第1730話 ルクセリオン教国 ――回収――
ルクセリオン教国にて制式採用されている武器の入手を行うべく動き出したカイト。そんな彼は教国軍からの依頼を受ける事にしていたのであるが、そこで教国の兵士達の差別的な対応により一人巡回先である地下水路の最奥に置き去りにされる事になる。
そんな彼を助けに来たのは、ローラントだった。というわけで、ローラントに柵を開けてもらって外に出たカイトは、彼と共にルクセリオへと帰還するべく洞窟を後にする。が、その最中、彼は偶然にも兵士の一人の遺体を見付け、それを外へと運び出していた。
「そうだ……やられたのはあれ一人だったのか?」
「いや、俺が聞いた限りでは二人という事だ。もうひとりは水中に引きずり込まれたらしい」
「……放置で良かったのか?」
言ってくれればさっきの時点でなんとかしたんだが。言外にそう告げるカイトに、ローラントが首を振った。
「お前が水中でも自由自在に動けるのなら良いのだろうがな。流石にあの時点で水中に潜って追いかけるのは、自殺行為と言うしかない。なにより、もう三十分以上も前だ。助からん」
どこか冷酷な顔で、ローラントははっきりと生存は絶望的である事を明言する。やはり彼は本来は騎士として立場のある存在だからだろう。ある程度の戦略的な視点を持っている様子だった。
「……そうか。まぁ、オレも罠に嵌められた側だ。文句は無いさ」
こうなるか。カイトはローラントの判断が冷酷とは思わない。すでに死んだ者で、その死はほぼほぼ自業自得と言っても良いのだ。なら、冒険者であればその判断は当然と言ってよかった。
(連れ去られた、ね……ふむ……)
どうしたものか。カイトは自身の目的を考えて、これを利用させて貰う事にする。とはいえ、それは当然今ではない。故にカイトはひとまずルクセリオに戻る事にする。
「とはいえ……そんな死に方はしたくねぇな」
「ああ……特に今は水も冷たかろう」
「だろうな……ああ、改めて、救援助かった」
やはりなんだかんだあっても、ローラントとて死んだ兵士にまで悪態をつくつもりは無いのだろう。どこか哀れみの視線を向けていた。そんな彼にカイトはうなずくと、一つ礼を述べて再び歩き出す。そうして二人は棺桶を引き摺ってしばらく歩くと、外へとたどり着いた。
「ふぅ……ひとまず、この端に置いておくか。更に結界をこうやって……」
「色々と持っているな……」
「色々と出向けば、魔道具の方が便利な事もある。こんな使い捨ての魔道具もな……ってか、よく考えりゃ騙された挙げ句にその騙した奴にこれ使ってりゃ赤字じゃねぇかよ……」
カイトは棺桶を隠す処置を施しながら、冒険者らしく呆れた様にため息を吐いてみせる。と、そんな彼が取り出した小型のナイフに、ローラントが興味を持った。
「なんなんだ、それは?」
「結界展開用の魔道具だ。効果時間と範囲は短いが……まぁ、一日ぐらいなら保つだろう。いたずらにここまで封印措置が施された棺桶を開ける冒険者が居るとは思いたくない」
「どうだろうな……」
「言ってていそうだと思ったが……まぁ、中で放置しておくかこちらで安置するかの差だ。こっちがまだ安全と思っておこう」
カイトはため息を吐いたローラントと同じくため息を吐く。品のない冒険者でなくとも、商人でも常識の無い者であれば死体から武器や売れる物をかき集める死体漁りを行う者は居なくはない。それを思い出した様だ。
(ま……オレ達も大戦期には死体漁りをして幾つかの魔道具を頂いた事はあるんで、声高に非難は出来んがな……流石に現代で金稼ぎとは別か)
カイトはそう思いながら、一つ手を合わせておく。そうして彼は立ち上がると、水脈へと歩いていく。
「どうした?」
「手が汚れたから洗う」
「ああ、なるほど」
別に水脈があるのにわざわざ魔術を使って手を洗う必要はないだろう。というわけで、出発の用意を整え始めたローラントに背を向けて、カイトは水脈の近くで腰を屈めて手を水に浸ける。
「つめてっ」
「もう冬も近いからな」
「だわな……」
自身の驚きの声に応じたローラントの言葉に応じながら、カイトは少しだけ手を洗う素振りをしながら服の裾から一つの魔石を水脈へと落とす。
魔石にはこの場所へ転移出来るマーカーが刻まれており、夜にこれを使ってここに転移するつもりだった。そうして魔石が完全に水中に沈んで見えなくなったのを確認し、ハンカチを片手に立ち上がった。
