第1745話 ルクセリオン教国 ――次へ――
かつての親友ルクスの父。カイトが一番最初に異世界で出会った騎士の一人である彼の墓参りを行っていたカイトは、久秀達の暗躍を知る事もなく馬車に揺られながら過去の事を思い出していた。と、そんな所にアリスが思い出した様に声を掛けた。
「あ、カイトさん」
「ん?」
「いえ、そう言えばなのですが、この間の一件でルクセリオ支部の支部長さんに会ったんですが……」
「ルクセリオ支部の支部長?」
なんだったかな。カイトは完全に油断していた事もあり、なんのことだか咄嗟には思いつかなかったらしい。が、それ故にこそアリスにはカイトが完全に忘れていた様に写った。いや、実際に忘れていたが。
「それがどうした?」
「いえ、それが登録に来られてないな、とぼやいておいででしたので……」
「あ……あー、あー! そ、そういえば行ってなかったな! あっはははは!」
完全に忘れていた。そんな様子を隠す様に、カイトが声を大にして笑う。結局何だかんだ本当に忙しかったので行けてなかった。というわけで照れ笑いを引っ込めた後、カイトは改めて明言する。
「この後行くよ。いや、ここしばらくなんだかんだ忙しかったからなぁ……」
まぁ、カイトが忙しかったというのは事実だ。冒険部の長としてはこの通り休日でもなんだかんだで予定が入るし、平日は平日で研究所の調査の統率だ。彼が行けていないのは仕方がない。
「支部長といえば、シェイラか……そう言えば、アリス。彼女は息災だったか?」
「あ、はい。お元気そうに見えました」
「そうか。先代から叩き上げの冒険者に替わった際、一時はどうなる事かと思ったが……存外話が分かる人でな。色々と骨を折ってもらった。何か言っていたか?」
「いえ、ウチに関する事は特には」
ルードヴィッヒの問い掛けに、アリスは少しだけ考えながら首を振る。確かにカイトも聞いていた限りでは、あの打ち上げの際にルードヴィッヒやルーファウスの事は何も言及していなかった。それに、ルードヴィッヒは一つ頷いた。
「そうか……元々は彼女はここらの出身者ではなくてなぁ」
「そうなんですか?」
「ああ。数年前、まだ一端の冒険者だった頃に話をした事があってな。エンブレムの団長……ああ、今代のだ。彼が武者修行に出ていた際に出会って、良い縁だとこちらに一緒に来たらしい。彼女も若くしてとんでもない強さでな」
へー。そんな凄い人物だったのか。ルーファウスとアリスの二人は感心した様に頷いた。特にルーファウスは支部長としての彼女しか知らないため、殊更驚いていた様子だった。
「実際、ルー。今のお前とも良い勝負ができるんじゃないか? 無論、真っ当にやれば勝つだろうが……距離を取られるとお前でも厳しいかもしれん」
「俺と……いや、当然ですか」
相手は冒険者。常日頃危険地帯に乗り込む奴らだ。事実、少し前にアリスと共に二十年も誰も突破していない依頼を達成した所だ。自分より上の実力者だってこのルクセリオ内に普通にいるかもしれない。ルーファウスはそう思い直す。
「多分、他にもローラントさんとカイトさんの二人は兄さんより強いかと」
「おい……」
「はははは」
今負けたばかりだから何も言えないが、それ故にこそルーファウスは肩を落とし、ルードヴィッヒは楽しげに笑う。が、これはそうではない。
「あ、いえ。カイトさんはカイトさんですが、冒険者にもカイトさんがいらっしゃって。元々別の所で、ウルカへの帰り路にこちらに来られていたそうです。<<暁>>の所属だそうです」
「へー。オレと同名か。いや、別に不思議はないか」
オレの事なんだけど。アリスの言葉にカイトはそんな事を思いながら興味深げに頷いた。それに、アリスもうなずく。当然といえば当然であるが、カイト以外にもカイトという名の少年は居るし、なんだったら桜などのありふれたと言えばありふれた名前の少女も学内には居る。
