第1725話 ルクセリオン教国 ――制式採用――
少しだけ、話は逸れる。制式採用。それは軍や警察などの組織が所属する者への装備として公的に採用した事を指す。多くの組織では基本的にはその命名にはある程度の命名規則があり、例えば三百年前の皇国であれば『エンテシア皇国〇〇式大剣』などの皇国独自の年紀法――統一歴が作られる前に使われていた物――を使用し、命名を行っていたりした。
基本的には皇国は日本と同じ下二桁を使用し、被った場合はまた更にその下に二個目や三個目を示す符号を与えている。例えば、現在カイト達が開発している魔導機であれば、もしあれが統一歴300年に皇国軍の制式採用として採用された場合は『エンテシア皇国ゼロゼロ式魔導機』と呼ばれる事になるわけだ。
とはいえ、それだと長いので略して『E00M1』とカイト達は書き記す事も多い。『E』がエンテシア皇国、『00』はゼロゼロ年に採用、『M』が魔導機、『1』は一型という意味だ。
「教国も確か、その制式採用のネーミングは大差無かった、と記憶しているんだがな……」
カイトは軍の少将としての記憶を引っ張り出し、教国での制式採用の命名規則を思い出す。基本的に逐一自国独自の年紀法に直すのが面倒なので、各国共にもし命名規則に年号を採用する場合は統一歴で統一される事が暗黙の了解となっている。それによると、教国も大差は無かった。
「確か……ルーファウスはなんて言ってたんだったか」
カイトは少し前に、興味本位でルーファウスに聞いた時の事を思い出す。
『そういえば……お前の剣。教国の制式採用品なのか?』
『ん? いや、違うが……どうされた?』
『ああ、いや。教国の制式採用ならもしぶっ壊れた時に代替品の入手が面倒だな、と』
『ああ、なるほど』
カイトもルーファウスも共に戦う者だ。故に武器の消耗は必ずある。特にこの時のルーファウスは皇国に来たばかりという事もあり、武器の修繕が完璧に出来るかと問われれば首を振るしかなかった。
最悪は武器が完全に失われる事も覚悟せねばならず、ギルドマスターとしてもしもの場合を問いかけるのは当然だった。故にこの問いかけはルーファウスも当然と受け入れ、隠すこと無く明かしていた。
『まぁ……あまり軍人として褒められた事ではないが、これは懇意にしている鍛冶師が拵えてくれた物だ。アリスのもそうだ。ウチが家で懇意にさせて貰っているから、一番肌に馴染む』
『なるほど……』
となると、ここに村正の流れが読み取れる事はあり得ないか。カイトはそう考え、事実修繕に携わった桔梗と撫子も二人の剣に村正の流れは皆無と断言していた。とはいえ、その後の会話で、カイトはこの制式採用について少し話をしていた。
『ああ、それならまぁ、良いんだが。もし必要なら、ウチに皇国が使っている制式採用の片手剣の払い下げ品が大量に転がってる。それを使ってくれ』
『良いのか? 一応、俺も軍務の際には教国の制式採用の片手剣を予備として持っていたんだが……今回は持ち出し禁止、という事で父……団長よりこちらで一本入手する様に言われているんだ。使い潰せる物があるのなら有り難い』
『あはは。一般に払い下げされている物だし、型遅れの品だ。出ちゃ拙いのなら、そもそも払い下げなんてしないさ』
僅かに驚いた様なルーファウスに、カイトが笑いながら頷いた。そんな彼に、ルーファウスは教国の事情を教えてくれた。
『そうなのか……教国にも型落ちはあるんだが、厳重に管理されている。前の変更は……五年前ぐらい、だったか。それも全部回収されたと聞いているな』
『なるほど……まぁ、当時は教国と皇国は冷戦が若干ホットになりかけていたんだ。旧式とはいえ、まだ現役で動いていただろう事は明白だ。刻まれている刻印などの流出が怖かったんじゃないか?』
『ふむ……』
カイトの指摘に、ルーファウスがそうなのだろうか、と眉の根を付けて考える。その後は、しばらく二人で武器についての談義を行う事になっていた。
(五年前、だったか。あそこの鍛冶屋のおっちゃんの言葉が確かなら、もう玉鋼が普通に流通していた頃だ。そして五年前といえば、丁度教皇ユナルが就任した頃。そして、教国と皇国との間で目立った戦闘が起きなくなった頃でもある。はてさて……これは偶然か、必然か……)
