第1742話 ルクセリオン教国 ――墓参り――
ルードヴィッヒの提案による模擬戦を終えて、しばらく。カイトはシャワーを浴びると合わせて用意されていた礼服に袖を通すと、再び応接室にやって来ていた。と、そんな場にはルーファウスとアリスの兄妹も一緒だった。
「ふむ……」
「あの……どうしました?」
自らをじっと見るカイトに、アリスが少し恥ずかしげに問い掛ける。これに、カイトが事もなげに告げた。
「いや、今思えばアリスの礼服姿は中々に珍しいと思ってな」
「そう……でしょうか?」
「ああ……職務上、ルーファウスはよく礼服を見た。が、お前はからっきしだった気がする」
「そういえば……」
カイトに言われ、アリスもここしばらくを思い出す。一応念のために一着礼服は持って行っていたが、殆ど使わずじまいだった。ルーファウスが使ったのは、アユルの警護任務に呼ばれることがあったからだ。
今回、彼女の警護は揃って女性のみだ。が、やはり男が居た方が良いこともある。なので彼が呼ばれる、というわけである。
更に言うと、彼としては忸怩たる思いだろうがアルに似た顔立ちであることがある。どちらがアルかわからない為、迂闊に手を出せばマクダウェル家どころかかつての勇者達を信望する冒険者や軍人達を敵に回すことになりかねない。手は出せない、という判断だった。
「結局、一回か二回しか着ませんでした」
「だろう?」
アリスとカイトはしばらく、そんな会話を行う。基本的にアリスは今でも内々には准騎士や見習い騎士の扱いだ。なので公的な場に出ることはなく、更にはアリスに助力を頼むほどアユルの周囲に人員が居ないわけではない。結果、彼女は呼ばれることがなかった、というわけだ。と、そんな会話を行う一方、瞬とルーファウスも会話を行っていた。
「どんな感じなんだ? 別世界の騎士の魂というのは……」
「妙な感じ……か。同じ世界の住人なら、それこそ有名だろうと無名だろうと調べる方法はあるんだが……」
「なるほど。喩え自分では一角の人物だとわかっていても、それを知る術がないのか……」
ルーファウスも瞬も過去の自身を目覚めさせた者だ。ルーファウスは今回ようやく目覚めたということもあり、瞬から話を聞いている様子だった。今は瞬が興味本位で、という所だろう。
「にしても……ルーファウス。お前はどんなのだったんだ?」
「そう……だな。どうやら騎士だったらしい」
「嬉しそうだな」
「ああ……俺は騎士になるべくして生まれ、騎士になるべくしてなった。あまりこういう事を言うのは恥ずかしいが……少し、今の自分が誇らしく感じる」
少し恥ずかしげに、しかし嬉しそうにルーファウスは笑みを見せる。過去の自分も誰かを守る為に戦い、今の自分も無辜の民を守るべく戦えているのだ。自分は根っからの騎士だ、と誇らしい感じだった。と、そんなルーファウスの笑みに瞬も笑い、ふと思った事を口にする。
「そうか……そう思うと、俺もお前も死んでも変わらないんだろうな」
「うん?」
「いや……俺は戦う事が……いや、好きとまでは言わんが、競う事は好きだ。これも一種の戦いだろう。そしてお前は今も昔も変わらず騎士だという……なら、とな」
「なるほど。確かバカは死んでも治らない、だったか。確かに、お互いに死んでも治らなかった様だな」
「「あはははは」」
瞬の言葉に納得したルーファウスと、瞬は声を合わせて笑い合う。思えば、瞬は自身が昔から競争ごとが好きだった事を思い出したらしい。そう考えると、確かにどちらも死んでも治らない様子だった。と、そんな談笑を行う所にルードヴィッヒがゲルタを伴って現れた。
「ああ、皆。待たせたね……馬車の用意も整っているという事だし、私の所為だが些か時間も経過してしまっている。行こうか」
