第1733話 ルクセリオン教国 ――模擬戦――
かつての親友の実家であるヴァイスリッター家。そこに花を手向けにやって来たカイトは、そこでようやくヴァイスリッター家の次世代を担う最後の一人、ゲルタと顔を合わせる事になる。
そんな彼女は今までに出会った中ではアルの妹、ルリアによく似た性格のお転婆気味な少女だった。そうしてそんな彼女を交えて、教国のヴァイスリッター家の面々との話し合いは始まる事になる。
「さて……ではまず改めて。カイトくん、瞬くん。ルーファウスとアリスの二人が世話になった。ありがとう。慣れぬ異郷の地から帰って、このように元気な姿を見れたのは間違いなく君たちのおかげだろう」
「いえ……こちらこそ二人には随分と世話になりました」
「いや、それはこの二人もそうだろう……だが、君達もそうであってくれるのなら、どちらも得難き経験を得られたのだろうな」
カイトの社交辞令といえば社交辞令的な言葉に、ルードヴィッヒが笑いながら頷いた。それに、カイトもまた頷いた。
「はい……」
「うむ……それで君の事は色々と聞いている。随分と強いそうじゃないか」
「いえ……ただ日々の鍛錬を繰り返し、そして……まぁ、得難い経験を続けただけです」
「はははは。得難い経験か。なるほど、そうだろう。ルーファウスもアリスも、こちらに居たのでは到底経験出来なかっただろう経験を多く積んだ様だ。幸か不幸か、君はその様な星の下に生まれているのだろうね」
どこか苦笑する様なカイトの言葉に、ルードヴィッヒが楽しげに笑う。ルーファウスが滞在している間のカイト達冒険部の活動については、報告書を介して彼も知っていた。報告書は指揮系統の問題でルードヴィッヒにまずは送られ、そこから教皇ユナルに送られる形だからだ。
「あはは。そうなのでしょう……おかげで必然として普通は手に入れられない道具を手に入れ、得難き縁を得た……いえ、そんな事を言い始めれば、そもそも私達がここに居る事自体、得難き経験の最たる物と言って良いのでしょうが」
「……確かに、君たちはそうか。数多の戦士や冒険者達の中でも、君たちと同じ経験をしたのはかつての勇者只一人。勇者の仲間達でさえ、かの騎士ルクスでさえ経験していない経験だ」
なるほど。確かにそうだ。ルードヴィッヒはカイトの指摘を受け、思わず納得を示す。そもそもの発端からして得難い経験をしているのだ。その彼らの道のりがこのように得難い経験だらけであっても、何故か妙に納得できる物があった。始まりが得難い経験だからこそ、なのかもしれない。
「ふむ……ああ、そうだ。ルー」
「あ、はい。なんですか?」
「報告書にはカイトくんと戦った、という記載がなかったが……模擬戦はしなかったのか? 一週間に一度ぐらいは瞬くんと手合わせをした、というのは聞いていたが……逆にアリスはカイトくんから師事を受けたのだから、一度ぐらいはあるだろう?」
「カイト殿と模擬戦……」
どうだったかな。ルーファウスは父の問いかけに、少しだけ眉の根を付けて考える。基本、ルーファウスは生真面目だし、腕利きとして知られている。なので出向している間にも冒険部内外の戦士達を相手に腕試しは重ねていた。
彼が飛躍した様にルードヴィッヒの目に映ったのは、それも一因だ。こちらで名門出身の騎士としては得られない経験を積んだからこそ、なのである。
「そういえば、カイト殿と手合わせはしたことがなかったか……?」
「そういえば……私も見た事がありません。私は何度か手合わせをして頂きましたが……」
「うーん……オレもルーファウスとはしてない、ですね……」
ルードヴィッヒの問いかけにカイト以下ルーファウスとアリスの三人は確か無かったはず、と口にする。ここらやはり色々とあった為、咄嗟には思い出せない事も多かったのだ。
「そうか……なら、二人共。一度ルーはカイトくんと、アリスは瞬くんと手合わせさせて貰っておきなさい。これを最後に、次に何時会えるかわからないのだし、最後の総仕上げで良い経験になるだろう」
「「「なるほど……」」」
確かに折角と言えば折角だ。逆にこんな仕事をしていながら今まで手合わせをしていなかった方が不思議と言えるだろう。ルードヴィッヒの指摘の通り、これを最後に次に何時会えるかはわからない。
となると、一度今までどんな物を得られていたのか、というのをお互いに確認し合う意味でも手合わせをしておくのも良いだろう。そんな発想に思い至り、四人はなるほど、と頷いていた。
