第1720話 ルクセリオン教国 ――古き遺産――
鍛冶屋への調査を行っている最中にティナからの提案を受けて冒険部の長カイトとしての行動を再開させたカイト。そんな彼は現在、ティナの母であるユスティーツィアと叔母となるユスティエルが勤めていたマルス帝国中央研究所の地下にある研究室へとたどり着いていた。そこでアンセルムの指示の下作業を行っていた彼であるが、その作業も半日ほどで一段落する事になっていた。
「おーい! そっちの机どうだ!」
「こっちはもう空だ! 後は横の棚だけだな!」
「そうか! こっちの棚はもう全部回収した! 写真も大丈夫だ!」
「分かった!」
基本的に今回の作業では清掃作業を行いながら、全ての机に番号を割り振ってその上で中の資料を全て回収。それを机毎にまとめて、という作業を行っていた。清掃作業をしているのは、後にここも教国側で活用するからだ。床に落下していた資料については付近の机の資料の中にまとめておいて、後で纏めて精査するそうである。
「良し。これで大丈夫だろう……カイトくん。これでこちらの作業は終わりだ。ルードヴィッヒ卿に連絡を」
「わかりました……ルードヴィッヒさん」
『ああ、カイトくんか。どうした?』
「中の作業が終わりましたので、ご報告を」
『そうか。こちらは特に何も問題は起きる事もなく、暇をしていたよ』
カイトの報告にルードヴィッヒは笑いながら問題がなかった事を明言する。研究室の内部の空間は有限だ。故に軍が大挙して押し寄せるのも邪魔だろう。なので彼が率いる<<白騎士団>>が数を活かして研究室の外で待機し、内部はカイト達が手伝うという形になっていた。
「あはは……それなら大丈夫でしょう。こちらは任務終了です」
『ああ。なら、帰還する事にしよう』
これでひとまず資料は全て回収出来ている。細々とした資料の精査はまた研究所が総出で行うらしいが、今は先に何かがあっても失われないように保存の手はずを整える事が肝要だった。というわけで、資料の確保を終えた調査隊は外に出て、改めて確保した資料の精査を行う事にするのだった。
さて、中央の最深部から出て教国が確保しているエリアへと戻ってきた調査隊であるが、そんな中でカイトはアンセルムの指示でその資料の確認作業の手伝いを行っていた。
「いや、すまないな。なにせ今は人手が足りない。どうしても今は軍が閉鎖している関係で、全員は呼び出せないからな」
「いえ。こちらも人手は余っていますし……我々の作業の為にも、ここらの作業は可能な限り早く終わらせたいですから」
アンセルムの感謝に対して、カイトは首を振って問題ない事を明言する。やはり経年劣化等で読めなくなっていた資料は多かったものの、それでも幾つもの資料がまだなんとか読める状態だった。
どうやら机には色々な魔術が使用されているらしく、経年劣化を抑えられる仕組みが取られていたらしい。そんな彼はティナやホタルと共に書棚から回収された冊子の中身を確認して、所定の場所に整理する事になっていた。
「ふむ……どうやらこれは歴代の研究員の研究ノートと言う所かのう」
「そんな所か。いつのものかは定かではないが……ホタル。お前……は、ゴーレムの方か」
「申し訳ありません。一応、ゴーレム開発室の研究者達の筆跡は全て記録しておりますが……逆にこちらの研究室の研究者達の筆跡は登録されておりません」
「だろうな」
カイトはホタルの返答に当然か、と思うだけで再び視線を研究者達の研究ノートへと向ける。研究ノートというのは、研究者が研究に際して得た記録や果ては所感等を書き記すノートだ。実験ノートとも言われる。研究者達の研究結果を記す一次資料と言っても良い。
これは地球でも普通に使われている物で、理系の研究者であれば誰もが持っていると言って良い。というより、持っていない方が可怪しいとさえ言っても過言ではない物と言える。