案外、穿った見方をすれば繋がっているな。そう呟いたカイトは、どうにかして教国の現行型の制式採用品の入手が出来ないかを考える。
(可能なら、上の方の依頼が受けたい所だが……)
意外かもしれないが、エネフィアでは単純に見える片手剣一つを取ってしても刻印の付与などで何年かに一度は制式採用された品の見直しがされている。単純な鋳造品にも見えるが、実際には柄の部分に耐久度を上昇させる刻印が刻まれていたり、それに合わせて素材の変更がされていたりするのだ。
そして当然、軍のエリート兵士ともなるとその装備は優遇され、特に良い装備を与えられる事になる。ここらの刻印も一般の兵士達が使う物とは大きく変わってくる事だろう。村正の流れを汲む武器があるとすれば、そこだろう。それを可能なら入手したい所であった。
(とはいえ、だ……流石にその領域の装備を手に入れられる様な依頼はまず、今回の日程だけじゃどうにもならん。激闘にもなるだろう。となると……こちらは諦めて、と。で、まずはとりあえず)
さて、とりあえず。そう考えたカイトは、ルクセリオ支部に入るなり何時もの陽気な顔で手を挙げた。
「ソーニャちゃーん。おはよっす」
「はい、おはようございます」
やはり色々とあったからだろう。ソーニャも笑顔を見せてくれる事が多くなっていた。兎にも角にも来たのなら彼女に挨拶をして、依頼を見繕う。それが今のカイトの方針だった。これは冒険者としては一般的な流れで、それを誰かに訝しまられる事は無い。
「それで、今日はどの様な依頼をお探しですか?」
「んー……とりあえず戦闘系無い? とりあえず頭使わなくて良いがベスト」
「何時も何時もそれですね……たまには街で役に立とうとか思わないんですか?」
「あっははは。これもこれで街の役に立ってるだろ」
ここらの雑談は何時もの事だ。なのでカイトは笑いながら乱雑に椅子に腰掛ける。そうしてそれと同時に、ソーニャがカイト専用に纏めた依頼書の束を机に置いた。
「討伐系の依頼でしたら、色々と揃っていますよ」
「ふむ……」
カイトはソーニャの提示した依頼書の束から、ひとまず幾つかの依頼書を見繕う。密偵の仕事で一番重要なのは、怪しまれない事だ。故に偽装するべきは普通の冒険者。そしてただの冒険者として振る舞うのなら、彼の得意分野と言える。そしてそれ故、彼は依頼書の束を見ながら苦い顔を浮かべていた。
「なーんか、いまいちパッとしないな」
「カイトさんが歯ごたえがある、と言える依頼がそう毎日毎日寄せられても困りますよ」
「あっははは。そりゃぁ、確かに……まぁ、受けたけりゃ、ミレニアムやらハンドレッドを受ければ良いだけか。さて……」
何か良い依頼はないか。カイトは二つの意味でそう思いながら、依頼書の束を見繕う。そうして、手頃な依頼を一枚見つけ出した。
「お……」
「どうしました?」
「この依頼の詳細を教えてくれ」
カイトが提示したのは、定期的に行われているという街の近辺の見回り作業への同行だ。危険性はさほどではないが、見回りに出ているのは一般的な兵士だという。一般兵の力量は皇国も教国も大差無い。
武器そのものは手に入れられないでも、欠片ぐらいは手に入れられる可能性はあった。後は運次第、という所だろう。最悪は『ゲイツ鍛冶屋』以外の鍛冶屋に玉鋼製の武器を探しに出ても良いかもしれない。アプローチの仕方は幾つか考えついていた。
「これ……ですか? 確かに楽ですが……カイトさんの場合、小遣い稼ぎにもなりませんよ?」
「小遣い稼ぎにゃなる。お前、オレが豪遊してるとでも思ってんのかよ」
「はい。夜毎風俗店に通い詰めてそうな気が」
「こっちじゃ行ってませーん。ソーニャたんに全部注ぎたいから溜めてまーす」
「変態ですね」
わーい、と楽しげな感じで手を挙げたカイトに、ソーニャが心底呆れ果てた様な顔でため息を吐いた。やはりここら遊びを入れると相棒と似てくるのは、やはり相棒だからなのだろう。
とはいえ、そんな彼はソーニャの冷めた視線を楽しげに受け入れる。これを見ないとルクセリオ支部に来た気になれないらしい。
「えー。ま、何時か必ずソーニャたんは堕とす事にして。とりあえず詳細教えてくれ」
「はい……今、変な言い方しませんでした?」
「気の所為気の所為」