「すまん、待たせた」
「いや、災難だったな……さぁ、帰るか」
「あいよ。オレはもう今日は帰って飲む。流石に今から仕事はしたくねぇわ」
「あはは……まぁ、俺はここから何か軽い依頼でも受けるか」
盛大にため息を吐いたカイトの言葉に対して、ローラントは少し笑いながら頷いた。彼も若干だが胸くそ悪い、という様な感じで大した依頼はしたくない様子だった。更に言えば、ここから今回の事件に対して再発防止の指示もしなければならないという事もあるのだろう。というわけで、冒険者という仮面を被った二人はそのまま、冒険者としてルクセリオへと帰還するのだった。
さて、それから時は進んで夜。カイトは一応の依頼の終了と生還をルクセリオ支部に伝えると、飲みに繰り出して適当に飲み明かしていた。
「ふはぁ……あー……飲んだ。ソーニャちゃーん。抱いて良い?」
こういう時ばかりは、この酒に強い身体が有り難いな。カイトはおよそ半日掛けて一升瓶を二瓶ほど空けると、偶然食事に来ていたソーニャに絡んでいた。
「殴りますよ」
「えー。いいじゃん、そろそろ一発ぐらい」
「抱くはそっちの意味ですか!」
「げふっ!」
やはり良い塩梅に酒が入ったからだろう。ソーニャのカイトに対する応対も中々に荒かった。なお、実際にはソーニャが一人で来たのではなく、シェイラを筆頭に他にも数人のユニオンの職員が一緒だった。
基本ソーニャは能力の関係で参加したくはないらしいのだが、シェイラが他人と関われる様に何かと気を遣うので仕方がなし――無論、シェイラの気遣いである事もきちんと理解している――に参加しているそうだ。
「ご、ごめん……そうだった。オレ、一発じゃ終わらないからな。うん。嘘はいけないな」
「どれだけやるつもりですか!」
「んー……気が済むまで? あ、安心してよ。ソーニャちゃんもう無理、って言うならそこで終わってあげるから」
「もう良いです……」
一応言っておくが、現在酔っ払っている様に見えるカイトは実際に酔っている。何時もの彼ならここらで泥酔する事はないが、本来の自分との差を出す演技の一環として何時もの体調管理の魔術を僅かに切っているのだ。無論、体質が体質なので泥酔はせず、更には帰った後にはきちんと薬を飲んで酔いを覚ますので問題はない。
「あら、溜まってるなら私がご一緒してあげようかしら」
「あー。何時もならお受けしたいんだが、今回とりあえず教国じゃソーニャちゃん抱くって決めたからなー。おねーさん抱いたらソーニャちゃん拗ねるからー」
「あらー。じゃあしょうがないわねー」
「拗ねません。後、それ以上近寄らないでくれますか」
楽しげな二人に対して、ソーニャがちびちびとお酒を飲みながら口を尖らせる。そんな彼女に、カイトは笑った。
「なんですか、いきなり」
「いや、ちょっとおもしろくてな。ほら、アリスちゃんもソーニャたんも、ぐごっ……なんかオレやりました?!」
「前々から言おうと思ってたんですが、時々ソーニャたんって言うのはやめて下さい。きも……キモいです」
「おい……わざわざ言い直すか」
口では呆れている様子を見せるカイトであるが、その顔は楽しげだった。
「はぁ……心配してあげたらこれですか。調子乗るのいい加減にしてください」
「あはは」
「で、さっきは何を笑ってたの?」
ソーニャの苦言に楽しげに笑うカイトに、シェイラが問いかける。
「ああ、それ? ほら、この間のアリスちゃん、覚えてる?」
「ええ、勿論。可愛い女の子だったわね」
「なー……で、さ。二人結構性格似てたじゃん」
シェイラの言葉に、カイトは笑いながらそう言及する。二人共、実年齢より若干幼い容姿を持っている。それに加えて無口に近い寡黙な性格だ。が、当然だがよく知っていれば二人の性格は違う。それ故、シェイラが首をかしげる。
「そう? 結構違う様に思えたけれど……」
「あはは。ああ。でもほら、無口の所は似てるだろ?」
「なるほどー。そこは似てるわね」
カイトの言う事は一理あった。それ故、シェイラも楽しげに笑う。そうしてしばらく歓談をしながら時間を潰して、程々に酔っ払った所でカイトは立ち上がった。
「あら、もうおかえり?」
「こちとら昼からずっと飲んでるんですよー。流石にこれ以上は飲めん」
「あら……あ、そういえばご愁傷さまだったんだっけ」
