第1716話 ルクセリオン教国 ――伝手――
ルクセリオン教国にあるマルス帝国時代の中央研究所。その最深部へと足を伸ばしたカイト達は、ホタルの生まれた第零ゴーレム研究室とやらにたどり着いていた。そうしてたどり着いた部屋は、整理整頓が一切されていない状態だった。そんな部屋の調査の為にもとりあえず整頓作業に乗り出したカイトは、その後しばらくしてルードヴィッヒとの間で通信をつなげていた。
「はい。こちらは問題なく。ただ、整理整頓がされていない状態でしたので、失われた物を確認する為にも一度ホタルのデータを頼りに散らかった部屋を片付けている所です」
『そうか。こちらも幸い、戦闘は起きなかった』
「そうですか。では、どうしますか? 一度集まる事も出来ますが……」
『ふむ……』
カイトの問い掛けを受けて、ルードヴィッヒは少しだけ考える。そうしてしばらくの後に、結論を下した。
『そうだな。ひとまず集まっておこう。幸いまだ一時間ぐらいは帰還まで時間はあるが……色々と確認しておくべきだろう』
「わかりました。では、作業を中断してそちらに帰還します」
『ああ、頼む。総員……』
カイトの返答に、ルードヴィッヒ自身もまた集合に向けて手配を開始する。そしてそれを受け、カイトもまた撤収の作業に入らせる事にした。
「ルーファウス、ルードヴィッヒさんより撤収の指示が出た。少し早いが、調査は一旦中断。帰還する」
「わかった……総員、作業中断! 団長と合流する!」
「「「はっ!」」」
ルーファウスの声を受けて、騎士達が作業を中断する。そうして、ひとまず保管等が出来た所で一同は作業を終わらせると、ルードヴィッヒ率いる本隊と合流する。
「ああ、来たか。報告……は、先にしたか。そちらに何か変わった状況は見受けられたか?」
「いえ……ただ、荒らされた形跡が分からないという事が問題という所でしたか。今まで調べた中でも一番散らかっていた部屋でした。それと……」
「それと? 何かあったのか?」
僅かに言い淀んだカイトに、ルードヴィッヒが首を傾げる。何か深刻な問題が起きていないのは、報告が無い事からも明らかだ。が、何かがあった事だけは確かなのだろう。
「……多量の血痕が見受けられました。資料の一部はそれで読めなくなっている模様です」
「血痕……? いや、確かにここはかつて攻め込まれているので不思議はないか……?」
確かにここは一度攻め込まれている以上、不思議はないかもしれない。ルードヴィッヒはそう考えたが、しかし一転自分で首を振った。
「いや、それでもこの最深部にまで入ったと言う調査記録はないな。何か遺体等は?」
「いえ……おそらくホタルを使い脱出した研究員の物だと思われます。記録によれば重傷を負っていたとの事でしたし、ホタル曰く義体等も自身で作った、という事ですので……」
「つまりは、か」
かつてホタルを改良したこの研究所の生き残りは、四肢を義体に変えて生き延びたと言う。そしてホタルが得た記録によればここに来たときにはボロボロの身体で辛うじてたどり着いた、という事だそうだ。
そこらを鑑みたならば、おそらく腕等の四肢は失われていたものと推測される。そこから流れた血が残っていたというわけなのだろう。そうしてそんな報告を受けたルードヴィッヒは一つ苦い顔で唸る。
「むぅ……流石に七百年も前の血痕となると、魔術による復元も難しいか……」
先にソラがブロンザイトより説明を受けていたが、状態を復元する魔術は基本的に時間が経過すれば経過するほど難しくなる。それこそ一瞬程度ならまだしも、研究者達がコピーを取れるほどの状態の復元は難しいだろう。
「いや、そこらは後で研究者達が考えるか。とりあえず、報告は受けた。他に何か報告は?」
「いえ、特には。ホタルにも問題はなく」
「そうか……では、今日は帰還しよう」
「はい」
「うむ……では、総員! 本日はこれにて帰還! 撤収の用意を開始せよ! 交代の部隊が来た時点で、交代だ!」
カイトの返答を受け、ルードヴィッヒが全員に通達を出す。そうして、カイト達は交代の部隊が来た所で地上へと戻り、この日はそのままルクセリオへと帰還する事にするのだった。
中央研究所での一仕事を終えてすぐ。カイトは再び冒険者としての立場を使い、冒険者ユニオンのルクセリオ支部へとやって来ていた。
「ふぅ……」
やはり色々とあったからだろう。カイトは少し疲れ気味にため息を吐いて、支部に用意されている椅子に腰掛ける。
「……ふむ」
まだ集合時間にはしばらくの時間がある。その間カイトは適当に依頼でも見るか、と思い見ていたが、そこで視線を感じる事に気が付いた。
