第1709話 ルクセリオン教国 ――廃病院の戦い――
ルクセリオン教国は北部の村オーリム。魔物の襲撃を受け二十年前に滅びたまま、何人もの冒険者達が討伐に挑んでしかし失敗していたその村にやって来ていたカイト。彼は第一の作戦目標となる元村長宅へとたどり着くと、結界の制御を司る魔石のある地下室へとたどり着く。が、そこにあったのは、がらんどうの空間だけ。肝心要の魔石は持ち去られた後だった。
「あの……魔石だけ持ち出しても使えないのでは? おそらくあの中央の台座が、制御盤なんですよね?」
「ああ。使う事はできない……普通にはな」
中央の台座を指し示したアリスの問い掛けに、カイトは肩を竦める。そもそも、事実は事実としてこの廃村には結界が展開されている。であればつまり、魔石が使用されている事に他ならない。
「それは良い。とりあえずは上に戻るぞ」
「ああ」
頭を抱えたい事態であるが、それはそれとしてもなんとかして結界の解除を行わねばならない。これは依頼内容に含まれている為、必須条件と言える。というわけで、リビングに戻った三人であるが、そんな三人にシェイラが問い掛けた。
「……戻ったわね。どうだった……と聞く必要も無いのでしょうけれど」
「ダメだ……どうやら、ボスが持ち出した可能性が高い」
「そう……相当高度な魔術を行使出来る魔物だもの。おそらく制御盤の代わりは果たせるのでしょうね」
どうやらシェイラはあの青白い炎から、この程度は出来るだろう相手としてこのボスを認識していたらしい。ローラントの言葉に特段の驚きを浮かべる事はなかった。それに、ローラントもまた頷いた。
「なのだろう……今はとりあえず廃病院に向かおう。二人共、魔力の残量に問題は?」
「私は無いわ。ソーニャ。回復薬は飲んだばかりね?」
「はい」
「回復薬で魔力が回復するまで、およそ五分という所ね。それだけ待ってから出発で良い?」
ソーニャの返答にシェイラはローラントへと提案する。これに誰も異論は出す事なく、五分後に改めて元村長宅を出発する事にする。というわけで、カイトは一度リビングの椅子の内、比較的無事な物に腰掛けて待つ事にする。
「ふむ……」
カイトが思い出していたのは、先程の地下室での件。やはり幾つか気になる事があったらしい。
(破壊せずに持ち出した、か……知能があるというより、これはもはや……)
もしかしたら、案外面倒な案件に手を出してしまったのかもしれない。カイトはそう思い、内心で苦味を浮かべる。
(伊達に、二十年間誰も突破していないクエストじゃない、ってわけか。十年未達成が続くと一気に達成率が下がる……んだったか。で、そこから達成率は下がり続け、未達成が二十年続いた時点でミレニアム化する可能性はほぼ変わらなくなる……だったな)
カイトは三百年前にバルフレアから聞かされた内容を思い出す。彼自身言っていたが、ミレニアムと呼ばれる依頼を彼は何度も攻略している。
そのきっかけと言えたのが、やはりバルフレアとの出会いだった。バルフレアはやはり冒険家としての性質からか、こういう困難を見るとつい手を出してみたくなるらしい。
しかも彼が拠点としているのはユニオンの総本部だ。あそこには全ての依頼が持ち込まれることになる為、全てのミレニアムも閲覧出来るし、受注もできた。そんな彼に誘われ、ミレニアムに挑戦したのが全てのきっかけだった。
(実質この依頼はミレニアムと見做せるわけだが……一癖はあると思ったが、どうやら二癖も三癖もあったか。もう少し待っておくべきだったかなー……そうすりゃ、報酬にプラスが付くんだよな……)
やはりいつまでも依頼が未達成のまま放置されているというのは、ユニオンとして外聞が悪い。というわけで、ミレニアム化が危惧された依頼については定期的に報酬の見直しが行われ、二十年を超えた所で依頼は再評価が行われ報酬の額が跳ね上がる事がある。
それを待ってからでも十分良かったかもしれなかった。無論、その場合カイトが来る事はないので無意味な考察とは言えた。と、そんな益体もない事を考えていたカイトであるが、ふと微妙な気配の動きがある事に気が付いた。
「ん?」
「どうした?」
「何かが……動いている……」
