第1714話 ルクセリオン教国 ――最深部――
ルクセリオン教国にて幾つかの案件に並列して対処していたカイト。彼は冒険者カイトとしてローラントという男の要請を受けルクセリオン教国北部のオーリムという村の解放を行うと、帰還して即座に冒険部の長カイトとしての行動を開始していた。
そんな彼がこの日行う事になったのは、中央研究所の地下への突入だった。そうして開かずの扉の先。地下一階に乗り込んだ彼を出迎えたのは、あいも変わらずカスタムされたゴーレムの大群だった。
「おらよ!」
一昨日の会議で出た結論なのであるが、どうやらここのカスタムされたゴーレムは普通に破壊して良いとなったらしい。まぁ、ここまでの数だ。残骸の無事な部品を寄せ集めて新品を作る事だってできそうだ。無傷で捕獲しなくても問題ないと判断されたのだろう。それに、している余裕があるとも思えない。
そしてカイト達にとってみれば、このカスタムされたゴーレムと戦うのは一度目の事ではない。故に特に問題もなく、堅調な戦いが行えていた。
「ユリィ!」
「はいさ! 二番煎じは何時もの事! 今日も今日とて降り注げ! 雷神招来!」
「おっしゃ!」
ユリィの降ろした雷をその手に宿すと、カイトはそのまま棒を構える。相手は金属。切り裂くより殴る方が効率が良い。とはいえ、そんな彼であるが、今回の棒術には一手間加えていた。
「ユリィ、やっちまえ!」
「あいさ!」
カイトの要請を受けて、彼の肩から飛び上がったユリィが円形の金属の破片を無数に放り投げる。それに、カイトは雷を宿した棒の先端を突きつけると、それだけで鉄片は弾かれた様に吹き飛んでいった。
「これが本当の大盤振る舞い!」
「鉄貨の粗悪な偽物だけどね!」
「うっせい!」
茶化すユリィの言葉に、カイトが笑いながら更に棒の先端を別のゴーレムへと向ける。それに、磁力で浮かび上がった鉄片が一気に射出された。
「あ、相変わらず器用だな……」
棒術とレールガンを繰り返し披露するカイトに、瞬が思わず頬を引き攣らせる。近づかれれば棒術で戦い、距離が離れればレールガン。それ以外にも磁力を利用して引き付けての攻撃や、逆に斥力で引き離して味方を守る事も可能。こういった器用な芸当は彼だから出来る事だろう。
「いや、違うな」
器用だな。感心した瞬であるが、一転して考え直す。確かにカイトの戦い方は彼だから出来る事と言える。が、それでも参考に出来ないはずがない。であれば、答えは一つだ。それを参考にするのだ。知識なら、自分の脳内にある。原理は分かるのだ。
「<<雷よ>>!」
自分に高度な魔術を操る腕はない。瞬とてそれは分かっている。が、その分彼には雷の加護がある。なら、これをまずは槍に宿す。
「ん……」
ここまでは何時もやっている事だ。であれば、次は何をどう参考に出来るか、という所だろう。
(……雷を伸ばすぐらいなら、出来る。が、流石にあそこまで事細かくはな……)
以前にユリィより受けた助言により、瞬とて多少雷を操作する事ぐらいは出来る。が、それでもそれはそれが限度。磁力を保有させる事は出来るだろうが、それでもレールガンが出来るとは思わない。と、そこでふと彼が気付いた。
(……いや、待て。俺はこれで何を操る)
磁力を持った所で、瞬はふと気付く。そもそもカイトは朝市で手に入れた鉄片を操っている。それは出来ないと踏んだのであるが、では何を操るか、と気付いたのである。
「……いや、そうか」
少しアイデアが先行しすぎたか。そう思ってやめようとした瞬であるが、そこでふと違うと気付く。そもそも彼が戦っていたのは金属製のゴーレム。一応鉄製ではなく防錆加工もされている様子であるが、どうにも見た所磁気には反応するらしい。であれば、磁力の使い途もあった。それ故、彼はほくそ笑み試してみる事にする。
「はぁ!」
瞬は手にしていた雷を宿した槍を投げると、今度は数を創り出す。
「ん?」
現れた数多の槍に、カイトが小首を傾げる。槍の一本一本には雷というか磁力が宿っており、かといっていつもの彼らしく投げつけるではない様子だった。
