第1737話 ルクセリオン教国 ――青と白――
ルードヴィッヒの提案により行われる事になったカイト対ルーファウス、瞬対アリスの模擬戦。それは第一戦が終わりを迎え、遂にカイトとルーファウスの戦いとなっていた。
「よし……では、二人とも。準備は良いか?」
試合開始直前、ルードヴィッヒが最終確認を行う。それに、二人は一切淀みなく頷いた。そしてそれを受け、ルードヴィッヒも一つ頷いて息を吸う。
「よろしい……では、始め!」
ルードヴィッヒの開始の合図と共に、カイトとルーファウスは各々の形で一礼する。これは模擬戦。前もそうであったが、礼に始まり礼に終わるのである。
「さて……」
一礼をしたカイトは顔を上げると、少し楽しげに笑みを浮かべる。ルーファウスと戦うのは初めてだ。が、因縁があればこそ、その胸の内には歓喜が滲んでいた。
「……」
その一方、ルーファウスの顔に笑みはない。彼はカイトが油断ならない相手である事を知っている。あの過負荷を掛ける魔道具を常日頃身に付けているというのだ。
こんな事が出来るのは、後にも先にも彼ぐらいな物だ。化物としか言い得ない精神力があった。そしてそこから生まれる地力がある。笑って普通にしている様に見えて、彼にとっては日常生活そのものが鍛錬でしかない。喩え本人が慣れてる、と言えども、である。
(迂闊に攻め込むのは愚行。カイト殿の真髄は待ちにある)
ルーファウスとて生真面目ながらも戦士で、戦士の道理は弁えているつもりだ。なので大きな戦いがあればその後の祝勝会には欠かさず参加しており、カイトとも話をしていた。そんな中で、カイトの武芸も少しだが聞いていた。
(では、どうする? 迂闊に攻め込めば負ける。かと言って、攻め込まねば千日手。カイト殿が焦れるのを待つか?)
別に攻め込まないから、戦いを避けていると言い切れるわけではない。特定の動きを敢えて見せて相手の行動を誘うのもまた戦い方だ。ルーファウスはカイトが相手だと言うこともあり、油断なく行くべき、と考えていた。と考えて、しかしそこでルーファウスはふと思い直す。
(いや……)
自分が待ちに回る事こそ、カイトの作戦なのではないか。ルーファウスは笑うカイトの姿に、そう思う。その笑みはさぁ来い、とでも言っている様であり、さぁ行くぞ、とでも言っている様だった。
(……良し)
刹那にしてルーファウスの思考速度からすれば長考とも言える時間の後。彼は一つ腹を括る。そうして彼は地面を蹴った。が、それと同時にカイトもまた、地面を蹴る。
「っ!」
カウンターでも攻撃でもない、第三の札。待ち構えず、かと言って自らは攻め込まなかったカイトの行動に、僅かにルーファウスが目を開いた。これは想定していなかったらしい。が、彼はアリスを遥かに超えた戦士。この程度で動きに淀みは出ない。そしてこの程度なら、攻撃の修正は余裕だった。
「はぁ!」
修正は出来たものの、流石にいくら天才と言われるルーファウスであっても意表を突かれた状態での修正は難しい。なので突進の勢いを乗せた力技を放つしかなく、ルーファウスは勢いを利用して横薙ぎの一撃を放つに留まった。が、その彼が止まってカイトへと攻撃を放つ直前、カイトがそのさらに前に急停止してその一撃を回避する。
「!?」
空振りに終わった自らの一撃に、ルーファウスが目を見開いた。別にこのタイミングで急停止するのが難しいわけではない。やれと言われれば彼だって余裕で出来るし、カイトが出来るのは可怪しい、とは毛ほども思っていない。が、それでもこれはやはり想定外で、次の一手を読みきれない行動でもあった。
そして、もう一つ。彼はカイトが刀使いと思い込んでしまっていた。故に、彼が腰に帯びた刀ではなく槍を手にしたのを見て、大いに驚く事になる。
「っ!?」
槍を持ったカイトに、ルーファウスは思わず瞠目し動きを鈍らせる。が、なんとか対応は出来た。故に彼はなんとか身を捩り、鎧の曲面を利用して槍の穂先を滑らせる。が、完全には勢いは殺せない。故に、彼は大きく斜めに吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「おいおい……まだ初撃だぞ? この程度で、はやめてほしいモンだな」
