第1717話 ルクセリオン教国 ――鍛冶屋――
様々な思惑からルクセリオン教国へとやって来ていたカイト。彼は冒険部の長としての傍ら、身分を偽装して一介の冒険者としても行動を行っていた。そんな彼であるが、ルクセリオのユニオン支部にて出会ったローラントという男の要請によりオーリムという村の解放を成し遂げ、その打ち上げに参加していた。
そうしてローラントより腕利きという鍛冶屋への紹介状を手に入れたカイトは、その翌日。使い魔に冒険部の統率を預けると、ひとまずその鍛冶屋へと向かう事にしていた。
「さて……」
いくら来た事がある街とはいえ、三百年前の事だ。なのでカイトはルクセリオ支部に設置されている地図を見ながら、件の鍛冶屋を探していた。
「これか。中央通りから少し入って……『ゲイツ鍛冶屋』。ここからだと……十五分ぐらいか」
少し遠いな。カイトはルクセリオ支部と鍛冶屋までの道のりを見て、そう思う。なお、鍛冶屋であれば幾つもある様子であるが、折角なので紹介された鍛冶屋へ行くつもりだった。と、そんな地図を見ていたカイトへと、シェイラが告げた。
「で、それは良いんだけど」
「ん?」
「この死屍累々……邪魔だから外でやって頂戴な」
「ああ、悪い悪い。邪魔だったから無視したら襲いかかってきたんで、適当に潰したんだが……掲示板の前は止めておくべきだったな」
カイトは横目に倒れ伏した数人の冒険者達に目を向ける。やはり有名税とでも言うべきか、喧嘩を売られたらしい。が、カイトはそんなものには一切興味がなかったので放置を決め込んでいたら勝手に激高して、襲いかかってきたのだ。面倒なので裏拳を叩き込んで昏倒させたのだが、どうやら喧嘩騒ぎと見て受付の誰かがシェイラへと報告に行った、というわけなのだろう。
「また手軽に倒したものね。何人かは名うてのハズなんだけど」
「後ろから襲いかかろうとしてる時点でさほどでもない。何より、本当の腕利きならきちんと時と場合を選ぶさ。武術を嗜んでいるだろうからな」
呆れた様子のシェイラに対して、カイトはさほど感慨もなかった。カイトが鍛冶屋を探していたのは一目瞭然だ。であれば即ち武器を持たない事は察せられる話であり、今喧嘩を売ったとて意味がないと腕試しを考える者の一部は気付いていた。
「武器を持たん状態の奴に喧嘩を売って勝ったとて得られる旨味はさほどでもない。ま、その程度のものがほしい奴なら良いんだろうが……オレの実力を読み解けてなおかつ喧嘩を売るのなら実より名、腕が目的だ。その時はきちんと喧嘩を売ってくれるだろうし、その時はオレもきちんと応じるがね。こんな初手から無遠慮に喧嘩売りに来ました、って奴に遠慮してやる必要はねぇな」
「そ……まぁ、それはどうでも良いわ。どうせ貴方は喧嘩を売られた側だし……で、これ。ここらの地図。持ってきなさい」
「良いのか?」
「受付で言えば貰えるわ。他所がどうかは知らないけど、ウチじゃ別に隠さず配ってるわ。地図の前で延々迷ってれば誰でも分かるし」
「そか。じゃあ、有り難く」
カイトはシェイラから地図を受け取ると、後始末をユニオン側に任せて支部を後にする事にする。ユニオン側としても揉め事の要因となりかねないカイトに長居してもらいたくはないだろう。というわけで大通りを抜けて少し進んだ彼であるが、少しの懐かしさを得ていた。
「懐かしいな……記憶が確かだったらここらにルクスの実家、あるんだったか」
ルクスの実家。それは即ちヴァイスリッター家の事だ。やはり有数の騎士の名家ということでルクセリオでも一等地に家を構えており、大通りから見える所にあった。今回ローラントから紹介された鍛冶屋からも近い所だったらしい。そんな事を思いながら進むこと少し。カイトは三百年前に見た白い邸宅を目にする事になる。
「……」
変わらないな。カイトはかつての親友の実家の変わらぬ姿を目にする。基本的に、各騎士団の団長か創設者の一族には各騎士団の色に基づいた邸宅が与えられている。そしてルクスの家は言うまでもなく<<白騎士団>>。白色がベースの家だった。
「……行くか」
