第1724話 ルクセリオン教国 ――玉鋼――
ルクセリオン教国にある元マルス帝国の中央研究所。その最深部にある第零ゴーレム開発室に足を踏み入れたカイト達は、クロディの指示を受けながら調査の手伝いを行う事となる。
そうして、しばらく。半日ほどの調査の後に、ひとまずおおよその資料の回収が出来た事でこの日の作業は終わりを迎える事となっていた。
「……まぁ、こんな所ね。流石にあのカプセルは回収……出来ないわね。今回は諦めるしかなさそうね」
一通りの資料や回収できそうな実験装置の回収を終えて、クロディが一つ頷いた。そんな彼女が見ていたのは、ホタルが使っていたとされるメンテナンス用のカプセルだ。これは基本的にはティナが以前に回収し、現在もホタルのメンテナンスに使用しているメンテナンス用のカプセルと同型となる様子だった。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「教国では見つかっていないんですか?」
「ゴーレムのメンテナンス用のカプセル?」
「はい」
「見つかっている事は、見つかってるわね」
改めて言うまでも無い事であるが、教国にもやはり幾つかのマルス帝国時代の遺跡が現存している。その中にはやはり秘匿性の高い施設と思しき遺跡もあり、今回見つかったと同じメンテナンス用のカプセルは見つかっていた様だ。ただ、そんな実情を知っているクロディが苦い顔で首を振る。
「ただ、経年劣化と三百年前の大戦で破損してるのよ。現存しているメンテナンス用のカプセルは大半が現在の技術でリペアしたり、ニコイチかサンコイチで無理やり動かしてる様な物なの。凄いのだとトイチね。でも内部の情報までは復元出来ないから……私達が作ったゴーレムのメンテナンスは出来ても、逆に当時のゴーレムのメンテナンスが出来なかったりするのよね」
変な話なのだけれど。クロディはそう言って、若干笑う。精密なメンテナンスや修理を行うにはどうしても、詳細な設計図が必要だ。正しい情報と現状を見比べて、それで修理するからだ。
が、今現在教国が保有するメンテナンス用のカプセルからは、その情報の大半が失われているのであった。なのでここまで保管状況が良ければデータが失われている可能性は低く、それを期待していたとの事である。
「にしても……やっぱり動かないわね、コンソール」
クロディは横目に主任達が動かそうと試みている研究室のコンソールを見る。どうやらコンソールへのアクセスにはIDの他に当人が設定したらしいパスワードが必要らしく、ハッキングをしない事にはどうにもならないらしい。が、相手はマルス帝国の最深部。遅々として進まないそうだ。
「ホタルが私達のものなら、貴方に頼むのも良いのでしょうけどね」
「あはは……譲れ、と命ぜられても譲りませんよ」
「流石に、私達も国家として他国の保護下にある貴方達からの接収は出来ないわね。大陸間会議での決議にも違反するでしょうし」
笑うカイトの言葉にクロディもまた笑う。やはりこの研究室の情報は教国としても最重要と認識されており、ホタルを通じて皇国に提出される事は避けたかったらしい。
なのでホタルの持つアカウントでの接触は教国側より禁止が明言されており、クロディの横に付き従う事にされていたのも、その監視が含まれていた。そこら、クロディもドライといえばドライだった。
「まぁ、あっちについては百年とかでちまちまと解析していく事でしょう。私達は今までずっとこんな作業をしていたのだし……ただ作業の量が増えただけに過ぎないわね。そう思えば、食いっぱぐれないからありがとう、とでも言うべきかしら」
「まぁ、運が良ければ見つかった資料の中に一つぐらいはパスワードが記されている可能性もありますよ」
「そうであってほしいわね。面倒が減って助かるわ」
カイトの言葉にクロディは再度笑う。まぁ、そういうわけで、ホタルの接触が禁止されたそうだ。無くてもなんとかなる可能性がある、というわけなのだろう。というわけで、カイトはもうしばらく彼女との間でやり取りをしながら、その日の作業を終える事になるのだった。
さて、ホタルの生まれた第零ゴーレム開発室から資料の持ち出しを行った翌日。カイトはこの日は資料整理という事でそちらの作業を使い魔に任せると、カイトは使い魔に一日使わせた玉鋼製の両手剣を手に再び『ゲイツ鍛冶屋』へとやって来ていた。どうやら今日も今日とてシムが店番をしている様子だった。