「ぐ……ふぅ。失礼した。見縊っていた」
最初に見知っていた筈なのだ。カイトこそギルド内で最強で、そして最も化物じみた数の手札を持つ男だと。それを忘れて一直線に向かっていった自身が愚かで、馬鹿だっただけ。ルーファウスは自らをそう戒める。驚かねば避けれた一撃なのだ。
「ふぅ……」
油断や様子見なぞという馬鹿げた事をしようとした自分を、ルーファウスは呼吸を整えながら戒める。初手から全力で向かって勝てるか分からない相手。彼はそう思う事にした。故に彼は一切の油断なく初手で切り札を切る事にする。
「不甲斐ない姿を見せた詫び、と言ってはなんだが……全力でお相手させて貰う」
「オレは最初からそうだ」
「それは失礼した」
カイトの返答に、ルーファウスが謝罪する。そしてそれが、戦闘再開の合図だった。
「ふっ」
短く息を吐くと共に、ルーファウスが消える。本気というに違わぬ速度だ。間違いなく、ランクAでも上位の速度。そう言って過言ではない。が、だからと言って捉えきれないわけではない。気配は濃密だったし、何よりその動きはあまりに直線的だった。
「おぉおおおおおお!」
「む!」
一直線に自らに向かって突撃したルーファウスに、カイトも思わず瞠目する。力任せの一撃。そうとしか言えない一撃だ。が、だからこそカイトには通用する。こればかりは彼の性質だ。彼は上に立つ者。故に下の者からの挑戦は受けたくなってしまうのだ。そうして、今度はカイトが吹き飛ぶ番となる。
「ん……これは中々に」
速いな。カイトは吹き飛ばされながら、僅かに笑う。動きは感知出来ている。当然だ。ルーファウスの動きは隠す意図が見受けられず、一直線に自身に向けて来ている力技だ。
普通なら防ぐ風の巻き込みなどを一切防いでおらず、風もすべてを巻き込んでいた。まさに動く台風。そんな様子でさえある。が、だからこそカイトを吹き飛ばす時にはその勢いも乗っており、何時もより大きく吹き飛んでいた。
「さぁて……」
どうするかな。ここで何時もなら大精霊達の力を使って一転して攻勢に出るのがカイトの常であるが、残念ながらここは教国で周囲には何も知らない者たちが居る。そんな事は出来ない。というわけで、彼はちょうど手に持ったままだった槍を地面に突き立てて、それを軸に回転する事で勢いを180度逆に変える。
「おらよ!」
「っ!」
飛び蹴りの要領で飛来するカイトに、彼への追撃をルーファウスは僅かに驚きを浮かべる。が、所詮単なる飛び蹴り。避ける事なぞ容易い事だ。故にルーファウスは僅かに首を傾げて飛び蹴りを回避する。とはいえ、これでカイトが終わるわけがないし、そもそもこんなものは想定の範囲内だ。
「甘い!」
「!?」
自らとすれ違う瞬間に伸びた鎖に、ルーファウスが思わず目を見開いた。そして更に驚いたのは、これが吸魔石の鎖であった事だ。それ故に鎖が彼の総身を包んでいた炎を完全に吸収し、彼の身体をがんじがらめに絡め取る。
「どっせい!」
「くっ!」
幾重にも続くカイトの奇策に翻弄され、ルーファウスは為す術もなく鎖に引き寄せられる。そうして、カイトがまるで一本背負いの様にルーファウスを大きく上に放り投げ、そのまま一直線に地面へと叩きつけんとする。
「まだまだだ!」
地面に叩きつけんとしたカイトであるが、その行動はルーファウスが空中でなんとか姿勢を保ちそれに抗った事で失敗する。この吸魔石の鎖はヘクセンの遺産だ。
故に武器の性能は決して高いとは言い得ず、結論から言ってしまえばルーファウスの力量なら十分に抗えた様だ。とはいえ、自身の策が失敗したにも関わらず、カイトの顔には笑みが浮かんでいた。
「そうこなくちゃ、面白くない」
もうこの手は通用しない。そう判断したカイトは、ルーファウスに巻きつけていた鎖を回収する。この鎖には特殊な刻印が刻まれていて、ちぎれてもある程度なら自己修復が可能だ。が、やはり壊したくないので、無駄と悟った時点で回収したのだ。そうして、彼は今度は無数のナイフを周囲に浮かべる。
「さて……先輩がやってる訓練だが。お前はどれだけ耐えられる?」
「耐えるつもりなぞない!」