「カイト! すまないが少し試したい事がある! 手を貸してくれ!」
「まぁ、それぐらいなら良いが……」
何をするつもりなんだろうか。当然だが、カイトは瞬ではない。故に彼が何を考えていたかわからないし、今何を企んでいるのかも分からない。とはいえ、彼は指導者なわけで、後進達が何かを試したいというのであれば、それが危険で無い限りは補佐してやるのが彼の在り方だった。
「良し」
瞬はカイトが自身の補佐に入ってくれたのを見ると、それで一つ頷いて雷のコントロールに集中する。このまま槍を投射する事は彼でも出来る。が、繊細なコントロールはまだ出来ない。今回の様にカスタムされたゴーレムに命中させるのは、中々に難しいと言わなければならない領域だ。
「っ……」
中々にコントロールが難しいな。瞬は僅かに顔を顰めながら十本ほどの槍に宿る雷を操って、穂先からカスタムされたゴーレムの一体一体に向けて誘導線の様に細長い雷を伸ばしていく。そうして伸びた雷が繋がった所で、彼は槍を投射した。
「ほぉ……なるほど。考えたな」
放たれた槍を見て、カイトが感心した様に声を上げる。瞬が放った槍は誘導線の様に伸びた雷に沿って動いており、今までの彼ではありえないほどに自由自在に動いていたのである。そうして放たれた槍は逃げるカスタム型のゴーレムを追い詰めていき、またたく間に串刺しにしてみせた。
「が……まだまだ時間が問題になるな」
「分かっているさ。だが……少なくともやり方は掴んだ」
瞬はたしかな手応えを手に、一度手を握り締める。が、そんな彼に対して、カイトは一つ頷いた。
「そうか……まぁ、ここらの奴なら後ろの連中も問題はないだろう。指揮はルードヴィッヒさんに任せて、練習に集中すると良い」
「ああ……ああ、そうだ。カイト。一つ良いか?」
「ん?」
丁度ゴーレムの集団を片付けた所だった事もあり、カイトは時間もあるので瞬の問い掛けに頷いて先を促す。それに、瞬が問い掛けた。
「いや……ゴーレムなら磁力でなんとかなるのは分かった。が、それ以外……生物の場合はどうすれば良いんだ?」
「ああ、それか。生物も微妙だが帯電してるのは、知っているか?」
「……聞いた事はある……様な気がする」
「おい……」
曖昧な様子の瞬に、カイトはため息を吐いた。これについては実は彼の切り札を開発する際に一度講釈を行った事があったのだ。
「先輩……先輩の<<雷炎武>>。あれは体内の生体電流を利用して、身体能力を増強させているんだろう?」
「ああ、そう言えば原理的にはそうだ、と言っていたか……雷の加護で雷化している様な感覚があったんで、すっかり失念していた」
「まぁ、それでも間違いではないから良いんだがな……いや、それは良いか。その生体電流を掴んで、投げれば良い。生命体である限り、生体電流は流れている。なので必然として血肉のある存在であれば、魔物でもおそらく生体電流は流れているはずだ」
「なるほどな……難しそうだな」
生体電流がどれだけ微弱なのか、というのは瞬には学術的には詳しくは分からないものの、少なくとも微弱なのだろうというぐらいは理解できる。それを戦闘中に読み取らねばならないのだ。より修練が必要だろう。
「だろうな。まぁ、それは追々練習していけば良いだろう」
「そうしよう……とりあえず、今は目先か」
「ああ」
瞬の言葉に、カイトは再び棒を構える。どうやら他の所で出現していた個体がこちらにやって来ていた様だ。基本的に警備システムが起動すると、全部の箇所から現れる様だ。基本はこれでも逐次投入にならない様になっているはずだが、カイト達の殲滅力が早い事でラグが出来ていた。そうして、カイト達は更に引き続き戦いを続けていくのだった。
地下の最深部へ向けて安全の確保と共に戦いを続けながら下っていたカイト達であったが、それも半日ほどで最下層へとたどり着いていた。そんな最下層を守っていたのは、やはりこれまたマルス帝国が運用していたカスタマイズされたゴーレムを更にカスタムした物だった。ホタルや六番機の様な顔こそ無いものの、他のゴーレムとの違いは一目瞭然だった。
