第1732話 ルクセリオン教国 ――白騎士の一族――
来たるべき戦いに備え、自らの現状を見直したカイト。彼が宗矩との戦いを改めて見据え直した日から、明けて翌日。この日は冒険部としては休日となっていた。
どちらにせよ研究所も基本的には週休二日制で、その休みに合わせて休日とするように言われていたのである。というわけでひとまず細々とした采配をティナに任せると、彼は瞬と共にルクセリオの街のとある邸宅へと向かっていた。
「すごいな。ものすごい年数だろうに、今でも新築みたいだ」
「ああ……三百年前には一度まっ黒焦げに焼け落ちたんだがなぁ……」
懐かしい。カイトは笑って目を細める。あの当時はどこもかしこも戦火に焼かれ、焼け落ちた。それは当然、この教国の中心であるルクセリオも変わらなかった。
「じゃあ、今のこの家は知らないのか?」
「んー……微妙といえば微妙か。見知っているといえば見知っているし、見知らぬといえば見知らぬとも言える」
瞬の問い掛けに応えるカイトはどこか何とも言えない様子だった。そんな不思議な返答のカイトに、瞬は首を傾げる。
「どう言う事だ?」
「簡単だ。邸宅の修繕そのものは、オレが見てた間に大半が終わっていたさ。だが、修繕されたのはあくまで建物。庭なんかはまだまだこれからだった……どうしても、ああいった庭園は年単位で手入れされて初めて完成するものだからな」
だからこその不思議な顔なのか。瞬はなんとなくであるが、カイトが複雑な表情をする理由に納得する。彼はヴァイスリッター家を見た事があったが、その庭園を含めた完成形は見たことがなかったのだ。と、そんな邸宅の前で待っていると、門戸がゆっくりと開いた。
「お待たせ致しました。私、ヴァイスリッター家にて家令……執事をしておりますベケット・ミュンツァーと申します」
「「ありがとうございます」」
カイトと瞬は現れた老執事に揃って頭を下げる。その傍ら、カイトは内心で僅かに微笑んでいた。ミュンツアー。その名には聞き覚えがあった。
(ミュンツアー、か……執事ミュンツアー……ルクスが言ってたなぁ……もし生きてたなら、こんな人だったんだろうか)
その昔、ルクスから聞いた事があった。あの当時は戦乱で、教国も他国と揉めていなかったどころか、かなりの友好関係を築けていた。故にルクスやその父も他国まで救援に向かうのもよくある事だった。
それ故、父の不在の折にルクス達に剣術や武術の稽古を付けたり、軍略の指南をしたりした人物がミュンツアーという執事だった。同じ一族だろう。
(懐かしいな……フォードさんの子孫か。あの人も中々の腕利きだったっけ)
カイトが思い出したのは、かつて居たもう一人のミュンツァー。ルクスを教え導いた老執事ミュンツァーの子だった。
老執事ミュンツァーはかつて教国が攻められた折にルクスの迷いを断ち切って、それを見届けて亡くなっていた。ある意味では彼こそが、エヴァを誑かした蛇。サタンと言えた。
カイトが知らないのは、知ったのがその死後だったからだ。そしてその後にルクスの補佐に密かに就ていたのが、その子であるフォードだった。
「如何なさいました?」
「いえ……少々、妙な感慨が」
「感慨……でございますか」
「ええ……ここ三百年で他国の者でこの家に招かれたのは、おそらく私たちだけでしょう? そう思うと、不思議と言うか縁というか……」
不思議そうなベケットの問い掛けに、カイトは笑ってそう告げる。
「縁……でございますか」
「ええ……私の名はカイト。そして思えば、かつての勇者が去った事こそが全ての破局のきっかけとも見做せます。その勇者と同じ名を持つ私が、三百年後の最初に客となる。縁といえば縁でしょう?」
「なるほど……確かに、そうですな」
カイトが去った後、教国と皇国の関係は悪化の一途を辿る。そしてその両者の関係に雪解けが見受けられる様になったのもやはり、彼の帰還と一致する。そう考えると、これは妙な縁ともみなして良い。そんな彼の指摘に、ベケットが笑って同意する。そうして僅かな社交辞令を交わした後、ベケットは再度腰を折る。