ルードヴィッヒは現れるなりそう言うと、早速とばかりに踵を返す。そうして彼に案内され馬車に乗り込み、三十分ほど。少しだけルクセリオの街の外を走ると、教会が管理する墓所へとたどり着いた。
「ヴァイスリッター卿。お待ちしておりました」
「ああ、任務、ご苦労。入っても?」
「はい。ご連絡ありがとうございます。すでに馬車を停める場所のご用意も整っております」
「何時もの所だな?」
「はい」
馬車の中から顔を出したルードヴィッヒと墓所を守る兵士が少しだけ話し合う。そうして墓所を閉じていた門が開いて、一同を招き入れる。
「進んでくれ」
「かしこまりました」
ルードヴィッヒの指示に従って、御者の男が墓所の外れ。馬車を停泊させる専用の場所に移動させる。そうして馬車が完全に停泊した所で、御者が馬車の扉を開いた。
「到着致しました」
「ああ、ご苦労……さぁ、降りようか」
馬車が到着した事を受けて、ルードヴィッヒが一同を促す。それに、カイトは異空間の中に収納していた花束を二つ取り出した。
「うん?」
「ああ、一つは私個人の物で、もう一つはヴァイスリッター家……ああ、向こうのですね。その物ですよ。流石に、代理として来たと言っても縁ある者が花の一つも持ってこないのはな、と」
「あぁ、成る程」
二つの花束を訝しんだルードヴィッヒであったが、カイトの言葉に道理を見て頷いた。彼は日本人。両方のヴァイスリッター家に縁がある。そして彼は組織の長でもあるのだ。墓参りなら組織の長としての花を持って来ても不思議はなかった。
「先輩はこっちを」
「ああ」
カイトは自身で代理としての花束を手に持つと、天桜としての花束を瞬に渡す。そうして、そんな彼と共に墓所を歩いていき、中央区画にたどり着いた。そしてその中央の中央の一角に、騎士の像と共に一つの墓があった。
「ここが、我々ヴァイスリッター家の墓だ。代々ヴァイスリッター家の騎士は遺体がここにある無しに関わらず、ここに合祀されている事になる……君達が良く知る聖騎士も、また」
自分もいつかは入るだろう墓を前に、ルードヴィッヒがカイト達に告げる。そうして、そんな彼が場を譲る。今回は客は先だ。なので、というわけである。それを受け、カイトは足を踏み出して、墓に花束を捧げる。
(随分、遅くなってしまいましたか)
いつか来なければな、とは思っていた。が、カイトの状況と時世が悪かった。結果、来るのは半年以上掛かってしまった。命の恩人だというのに、なんとも不義理を働いてしまった物だ。カイトは内心で苦笑しながら、膝を屈めて手を合わせる。
「……」
「……日本ではあれが普通なのか?」
「え、あ、はい。死者を見下ろす事がない様に、という所でしょうか」
「成る程……素晴らしい考えだ」
膝を屈めて手を合わせるカイトを見るルードヴィッヒが瞬の返答に感心した様に頷いた。騎士である彼らだが、同時に教会に所属する聖職者でもある。
なので死者の慰撫は至極当然として考えられており、死者目線で考える日本の風習には殊更感心した様子だった。その一方、カイトは静かに目を閉じて、心の中でルクスの父と話をしていた。
(結局……どちらにも悔いの残る結果になってしまいましたか……)
カイトが思い出すのは、ルクスが出奔した時の事だ。あの時、最後に出立を見送ったのは彼の父だった。
『まぁ、気にするな。私が後はなんとかしよう。君に救って貰った義理を返す、と思ってくれ』
『いえ……オレの方こそ、救っていただいた恩を返しただけですよ』
『うん?』
ああ、思い出せばこの顔はルードヴィッヒに少し似ていたな。カイトは真面目ながらもどこか茶目っ気を持っていたルクスの父を鮮明に思い出して、僅かに笑う。