「何だ?」
「わからん……が、気配に揺れが……」
ローラントの問い掛けに、カイトは更に感覚を研ぎ澄ませる。そうして、異変に気が付いた。
「っ……下。地下を掘っているな」
「っ……奇襲か。アンデッド系には地下を掘れる魔物も居る。どうやら、それも率いていたか」
床に手を当てたカイトの報告を受けて、ローラントが顔を顰める。シェイラとソーニャの張った結界は全方位を守るものではない。こんな戦場のど真ん中でそんな大規模な結界を展開すれば、即座に魔力が空になるだけだ。なので半円形に展開するのが持久力との兼ね合いで一番良かった。
それを見抜いたのか、それとも戦略的には常道と言える地下からの奇襲を考えたのかは分からない。が、少なくともこのままではまずい事だけは事実だった。故に、ローラントは即座に立ち上がって全員を見た。
「行くぞ。ただ、悟られると面倒だ。ゆっくり、二階に移動だ」
現在、元村長宅一階部分は完全に包囲されている。更には調査の間にも村の各所から魔物が大挙して押し寄せてきている。まともに出ていけばそれと戦わねばならない。なので二階から出るつもりだった。と、一同が二階へとたどり着いたと同時。先程まで一同が居た一階のリビングから、轟音が響いてきた。
「っ!」
「行くぞ!」
「ああ!」
カイトの声掛けにローラントが頷いて、全員が一斉に走り出す。そうして、カイトを先頭にして廃病院が見える窓から外へと飛び出した。
「うっへぇ!? まさにゾンビの山!」
「言っている場合か!」
「わーってるよ! よっと!」
ソーニャを抱き抱えたローラントの言葉に、カイトは手を伸ばしてアリスの手を掴みお姫様抱っこで抱きかかえる。彼女とソーニャは流石に空中を移動する事は無理だ。特にソーニャはアンデッド系に特攻だが、それ以外はからっきしと言える。
「さて……じゃあ、一気に行くか!」
カイトは下から手を伸ばすゾンビ型や骸骨型の魔物の群れの上を虚空を蹴って、廃病院目指して突き進む。元村長宅から廃病院まではおよそ三百メートル。<<空縮地>>を使えば一息にたどり着ける。更に幸いな事に廃病院には屋上に出られる出入り口も備わっている様子で、突破さえ出来ればなんとかなる様子だった。というわけで、一同は早々に廃病院へとたどり着いた。
「……」
廃病院にたどり着いたカイトであるが、崩れた天井から内部を見て僅かに本気の風格を醸し出す。
「どうやら、やっこさんお出迎えしてくれたらしい」
「え?」
「下を見てみろ」
アリスはカイトの言葉を受けて、廃病院を覗き込む。すると崩れた天井から、まるで天を憎悪するかの様に寒々しい瞳で自分達を見上げる一体の魔物の姿があった。
「あれは……」
「ランクS級アンデッド……『常世を憎悪する影』。なるほど。納得だ。ローラント。どうやら、やっこさんオレ達が自分の住処を荒らした事に相当怒ってらっしゃるらしいぜ」
「……ああ、その様だ」
カイトとローラントは揃って、崩れた天井の先を見て目を細める。その先に居たのは、『死霊の王』によく似た個体。が、明らかにそれ以上の風格が漂う個体だった。それを見ながら、ローラントは顔に真剣さを滲ませる。
「『常世を憎悪する影』……まさかこんな所でお目にかかるとはな」
「ソーニャを連れてきて正解だったな。真っ当にやって勝てる相手じゃない……ソーニャ」
「……はい。全力で支援します」
カイトの要請に、ソーニャは真剣な顔で頷いた。ランクS。最後の壁を超えた魔物。普通に考えればランクAの冒険者では到底勝ち目の無い相手だ。
が、こちらには霊的な存在に対してカイト以上の力を持つソーニャが居る。それともう一人の除霊師であるカイトの力を合算したのなら、喩えランクAの冒険者でも勝ち目はあった。だが、それでもまだ足りない。
「いや……それじゃ足りん。ソーニャ……一つ聞く。覚悟はあるか?」
「? 何のですか?」
「奴を相手にするのなら、血の盃だけじゃ足りん」
「っ……」
カイトの言っている意味はソーニャには理解出来た。血の雫を口にする事で霊的な繋がりを得るのはあくまでも一時的な措置で、更に言えばあくまでも限定的な力の融通しか出来ない。もし現状で万全を期して『常世を憎悪する影』と戦いたいのなら、更に繋がりを強くしておく必要があった。そうしてしばらくの後、ソーニャが一つ頷いた。
