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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第76章 ルクセリオン教国編

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第1721話 ルクセリオン教国 ――暗躍する者たち――

 ルクセリオン教国にある、マルス帝国の中央研究所。マルス帝国において最重要区画にて開発され、終焉帝の補佐をするべく生み出されたホタルだからこそ保有していたアカウントを使用して、その最下層にある最重要区画へと足を踏み入れていたカイト率いる冒険部と、教国の調査隊。

 そんな彼らは最深部にある二つの重要な研究室の一つとなる第零魔術開発室にて調査を行っていた。そんな研究室にてまるで運命に導かれる様にティナが発見したのは、自身の母であるユスティーツィアの研究ノートであった。それへの偽装工作を施したカイト達は、ひとまずこの研究ノートの対処を後回しにして他に彼女のノートが無いかどうかを調べていた。


「……全部で五冊か」

「うむ。そのうち、イクスフォス殿について書かれておったのは、最初に見付けた一冊と後一冊だけじゃったのう」

「これで全部だと思いたいんだが……」

「さてのう。そこらは当人でも無ければ分からぬ事じゃ。が……」


 真剣な顔で呟いたカイトに対して、ティナもまた真剣な顔で首を振る。そもそもユスティーツィアがマルス帝国を裏切ったのは、時期としては彼女のここでの仕事の最後の仕事となるイクスフォスの調査の最中だ。

 その際に彼女がイクスフォスに絆されて、彼を逃したのが全ての発端となる。なので研究ノートとしては比較的新しい二冊に彼に関する研究記録が記されていた。が、少しの理由から後一冊、研究ノートがある事は分かっていた。


「少なくとも後一冊。一冊ある事は確定じゃ。二冊共、最後のページまで記載されておった」

「むぅ……」


 ティナの言葉にカイトが苦い顔で唸る。そこに、ユリィが彼の肩に着地した。彼女はいつもの気まぐれを偽装して、同じく研究者達のノートを確認していた生徒達の作業を後ろから覗き見してユスティーツィアのノートを探してくれていたのだ。


「だーめ。見た所は全部外れ」

「はぁ……」

「ホタル。お主は何か見付けられておらんか?」

「……否定します。表紙の文字で筆跡鑑定を行っておりますが、該当の筆跡に合致するノートを手にした者は一人もいません」


 ティナは搭載させておいた筆跡鑑定の機能を使って表紙からユスティーツィアのノートが見つからないかホタルに探させていた。が、結果としては彼女の言う通り、梨の礫だったそうだ。そうして作業の終わりまで調べて出てこなかった事から、二人はこれを結論として下すしかなかったようだ。


「……おそらく、ユスティーツィア殿が出奔の折りにここから持ち去られたんじゃろう」

「そうだと、良いんだがな」

「まぁ……現状そうでない可能性が滲んでおればこそ、苦悩するしかないんじゃが……むぅ……楽観的と言えば、楽観的と言うてしまっても良いんじゃがのう」


 僅かでもそうでない可能性が見えているが故に苦い顔のカイトに対して、ティナもまた苦い顔で自分の意見が楽観的だという事をはっきりと明言する。が、この可能性が高くない事もまた、彼女は分かっていた。


「とはいえ、じゃ。今の所考え得る限り、ここまではたどり着けてはおるまい。最後の一冊に何が書かれておったか分からぬがゆえに断言は出来ぬが……あの棚は全て整理されておった。であれば、ユスティーツィア殿の研究ノート全てを盗み取る事は容易じゃ。そしてそうすれば、元々ここにはユスティーツィア殿の研究ノートはなかったと思わせられる。わざわざ一冊のみを抜き取る必要はあるまいな」

「まぁ、確かにな……となると、脱出の際に失われたと考えるのが筋か……」


 ティナの推測を聞いたカイトは、なるほど、と納得する。イクスフォスは脱出の際、ユスティーツィアを救い出す為にただ力任せに暴れに暴れまわったという。

 そして実験に際して、研究ノートは持っているのが普通だ。イクスフォスが脱出したのがいつ、どの様な状況かは分からないが、もし実験の際に騒動を起こしたのであればその際に失われたとしても不思議はなかった。


「とりあえずは要注意で、今は気にしない事にしておくか」

「それで良かろう」


 今気にした所で見つからないものは見つからないのだ。であれば、今は諦めて次の事を考えた方が良い。二人はそう判断する。そうして、一同はこの日の作業を切り上げて、翌日に備える事にするのだった。




