第1731話 ルクセリオン教国 ――見据える――
ルクセリオン教国の暗部の闇を調べるべく暗躍を行っていたカイト。そんな彼は自身に謀られた策を逆に利用して、目的となる制式採用の片手剣の入手に成功していた。そうして片手剣の入手を成功させた彼はそれを手にルクセリオに帰還すると、ひとまず異空間に片手剣を収納すると宿屋に戻って窓際で酒を飲んでいた。
「ふぅ……」
やはりなんだかんだ遺品を回収する、というのは精神的にはストレスだ。なのでカイトとしても良い感情ではなかった。そうして、彼は一度手に入れた片手剣を手にしてみる。
「……ちっ」
嫌な感覚だ。カイトは自らの手に微妙にだが返ってくる感触に、思わず舌打ちする。
「こいつには間違いなく、村正の流れがあるな……」
もう十何年も村正一門の刀を使い続けているのだ。他の流派の武器ならまだしも、村正一門の流れを汲むのであれば返ってくる感触ですぐに分かった。しかも、これにはよくない感触まである。
「異族殺し……いや、そんな領域じゃないぞ、これは……」
殺す。カイトの手に返ってくる感触は、いわゆる異族を殺す<<殺し>>の感触だ。それ故に、彼は苦い顔だった。
「……一体、どれだけの血を吸わせた……? これは……完全に作り手が妖刀作りに魅せられちまってる。海棠の爺が一番危惧していた事が起きてるな……なるほど。これなら本筋じゃなくて破門された者が流れ着いた、と見做して良さそうだな……」
これを誰が大本を考えたかは分からない。が、徹底的に効率化された<<殺し>>の力は何者をも殺すという殺意のみに極められていた。とはいえ、これがそこまで強い力を持つのか、と言われるとそうではない。ある程度の限度は確かにあった。
「ふむ……これはおそらく……一度作られた村正の刀を溶かして再利用した物……だな。面倒な事をしてる。これならいっそ一本の極まった物を作った方が明らかに効率が良いだろうに」
一体どういうつもりでこれを拵えたのだろうか。カイトはそう思う。これが原理的に不可能ではない、という事はカイトは聞いた事があった。
(何だったか……確か村正において素材に分解する際には刀に宿った概念も完全に抹消するんだが、それをせずに玉鋼を再利用した場合、打ち直しとなって<<殺し>>の概念がそのまま残留してしまう……んだったな)
他の流派がどうしているかは知らないが、カイトはこと村正流であればほぼ全ての原理を理解させられている。なのでこれに使われている流派が村正であるのなら、この見立ては正しいと言って良いのだろう。
「はてさて……いや、これ以上は竜胆と爺に任せるべきか」
カイトが依頼されているのは、教国の制式採用の剣を手に入れる事だ。詳しい力やその原理、製造方法については専門家が調べてくれる事だろう。というわけで、彼は一転気を取り直すと持ってきていた特殊な布を取り出した。
「……良し。これでひとまずの封印措置は完了、と。これでバレないだろう」
布には特殊なインクを使って複雑な紋様が記されており、内部の物を封じておく力と外側からの影響を内部へと伝えない効力があった。これを巻いておけばある程度の影響は避けられるので、後はカイトの異空間の最奥に入れておけばバレずに持ち帰れるだろう。
「ふぅ……」
ひとまず、これで今回の暗躍で最も重要だった教国兵の制式採用品の入手は出来た。カイトはそれを改めて実感し、琥珀色の液体を傾ける。
「……今日一日飲んでばかりだな。仕方ないっちゃあ、仕方がないんだが……」
昼一番にルクセリオに帰還して以降、ほぼずっと飲み続けだ。飲まなかったのはあの洞窟の中に入った一時間程度だけだろう。それを思い直して、カイトは笑ってグラスを置いた。
飲みすぎる事は無いし、そもそも一度薬で完全に酔いを覚ました事は酔いを覚ました。が、流石に延々半日も飲んでいれば飽きが来る。一人で飲みたい気分ではなくなった様子だった。
「……帰るか」
