第1712話 ルクセリオン教国 ――合流――
ルクセリオン教国北部にあるオーリムという廃村。二十年前に魔物の大軍勢により陥落した村の解放という依頼を受けたカイトは、偶然にも休暇というアリスやルクセリオ支部で出会ったローラントらと共に任務に赴いていた。
そんな依頼も軍勢を率いていた『世界を憎悪する影』という魔物の討伐を終えた事で、残す所は結界の消滅でも滅しなかった魔物のみとなる。そうしてその残る魔物の討伐も終わらせ帰還する事になったその帰路の最中。カイトは自身の小袋の中に見知らぬ手帳が入っている事に気が付いた。
「さて……」
竜車に揺られながら傷の手当てを行い、しばしカイトはどうするべきか考える。あの手帳に何が書かれてあるか、どういう意図で自分に渡されたのかは気になる所だ。
とは言えたしかにそれも気になるが同時に、自身が密偵としての役割もこなさねばならなかった。故に彼は傷の手当ての間横に置いておいた刀に手を伸ばすと、何時も通りの手順で手入れの為に鞘から抜く事にする。
「刀の手入れをするから、少しの間近寄らないでくれよ。布の向こうのお嬢さん方も、出てくる時は一声駆けてくれ!」
「ああ、分かった」
「ええ! 気を付けるわ!」
カイトの要請に、ローラントとシェイラが頷いた。冒険者にとって武器は命綱だ。その手入れは彼らにとって当然の事であり、その手入れをしている近くに近寄る怪我をしても文句は言えない。というわけで、一つ断りを入れたカイトは鞘から刀を抜き放つ。
「……」
ここらの作業は何時もやっている事だ。が、今回は何時もとは違い切った相手は殆どがアンデッド系の魔物、それもゾンビの様な相手やスケルトンの様な相手ばかり。前者は柔らかい相手と言えるが、後者は骨だ。切り裂くには技術が必要で、同時に硬いものを切ったがゆえに若干の歪みが生じていた。まぁ、本来の彼ならこの程度で消耗はありえないのだが、今回は事情が事情ゆえに敢えて手荒に斬っていた。
「ふむ……少し連戦が祟ったか……」
「どうした?」
「ん? ああ、少し刀に歪みが生じていた。まぁ、この程度だから戦闘に支障はないが……」
カイトは興味深げに自身の手入れを見ていたローラントに、一度鞘に刀を納刀してみせる。が、その際に気を付けてみると少しだけ引っかかる様な感覚を得た。
「まぁ、この通りきちんと納刀出来るから、特に酷い歪みというわけではない。が、やはり硬いものを斬ったからな。若干歪みと欠けが生じている」
刀に入ったひび割れや歪みについては剣気でなんとかするのは剣士にとって普通の事だ。故にこれでも問題無い、というカイトの発言はローラントにとっても至極納得出来るものだった。
「予備は持ってないのか?」
「いや、今回はここまで連戦を繰り返すとは思っていなくてな。元々姉貴に呼ばれて皇国に渡っただけだし……予備の刀はウルカの部屋に置いてきた」
ローラントの問い掛けに対して、カイトは僅かに苦い顔を作って見せる。元々ここまでの連戦は彼は想定していない、というのはローラントも分かっていた。
「そうか……ここらの鍛冶師に伝手は……無いか」
「ああ。そもそも他国の冒険者がここらの鍛冶師に伝手を得られていたら可怪しいだろう? 今回は世話にならない様にするつもりだったんだが……」
ローラントの言葉に対して、カイトは当然だろう、という顔で笑う。が、そうして更に続けて苦い顔を浮かべ、どうしたものか、と肩を落とす。
「さて、どうするかね……まぁ、両手剣も使えないわけじゃないから、一つ買うか」
「ふむ……それなら、馴染みの鍛冶屋を紹介しようか? 元々は俺が要請した形だ。それぐらいの誠意は見せても良いだろう?」
「ふむ……まぁ、折角だ。受けて良いか?」
「ああ。帰り次第、紹介状をしたためよう」
ローラントはカイトの言葉に頷くと、カイトに対して鍛冶屋の紹介を快諾する。ローラントほどの腕利きが懇意にするという鍛冶屋だ。腕は確かだろうし、伝手もあるだろう。それにカイトは内心でほくそ笑みながら、道中を過ごす事にするのだった。
さて、それから半日と少し。彼らはルクセリオに向かう便に乗り込んで一夜を明かすと、翌日の朝8時にはルクセリオへと帰還する事が出来ていた。