「では、こちらへ」
「「はい」」
ベケットに案内されて、カイトと瞬は白騎士一族の家、この世界で最も古い騎士の一族にして名門であるヴァイスリッター家へと通される。そこは地球で言う所の中世ヨーロッパの貴族の家と言える。
しかも地球と同じ様に異族の居ない空間だ。なので基礎的な設計や思想も似ていた様子だった。そうして内扉を開いた所にはルーファウスとアリスが待っていた。
「若様。お嬢様」
「あぁ、来たか……カイト殿、瞬殿。よく来てくれた」
「いらっしゃいませ」
「ああ。二人共、と本来なら言うべきなんだろうが……アリスだけか。久しぶりは。と言っても、オレの方にはそんな気はしないが」
「あぅ……」
やはり新聞に報じられるほどの一件だったのだ。カイトとしてもアリスの事は見ており、表向きこう言っても問題はなかった。そんな彼の言葉に、アリスは恥ずかしげだった。
「あはは……瞬殿。そちらも元気そうでなによりだ」
「ああ……そういえば、俺は久しぶりか」
「ああ……まぁ、ここで話していても何か。ミュンツァー。悪いが、お茶を頼む。ここからは俺が案内しよう」
「かしこまりました」
ルーファウスの言葉に、ベケットが頷いた。そうしてルーファウスに案内されて、カイトは屋敷の応接室へと向かう事になる。と、その道中でカイトへとルーファウスが問いかけた。
「そういえば……カイト殿」
「ん?」
「花束を持ってくる、という事だったが……」
「ん? ああ、あれか。あれなら問題ない。この通り、な。手持ちしていると萎びる。備えるのに萎びた花束を捧げるのもな」
ルーファウスの問いかけにカイトは笑いながら、異空間の中にしまい込んだ僅かに花束の茎を見せる。一応、今回は名目上カイトは出向先のギルドマスターだった者として、と同時にアルから頼まれて祖先の墓に花を手向ける為にやって来ていたのだ。それなら花束を持っていなければダメなわけで、ルーファウスの指摘が尤もだった。
「ああ、そこらはやはり手抜かりなく、か」
「伊達にギルドマスターなんてやってないさ」
「そうか……っと、ここだ。ここが応接室だ」
「へー……」
ルーファウスが立ち止まったのは、ヴァイスリッター家の応接室の一つ。以前にカイトが来た時にも通されていた、一番の上客をもてなす際に使われる場所だった。
と、そうして入った応接室には、ルードヴィッヒが待っていた。無論、今日は彼も休暇――カイトと合わせた――なので、私服姿だった。こちらはスーツで、殊更西洋人っぽさが見えていた。
「やぁ、カイトくん、瞬くん。よく来てくれた。色々とトラブルに見舞われたここしばらくであるが……こうやって全員が揃えた事は喜ばしい事だ」
やはり来て早々研究所で六番機との戦闘など、様々な事があったのだ。他にもアリスが二十年物の依頼に出た事もある。どちらもカイトが関わっていたのでなるべくの安全は確保されていたが、もしかすると誰かが死んでいても不思議はなかった。
「はい……特にアリスは二十年物の依頼を達成していましたしね」
「あはは。その事については、君に改めて感謝をしておこう」
「うぅ……」
カイトの改めての称賛にルードヴィッヒが笑い、アリスが恥ずかしがる。そうして一つ社交辞令を交わした後、ルードヴィッヒがカイトと瞬の二人に席を勧めた。
「まぁ、とりあえずは二人共座ってくれ。客を立たせたままにしておくのは、騎士の名折れだからな……二人も座りなさい」
「ありがとうございます」
ルードヴィッヒの勧めを受けて、カイトと瞬は椅子に腰掛ける。そしてそれに合わせてルードヴィッヒとアリスも腰掛けた。そうして五人が腰掛けた所で、ベネットがメイド達数人と共に現れた。
「旦那様。お紅茶をお持ち致しました」
「ああ、ありがとう。それとすまないが、ゲルタを呼んできてくれ」
「かしこまりました。ゲルタお嬢様ですね」
ゲルタ。おそらくそれがルーファウスとアリスの妹というわけなのだろう。
「ああ……兄と姉が世話になった客が来ているというのに、あの子だけのけものにするのもなんだろう」
「そういえば、父さん。母さんは?」