少し早いが、それ故にこそどうせなら桜らとイチャイチャするのも良いだろう。カイトはそう思い立つと、使い魔をその場に残してホテルへと帰還する事にするのだった。
さて、明けて翌日。カイトは暗躍が一段落した事で一旦は怪しまれない様にする為に冒険者としての活動を中断すると、一転冒険部の長としての活動を再開させる事にする。というわけで、活動再開と相成ったわけであるが、結論から言えばこちらももう大した作業は残っていなかった。
「ふぅ……これで全部かね」
「うむ。資料整理もあらかた終わりじゃな」
カイトのつぶやきにティナもまた頷いた。彼らが何をしていたかというと、この日もこの日で回収された資料の整理だ。やはり規模から考えて、研究所の資料は非常に多い。時間は相当掛かっている様子だった。
しかも今回収出来ているのは、一番大きかった第零ゴーレム開発室と第零魔術開発室の二つだけだ。これから教国の研究者達だけで他の小さな研究室からちまちまと資料などを回収していく事になるそうだ。
「さて……これでオレ達も本来の動きに入れるわけですが」
「うむ。これで借りは返せたと言ってよかろう」
カイトとティナはあくまでも表向きの話として、話を進める。今回、カイト達が教国側に協力しているのはある意味では教国側の厚意により招かれた事への対価と言える。なのでここの調査と資料の整理に一役買う事でその借りは返せたと言っても良いだろう。
何より、ここに入るには一応は――謎の敵対者が居る為――ホタルの力が無いと出来なかったのだ。その時点で十分持ちつ持たれつ、と言ってよかった。
「で、カイト。お主の見立ては?」
「ま……不可能じゃないね」
カイトはティナの問いかけに僅かにほくそ笑む。万が一に備えてユリィは連れて行くが、それも必要となるとは思えなかった。
「ふむ……となると問題は、じゃ。如何にして余が中に入るか、じゃのう」
「それなー……どうしたもんかね」
ティナの言葉を受け、カイトも考える。なんだかんだ万能型と言われるカイトであるが、そんな彼であるが、一時代の最も厳重な防衛網が敷かれている研究所の最深部に潜り込んだ挙げ句に情報を入手せよ、と言った所で無理難題も良い所だ。なので手に入れる場合はティナが行くしかないのであるが、そうなると色々と考えねばならない事は多かった。そんな二人に、ユリィが口を開いた。
「いっそマーカー仕掛ければ?」
「それができりゃ、苦労しないんだよなー」
ユリィの指摘に対して、カイトが盛大にため息を吐いた。それができるのなら、最初からやっている。それが出来ないから、困っているのである。
「ま、釈迦に説法ってかオレより魔術に優れたお前らにオレが講釈垂れるのもおかしな気もせんでもないが……そもそも、隠形とは何だ?」
「隠形……読んで字の如く姿形を隠す術でしょ?」
「そういうこと。実体を見えなくしたり気付けなくしてやってるだけで、失くすわけじゃない。その点については、ティナの隠形も変わらん。隠形である限りな」
カイトはユリィの問いかけに改めて隠形の基礎中の基礎を語る。方法は光学迷彩や気配を断つなど多種多様だが、この基礎の基礎は変わらない。実体は消せないのだ。となると、それに対しては特段の力を持つ者が二人存在していた。
「気になるのは、石舟斎殿と宗矩殿の二人が敵には居る事だ。この二人のどちらかが研究所の守りに付いている、もしくは潜んでいる場合は隠形なぞ意味がない。騙せるのはオレぐらいなもんだろう」
「やれるの?」
「世界との一体化であれば、才覚はあの二人を超えているというのが信綱公の言葉だ。であれば、やれるんだろう……試した事はないがな」
やれるか否かであれば、やれるのだろう。カイトはユリィの問いかけに対して、そう明言する。だから、彼ならば光学迷彩を使った上でならなんとか忍び込めるのだ。
が、一方のティナには武術の心得はない。更に言えば今から学んだとて遅すぎる。相手は一度分の人生を全て武術に捧げた古強者だ。付け焼き刃なぞで相手になる存在ではない。となると、使いたいのはマーカーとなる。