無論、ティナも数百年の研究があるので分野毎に分けて数百冊単位で持っている。彼女の研究結果の解析が遅々として進まなかった要因の一つには、これを彼女が地球に持っていってしまった為、という事があるぐらいには重要なものだった。
「ふぅ……ホタル。この帝歴はいつだった?」
「はい……これは皇国の建国の十年ほど前です」
「となると……あれか」
基本的に研究ノートや実験ノートは年代ごとに纏め、更にそこから人物毎にソート。更にその後で解析に回すらしい。今はその一番最初の年代ごとにまとめる作業の真っ最中だった。
なお、これでもカイト達は良い方と言える。本職の研究者達は乱雑に散らばってしまっていた資料をきちんと並べ替え、その上で年代毎にまとめ上げるという高度なパズルをやらされている様なものだった。
「ユリィー。次の取ってー」
「はい、次ー……ティナー。手が止まってるー」
「む……」
やはりティナとしてはここでどんな事が研究されていたのか、と興味があったからだろう。研究ノートに気になる物がある度、手が止まっていた。
というわけで、彼女は魔糸を操ってカイトに未確認の研究ノートを渡したユリィの言葉に名残惜しそうに大学ノートより一回り大きめの研究ノートを所定の位置に整頓する。
「さて、次じゃ。次は……ほぅ。これは……確か崩壊の五年ほど前……じゃったか」
どうやら今度ティナが手にしたのは、比較的新しい研究ノートだったらしい。そこには几帳面な文字が書かれていた。そんな彼女のつぶやきを聞いて、カイトが益体もない事を問い掛ける。
「五年前か。オレ達が今読んでる棚は引退した者達の研究ノートの筈だから……崩壊前に隠居したのかね?」
「さてのう……きれいな字じゃ。読みやすく纏められてもおる」
「お前とは真逆だな」
「うっさいわい」
少し茶化すようなカイトのツッコミに、ティナは恥ずかしげに口を尖らせる。この持ち主とは違いティナは本当に思った事を書きなぐる事も多い。なので本人さえ何を書いたか分からなくなる事も時折起こる。が、この研究ノートの持ち主は誰でも読める様なきれいな字で記してくれていた様だ。
「ふむ……」
「おい……だから何故読む」
「む……いや、すまんすまん。ちと興味がある内容が書かれておってのう」
「ん? 何か重要な内容か?」
少し恥ずかしげに謝罪したティナの言葉に、カイトも少しだけ興味を抱く。大抵彼女が手を止める時は子供のように楽しげな目を浮かべている事が多いか、あまり良い内容ではなくてしかめっ面が多い。その彼女にしては少し真剣な顔をしていた様な気がしたのだ。
「うむ……ちぃっと来い」
「「?」」
少し周囲を見回して手招きしたティナに、カイトとユリィは顔を見合わせてその指示に従う事にする。
「ほれ……ここ。白き少年とある」
「「!?」」
白き少年。そしてここはマルス帝国の研究所の最深部。そして、かつてイクスフォスはここでユスティーツィアと出会っている。つまりここに居たのだ。であればこの白き少年とは年代を考えてもイクスフォスに間違いないだろう。
「これは……初代陛下の記録か」
「うむ。異なる世界から連れて来られた少年の生体についての調査結果。ここにはそれが記されておる」
「ふむ……」
確かにこれは興味深い。基本的にイクスフォスはここで何があったか、という事については一切語ってくれない。語りたくないのではない。彼にここでの事を語らせるとユスティーツィアののろけ話しか出てこないのだ。どうやら過酷な実験の大半は彼女のサンドイッチ等の手料理で相殺されていたらしかった。
「少し気になるな。この持ち主の名、分かるか?」
「うむ……ユスティーツィア・エンテシア。その名が、記されておった」
「っ」