 さて、カイトが忙しなく動いていた一方、その頃。久秀達はというと、彼らも彼らですでに教国に入り込んでいた。


「大変だねぇ、二つの身分掛け持ちしてると」


 遠く宿屋の窓に腰掛ける久秀は少し楽しげに望遠鏡を片手にカイトを観察していた。そんな彼の横では、宗矩が源次と共に酒をちびちびと飲んでいた。そんな彼らに、久秀が問い掛ける。


「景気付けの一杯はどうだい?」

「「……」」

「そうかい。口に合わなかったのなら残念だ」


 無言ながらもどこか不満げな気配を覗かせた二人に、久秀も同じ酒を傾ける。三人が飲んでいたのは、久秀が適当に出歩いた際に買ってきたワインだ。それ故、宗矩と源次の口には合わなかった様だ。

 改めて言う事でもないが、日本酒に似た米酒が味わえるのは稲作を行うマクダウェル領か中津国にしかない。なので基本米酒となるとその二つとの交易で手に入れるしか無いが、流石に教国でそれを望めるべくもない。


「さて……現在、色々と状況を見計らってる所なんだがね。まぁ、戦前の景気付けの一杯は締まらなかったらしいが……どうだい、兄さん方。特に宗矩の方は結構場所を用意してやったんだが」

「あれだけあれば、十分かと」

「俺に問題は無い。いつ何時でも戦うだけだ」


 久秀の采配に頭を下げた宗矩に対して、源次は特に思うことも無くそう告げる。それに、久秀は一つ笑った。


「そうかい……ふぅ。後は巴ちゃんだけだが……あっちに問題は無いか」


 やはり男と女。冒険者であれど間違いを起こさない様に男女で別の部屋を取る事は普通にある。それ故、冒険者に偽装していた彼らもまた男女別の部屋分けを行っていた。故にこの場に巴は居ないが、同じ宿には泊まっていた。


「ふむ……」


 巴の事を思い出した久秀は、少しだけ考える。そんな彼が考える事は、今回の戦闘に同行している最後の一人。僧兵もどきの事だ。彼は肉体に少しの事情があり、巴と同室だった。これは勿論、彼女も同意済みの事だ。


(あの僧兵さん……何を考えてるんだか。確かにあの僧兵さんがそうなんだったら、わかっちゃ、いるはずなんだろうがね……)


 僧兵もどきが喋れないのは復活の際に肉体の構築に若干失敗したからだそうだ。他にも幾つかの事について、肉体の構築に失敗した弊害で失われているそうだ。

 無論、それを知った道化師は肉体の再構築を僧兵もどきに申し出たそうであるが、彼がそれを断ったとの事だ。これについて真実かどうかを久秀も問い掛けたが、僧兵もどきは事も無げに真実であると頷いていた。


(なんだったか……確か言語機能以外にも生殖機能やらが失われている、って話なんだが……強大な防御力と再生能力の弊害、だったか。それは良い……それは良いんだよ……俺達だって生前とは肉体が大きく異なっちまってるしな)


 言葉が使えなかろうと魔術は使える。そして僧兵もどきと言えど僧兵の姿をしている以上、彼は元は神職や聖職者に近い立場だったのだろう。前者は念話で補えるし、後者は聖職者として禁欲を考えれば生殖機能が失われたとて困るとは思えない。どちらもそれで良いと言っていたとて、不思議はない。


(ただなぁ……念話、使えるはずなんだよなぁ。なのにうんともすんとも言わないと来る。面倒だな……)


 あの僧兵もどきが何者か、というのは久秀も道化師より聞いている。が、それが真実かどうか、という点について久秀は疑っていた。道化師と久秀は利用し利用される間柄だ。

 些細な事だって真実が伝えられているとは思うべきではないだろう。僧兵もどきが何も言わない事を良い事に、嘘を伝えている可能性だってあるのだ。


(もし万が一、あのデカイ図体の中に別の何者かが潜んでいたとすれば……そうなると更に面倒も出てくるな……そしてそれなら、あの千代ちゃんが明かされても筋が通る)


 久秀は苦い顔で、自分達に対するカウンターがなんだろうか、と推測する。そうして推測を重ねる彼は、一つため息を吐いた。


「はぁー……裏切りってのは何時も命がけだ。あー……」

「……殿。口調に反して楽しげなご様子ですが」

「ん? そうかい?」


 宗矩の問い掛けに、久秀が楽しげに笑う。その顔には確かに、獰猛な笑みに似た表情が浮かんでいた。そんな彼は楽しげに笑いながら、口を開いた。


「くくく……ま、お前さんらみたいに裏切った事が無い奴らにゃわからんだろうがね。裏切りってのは結構難しいんだぜ? 裏切っている以上、相手がそう安々と信じてくれるわけもない。逆に嘘と思われて死ぬ事だってある。勿論、裏切った先が滅びちゃ自分も終わりだ。その場合は命乞いも出来ん。うまーく、立ち回らにゃならんのさ」