「ん? ああ、母さんか。母さんなら、今日は婦人会の会合でな。流石にそちらは外せないからな」
アリスの問いかけに、ルードヴィッヒが少し笑う。どうやらルーファウスらの母は今日は居ないらしい。と、そんな言葉に、教国の実情を知らないが故に瞬が首を傾げた。
「婦人会……ですか?」
「うん? ああ……何か疑問かね? 確か婦人会そのものは日本にもあると聞いていたが……」
婦人会、という組織は日本独自の物に近い。が、世界的な戦乱に見舞われた折り、戦いに赴く者たちを補佐するべく世界的に婦人会に近い組織が出来たとの事であった。
それをカイトが婦人会という所か、と言った事で地球と同じく婦人会と呼ぶようになったとの事であった。ただしこちらは成人女性に限定されるわけではないので、厳密に日本と同じというわけではないらしい。
「あ、いえ……実は俺の母も婦人会の会合だ、と言って時折出る事はあるのですが……絶対に外せない、というほどではなかったので、ルードヴィッヒさんがそう仰るのが少し疑問で」
「ああ、なるほど。それはそうだろう」
確かに言ってしまえばたかが婦人会だ。確かに熱心に活動しているのならまだしも、ルードヴィッヒの様子から婦人会という会合そのものがそれほど重要視されるものではない様だ。だというのに外せない、というからにはそれなりに理由がある様子だった。
「まぁ、普通の婦人会ならそんな出席する理由はさほど無い……だが、この婦人会は特別なんだ。この婦人会は各騎士団の団長の妻や妹が勢揃いするかなり特別なものでね。主催も教会……聖堂教会でその婦人会になる。流石に、ヴァイスリッターが病気でも無い限り休めはしないんだ」
「はぁ……」
そんなものがあるのか。瞬はルードヴィッヒの言葉になるほど、と頷いた。とまぁ、そういうわけで今は教会で婦人会に参加しており、今日は夜まで帰れないという事だった。
と、そんな話が終わったあたりで、ベネットが帰ってきた。そしてその横には、以前にアリスの怪我の手当てをしていた少女が一緒だった。
「お父様。お呼びでしょうか」
「ああ、来たか……ゲルタ。ルーファウスとアリスが世話になっていたギルドの話はしたな」
「はい」
「ああ……それで彼らがそのギルドマスターとサブマスターの二人だ。ご挨拶なさい」
ルードヴィッヒがゲルタへと挨拶を促す。それに、ゲルタが腰を折った。
「ゲルタ・ルードヴィッヒです。兄と姉が世話になりました」
「カイト・天音だ」
「瞬・一条だ」
ゲルタの自己紹介に、カイトと瞬もまた頭を下げる。そうして自己紹介が終わった所で、ゲルタが一転してお上品なお嬢様から普通の少女の顔をしてカイトの顔を覗き込んだ。
「……ど、どうした?」
「うん。なるほど……確かに、似てる」
「……な、何が?」
思わず仰け反ったカイトの問いかけ――他の面子も揃って小首をかしげていた――に、ゲルタが笑った。
「この間お姉ちゃんが」
「ゲルタ!」
「えー」
「「「???」」」
真っ赤になったアリスに、ゲルタが口を尖らせる。どうやらなんだかんだ一番普通の少女らしい性格らしかった。なお、当然だがこの時事情がわかったカイトであるが、一応はわからない演技はしておいた。
「え、えーっと……どうした?」
「あ、いえいえー。この間ちょっとトラブルがあった時、冒険者の方と会ったのですがそれが貴方によく似ていた方でして」
「へ、へー……」
なるほど。それで興味を持ったわけか。ずいっと乗り出したままのゲルタに、カイトが頬を引き攣らせながら頷いた。と、そんなゲルタに、ルードヴィッヒがため息を吐いた。
「ゲルタ……もう少しお上品にしなさい」
「あ、はーい」
「はぁ……すまないな。こんな性格なので修道院に入れているんだが……一向に治らん」
どうやら常にはおおらかなルードヴィッヒが僅かに頭を抱えるぐらいには、お転婆の様だ。そうして、そんなヴァイスリッター家の面々との会合が始まる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1733話『ルクセリオン教国』




