第1744話 ルクセリオン教国 ――動く――
ルクスの父の墓参りにやって来ていたカイト。彼は墓参りを終えると、ヴァイスリッター家一同が墓を詣でる間、かつての全ての始まりの時を思い出していた。そんな彼の見守る前で、最後のゲルタが墓に挨拶をしていた。
(……全ての始まり、か)
全ての始まりの日を思い出して、カイトは僅かに苦笑する。今思えば、あれも道化師達が操ったのだろう。カイトはあの時は誰も知らず、しかし今になってようやく全てを察したあの時の裏をそう思う。
(そういえば……貴方は何も言葉を残してませんでしたか)
色々と思い出していたからだろう。ふと、カイトはルクスの父が何も遺言を残していない事に気が付いた。いや、遺言は残したのだろう。残したのだろうが、それをカイトが知らないだけだ。
そんな事を色々と考えながら待っていると、あっという間にゲルタの順番も終わりとなり、全員が墓参りを終えた形となった。そうして、ゲルタが振り向いてルードヴィッヒに一つ頷いた。
「……」
「……ああ。すまないね、二人共。これでこちらも全員終わりだ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
ルードヴィッヒの謝罪に対して、カイトは一つ頭を下げる。今回、体裁としてはカイト側のワガママの様な形で墓参りをさせて貰った形だ。なのでこの対応は正しいだろう。
「いや、墓参りをしたい、というのに拒む道理もない。それが代理とはいえ当家に関わりがあるのなら、尚更だ」
「ありがとうございます」
ここらは社交辞令の向きもあるのだろうが、それ故にこそカイトも一つ礼を述べる。そうして、一同は墓参りを終わらせてルクセリオへと帰還する事になるのだった。
カイトが墓参りをしていた、一方その頃。久秀達はというと、教国の最上層部と繋がっている事を利用して平然と研究所の中へ入り込んでいた。
「で、ここが最近見付かった区画となります」
「へー、ここが、ねぇ」
教皇が手配した調査官に扮した久秀は、今度の工作活動に向けて研究者の一人から新たに見付かった区画の状況等を聞いていた。なお、飄々とした彼は口八丁手八丁でなんとかなるので問題はないが、それ以外のメンツについてはあまり多くても不思議がられるだろう、と来ていない。彼一人だ。
「随分と広いな」
「実験区画だそうです。あ、まだ色々と散らかってますし、一時停止状態のゴーレムが居るかもしれません。手を触れない様にお願いします」
「っと、悪いねぇ」
「いえ」
やはり飄々とした性格だからだろう。研究者の方もかなりリラックスした様子で応対していた。そんな彼に対して久秀は興味本位で伸ばしていた手を引っ込めて、ひらひらと振るう。
「ふむ……ここ、何時ぐらいに片付けられるんだ?」
「そうですね……ひとまず今月中には」
「……それは遅いだろう。もうここでの戦いから何日も経過してるだろう? 流石に今月中、と言われりゃ教皇猊下も苦い顔をなさるだろう。勿論、猊下は何も仰らないだろうけどな」
「は、はぁ……」
おいおい、という苦い顔をした久秀の言葉に、研究者は僅かにしかめっ面をする。ここでの久秀は研究所の状況を教皇に報告する者だ。なので立場としては名代として立っているにも等しく、彼の苦言は考慮せねばならない事だった。
「まぁ、ただ遅いって苦言呈するだけなら誰でも出来る。原因はなんだ?」
「あ、はい。えっと……」
久秀の言葉に、案内をしていた研究者は気を取り直して現在の問題点を洗い出した物を彼へと報告する。それを受け、久秀が一つ頷いた。
「なるほどね。地下の資料が散乱してて、その片付けに手を、か」
「はい……こちらで少々予定より遅れが」
「まぁ、そりゃしょうがないってもんだ。どうしても時勢柄ってもんがあったからな」
「ええ……とはいえ、私達としても想像以上でしたので……」
「あぁ、わかったわかった。責めてるってわけじゃねぇさ。俺はこんな様子だから勘違いされがちだがよ。きちんと公平な目でジャッジして、報告するぜ? そこから猊下がどう判断されるかは、猊下のお心一つだ」
再度念押しする研究者に対して、久秀は一つ笑って大丈夫だ、と言外に明言する。別に研究者達に恐れられたりしたいわけではない。というより、どちらかと言えば何事もなく終えて、自分の事は単なる調査員とでも思って欲しい所だった。
「はぁ……」
「そうだな……俺から提案出来る事としちゃ、確か白騎士が今手伝いしてたな?」
「あ、はい。ヴァイスリッター卿率いる本隊が」
「なら研究所全体の警護は彼らに任せて、一般の警備兵をこちらの清掃に回すってのは出来ないのか?」
「はぁ……まぁ、出来なくはないと思いますが……」
ここは単なる実験場。しかも散らばっているのは特に機密性の高いゴーレムではない。おまけにその残骸だ。機密性は更に低い。この広大な研究所を守る警備兵を動員すれば、この広い実験室でも数日も掛からず片付けられる可能性はあった。
「わかった。なら、それの線でお前さんは上に報告しておいてくれ。俺もそう考えてる、って事で早々に清掃も終わるだろう、と教皇猊下には報告しておく。議論してる、って見せるだけでも随分印象ってのは変わってくるもんだろう?」
「あ、はい。ありがとうございます」
確かに、久秀の言っている事は尤もだ。出来ません、とただ不可能を言うではなく、何か代案はないか、と探している姿を見せる。それだけで相手への印象は随分と変わってくるだろう。故に久秀の助言に研究者は一つ感謝を述べて、更に案内を続けていく。そうして研究所の各所を一通り案内した後、研究者は一つ告げた。