「あ、いらっしゃいませ」
「ああ。刀の受け取りに来た」
「はい……えっと……はい。きちんと」
シムはカイトの取り出した小袋の中を見て枚数がきちんとある事を確認すると、一つ頷いて後ろを振り向いた。
「父ちゃん! この間の剣士さん、来たよ!」
「おう! そうか! すぐ刀持って行くから待ってろ!」
この鍛冶屋は同時に武器屋もやっている。なので後にルーファウスに聞けば、万が一店側に修繕した武器を置いておいて誤って売りに出しては事なので、鉄火場の方で修繕された刀は管理しているそうだ。というわけで少し待っていると、奥の鉄火場からヒースコートが顔を出した。
「おう、剣士さん。一昨日ぶりか……お、ちったぁ、馴染んでるか」
「ああ。流派が違うから慣れんが……切れ味は悪くなかった。ま、流派の問題として代替品にしたのだけは許せ」
「そりゃ、しょうがねぇさ。本来なら、お前さんに合った武器を卸せるのが鍛冶屋としての仕事だからな」
カイトの腰に帯びていた両手剣には幾度か使われた形跡が見えていた。故にヒースコートとしても単なる飾りではなく、数度は使ったのだろうと察せられた様だ。鍛冶屋としては使われただけ十分、という所だろう。
「で、これがお前の刀だ。確認してやってくれ」
「ああ」
カイトはヒースコートが持ってきた刀を手にすると、僅かに鯉口を切る。そうして数度納刀を繰り返して、その後に抜いたまま刀身を確認した。
「……うん。欠けやら歪みは完全に修復されているな。確かに、持ってきた時より良い出来になってる」
「たりめぇよ。こちとら鍛冶一筋云十年やってんだ。ま、その刀の拵えも悪くなかったがね。まだ十年やそこらの鍛冶師の作だろう」
「よく分かったな」
「鍛冶屋と鍛冶屋。武器見せられりゃ、大体の練度は分かる」
今回、カイトが持ってきていたのは竜胆や海棠翁の刀ではなく、中津国では一般的に出回っている村正の一振りだ。その中でも中堅程度の品を持ってきていた。あくまでも、ここでのカイトは一介の冒険者。それに見合った品を、というわけであった。
「にしても……お前さんの腕を聞く限りじゃ、もうちぃと上の品に手を出しても良いんじゃねぇか?」
「ん?」
「鍛冶屋として色々と見せて貰ったがね。内部に破損が若干生じてた。お前さんの腕にゃ、些かこいつが付いてけてない様に思うぜ」
「ああ、それか」
やはり鍛冶屋。そこらは気付くか、とカイトは一つ頷いた。一応言えば、ここらはカイトも分かっている。なのでこれについては予め言い訳も考えていた。
「実はこいつもまた代替品みたいなもんでな。本気の装備はギルドの自室に置いてきた。言ったろ? 今回はそこまでデカイ戦いをするつもりはなかったって。そいつもまぁ、代替品みたいなもんなんだよ」
「なるほどな……お前さんの腕なら、無銘刀よりきちんとした名前のある逸品を使うべきだって指摘させて貰おうと思ったんだが……そういう事なら、問題はあるめぇ。何時もと同じ感覚で使っちまった、って所か」
「ああ。敵が強かったんでな」
一人納得したヒースコートに、カイトは一つ頷いた。これについては誰もが知る所で、ヒースコートも疑問は抱かなかった様だ。と、そうして少し話した所で、カイトは一つ問いかけてみる事にした。
「にしても……随分と修繕が見事に出来てるな。玉鋼はあまり使われない素材だと思っていたんだが……」
「ああ、それか。俺のひい爺さんの代までは、確かに使わなかったそうだがな。爺さんの代になって、玉鋼を使った武器の開発を国が推進したそうだ」
「そうなのか?」
「詳しくは知らねぇ。所詮、俺はしがない鍛冶師だ。爺さんが生きてた頃、玉鋼の使い方を勉強してた俺にしみじみ当時は苦労したもんだ、って言ってたのを覚えてるだけだ」
意外と古くから流通していたのか。そう思うカイトに、ヒースコートは少し懐かしげに笑いながらそう告げる。とはいえ、そういう事なのであれば、それは即ち古くから玉鋼が流通していたという事なのだろう。皇国が掴みきれなかっただけと思われる。
(ふむ……となると、現教皇が玉鋼での武器の開発をさせた、というより昔から研究がされていた、というわけか……ふむ……彼の爺さん、となると……現役時代は大体40~50年前……か?)