色々とあったが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。カイトはそう思うと、止めた足を動かして再び歩き出す。そうしてヴァイスリッター家の家を横目に見ながら歩く事、少し。大通りから少し入った所に、それはあった。
「ん? ここは……」
紹介された鍛冶屋の前にたどり着いて、カイトは僅かに目を見開いた。区画整備等で道が変わっていて気付かなかったが、店構えに見覚えがあったのだ。
「ふむ……」
カイトは一度、貰った紹介状と店の名前を見比べる。が、やはりどちらも『ゲイツ鍛冶屋』となっていた。どうやらここで間違いないらしい。
「名前が変わったか、それとも別の人が入ったか……」
どっちなのだろうか。カイトはかつて自身がルクスから聞いた事のある鍛冶屋の店構えを見ながら、そんな事を思う。この店は元々別の鍛冶屋が入っており、三百年前にカイトも教国での戦いの折りにルクスより紹介を受けて一度世話になったらしかった。
カイトからすれば一度だけの繋がりなので感慨があるわけではないが、やはり見知っていた店が変わっていれば否が応でも時の流れを実感しなければならなかった。
「……とりあえず入るか」
いつまでも店先で突っ立っているのも邪魔だ。そう考えたカイトはとりあえず紹介状片手に店に入ってみる。そうして入った店は如何にもファンタジー世界の鍛冶屋という感じで、三百年前当時からさほど変わらぬ様子だった。そんな彼を出迎えたのは、赤茶色の髪の小柄な男の子だ。
「はい! いらっしゃいませ!」
「お、おう……『ゲイツ鍛冶屋』というのはここで合っているか?」
「はい、当店ですが……どうしました?」
カイトの問い掛けに赤茶色の髪の男の子は訝しげに首を傾げる。それに、カイトはローラントから貰った紹介状を差し出した。
「冒険者仲間から紹介を受けてな。武器の修繕を頼みたい。紹介状もある」
「あ、はい。少し待って下さい……父ちゃん! 兄ちゃん! お客さん!」
どうやら受付をしていたのはこの鍛冶屋の次男坊という所で、実際に鍛冶をやっているのは兄と父というわけなのだろう。店の奥の鉄火場からのっそりと二人の筋骨隆々の大男が姿を現した。どちらも赤茶色の髪を持っているので、親子で間違いはなさそうだった。そうして、父らしい男の方が受付の少年に問い掛ける。
「客か?」
「うん。紹介状、持ってきたって」
「紹介状ねぇ……」
どかり、と受付にあった椅子に腰掛けた父はカイトへととりあえずの紹介状の提示を求める。それに、カイトもローラントから貰った紹介状を手渡した。
「ん? こりゃ……ローラントさんのか。へー……あの方が紹介ね」
「あいつ、有名なのか? 少し縁であいつと組んでたんだが……まだこっちに来たばかりでな。詳しくは知らないんだ」
「有名かって……お前、ここらの出身じゃないのか?」
カイトの問い掛けに、父は驚いた様子でカイトへと問い掛ける。それに、カイトは隠すまでもないと頷いた。
「ああ。外から来た」
「へぇ……それでローラントさんがねぇ……ああ、悪い。俺はこの『ゲイツ鍛冶屋』の店主やってるヒースコート・ニーデルだ。こっちの息子のダリルとシムの二人と一緒に、ここで鍛冶屋やってる」
中々に腕利きなのか。そんな様子で手を差し出してきたヒースコートに、カイトは逆に驚きを得ていた。
「ニーデル?」
「ん? どうした?」
「いや、『ゲイツ鍛冶屋』というもんだから、てっきりゲイツって名なのかと思ってたんだ」
「ああ、それか」
カイトの疑問はどうやらそう少なくない数の冒険者が疑問を得ていたらしい。ヒースコートは特に疑問を抱く事もなく納得を得ていた。
「大体百五十年ほど前ぐらいまではニーデルって名で鍛冶屋やってたんだが……その頃のご先祖さまが何か色々とあったそうでな。尊敬する鍛冶師の名を店名にしたらしい」
「なるほどね……」
ヒースコートの言葉を聞いたカイトは、納得を得て頷いた。彼が驚いていた理由は、ニーデルという名が元々ここで鍛冶屋をやっていた鍛冶師の名だったからだ。どうやら三百年前と同じ一族がここで鍛冶師をしている様子だった。
「まぁ、ゲイツって方なら俺も聞いた事はある。何があったかは知らねぇが……今でもウチでやってる武器屋には最高級品として数本持ってるよ」