こちらは無機物。いくら気配を読むのに長けた者達とて、無機物の気配を読むのは容易い事ではない。気を抜かなければ可能だろうが、あの広大な敷地面積を誇るどこにそのマーカーが隠されたのかを探すのは容易ではないだろう。
「……が、今度はセンサーがどうなるかわからんくてのう。マルス帝国には今は失われた技術もいくつもあろう。まだわからぬが、もしやすると元素周期表などもあるやもしれん。無論、現状わかっている範囲を鑑みれば到底地球ほどはあらんじゃろうが」
「が……鉄を詳しく調べんとは思わん。となると……」
「マーカーも金属探知機の原理でバレるかもしれない、と」
「そういうこと。流石に冗談キツいぜ」
もう少し詳しくマルス帝国の事を調べておけばよかった。カイトは笑いながら、ユリィの結論に肩を竦めた。現状、にっちもさっちもいかないのだ。とはいえ、結論はある。最深部へは行かねばならない。これだけは確定だ。
「……やるしかないか」
「何を考えておる」
「こいつ、さ」
「む?」
カイトが取り出したのは、一つのカプセル。それはもちろん、ティナが見知ったものだった。
「それは……使い魔のカプセルじゃのう。もしや、お主……」
「そうするしかないだろ。なにせ相手にゃこっちに気付ける可能性がある手札がある。となると、その手札を使えないタイミングを狙うしかない」
「むぅ……確かに、そうじゃが……むぅ……」
「わーってる。オレも中々にリスクのある策だってのはそう思う」
カイトもティナも冒険部を離れた場合、残るのは瞬を筆頭にした普通の冒険者と大差ない者達だけだ。それだけで、この難局を乗り切ってもらう必要が出て来る。とはいえ、何も策が無いわけではない。
「まぁ……カナタもホタルも居る。特に今のホタルは来る前より更に上だ。なんとかなる……だろう」
「むぅ……それで行けるか?」
「……おそらく、だが。それに宗矩殿がこちらに来るのは確定。が、同時に彼は別行動をする。久秀はまぁ、問題無い。となると、気になるのは巴ちゃんら正体の掴めてない奴らだが……久秀がなんとかするだろう」
「む? 別行動?」
「ああ……宗矩殿だけは別行動をする。そうなると、石舟斎殿は来ないだろう。後は、出たとこ勝負、かね」
カイトは少し前を思い出し、宗矩と石舟斎の二人についてはっきりとそう明言する。ここには、ある。彼が望む戦場が。であれば、そこを使わないはずがなかった。だからこそ、彼は別行動だった。邪魔をされたくないからだ。その心情は弟弟子である彼こそが一番理解出来ていた。
「ふむ……彼奴らは……知っておった、か?」
「ああ……間違いなくな」
カイトにとってはわかっていた事であるが、ティナはここに来て初めて知った形だ。とはいえ、カイトの言う事だ。おそらく真実なのだろう、と思っていた。
「……」
ティナとの話し合いを一度切り上げて、カイトは遥か彼方を見る。が、遥か彼方に彼は居ない。おそらく、もう近くまで来ているはずだった。
「ふふ……」
「む?」
「久しぶりに……いや、ある意味じゃあ初めての同門との戦いだ。これで、果てがどれだけ遠いのかが、少しはわかる」
今まで、カイトが戦った事がある同門は開祖にして最も頂点に近い男と言われる信綱だけだ。故に彼にはその背が見えていても、その背がどれだけ遠いのかが掴めない。最果てが見えていても、遠すぎて距離感が掴めないのだ。
が、宗矩や石舟斎はたしかに剣豪として名を馳せ彼の兄弟子であっても、信綱は超えない。故にそれを指標として、自身が最果てにどこまで遠いのかを測るつもりだった。
「……」
ただ静かに、カイトは内心の闘志を飼いならすように宥めすかす。そうして、カイトは戦いまでの僅かな時間を今はただの冒険部のカイトとして過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1732話『ルクセリオン教国』




