて後で見た方が明らかに安全だ。が、それは普通は難しい。だが、彼女には不可能ではない。なにせ<<例外存在>>にしてユスティーツィアの娘だ。
そして戦略的に見て、それは非常に正しい。情報は無形の財産だ。手に入れられるのなら、そしてそれが重要な情報であるのなら、尚更だ。いっそ手に入れてしまおう、とした彼女の判断は非常に正しいだろう。そんな事を思ったカイトであるが、それ故に即座に思い直す。
「……いや、なんでもない」
「? 妙な奴じゃのう。とはいえ、これは六番機の修繕にも必須でのう。この研究所にはあのカスタマイズされたゴーレム達の設計図などもあろう。まぁ、先ごろちらりと見た感じではロックが掛かっておって今すぐに全ての情報が閲覧出来るわけでは無いが……そこらを鑑み、ぶっこ抜いて解析が良いと判断した」
ということは、少しぐらいは猶予がありそうか。カイトはその間に何とかする事を決める。兎にも角にも彼女が母について知らない様にしないと、下手をするとエンテシア皇国での大騒動に発展してしまいかねない。
更には今イクスフォス達を呼び寄せるのも良くない。まず彼らの研究が大詰めを向かえているのでそちらに注力して貰わないとダメだし、彼らにティナの事は任せろと言ったのはカイト自身だ。その手前、見えている事についてはなんとかしたい所であった。
「で、その現状としてどうなってる?」
「うむ。それじゃが、まずこれについては当然というかまだ技術の限界なのであるが、さすがの余も概念情報として保存された物をゼロイチの状態で解読はできん。なので言ってしまえばこれは暗号化されたファイルとなっておる、という所かのう」
「まぁ、当然か。そこらはどうしても、か」
先には変換を可能にした、とは言ったもののそれは何でもかんでも可能となったわけではない。この様にどちらかで暗号化されていればその情報は変換不可能となり、保存は出来るが解読は出来ないそうだ。
なのでこの情報を解読しようとすれば、再度元の概念情報に変換してやり、その上で解析を行わねばならないそうである。というわけで、カイトはその予定について問いかける事にする。
「で、その予定はどうなっている?」
「うむ。これじゃが、当然こちらで情報の解析は行わぬ。というより、元々その機材は持ち込んでおらん」
「元々、情報は持ち帰る気だったわけね……」
「いや、そうではない。まぁ、可能じゃったら、とは思うておったが……最終的な判断は六番機の回収じゃな。あれを完全に復元するとなれば、やはり情報が欲しい。一時的な修繕であれば今ある状態で良いがのう」
「別に良いんじゃないのか? 第一、ホタルの構造解析で十分な情報は得られてるだろ?」
ホタルは元々七番機を基に改良に改良を重ねられたゴーレムだ。それを考えれば、カイトには六番機がそれに勝るとは到底思えなかった。そんな彼の疑問に対して、ティナも一つ頷いた。
「ま、そりゃ余もそう思うておるよ。じゃが、そもそもの問題としてこのゴーレムにはまだまだ未知の情報が多い。お主は忘れておるやもしれぬが、ホタルも六番機も試作機。完成機がどこかにはおるはずじゃ。何か手がかりが得られるやもしれん……敵になるか味方になるかはわからぬが、敵に回った時の事は考えねばのう」
「……」
すんません。敵に回る事は無いです。ティナの想定に対して、カイトは内心で謝罪するしかなかった。ホタルの後継機となる八番機と九番機、つまりアクアとスカーレットは相変わらずイクスフォスの警護として数多の世界を巡っている。
彼が主である限り、ティナに危害を加える可能性は皆無に等しかった。とはいえ、そんな事を言えるわけもないので、カイトはそれに同意するしかなかった。
「……そうだな。確かに、何か情報が得られればラッキーか」
「うむ。それに完成機ということは、内部構造などでもホタルより完成している所はあろう。そういった根本的な部分の改修は一応余もしておるが、多角的に見てわかる事もある。そういった事を考えれば、やはり情報は得ておかねば、と判断した」
「ふむ……確かにな。ということは、解析もゴーレム研究室の方を先にする感じか?」
「うむ」
カイトの問いかけに、ティナははっきりと頷いた。まぁ、これについては彼女としてはそうだ、と言い切って良いのだろう。何事にも得意分野があるわけであるが、ゴーレムの技術に関して言えばマルス帝国の研究者達の中でも最上位の者たちの方が洗練されている部分は多い、というのが彼女の言葉だ。
それに対して通常の魔術に関する技術は流石にティナがおおよそ歴史上の如何なる者よりも上回っている。なので幸か不幸か彼女は母の研究についてはさほど興味はなく、今すぐに調べなければならないとは思っていない様子だった。
「まぁ、何より。ホタルの事もあるからのう。先に取り急ぎ六番機の改修を終えたいと思うておる。それに合わせて、ホタルも改修じゃな。こちらは特に<<X-ブラスター>>の事もある。色々とせねばならんことは多い」
「そうか……まぁ、そこらについてはお前に任せる。オレが何かを言える事でも無いだろう」
「専門外のトーシロに口出しされてもかなわんわ」
カイトの明言にティナもまたため息混じりに同意する。ここらについてはカイトは専門家に任せるというのがスタンスだし、それについてはティナも全面的に同意する。
カイトがするべきことは決定。事細かに口出しして方針を決めるのではない。それを教えたのはかつてのティナだ。というわけで、そこらの話に決着を付けた後、カイトは改めて他の進捗を問いかける事にした。
「で……情報を全部ぶっこ抜いた、ということはオレ達が求めていた情報は?」
「無論、そちらも手に入っておるじゃろう。なので何時でも引き上げて良い」
「そうか……それなら、ある程度で見切りを付けて引き上げるべきか」
現状、下手に動いて教国と揉める事は避けたい。幸いにして、冒険者としてのカイトとしても最も欲しかった制式採用のサンプルを手に入れた。
可能なら更に本数が欲しい所であるが、カイトがあまり深入りするべきではないだろう。彼も五公爵の一人である以上、そして勇者であり数々の案件を抱えている以上、下手に動くのは危険だからだ。
「じゃのう。後は安全で安全運転でよかろう。どーせ、SSDとは何ぞや、と言われた所で誰も分かるまい」
「オーケー。じゃあ、後は撤収作業という事で」
ティナの報告に納得したカイトは、自分たちの動きについてそう結論を下す。そうして、彼らはこれ以上の危険を冒す事をやめて、後は僅かな隠蔽工作に動く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1747話『ルクセリオン教国』