「……はい。これで依頼は完了となります。後は軍の調査を待って、報酬は振り込みとなります。取り分については申請の通り処理されますので、振り込みが成された後にご確認下さい」
ルクセリオ支部に帰還したカイト達は、まずはルクセリオ支部の受付にて依頼の完了の手続きを行う。今回は何か証明出来る物は持ち帰れなかったが、そのかわりに結界を展開する魔石のログを提示してきちんと再起動出来ている事をユニオンへと提出していた。
これで教国側も結界の再起動が出来ている事が確認出来る為、オーリムの調査に入れるというわけだ。そうして依頼の完了の手続きが成され、二十年もの間掲示されていた依頼書が掲示板から取り外された。
「「「おぉおおおお」」」
二十年ものの依頼が達成され、周囲の冒険者達から感嘆の声が溢れる。やはり長年掲示されていた依頼となると、誰もが受ける事そのものに気後れするものだ。それに挑むだけでも嘲笑や称賛の的だというのに、それを突破したのであれば全員が一目置くのは当然だった。
「あれは……ローラントか?」
「あいつ、ついにやりやがったのか」
「ほかは……支部長? そう言えば昔組んでたって話だったか」
「後は……っ、レノフにヴァイスリッター家の長女か。流石は、か……」
「最後の……あれは誰だ?」
やはりアリスの事やソーニャの事は知れ渡っていたらしい。が、一方来たばかりかつほぼほぼ無名なカイトは逆に誰なんだ、と首を傾げられるばかりだった。とはいえ、それにカイトはこれで良いだろう、と思っていた。
(これなら、ひとまず問題は無いか。アリスには少し悪いが……)
実のところカイトがアリスを引き入れたのは彼女の身の安全を気にした事と、同時に彼女の名の大きさがあった。やはり彼女はヴァイスリッター家。ルーファウスの影に隠れてしまっているが、それ相応には期待や注目がされている。それ故にどうしてもこの様な大規模な依頼を達成したとなると注目を集める事になり、その分カイトが注目されにくいと判断したのである。
「シェイラ。お前はひとまず、支部で溜まった仕事を片付けるんだったな?」
「ええ。ソーニャも一緒にね」
「……」
ローラントの問い掛けに笑いながら答えたシェイラに対して、ソーニャはただ頭を下げただけだ。それを受けて、ローラントも一つ頷いた。
「そうか。では、打ち上げは夜にしておこう。とりあえず俺は一旦、カイトへの紹介状を書く」
「ええ。じゃあ、また後で。久しぶりに誘ってくれて嬉しかったわ」
「では、失礼します」
二人はそれぞれ別れの挨拶を述べると、従業員用の出入り口からルクセリオ支部の奥へと消えていった。そもそも二人共本来はユニオンの職員だ。特にシェイラは支部長。彼女が居なければどうにもならない仕事もあるだろう。というわけで、これからそれに取り掛かるという事だった。
「さて……アリス。世話になったな。親御さんにも礼を言っておいてくれ」
「はい……では、お疲れ様でした」
「ああ……まぁ、親御さんから許可が出たら、君も打ち上げに参加すると良い」
「はい」
ローラントの言葉に、アリスは再度頭を下げてその場を後にする。やはり冒険者の飲み会に参加するとなると、父の許可は欲しかったらしい。そんな彼女は一度家に無事に帰還出来た事を報告しに帰る、という事であった。
「カイト。紹介状については、飲み会の時に渡す形で良いか?」
「ああ。一度オレも宿屋に帰る。もし何かがあったら、そっちに頼む」
「ああ……では、今回は世話になったな」
「いや、こちらこそ世話になった。ま、また後でな」
「ああ」
カイトとローラントは一つ握手を交わし合うと、それでお互いの拠点へと帰る事にする。そうしてカイトは宿屋に帰ると、即座に通信機を起動させた。
「ティナ。オレだ。大丈夫か?」
『む? おぉ、帰ったか』
「ああ。なんとか、依頼は無事に達成だ。が、少々気になる事になった」
『ふむ……っと、こちらじゃが、やはり冒険部も討伐任務に加わる事になった。と言っても簡易な所じゃがのう。今日もまた調査任務と並行して、奥に調査に出てる所じゃ』