「あっははは。まな……ってわけで、オレはもう帰るんですよー。あ、ソーニャちゃんはお持ち帰り許可?」
「不許可。保護責任者としてもうしばらくは清い交際をすすめな……さい」
「ちぇー」
ソーニャを抱き寄せようとしたカイトの手を、シェイラが叩き落とす。それにカイトは楽しげに口を尖らせながら背を向けて、とりあえず支払いを済ませて外に出る。
「あー……仕事だ仕事。いっそ酔い醒ましは必要無いかね……」
どうせこれからするのは冷たい水の中だ。なので必然として酔ったままでも問題はないか、とは思わなくもないらしい。が、仕事は仕事。酔うのも仕事であったが、ここからが本題だ。故に彼はリーシャお手製の酔い醒ましを口にすると、一転気を取り直した。
「よし……」
とりあえずは宿屋に戻ることから始めないとな。カイトは一度宿屋に戻ると、そこでマーカーを頼りに今朝方入ったばかりの洞窟の前へと移動する。とはいえ、その際に一手間加えて、闇の加護で生み出される闇の中に潜んでおいて、転移術を行使した。
(……人影は……見受けられず)
水脈の近くに転移したカイトは、一度そこで人の気配を察知する。ここからは隠密行動だ。教国にもバレてはならない。そうして、そんな彼は闇に潜んだまま水脈へと潜り込む。
(水の力を展開し、呼吸を確保……闇の加護を解除)
なるべく魔物に気付かれたくないのでできれば闇の加護を展開して移動したいわけであるが、流石に水中では音波だので物を見ている魔物も居る。そうなると、闇の加護が逆に気付かれる要因にもなる。というわけで、カイトは闇から抜け出て水の膜を展開。その中で動くことにする。
「ふぅ……まずは、遺体のあった場所にまで移動するか……」
カイトは道中で棺桶を引き摺りながら、幾つかの目印を仕掛けておいた。なのでそれを頼りに水中を移動し、すぐに遺体を見付けた場所へとたどり着いた。やはり大きな戦いが起きていたからだろう。水中にも戦いの痕跡が見て取れていた。
(こりゃ……酷いな。どうやら相当大きな群れと遭遇しちまったか。で、連戦に次ぐ連戦を、というわけかね……)
そりゃ死ぬわ。これが運が悪かっただけなのか、それとも必然なのかはカイトには分からない。が、相当な激戦になったのだろうとは理解できた。とはいえ、そうであればこそ、彼にとってすれば有益でしかなかった。
「ふむ……」
カイトは水中で少しだけ周囲を見回して何か無いか探っていく。すると、すぐに幾つかの金属片が見つかった。
「これは……この曲面……鎧の欠片か? ふむ……一応は金属製……の様子だが……」
誰の物かはわからないが、落ちていた鎧の破片はまだ真新しい様子だ。となると、これは今日の戦いで砕かれ、落ちた鎧の欠片というわけなのだろう。残念ながら村正流は鎧は作らないのでこれから村正の繋がりは分からないだろう。
「まぁ……玉鋼を使っているのならサンプルには使える……かね」
何がどう生きてくるか分からないのだ。であれば、これも回収しておくか。カイトはそう考え、ひとまず鎧の欠片も回収しておく。そうして、そんな彼は更に先へと進み続け、連れ去られたという兵士の辿った道をなぞって行く。
(運が良ければ、ここで手に入れられるんだが……)
カイトが帰り道に見た所、戦いの後に落ちていたのは魔物達が使っていた武器とあそこで倒れていた若い兵士の握っていた片手剣だけだ。
ということは生還出来た兵士達が持ち帰っていなければ、そのまま連れ去られたという兵士が握ったまま、水中に引き込まれたのだと思われる。
ここまでの道中に真新しい武器は落ちていなかったので、少なくとも流されているということはないのだろう。そうしてしばらく水の流れに逆らって進んでいくと、一本の剣が川底に突き刺さっていた。が、それを見たカイトの顔は、しかめっ面だった。
「腕付き、ね……確かに、これはもう助かる見込みはなさそうか……」
おそらく、かなり抵抗したのだろう。腕は鋭利な刃物で切り裂かれた様に切断されていた様子だったし、幾つもの傷が見え隠れしていた。というわけで、カイトは片手剣を握りしめたままの右手を消滅させ、僅かに苦い顔で目標を達成させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1731話『ルクセリオン教国』