かなり昔に玉鋼が出回っていたのか。カイトは若干だが内心で苦い思いを抱く。とはいえ、掴めなかったという事は即ち、国内で出回るだけで国外からの流入は無かったと考えて良いのだろう。
(で、苦労した、って言う事は……誰かから教わった、ってわけでもないのか……ふむ……村正の誰かが入り込んだ、と考えたんだが……ハズレ……かね?)
誰かが教えたのであれば、これは即ち村正の誰かが彼らに玉鋼の使い方を学ばせたという事になる。が、苦労した、という事は素材を与えられてそれの使い方を独自で導き出した、という事で良いだろう。
(とはいえ、制式採用の武器には村正の流れが若干だがあるという……となると……ふむ……)
どう考えるべきだろうか。そう考えたカイトであったが、安易に判断するのは危険と判断。ここで思考を切り上げる。何より欲しかった玉鋼製の両手剣は手に入った。
しかも幸いな事に、ここはヴァイスリッター家にも武器を卸す鍛冶屋だ。制式採用の品も作っている事だろう。この両手剣にもその影響はあると思われる。後はこれを村正の親子に渡せば、どの程度の村正の流れを汲むのかが分かってくれるはずだった。
「ま、そりゃ良い。オレにしてみれば、きちんと修繕されていりゃ良いんだからな」
「あっははは! そりゃ、俺もだ。どうせ俺達にしてみりゃ、武器として使えるか否か、しかないんだからな」
カイトの指摘にヒースコートも一つ笑う。ここで、カイトとしても玉鋼の産地などについて聞くのが常道だろうとは思う。が、今回はあまりにも調べたい事が多いし、下手な動きをして教国にもあるだろう諜報部に勘付かれたくはなかった。
「まぁ、もうしばらく居るんだろ? それならしばらくは世話をしてやるよ。もし必要があったら、ウチに来な」
「ああ……じゃあ、こいつはきちんと受け取った。感謝する」
「おう」
カイトはヒースコートに礼を言うと、一つ頷いて鍛冶屋を後にする。そうして外に出た彼はひとまず、宿屋へと戻る事にする。
「ふぅ……これでとりあえず武器の確保は完了、と……ふむ……」
宿屋に戻ったカイトは、ひとまず一休みしながら両手剣を抜き放つ。使い魔には触らせていたが、やはり本体としては初だ。なので色々と感覚については未知の所があった。
(……感覚としては……うん。やっぱり村正流じゃないな)
分かっていた事だが。カイトは両手剣に魔力を込めながら、そう思う。そもそも当然だがこれは村正一門が作った物ではない。が、それでも何らかの影響があるというのなら、それが感じられるはずだった。
(ふむ……やはり何らかの方法で制式採用の品を一つ手に入れてくるべき……か。それか軍の工廠に入り込んでの入手が、最善なんだろうが……)
今回、カイトが『ゲイツ鍛冶屋』で手に入れた物は制式採用の品ではない。かといってワンオフの品でもないが、少なくとも教国の一般兵達が使う物でもないだろう。少なくとも、村正の流れを汲む刀剣は教国で一般的というわけでもなさそうだった。
「……」
次の一手はどうするべきか。カイトは少しの間、それを考える。今日一日は冒険者として動く事にしている。なのでこれを考える事は即ち、次にどう動くかにも影響してくる。
「……とりあえず依頼を見て次の一手を考えてみるか」
もし軍との共同戦線があるのなら、それを受けるのも手か。カイトはそう考えると、何か良い依頼は無いか見繕う事にする。そうして、彼は一度ルクセリオ支部へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1725話:ルクセリオ教国