花の名であるが故に、桜であればこのエネフィアにだって居た。異世界にて名を残したカイトと同じ名の少年が居ても一切不思議な事はなかった。
「はい。その方は中津国出身で刀を使われてました。後、あちらも魔眼持ちで……あ、でも先天性なので、目の色が赤色でした」
「まぁ、そこらは違うか」
「そんな者が居るのか……」
それはどうだろう、としか言えない言葉を吐いたカイトに対して、ルーファウスは興味深げだった。そんな彼は僅かに興味深げに呟く。
「ふむ……シェイラ殿と一緒の所を見ると、相当な腕利きか。瞬殿、何か知っているか?」
「いや、知らない……いや、正確には知りすぎてて分からん、かもしれんが」
「そうなのか?」
不思議な事を言ったものだ。瞬の返答にルーファウスが小首を傾げる。が、これはわかろうものだ。
「ああ。向こうじゃ勇者一行の名を頂くのは本当に多かった……バーンタインさん自身もそうだし、バーンタインさんの孫にも確か一人カイトの名を持つ子が居たんじゃなかったかな……」
「そうか……そういえばそうなのか」
改めて思い直せば、ウルカとは特に勇者信仰が強い地域だ。何かしらに彼らの名を頂くというのはありふれた話ではあった。故にルーファウスも納得出来た様だ。
「だが、魔眼持ちならそう多くはないんじゃないか?」
「そうだが……母数が母数だぞ? 流石に覚えちゃいられない」
「な、成る程……」
瞬の言っている言葉はあまりにも道理だった。何せ世界最大のギルドである。万単位の冒険者が所属するわけで、単にウルカに居る魔眼持ちのカイトと言っても分かるわけがなかった。
「まぁ、その彼もしばらくはルクセリオに居るんだろう? なら、縁があれば戦う事が出来るかもしれんぞ? お前も暇を見付けて依頼を受けてみたらどうだ?」
「か、考えます」
笑いながら問い掛けたルードヴィッヒに、ルーファウスが苦笑する。やはり兄という手前、格好悪い所ばかりは見せていられない。なら、カイト――冒険者の方――と一試合するのは悪くはないと言えた。
「ははは……そうだな。まぁ、お前も外に出てわかったろう。外にはまだまだ強い者たちがたくさん居る。お前も負けない様にな」
「はい」
ルードヴィッヒの言葉に対して、ルーファウスは素直に頷いた。そうして、そんな彼らを乗せた馬車はゆっくりと進み続け、ルクセリオの街へと帰還する事になるのだった。
カイトがルクスの父の墓参りを終わらせてから翌日。この日カイトは教皇ユナルに呼び出され、調査隊の統率を桜とティナに任せ単身聖堂教会にやって来ていた。
「あぁ、来てくれましたね」
「ライフ司教。教皇猊下がお呼びとの事でしたが……」
教会にやって来たカイトがやって来たのは、教皇ユナルの執務室とはまた別。ライフの所だった。教会の受付――政府の中枢も兼ねている為に聖堂教会には受付がある――にて事情を話した所、ここに通されたのである。
「ええ、そうだったのですが……」
「どうかしましたか?」
「はい。少々遠方に居る大司祭様が昨夜不慮の事故に遭われたらしく、今朝方急ぎ発たれたのです。それで私の所に通す様に、と」
「それは……心配ですね」
ライフの言葉にカイトはひとまず、不慮の事故に遭ったという大司祭の安否を心配する言葉を述べておく。やはり高位の聖職者。教皇ユナルの覚えも良いと見え、彼が直々に出ていったのだろう。と、そんな理解を述べたカイトに、ライフが頭を下げた。
「ありがとうございます。幸い、峠は越えたとの事でしたが……教皇猊下の古いご友人ということで、どうしても、と」
「いえ、正しい事かと思われます。私への言葉なぞ、言伝でもなんとかなる。ですがご友人に何かがあったとあっては後々まで後悔する事になりかねませんから」
「ご理解、重ねて感謝します」
カイトの言葉に対してライフが再度頭を下げる。ここらはどちらも社交辞令といえば社交辞令。というわけで社交辞令を交わした所で、改めて本題に入る事にした。