「良し。そうと決まれば、善は急げだ。ゲルタ。怪我の手当てはお前がしなさい。私は鍛錬場の準備をしておこう……ミュンツァー。もし客があれば、鍛錬場まで連絡を頼む」
「あ、はい」
「かしこまりました」
元々ヴァイスリッター家は騎士の一族だ。こういった模擬戦は暇があればしていると言っても過言ではない。故にゲルタも異論はなかった様だ。というわけで、ベネットに後を任せたルードヴィッヒが立ち上がる。
「ルー、アリス。お前達も用意をして、鍛錬場へ来なさい……カイトくん、瞬くん。すまないが、君たちは急いで装備を取りに帰ってくれ」
「あ、はい。先輩」
「ああ……にしても、アリスと戦うのか。少し楽しみだな」
カイトの促しを受けて立ち上がった瞬は、少し楽しげにそう口にする。そもそもアリスと瞬であれば、瞬が格上だ。そして年下の少女を相手に戦うつもりは無かったので興味はなかったが、改めて思い直せば彼女も見習いとはいえ名門の騎士。しかもカイトの師事を受けているという。中々に楽しい戦いになりそうだ、と思った様だ。というわけで、二人は急ぎ装備を取りに戻る事になるのだった。
さて、二人が一度戻ってから、およそ三十分。二人は再びヴァイスリッター家の敷地内に居た。とはいえ、今度は邸宅の中ではなく、屋敷の裏手にある鍛錬場にやって来ていた。
カイト達が入ってきた際に見た庭園はあくまでも客を出迎える為のものだ。なので見栄えより使い勝手が優先される実用的な鍛錬場などはすべて、客には見えない家の裏手にあるのである。
「ああ、来たか」
「おまたせしました」
「失礼します」
ベネットの案内を受けて鍛錬場にやって来た二人を出迎えたのは、先程と同じく平服のルードヴィッヒと騎士の格好に着替えたルーファウスとアリスの二人だ。ゲルタも居るには居るが、少し離れた所で救急箱を膝の上に乗せて座っていた。
「良し……今更だが、思えば休暇にも関わらず戦わせてすまないね」
「いえ……仰るとおり、これを逃すと次が何時かわかりませんからね。それに今だと休暇だから、できる事でしょう」
「そうか。そう言ってくれれば、何よりだ……さて、どちらが先にやる?」
カイトの言葉に礼を述べたルードヴィッヒが改めて問いかける。記念になれば、というだけで今回の模擬戦を提案しただけだ。どちらが先でも問題はない。そんな彼の問いかけに、瞬がポケットに手を突っ込んで問いかける。
「……何時も通りで行くか?」
「それで良いだろう」
「まぁ、オレ達らしいか」
「良し」
カイトとルーファウスの返答に、瞬はポケットに入れていた一枚の銀貨を取り出した。そうして、彼は迷いなくそれを指で弾いて放り投げると、それを手の甲に乗せて手で隠す。それを受けて、カイトがルーファウスに向けて口を開いた。
「どちらが選ぶ?」
「カイト殿で頼む。ギルドマスター、だからな」
「そうか……じゃあ、裏だ」
ルーファウスの返答を受けて、カイトが返答を瞬へと告げる。それを受けて、瞬が手を退ける。その手の甲にあったコインは、裏向きだった。カイトの勝ちである。動体視力に魔術や魔力によるブーストは掛けていない。なので純粋に運だった、と言えるだろう。
「……お前の勝ちだな。どちらだ?」
「後で良いよ。弟子の姿ぐらい、万全の状態で見ておきたい」
「そうか」
カイトの返答に瞬は一つ頷くと、鍛錬場へと歩いていく。そしてそれと共に、アリスはカイトに頭を下げて鍛錬場へち入っていった。
「さて……」
鍛錬場に入っていった二人を見ながら、カイトは端に用意された椅子に腰掛ける。定期的に退魔師としての訓練を施しはしたが、当然彼がそれだけで終わるわけがない。なんだかんだ暦と一緒に面倒を見ていた関係で剣技の様子を見ていたりもした。どこまでやれるかは、少し見たくはあった。
「「……」」
カイトの見守る前で、アリスとルーファウスが開始位置に着く。それを見て、ルードヴィッヒが手を挙げた。
「二人共、準備は?」
「自分は問題ありません」
「私も大丈夫です」
ルードヴィッヒの最終確認に、二人が頷いた。それを受け、ルードヴィッヒが頷く。
「わかった……では、始め!」
ルードヴィッヒの言葉と共に、二人が一礼する。これはあくまでも模擬戦だ。なので礼に始まり礼に終わるのである。そうして、それが終わったと同時に、瞬が一気に切り込んでいくのだった。
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