カイトの報告に対して一つ唸ったティナであるが、思い出した様に現状を語る。それに、カイトも一つ頷いた。
「わかった……時間から考えて、まだ出発前だな?」
『うむ。基本は9時5時じゃ。それ以外にも戦闘や調査次第では早まる可能性もある』
「わかった。すぐにそちらに合流する。その時に詳しい話をしよう」
『わかった。こちらもそれに合わせ、行動を行う』
兎にも角にも、あの手帳が何かを調べない限りは開く事も憚られる。そしてそういう調査であれば、ティナの得意分野だ。彼女に任せるのが一番と言えるだろう。というわけでカイトは宿屋に使い魔を残すと、三日ぶりに中央研究所へと向かう事にする。
「来たか……ほれ。使い魔の記憶球じゃ」
「ああ……っと」
カイトはティナから自身の使い魔の記憶を受け取ると、この二日あった事を確認する。まぁ、私的な部分はさておいて、それ以外の所についてはさほど進捗はない。初日はやはり普通に会議だけで終わり、二日目は実際に数度戦闘を経たらしい。三日目も同じになるだろう、というのがルードヴィッヒの言葉だった。
「良し。大体理解した」
「うむ……それで、気になる事とは?」
「ああ……これだ」
ティナの問い掛けを受けて、カイトは小物入れの中から手帳を取り出す。これを調べない限りは次に進めない。そしてもしかすると、教国の闇に通ずるかもしれないのだ。調べておきたい所でもあった。
「それは……普通の手帳に見えるがのう。まぁ、厳重に封印はしておる様子じゃが」
「そう見える……が、手に入れた経緯が経緯でな。迂闊に開きたくはなかった」
カイトから受け取った何の変哲もない手帳に、ティナが首を傾げる。が、そうして魔眼を起動させて手帳を見ても、やはり彼女は首を振るしかなかった。
「ふむ……やはり、何か仕掛けられている様子はない。それで、これを手に入れるに至った経緯とは?」
「ああ……」
ティナの問い掛けを受けて、カイトは昨日の一件を語る。それを受けて、ティナも訝しげな表情を浮かべるしかなかった。
「『世界を憎悪する影』が入れた?」
「ああ……おそらく、あの『世界を憎悪する影』。素体は元々は人間だったと推測される」
「ふむ……」
カイトの指摘に、ティナは一つ唸る。先にもアリスの一件で素体が人間だっただろうアンデッド系の魔物とは交戦している。無論、そういう魔物は多くはないが、少なくもない。故に二十年前ともなれば不思議がないといえば、不思議がないとも言える。
「どうにも、ありがとうという言葉が気になってな。死んだ後、これで安らかに眠れるというのならまだ分かるんだ。が……」
「うむ。自我があるというのが、やはり可怪しいのう。普通死んだ時点で魂は冥界やあの世に送られる。なので魔物化するのは残った遺体のみじゃ。魂が残るということはあり得ぬと言って良い」
カイトの言葉を引き継いで、ティナが違和感へと言及する。そしてこれが、二人が訝しんでいた理由だ。あれが普通に遺体を素体としただけの魔物なら、ただ滅するだけだ。にも関わらず最後の一瞬に意味のある言葉を述べ、更にはこんな手帳まで遺している。何が理由なのか、と非常に気になる所だった。
「まぁ、一番あり得るとすれば何らかの悪意ある者がネクロマンスで魔物化させた、という所かもしれんのう」
「かねぇ……が、この間の一件もあってな。少し気になったんだ」
「いや、お主の想定は正しかろう。気にするのが自然じゃ」
カイトの言葉に、ティナもまたそれが正しい事を明言する。そしてそんな彼女は、一つ提言をした。
「まぁ、これについては余が預かろう。お主も色々とやっておる。これの解析にまで手は回せまい」
「すまん、頼む」
「うむ」
ティナはカイトの要請を受け入れて、手帳を異空間の中に入れて厳重に封印する。確かに何か悪意ある者の手が加わったとは思えないが、何があっても不思議ではない。なので念を入れる事にしたようだ。そうして、その会話を終えた二人は改めて中央研究所の調査に取り掛かるべく、立ち上がるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1713話『ルクセリオン教国』