やはり母娘。何か引き合う物があったというわけなのだろう。何気なく手に取った筈の一冊の筈なのに、そして数百冊とあるはずなのに、ティナは母の研究ノートを知らず手にしていた様子だった。そんな妙な偶然にカイトは一瞬、顔を顰める。そんな彼の顔の歪みを、ティナは誤解する。
「うむ。この研究室の主任の一人。間違いなく最重要の資料と言ってよかろう」
「……」
どうしたものか。カイトは僅かに悩む。当然だが、教国側もユスティーツィアの事は把握している。彼女の名は非常に大きい。それを知らないはずがない。その研究ノートが無くなっていれば気付かないはずがないし、調査もするだろう。が、これは出来る事なら回収しておきたい所と言えた。故に、彼は少しして小声で問い掛ける。
「……ティナ。このノートに密かに仕掛けを施す事は出来るか?」
「可能じゃ。やろうとすれば、今この場でコピーも出来る」
「いや、そうじゃない。内容の偽装だ。お前、今リルさんから師事を受けてるな? ユスティーツィア殿が施した形での偽装は出来ないか?」
「ふむ……」
確かにそちらの方が良いかもしれない。カイトの提案にティナも僅かに考える。そうして、彼女もまた一つ頷いた。
「不可能ではない。が、可能であればお主の手も少し借りたい。いや、正確にはお主というより時乃様の、というべきかもしれんが……」
「時空加速か。分かった。時の加護を使えばそれぐらいは出来る」
ティナの言わんとする所を理解し、カイトはその内容に了解を示す。
「ユリィ。周囲への偽装を頼む」
「あいさ」
「「……」」
早速行動に入ったユリィを横目に、カイトとティナは視線だけで会話を交わす。元々ユリィが小型のまま居るのは、小型故の見付かりにくさを利用した偽装工作の為だ。それを使うべきだろう。そうして彼女が薄く隠蔽の為の結界を展開したと同時に、カイトとティナが即座に行動に入る。
「良し」
「あいよ」
かれこれ十五年近くにもなる二人の阿吽の呼吸で、二人はユスティーツィアの研究ノートの内容を別物へと偽装する。これで一見すればこのノートに偽装を施したのはユスティーツィアと思われるだろう。そうして内容の偽装を終えると、ティナはそれを所定の位置へと収納する。
「これで、ひとまずは大丈夫か」
「うむ」
少なくともこれでイクスフォスの情報が教国側に露呈する可能性は低く出来る。二人はそれに安堵を浮かべる。そうして再度資料の確認に戻ったわけであるが、そこでティナが問い掛ける。
「で……偽装したのは良いがどうするんじゃ?」
「それは後で考える。今は対処する方が先だろう?」
「ふむ……確かにそれはそうじゃのう」
ひとまず研究ノートから情報を得られる事は防げたが、これをこの後どうするか、というのは決められていない。というより、その時間はなかったのだ。仕方がないといえば、仕方がない。それ故、カイトは次の一手を口にする。
「とりあえずこれで時間は稼げた。後は、ホテルへ帰還してから考えよう。上手くやれば、偽物と取り替える事も出来るかもしれんしな」
「ふむ……まぁ、もうしばらくは動けぬが、どちらにせよ動けぬはここの研究者達も一緒。であれば、まだしばらくの時間はある。偽装がバレる事もあるまい、か」
「そう言うこと。その間に間取りとかを把握して、その時に備えるべきだろう……それに、ユスティーツィア殿のノートがあれ一冊とも限らん」
「そうじゃのう……うむ。では見つけ次第、対処しておく事にしよう」
ティナはカイトの指摘に頷くと、再度研究ノートに視線を落とす。ここでユスティーツィアがどれだけの期間を研究者として過ごしたかは分からないが、短くはないだろう。
それを考えれば一冊で終わったとも思えない。なら、今はそちらを確認する事も重要だった。そうして、四人はしばらくの間ユスティーツィアの研究ノートを探すべく調査に専念する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1721話『ルクセリオン教国』