「へー……」
そんな腕の立つ鍛冶師が教国には居たのか。カイトはそう思いながら紹介状を読むヒースコートの話を聞く。そうして少し話しながら紹介状を読んだヒースコートは、一つ頷いた。
「なるほど。刀の修繕か。確かに刀鍛冶も出来る奴はそこそこ居るが……どこよりもウチに頼るのが一番良い。最高の仕上げを約束してやるぜ」
「そうか……っと、話をするにも物を見せないとな」
笑いながら自信満々で請け負ったヒースコートの返答に喜色を浮かべてみせたカイトは、鯉口をきつく縛った刀を受付の机の上に置いた。
「これがオレの刀だ。今回、デカイ案件を受けるつもりはなくて予備を持ってきていなくてな。まだ少し滞在するんで、修繕しておきたい」
「ふむ……封印、解くぞ」
「ああ」
カイトの返答を受けたヒースコートが鯉口を封じていた布を解いて、カイトの刀を抜き放つ。
「こいつぁ……中津国の村正か。またすげぇモン持ってきやがったな……」
「分かるのか?」
「ああ……なるほど。流石は名にし負う村正か」
「出来るか?」
「誰に物を言ってやがる。こちとら初代から何代にも渡ってヴァイスリッター家の騎士達に刀剣卸してる鍛冶屋の一族だ。持ってきた時より更に良い仕上げに仕立ててやるぜ」
カイトの問い掛けに、ヒースコートは豪快に笑いながら了承を示した。それに、カイトも一つ頷いた。
「それは良かった。頼めるか?」
「勿論よ……と言いたい所なんだがな? お前さん、先立つものは持ってるか? ウチは店はボロいが、これでも高いぜ?」
「あっははは。そりゃ、当然だ。なんだったら、この間の一件の報酬からそちらに回してもらうように手配しても良い」
「ああ、この手紙のか。なるほど……確かに、あの依頼を五分割しても十分に釣りが来るな」
ローラントの紹介状には先日のオーリムにおける依頼の事も書かれていた様子で、ヒースコートはそれなら問題は無いだろう、と一つ頷いた。そうして彼の許諾を得て、カイトは前金として持ってきていた小袋を取り出した。
「とりあえず前金は持ってきた。金貨二十枚入ってる」
「ほっ……お前さん、話が分かるね」
「武器の修繕に金に糸目をつけないさ。こいつに、オレは生命預けてんだ。そっちだって誇り込めてくれるんだろ?」
「あったりめぇだ。生半可な仕事したら、俺が先祖に顔向け出来ねぇ。わーった。この話受けよう。受け取りは明後日の朝以降で良いか? 腕に不安は無いが、これほどの刀だ。しっかり素材の手配とかしたくてな。それに他にも仕事もあるしな」
金払いも悪くなく、そして腕も良い冒険者だ。しかもここらでは名うてとして知られている冒険者の紹介状まであるという。それの刀鍛冶を頼まれて拒む道理はなかったらしい。ヒースコートは二つ返事でカイトからの依頼を受ける事にしてくれていた。
「ああ、問題ない。じゃあ、こいつは確かに預けたぞ。明後日以降、取りに来る」
「あいよ……シム。書類出してくれ」
「うん」
ヒースコートの指示を受け、シム――先程の受付の少年――が一枚の書類を取り出した。きちんと仕事を請け負った、という契約書の様な物だ。それにカイトが署名して、これでヒースコート達はこの鍛冶を請け負った、という事になる。
「そうだ。そう言えばさっき、武器屋も兼ねてるって言ったな?」
「ん? ああ、俺達が作った物を売ってるぜ」
「見て良いか? さっきも言ったが、デカイ依頼を受けるとは思って無くて護身用ぐらいしか持ってなくてな。一本腰に帯びておきたい」
「あっははは。冒険者。腰に獲物が無いと落ち着かないか。ああ、良いぜ。シム、俺達は裏に引っ込んで作業続けるから、店番はそのまま頼む」
「うん」
ヒースコートが必要な案件はこれで終わりと言えばこれで終わりだ。そしてカイトとしても物の分かるヒースコートに下手に突っ込まれるより、まだ若いシムの方が良い。というわけで、カイトは親子が裏に引っ込んだのを見届けて、『ゲイツ鍛冶屋』で扱われている武器を見せてもらう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1718話『ルクセリオン教国』