「……まさか、殿。織田の大殿を裏切られたのは……」

「あー……いや、一度はこりゃ終わりだな、って思ったからだ。流石に楽しそうだから、ってので裏切っちゃいない。あの時はな」


 まさか楽しいというだけで裏切ったのか。そう言外に問い掛けた宗矩に対して、久秀は少し罰が悪そうに顔を僅かに背ける。


「……ま、お前さんらにゃわからんさ。あの時代の絶体絶命って状況はな」

「「……」」


 楽しげに、しかし懐かしげに過去を思い出した久秀に対して、残る二人は何も言えなかった。確かに、どれだけ絶体絶命なのかと言われると資料を見れば分かる。素直に二人をして、織田信長があの時点から盛り返したのは奇跡としか言い様がない。が、それがどれほどの状況かは、想像するしかない。

 当時最強の一人であった武田信玄を筆頭に、石山本願寺等数々のまず単独でも勝ち目が薄い様な相手に包囲網が敷かれたのだ。それで何故生き残れたのだ、とは当時を知る誰もが疑問だった。何度となく奇跡が起きたとしか言い様がない事が起きた、としか久秀にさえ言い様がなかった。


「それはそれとして……これはお前さんらも分かるだろう? 居るのさ……持ってる奴ってのが。天命、ってのをな」

「「……」」


 今度の久秀の言葉は、二人も同意として何も言わなかった。長く戦場を生きていると、時折出会うのだ。織田信長を筆頭に、普通ならば死ぬだろう状況さえ天に選ばれたかの様に覆す英雄の中でもとびきりの存在が。


「御大将は持ってる類の奴だ……まさか生まれ変わってなお、持ってるとは思わなかったがね。なら、こっちに居るのは端から間違いだ。なら、御大将に怒られる前にさっさと逃げ出すのが吉ってわけさ。ま、それでも今逃げ出すと多分本気で追われるから裏切ってないだけさ」

「はぁ……」


 流石戦国時代においては有数の裏切り者と言われる久秀。もう裏切る事を公言して憚っていなかった。とはいえ、宗矩とてカイトの性格は調べていたし、織田信長の性格は父からも聞いていた。

 甘い男の中でも殊更に甘いカイトだ。頭を下げれば受け入れるだろうし、彼の助命嘆願であればどの国も聞かざるを得ないと分かっている。どう転んでもこちらが賊軍である以上、久秀の判断は正しかった。


(とはいえ……貴方の事だ。裏切らない理由は、あるのでしょうね)


 宗矩は楽しげな久秀の言葉を聞きながら、そう思う。久秀の事だ。おそらく初手の時点で裏切った場合も考えていたはずだ。そうではなく、機を見計らっているのには必ず何か理由がある。そう踏んでいた。

 と、三者三様に表では仲間として語り合いながらも裏では何を考えているか悟らせない三人であったが、そこに来客が現れる事となる。当然、その来客とは道化師だ。


「やぁ、皆さん。お揃いでしたか」

「ん? おっと、道化師さん。駆けつけ三杯、飲むかい? 剣士さん方には受けが悪くてね。てんで減らないんだよ」

「おや……名品だと思うのですが……まぁ、日本人の皆さんのお口には合いませんでしたか」


 道化師は久秀の言葉に笑いながら、ワイングラスを取り出して久秀からワインを受け取る。なお、当然だが、これに毒は入っていない。今の久秀でさえ、河豚の毒でさえ効きが悪いのだ。これ以上の毒を知らない久秀は、自分で手に入れられる毒で道化師を殺せるとは露とも思っていなかった。


「で? そっちはどうなんだい? こっちは今、御大将が帰ってくのを見てた所なんだがね」

「こちらもなんとか目的までの道のりを確保しました。すいませんね、今回は」

「いや、蘇らせて貰ったんだ。借りはきっちり返させて貰うさ」


 改めて言うまでもないが、今回の襲撃は久秀が提案したものではない。道化師の要望を受け計画された物だ。故に、これで一つ借りを返した、というわけである。そしてそれに道化師も同意する。


「ええ……では、当日は派手にお願いします。得意でしょう? 派手なのは」

「ああ、勿論。折角色々と貰ったんだ。存分に、そして盛大に使わせて貰うさ」


 道化師の問い掛けに久秀は笑いながら頷いた。そうして、三者三様に何を考えているか掴ませない者たちは更に一人増えて四人になり、狐と狸の化かし合いじみた話し合いを酒の肴にしばらくの時間を過ごす事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1722話『ルクセリオン教国』

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