「……わかりました」
「ああ……ローラント。一瞬、食い止めを頼む」
「わかった……シェイラ。周辺の雑魚の露払いは任せる。アリスはソーニャとシェイラの支援を」
「はい」
現状、迷っていられる状況ではない。故にローラントもソーニャの決断に口出しはしなかった。そうして、一同は廃病院の天井に降りると、そこでローラントは一つ頷いて全身に魔力を漲らせた。
「カイト。すぐに来い。流石に俺も奴はそう食い止められん」
「わかった」
「ああ……おぉおおおお!」
カイトの返答に一つ頷いたローラントは、雄叫びを上げて廃病院の天井に空いた穴に飛び込んだ。そうして即座に強力な闇色の光が迸り、それを彼が切り裂いた。そんな闇色の光を横目に、カイトは即座に魔法陣を構築する。
「そっちは任せるわ。状況が状況だから、冗談はしないようにね」
「分かっている。そんな状況でもない」
『常世を憎悪する影』へと突っ込んでいったローラントに続いて、シェイラもまたふわりと浮かび上がる。このまま何もしなければ村中の魔物が大挙して押し寄せてきて、嬲り殺しだ。
が、今ならまだ魔術による大規模な牽制が可能だった。と、そんな光景には目もくれずに魔法陣を構築するカイトへと、アリスが問い掛けた。
「何をしているんですか?」
「より強力な接続を可能にするには、幾つか方法がある。それは分かっているな?」
「はい」
「血の盃の上はもう粘膜による接触しかない。言ってしまえば性行為による疑似儀式を用いた接続だな」
「え? あの、キスは……」
「キスも魔術的に見れば性行為に入る。キスも粘膜……口内の粘膜同士の接触だ」
簡易の魔法陣を展開しながら、カイトはアリスへと霊的な接続の仕方の幾つかを語る。霊的な接続だけを可能にした血の盃は即座に出来てなおかつある程度の効果があるので便利だが、それ故にこそ力の融通もある程度しか出来ない。霊的・魔術的な接続では両者の間で交わされた体液の量にどうしても依存してしまうからだ。
「が……流石にそれを今ここで長々とやっているわけにもいかない。勃たないわけじゃないがな。というわけで、簡易な儀式を用いて、ある程度の補強をしてやるわけだ」
「なるほど……」
「アリス。それに際して、おそらく君の側にもオレからの補助が流れ込むだろう。先程までより遥かに強い力が流れ込む。力に振り回されるなよ」
「はい」
カイトの助言に、アリスが一つ頷いた。そうして、カイトもまた一つ頷いた。魔法陣の構築が終わったのだ。
「ソーニャ。最後に聞いておくが……良いな?」
「はい。救急救命と一緒です。何度か経験はあります」
「そうか……」
カイトの問い掛けに、ソーニャは特段の感慨も無く頷いて魔法陣へと進み出る。どうやら、何度か経験しているというのは事実らしい。カイトの作った魔法陣の中の立つべき場所に彼女は言われるでもなく立っていた。
「良し……魔法陣の構築完了。循環、問題無し。起動良し」
この魔法陣を制御しているのは言うまでもなくカイトだ。ソーニャは霊媒体質かつ強力な除霊師であるが、高度な魔術師ではない。それ故に彼は幾つかの事項を確認した後、一つ頷いた。
「……」
僅かに、ソーニャの身が固くなる。これからを理解しているからだろう。いくら経験があるとはいえ、実際にする前には仕方がない。もう片方のカイトの方が緊張がないほどだった。そうして、カイトはソーニャへと顔を近づける。と、両者の唇が交わる直前。カイトが小さく口を開いた。
「なんだったら、後でこれより先もするか?」
「……一応、言いますが。これ以上の事はしていませんので、その点は勘違いしないように」
「あはは……あいよ」
どうやら程よく緊張がほぐれてくれたらしい。何時もの目をしたソーニャに、カイトは笑う。そうして、彼はそのままソーニャの唇を奪う。そして、直後。魔法陣は正常に起動して、ソーニャの退魔の力が一気にカイトへと流れ込むのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1710話『ルクセリオン教国』