「これは……」
「カスタマイズド・カスタム機です。研究員達が戯れに量産型をどれだけカスタム出来るか、と試していた事を記憶しております」
『なんじゃとぅ!?』
「いって! なんだよ、急に……」
唐突に耳に響いたティナの言葉に、カイトが思わず顔を顰める。それに、彼女は力強く語った。
『量産型をカスタムした物を更にカスタム! 心踊るではないか! 量産機という均一化の極みの機体をカスタムするという本末転倒の行為! が、それ故にこそ面白い!』
「さいですか……」
そんな所だろうとは思った。カイトはため息を吐きながら、興奮気味のティナに首を振る。
「回収はせんぞー。面倒だからな」
『むぅ……と何時もなら言いたい所じゃが。さっさと片づけよ』
「はぁ……」
何考えてるか分かる自分が嫌だ。カイトは再度ため息を吐いて、改めてカスタマイズド・カスタムとやらと相対する。
(動きの冴え……上のカスタム機とは比較にならんか)
動きの滑らかさ。こちらに対して様子見をするなど、単なるカスタム機には見られない様子があった。どうやら単なるスペック面だけではなく、思考回路等至る所の強化がされているらしい。確かに、カスタム機のカスタムというのも頷ける。と、そんなカスタム機の姿が僅かに揺らめいたのを、カイトは見る。
「甘いな」
幻影を囮に自らの背後に回り込んでいたカスタマイズド・カスタム機に対して、カイトはただただ静かにそう告げる。ゴーレムの特徴である気配の読みにくさに加えて、ここまでの消音性。マルス帝国が選りすぐりで作った魔導炉。そこから来るゴーレム特有の疲れ知らずという条件まである。
まず間違いなく並の兵士であれば数百人で挑んでも勝ち目の無い相手だ。というわけで、カイトは<<雷炎武>>を使って切り込んで一体と戦っていた瞬へと告げる。
「先輩。時間は稼いでやる。使え」
「すまん!」
鎖で雁字搦めにされたカスタマイズド・カスタム機を見て、瞬が一度力を溜める。<<鬼島津>>を使うべく準備に入ったのだ。ワンオフとして組み立てられているホタルほどの性能は無いが、この相手にはおそらく<<雷炎武>>でも勝てないだろう。
「さて……」
瞬の時間稼ぎをしながら、カイトは背後から斬り掛かっていたカスタマイズド・カスタム機の一体との鍔迫り合いを終わらせるべく地面を蹴る。そうして軽く宙へと舞い上がった所に、斬撃が迸る。
「へー。面白い物を持っているな。内蔵型のレーザーブレードか」
宙返りをしながら自らの頭上を通り過ぎた光る剣を見て、カイトが少し楽しげに目を見開いた。どうやら魔力による光刃を持っているらしい。実体を持つ剣を持たねば、その分振り抜きの速度は上がる。
無論、重さも無いのでその分機体全体の軽量化も可能だ。そしてそれ故、その軽さを活かしたカスタマイズド・カスタム機は即座に逆の手でカイトに対して突きを放つ。こちらにも当然、光刃が宿っていた。
「おっと」
カイトは反転しながら、虚空を蹴って光刃を回避する。それに対して、カスタマイズド・カスタム機は床を蹴って追撃の姿勢を見せた。が、その次の瞬間。その動きが唐突に制止される。
「はーい。ご苦労さまでーす」
「はーい、お疲れ様ー」
魔糸で敵の動きを食い止めたユリィに、カイトは一つの魔石を取り出した。そうして、彼はカスタマイズド・ゴーレムの体躯に幾つもの文字らしき物を刻み込む。
「拘束のルーン……姉貴直伝だ。原初のルーンの力、存分に味わってくれ」
カイトが書いていたのはどうやら、ルーン文字らしい。それも現代にまで伝わるルーン文字ではなく、太古の昔にオーディンが手に入れたルーン文字。それを使い、カスタマイズド・カスタム機を拘束していた。こうして、ゴーレムの一体を無傷で鹵獲してみせたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1715話『ルクセリオン教国』