「これで、新たに見付かった区画は全てです」
「なるほど……わかった。なら、ひとまずお前さんは俺の言った提案を上に上げておきな。俺は俺で教皇猊下にそう報告しておくからよ」
「ありがとうございます」
久秀の言葉に研究者は一つ礼を述べる。彼の言う事の多くは道理に適っており、研究者としても受け入れやすい。さらに言えばこの研究所の研究員達の側に立った発言も多く、彼らとしても受け入れやすかった様だ。と、そんな事を話しながら、久秀は所長室へと戻ってくる。
「おぉ、調査官殿。どうでした?」
「あぁ、アンセルムさん。ありがとうございました。少々時間は掛かってしまいましたが……十分、納得の出来る答えを持ち帰れるかと」
「いえ。教皇猊下に今まで仔細の報告が出来なかったのは、私の不徳の致すところ。ご足労をお掛けして、申し訳ない」
一応言えばアンセルムはきちんと報告していた。が、やはり教皇としては単に研究者達の報告だけでなく、きちんと自分の信頼の置ける者の報告を受けたいというのはわからないではない。なのでここらはあくまでも組織として、とアンセルムも捉えていた。そうして社交辞令的に頭を下げた彼に、久秀が笑った。
「いえいえ。教皇猊下としても必要はないだろうが、やはり組織を治める者としてせねばならぬ事はせねばならぬこと、アンセルムは苦い顔をするかもしれぬがそこは理解してもらわねばならぬ、と仰られておいででした」
「おぉ、そうでしたか。でしたら、猊下にはその様な事は当然ですので、もし何か疑念があれば何時でも私をお呼び下さい、とお伝え下さい。このアンセルム。猊下のお呼びであれば喜んで参りましょう」
「はい、確かにお伝えします」
久秀はアンセルムの感謝の言葉に笑顔を崩さず頷いた。なお、当然であるが彼とて戦国乱世の時代とはいえ将軍の配下だ。敬語の一つぐらいは普通に使えた。
というわけで、ほぼ完璧に調査官の役を演じきった久秀はそのまま道化師へと報告へ向かう。改めて言うまでもないが、彼の指示は道化師の意向に沿った指示だ。であれば、結果は報告する義務があった。
「と、言う感じだ」
「ありがとうございます。これで、ひとまずなんとかなりますね」
「なぁ、道化師さん。一つ良いかい?」
ふぅ、と安堵の吐息を漏らした道化師に、久秀が興味本位という感じで問いかける。それに、道化師は首を傾げた。
「なんでしょう」
「何をするか、ってのは俺も聞いてるから疑問はねぇんだがね。だから尚更疑問なんだよ……必要なのか、これ」
「ええ」
訝しげな久秀の問いかけに、道化師は即座に頷いた。というより、酔狂で危ない橋を渡らせるわけではないのだ。そこには理由があるからこそ、危ない橋を渡らせる。が、それとはまた別にホワイダニットがそこにはあるはずだった。そこが、久秀には気になった。
「あの研究所にあるデータを消したい。そう聞いたが……あんたがわざわざ危ない橋を渡って警戒網を操ってまで消したい情報ってのはなんなんだ?」
「……まぁ、重要な情報ですよ。これだけは消しておかねばならない情報が、あそこにはあるのです」
どうやら、消さなければならない情報というのはよほど重要らしい。何時もなら少しは匂わせてある程度こちらを操ろうとしたり、もしくは笑いながらはぐらかす道化師の顔は僅かに真剣だった。
「……ま、良いさ。今の俺達はあんたの駒。好きに使ってくれよ」
「はい、ありがとうございます……あぁ、そうだ。では私はこの報告を猊下に上げてきます」
「……そういや、道化師さん」
「はい?」
道化師としても久秀が自身のホワイダニットに興味を持つ事は特段不思議ではないと思っていた。なのでこちらについては遠からず質問が来るだろう、と想定していた。が、ここで呼び止められるのは想定していなかったようだ。
「あんた、この国は長いのか?」
「ええ、長いですよ。なにせマルス帝国時代にはここに居ましたので」
「そりゃ、そうだろうが……いや、答えちゃくれねぇか」
これははぐらかされたパターンか。それを理解した久秀はこれ以上の問いかけは無意味と悟りため息と共に首を振る。聞けるのなら聞きたい所であるが、こういう場合は先程と同じく重要な情報が隠れている場合があった。なので聞けないだろう、とも理解していた。というわけで、久秀はそのまま道化師の背を見送った。
「おおよそ、教皇に取り憑いてるんだろうが……」
おそらく、ここの教皇に何者かが憑依している。久秀は今までの情報を総合的に判断して、そう判断する。そう思える理由はいくつかある。
「それを、消したいってのかね……だが……」
それを消した所で何になる。久秀は情報を持てばこそ、判断に困る所だった。まぁ、これがわからないから、敢えて聞いたのだ。答えが返ってこないというのも想定の範囲内ではあった。
「……いや、今はとりあえず情報を手に入れるか」
兎にも角にも情報。久秀は裏切り者なればこそ、情報収集に余念が無かった。それこそこの問いかけとして情報収集の一貫とも言える。
「とりあえず、今入手するべきはあの計画書、か。厳重に守られてるんだから、よほどなんだろうな。そのためにも、ここはさっさと終わらせないとねぇ」
楽しげに、久秀が笑う。自分達へのカウンターも気になるが、同時にこの計画書とやらも気になった。特にこの計画書は完全に隠されていた。何か重要な情報が記されている。久秀は策士としての勘から、そう判断していた。そうして、彼は彼で動くべく、今は一時の暗躍を再開するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第17445話『ルクセリオン教国』