彼と会ったのは数度だけ。そう言う様に、ルクスとは何度か顔を合わせていたものの、彼の父とは殆ど顔を合わせる事がなかった。なのでこれは実質二度目とも言えた。そして一度目に印象に無いのも仕方がない。今のカイト自身、そう思う。
『あはは……オレです。あの皇都付近の森で助けて頂いた……』
『む……?』
『あはは……変なズボンの少年です。青い色の……』
『あぁ、あの時の君か!』
変なズボン。そう言ってしまえば一体どんなズボンを履いていたんだ、と思われるが実際には普通のジーパンだ。が、それは地球では普通なのであって、エネフィア、異世界で普通であるかどうかは話が異なる。特にあの時代は戦時中。ジーパンが一般的であろう筈がなかった。
『懐かしいな……まさか、君が助けに来てくれるとはな。だが、君はたしか黒髪じゃなかったか? ルクスから君の話は何度か聞いたが……』
ウィルと共に何度か会っていたルクスとは違い、全て彼を介しての報告に近かったルクスの父はカイトがそもそも黒髪だったかどうかさえ定かではなかった。なので蒼に変色しつつあった彼の髪と目を見て、訝しげだった。
『あはは……まぁ、色々とありまして』
『……そうか。詳しくは聞くまい』
やはり変色の理由は、と問われてはカイトとしては詳しくは語れないし、経緯を考えても苦笑するしかない。とはいえ、そんな顔をどう捉えたのか、ルクスの父は僅かに顔をしかめて首を振る。
ヘルメス翁達の死去の報は彼も知っているだろう。それを考えれば、それに端を発してカイトが行方不明になっていた事などを考えておおよそを察した、という所だろう。というわけで、そんな彼は気を取り直す様に話題を変えた。
『にしても……随分と強くなったな』
『あはは。ずっと旅してましたんで……あ、ここに来たのはオレはあいつの指示に従っただけですよ』
『そうか……とはいえ、救われたのは事実だ。ありがとう』
カイトとルクスの父は少し離れた所でルクスと話すウィルを見て、その後にルクスの父が頭を下げた。様々な理由はあるのだろうが、それでも救われたのは事実なのだ。なら、頭を下げるのは当然の事だろう。と、そんな彼との出会いを思い出しながら手を合わせていたカイトであるが、不自然にならない程度の時間の後に立ち上がる。
「先輩」
「ああ」
一歩その場を動いて場を空けたカイトの促しを受けて、瞬が彼の立っていた場所に移動する。そうして、彼もまたカイトと同じく膝を屈めて目を閉じた。
「……」
しばらくの間、瞬はカイトに倣って手を合わせて目を閉じる。そうして、しばらくの後に彼が立ち上がった。
「……ありがとうございました」
「ああ……折角だ。私達もご先祖様方に顔を見せておこう」
ここまで来たのだし、わざわざ来たというのに一礼も何も無しというのは頂けない。なので言われるまでもなく、全員がそのつもりで動いていた様だ。ルードヴィッヒの言葉に、彼の子供達は一切反論するつもりはなかった。
そもそもその予定がなければゲルタを呼んでいなかったし、わざわざ墓参りに同行しろ、とは言わない。祖先の墓に行くので一人置いていくのは憚られたし、そうなるとそこで紹介するのは、となって同席させたのである。そうして、瞬が空けた場に今度はルードヴィッヒが進み出て、教国式の敬礼を墓へと捧げる。
「……」
ルードヴィッヒの背を見て、カイトは脳裏にルクスの父を幻視する。やはり一族だからだろう。顔立ちなどは似ていなかったが、どこかその背が思い浮かんだ。そうして、カイトはヴァイスリッター家一同の参拝を待つ間、かつての親友とその父、そしてその弟との出会いを思い出すのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回予告:第1743話『ルクセリオン教国』