絶対にこいつ何か言いやがったな。ソーニャは楽しげなカイトに、内心でそう思う。そもそも何時もはちゃん付けなのに、先程から何が楽しいのかたん付けである。指摘すると付け上がると判断したらしいので指摘はしなかった様だ。そして今回も深くは追求しない事にした。
「……まぁ、良いです。とりあえずこの依頼の詳細ですが、この依頼は依頼書にある通り教国軍との合同での活動となります。基本的には外での見回りとなりますが、危険性は低いはずです」
「任務地はその都度指示、となっているな」
「はい。詰め所にて指示を受けて下さい。冒険者が同行するのは、万が一強い魔物が現れた場合に逃げられるだけの時間を稼ぐと共に、単独での逃走が可能だろうと判断されている為となります」
「ということは、部隊が撤退した場合でも問題なく報酬は振り込まれる、と」
やはり基本的な冒険者が重要視するのは、報酬だ。故にカイトはあくまでも一冒険者として、そこを重点的に聞く事にする。
「はい。部隊の撤退が行われた場合、冒険者が殿を勤めて生還出来た時点で依頼は達成となります。その後再度の調査があった場合でも、この任務そのものは終了となりますので、同行する必要はありません」
「ふむ……一度の巡回につき一契約という所か」
「そうなります」
「ということは、運が悪ければ早く終わり、運が良ければ定時上がりか」
「カイトさんの場合、幸運があれば、と言って良いかと」
「言ってくれるね」
ソーニャの言外の称賛に、カイトは上機嫌に牙を見せる。この程度の依頼で想定される魔物を相手に、カイトならまず問題なく討伐が出来る。そう信じてくれている様子だった。そうしてそんな彼に、ソーニャが問いかけた。
「それで、どうされますか?」
「分かった。受諾の方向で頼む。たまには楽な仕事も良いだろう。ここしばらくは戦闘に次ぐ戦闘だったからな」
「かしこまりました。では、受領の手続きに入ります」
カイトの言葉を受け、ソーニャが受領の手続きを開始する。そうしてコンソールを幾度か叩いた後、彼女は一つの木札を取り出した。
「これを、西門付近の詰め所へと提出してください。本依頼は定期的に行われている依頼となりますので、これで後は話が通ります」
「あいよ」
カイトはソーニャより木札を受け取ると、それを懐に入れて立ち上がろうとする。が、その直前、ソーニャが彼の手を掴んだ。
「ん? キスでもしてくれるのか?」
「いえ……少々、お耳を」
「ん?」
どうやら内密に話があるというわけなのだろう。カイトは言われるがまま、ソーニャの口元に耳を寄せる。
「……今回、カイトさんが同行されるのは教国でも末端の兵士。ガラが悪い、という事はありませんが……異族を嫌っている兵士は少なくありません。あまりよくない事が起きる可能性もあります。十分にお気を付けを」
「なんだ。そんな事か。もとより承知。ま、心配してくれてありがと」
カイトは異族として登録してある。である以上、狂信者と出会えば危険は避けられない。攻撃なら良い方で、下手をすれば危険地帯に置き去りだ。が、そんなものは元々想定内であるとしか言い得ない。
カイトからしてみれば、ソーニャやローラント、シェイラという良縁を得られている事そのものが途轍もない幸運と考えてよかったのだ。と、そんな彼に笑いかけられ、ソーニャが思わず頬を赤く染めた。
「いえ……単にユニオンの受付嬢として、冒険者が帰還できる様に手を尽くすのは当然の事です」
「あっははは。ま、気を付けるさ。あ、もし帰ってきたら」
「しません」
「まだ何も言ってませんよ?」
「一晩抱かせて、でしょう」
「いや、ご飯どうって聞こうとしたんだけど……おやおや。ソーニャたん、実は欲求不満なの?」
「っっっっっ」
楽しげに自分を茶化すカイトに、ソーニャが先程よりも遥かに真っ赤に顔を染める。そうして、彼女はカイトへと思いっきり腕を振りかぶった。
「おっと! あっぶないな!」
「後追いなら何でも言えます! さっさと行ったらどうですか!?」
「あはははは! じゃあ、行ってきまーす!」
カイトは楽しげに鼻息荒く自身に依頼書の束やらを投げるソーニャへと手を振って、ルクセリオ支部を後にする。そうして、彼は一路シェイラがくれた地図を頼りに西門を目指して進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1726話『ルクセリオン教国』