(まぁ、必然か)
なにせ二十年間誰も突破しなかった依頼を突破したのだ。朝一番だった事で支部には人が多く、多くの者がカイトの事を見知ったと見て良いだろう。
(……しばらく、面倒は避けられそうにないか)
やれやれ。カイトはため息混じりに、自らに向けられる視線に辟易した様子を醸し出す。おそらく明日の朝一番にはカイト狙いの冒険者で溢れかえるだろう。
これがまだ別におこぼれに与ろうという者であれば気にしないで良いのだが、名を挙げるのなら話は別だ。一人一人丁寧にご納得していただく必要があるだろう。
(まぁ……しょうがないか。片やユニオン支部長、片や単なる受付……いや、単なるは違うか)
ソーニャを思い出し、カイトは自らで首を振る。とはいえ、そういうわけなので今回、冒険者達が名を挙げるのに狙えるのはカイトのみと言っても過言ではない。
ここらの冒険者達がローラントの腕を知らないとは思えない。かといって他は、というとアリスを筆頭に喧嘩を売ると確実にここらでは飯を食えなくなる者達ばかりだ。特にアリスは拙いだろう。ヴァイスリッターに下手に喧嘩を売ると、最悪教国に居られなくなる。結果、名を挙げようとする者達は全て単なる流れ者に過ぎないカイトへと殺到する、というわけだ。
「いや、とりあえず飲むか」
どうせこんな事はどれだけ早くても明日からの事だ。今日喧嘩を売られた所で所詮はその程度。疲れている今なら勝てると思う程度の雑魚にすぎない。負ける道理は無いし、苦戦もありえないだろう。というわけで、今日は何も気にせず飲むだけだ。
「と、言うわけなんで。その様子だと親御さんからの許可が下りたか?」
「……びっくりしました。気付いていたんですか?」
「伊達に君より数段上の冒険者じゃないさ」
密かに背後に立ったつもりなのだろうアリスに対して、カイトは笑いながらこの程度は造作もない事を明言する。少し話した限り、ルードヴィッヒはかなりおおらかとでも言うべきか大雑把でも言うべきかそんな性格だ。
シェイラが居るのなら断る必要はないだろう、と判断したのだろう。今後騎士として活動するにしても知り合っておいて損のない相手だ。そこらも判断材料に含まれていても不思議はない。と、そんな彼女がふと気が付いた。
「あれ……? 眼帯、外したんですか?」
「ん? ああ、あれか。あれは戦闘が絡むときだけ付けている物だからな。単なる飲み会で使うもんじゃない。暴発を防止する為のものだからな」
カイトは笑いながら、自身の赤い目をアリスへと見せる。確かに暴走しているので本当なら何時も眼帯をしておきたい所だが、幸いにして今は彼の言う通り単なる飲み会。暴走の危険は少ないと判断――無論リーシャと話した上――し、あくまでもあれは戦闘時の不意の暴走を防ぐ為の物としておきたかった様だ。
「赤い目……なんですね」
「ああ。何だ? 赤目は珍しいか?」
「あ、いえ……」
ジロジロと覗き込んでしまったからだろう。アリスは恥ずかしげに顔を背ける。と、そんな所にまた別の女の子の声が響いてきた。
「……何してるんですか?」
「おっと。ソーニャちゃんの事も忘れてないぜ?」
「……」
じとー。戦闘から離れるやあいも変わらずのお調子者の風体を見せたカイトに、ソーニャはいつもの冷たい目を向ける。そして彼女が居るという事は、シェイラもまた居た。
「はいはい、そこまで。ソーニャも受付が支部の中でそんな目をしない。で、遅れているのは主催者のみ、と」
「あはは。シェイラさんもお疲れ様」
「ええ」
とりあえずこれで残す所ローラントのみだ。というわけで待つ事数分。集合時間の五分前ぐらいに、ローラントが現れた。
「む……俺が最後か」
「ああ。美味い酒、期待してるぜ?」
「任せておけ。では、行くか」
ローラントはカイトの言葉に笑うと、背を向けて歩いていく。まぁ、打ち上げと言っても冒険者の打ち上げだ。なので向かったのはどこかのおしゃれな店ではなく、普通に冒険者が屯する様な店である。とはいえ、アリスも居るからだろう。そこまで粗野ではなく、日本の居酒屋のように一般の市民も居る様な場所だった。
「さて……では二十年ものの依頼の達成を祝して……乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
ローラントの音頭に合わせて、全員が盃を掲げる。そうしてひとまず盃を空にしたわけであるが、しばらくすると全員良い塩梅に酒が入っていた。