カイトが浮かべた無数のナイフに対して、ルーファウスは一直線に突っ込んでいく。すでに彼の身は炎に包まれており、彼に近づく物すべてを焼き尽くさんと待ち構えていた。
単なるナイフならこれで一瞬で溶解するだろうし、よしんば溶解しなかったとて数を頼みにしたナイフ程度がこの火をなんとか出来るわけではない。それ故、突っ込んできたルーファウスにカイトの操るナイフはまるで蜘蛛の子を散らす様に飛ばされていく。そうして、数瞬後。ルーファウスは案の定カイトへと肉薄し、降下の勢いを加えた彼がカイトへと大上段に剣戟を叩き込んだ。
「おぉおおおお!」
「っと!」
大上段に叩き込まれる剣戟に対して、カイトは大剣を手にそれを受け止める。とはいえ、単に受け止めるだけではない。それを地面へと受け流し、なるべくのダメージを減らしてやる。が、それだけのはずなのに、カイトの顔には笑みが浮かんでいた。
「!?」
何かをしてくる。ルーファウスがそれに感づいた。が、すでに時遅し。なにせ気付いた時にはもう終わっていたからだ。そうして二人の左右の岩盤が真っ二つに割れて、どういうわけかルーファウス目掛けて挟み込む様に吹き飛んだ。
「ほら、頑張れよ」
「ちぃ!」
流石にこの状況ではルーファウスもカイトに対する力を緩めるしかない。無対策で岩盤を受けられるわけがないからだ。というわけで、一人離れたカイトに対して、ルーファウスはその場で防御を固める。そうして衝撃の瞬間。彼は思いっきり力を漲らせて超高温を以って岩盤を溶岩へと変換する。
「ほぅ……すごいな」
感心した様に、カイトが目を見開いた。溶岩と化した岩盤は地面に落下する事なく、ルーファウスの周囲で剣の形となり滞空する。どれか一つでも当たれば致命的。そんな力を有していた。
「<<ラーヴァ・ソード>>……実戦で出したのは久しぶりだ」
「それは結構。久方ぶりに運動が出来てるって事じゃねぇか」
「そうだな」
カイトの言葉に対して、ルーファウスが笑う。これは彼にとって切り札の一枚にも等しいらしい。少しだけ楽しげに笑っていた。戦士の血がうずく、という所なのだろう。
「さて……」
どうしたものかな。カイトは笑いながら飛来する<<ラーヴァ・ソード>>を見ながら考える。そろそろ、良いだろうとは思う。彼にはまだまだ飛躍してもらわなければならないのだ。
それを考えれば、今回の模擬戦は絶好の好機だ。この機会を逃すつもりは一切無かった。とはいえ、まだ少し遊びたくはある。が、遊びすぎもよくはない。というわけで、カイトは答えを決める。
「氷剣よ」
カイトは氷の剣を生み出すと、それをルーファウスの溶岩の剣へと投げつける。それに、ルーファウスが笑った。
「さすがはカイト殿! 初手で見抜いたか!」
「さて、何のことやら」
「戯れを!」
敢えて嘯いてみせたカイトに、ルーファウスが笑いながら斬りかかる。<<ラーヴァ・ソード>>の最大の利点は溶岩であるということだ。これは一見すると単に高熱の刃にしか思えないが、実際の利点は溶岩という所にある。溶岩は魔術的には固体にも液体にも近い存在として扱われる。
故に溶岩の様に流動体として操る事も、高熱の岩石として固体の様に操る事も出来る。故にもし実体を持つ刀で斬り掛かった場合、流体としての溶岩の性質を使い痛い目に遭うかもしれなかった。
「あっははは。戯れちゃいないさ……本等の戯れってのは、こんなのを言うんだぜ?」
「!?」
ルーファウスは己の剣戟を右手一つで防いだ一方で左手に銃が構えられていたのを見る。が、その銃は少し前にホタルが使った物のオリジナルだ。故に、通用しない。
「っ!?」
単に放たれるだけの弾丸であるが、ルーファウスはそれを知る由もない。故に彼はその軌道から逃れるべくその場を離れる。が、彼はその最中に残る数本の<<ラーヴァ・ソード>>を投げつける。
「ははっ」
それを待っていた。カイトはここまで自分の想定通り動いていた事に笑みを浮かべる。というわけで、カイトは敢えてその<<ラーヴァ・ソード>>に向けて水弾を放つ。そうして、彼の身体は水蒸気に包まれ、隠される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