「それで、如何なご用事でしたか?」
「ああ、そうですね。失礼しました、お忙しい中……っと、こんな事を話すから、長引いてしまうのですね。気を付けましょう……さて、それで本題ですが以前教皇猊下とアユル様の故郷へ行く、という話をしたのを覚えておいででしょうか?」
「ええ」
やはりこの話だったか。カイトはライフの言葉に特段疑問は無かった。わざわざ言伝で済むのに、自分を呼び出すぐらいだ。これかホタルに関わる話のどちらかしか思い付かなかった。というわけで、そんなカイトにライフが告げる。
「今から一週間後でどうでしょう」
「一週間後、ですか?」
「ええ……やはり帰るのなら一緒の方が良いだろう、と。少し急いだ感はありますが……」
「いえ、私としては問題ありませんが……教皇猊下のご予定は良かったのですか? 確かその前日にはミサがあったと思うのですが……」
「そちらについてはご心配なく。私が代役を仰せつかっております」
カイトの問いかけに対して、ライフが柔和な笑みを浮かべながら頷いた。ここで話に出たミサというのは、定常的に行われている物とはまた別。高位の聖職者が参列して行われる特別な物だ。特にこの教皇ユナルが出席する物は月に数回しか行われない特に特別なもので、彼が主催する物となっていた。
「はぁ……」
「あはは。実は元々、このミサでは私が代役を務める事になっていたのですよ。なので教皇猊下が無理を言った、というわけではありませんので、ご安心下さい」
「そうなのですか?」
「ええ。少しありまして。これについてはきちんとこの日のミサについて書かれたパンフレットにも記載されている内容ですよ」
ライフは笑いながらそう言うと、机の中から一通のカレンダーを取り出した。それは教国が正式に発行している礼拝の日程や予定についてが書かれた物で、信者達が教会に来るのに参考にする為に使うものだった。
これを見ればどの日に誰がミサを主導する、というのが一目瞭然というわけだ。そうしてそれを見てみれば、たしかにその日は教皇ユナルではなくライフが主導する事になっていた。これを見る限り、相当昔から準備されていたのだと推測される。
「なるほど……確かにそうなってますね」
「ええ。ですので、ご安心を」
「はい」
とりあえず、問題は無い様子なのだ。であればカイトとしてはそれを有り難く受け入れるしかない。と、そうして本題を片付けた所で、カイトはふと問いかけてみる事にした。
「そういえば……教皇猊下は何時頃お戻りになられるんですか?」
「ああ、そう言えばそれを伝えておりませんでしたか。猊下は明後日の午後、お戻りになられる予定です」
「明後日?」
カイトの疑問はたしかに不思議ではない。一応相手は大司祭とはいえ、教皇ユナルも相手も公人だ。それを考えれば、あまり私事を優先して良いとは思えなかった。とはいえ、当然だがそれぐらい教国もわかっていた。なのできちんと理由があっての事だった。
「ええ。元々猊下は本日の昼よりお出かけになられる予定でして……偶然、方角が一緒ということで半日だけ出発を早められたのです。少々横にはずれるのですが……」
「ああ、なるほど。それで、と」
「はい」
確かにそれならこの無理が通っても不思議はない。公的にも大司祭が不慮の事故に遭ってその見舞い、というのは理解が得られるだろう。公私混同にはなっていないと言えた。
「わかりました。では、お忙しい中ありがとうございました」
「いえ。貴方も頑張ってくださいね」
頭を下げてその場を辞するカイトに、ライフもまた微笑みと共にその背を見送る。そうして、この日もこの日でカイトは再び調査に戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1746話『ルクセリオン教国』