「はぁ……というか、私支部長いつまでやらされるわけ?」
「俺に言うな。お前がユニオンマスターと掛け合えば良いだろう」
「あんたが推挙したんでしょー。五年前の一件で……」
「それはそうだが……少なくともお前の意志だろう」
「誰がやらせてんのよ、今も。昨日の一件でほとほと思ったわ。私やっぱり前線出てる方がたのしー。もっとぶっ放したいー」
どうやらシェイラとローラントは相当親しいらしい。シェイラの愚痴はおおよそ、ローラントに向けられていた。というわけで、カイトは酔いの勢いもあって問い掛けてみた。
「あ、何? 二人付き合ってる?」
「「……」」
カイトの問い掛けに、二人がしかめっ面を浮かべる。そうして、シェイラがため息を吐いた。
「無いわ。絶対に無い。この厄介な男と付き合うとか……というか、腐れ縁過ぎて付き合うとか絶対にない」
「はぁ……もう少し人を見る目を養ってくれ。確かにこいつは冒険者としても指導者としても有能だし優秀だが、決して女として優秀ではない」
どうやらよほど無いらしい。シェイラとローラントは同時にため息混じりにあり得ないと明言する。その断言っぷりたるや、カイトが思わずのけぞったほどだ。
「お、おう……え、えーっと……あ、アリスちゃん。飲んでる? 何か良い銘柄頼む?」
「あ、頂きます」
これはこれ以上突っ込むと絶対に何か面倒に巻き込まれる。カイトは冒険者として、そして大戦期に色々と振り回された者としての勘からアリスに話を振る事にしたらしい。
「そういえば……カイト。すっかり忘れていたが、これを忘れる前に渡しておこう」
「ん?」
カイトはローラントの差し出した封筒を受け取り、首を傾げる。
「鍛冶屋の紹介状だ。店名は記しているから、後は地図を見れば分かるだろう」
「ああ、それか。ありがとう」
どうやらこの封筒の中に紹介状があるらしい。これでカイトが皇国より依頼されている玉鋼の調査を少しは進められるだろう。というわけで、カイトは有り難く頂戴しておくことにする。というわけで、それの授受が終わった所でシェイラが気を取り直して問い掛ける。
「そういえば……アリスちゃん。お父様。今忙しいらしいじゃない。日本からの客人を向かえているとか」
「あ、はい。カイトさん達ですね」
「オレ? んぎゃ!」
同じ名前だったのでお調子者として冗談を言ったカイトであったが、どうやらソーニャの琴線に触れたらしい。思いっきり腕を拗じられていた。そんな二人に笑いながら、アリスが告げる。
「今、教皇猊下がカイトさん達をお呼びになられていて、少し私もそちらと関わっていたんです。でも、それが何か?」
「ああ、私も日本人の子達の登録の報告受けててねー。でもギルドマスターの子の登録、されてないままなのよ。で、何か聞いてないかなー、って」
あー。そういえば忘れてたな。カイトはシェイラの言葉で、自分がルクセリオ支部に行っていない事を思い出す。忙しくてこちらで行っていた為、冒険部の長として行くのを忘れていたのだ。
「あ……そういえばカイトさんも忙しそう、って父は言ってました」
「あー……そっか。一応来てたのなら登録はしてほしくてさー」
「今度お会いするので、言っておきましょうか?」
「お願いねー」
シェイラはアリスの申し出に少しすまなさそうに頷いた。ここらは本来ならカイトがしなければならないが、すっかり忘れていてしまった事だ。これは完全にカイトに非があることと言えるだろう。
「そういえば……アリスちゃんはそのもう一人のカイトさんとどうなの?」
「へ?」
「私も女。なんか妙な感情がある事ぐらい分かるわよ?」
「あ、ありません!」
シェイラの言葉にアリスがムキになって否定する。これにどういう意味があるのかはカイトも分からないが、照れ隠しの側面があった事は事実だろう。というわけで、カイトは酔いの勢いに任せて敢えて突っ込んで見る。
「えー。アリスちゃん。彼氏持ちかー」
「彼氏じゃありません! あの人、彼女さん多いですので……」
「お、おー……すげぇのね」
「ええ。凄い事は凄いです。暦さん……あ、向こうの友達なんですけど……」
唐突に出た暦の名に、カイトは僅かに驚きを得る。どうやらカイトの知らぬ間に暦と仲良くなっていたらしい。まぁ、どちらも自身の弟子と言える。そこから付き合いが深くなったのだろう。そうして、カイトは弟子の知らぬ一面を知りながら、しばらくの間打ち上げに参加する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1717話『ルクセリオン教国』




