第1705話 ルクセリオン教国 ――廃村――
ルクセリオン教国は北部にあるオーリムという名の村。少し大きいだけの取り立てて取り柄の無い村を襲ったのは、雷雨に乗じた魔物の群れによる襲撃だった。その襲撃から、およそ二十年。カイトはその村の攻略を何度か挑んでいたローラントの要請を受け、その攻略部隊の一人として加わっていた。
そんな彼であったが、その道中。攻略部隊の一人にしてルクセリオ支部の支部長であるシェイラより、ルクセリオ支部の受付嬢ソーニャの過去を聞かされる事となる。そうして、そんな会話を挟みながらもピアースの操る竜車は進み続け、三時間後。朝10時に一同はオーリムが一望できる丘の上にたどり着いていた。
「着きました。ローラントさん。前回と同じく、この丘の上で良いんですよね?」
「ああ。お前はこの丘の稜線を利用して、隠れていてくれ」
「はい。前回と同じく、自分は丘の下に隠れて皆さんの帰還をお待ちします。もし前回と同じく撤退を判断された場合は、前回と同じく信号弾の打ち上げをお願いします」
「わかっている……結界はあるし、ここは街の結界の外なので安全とは思うが……気を付けてな」
「はい」
ローラントの言葉に、ピアースはしっかりと頷いた。ここで彼は持ってきた地竜と共に待機だ。誰かが地竜を見ておかねばならない以上、仕方がない。それに彼は荒事は専門ではない、と明言している。彼が来るのは筋が違った。そうして彼に背を向けて、ローラントはカイトへと視線を向ける。
「さて……カイト。ここからはお前を中心として討伐戦に入る。無理はしてくれるなよ」
「わかってる。これでも十年以上は冒険者やってるんだ。こんな大規模な任務も何度か受けている。問題にはならない」
「そうだろうが……おそらくお前が思う以上に数は多い。注意だけは忘れるな」
「あいよ」
ローラントの指示に、カイトはしっかりと頷いた。そうして、彼は改めてオーリムを見る。やはり中規模の村とあって戸数は多く、この大半に魔物が蔓延っているとなるとかなりの手間になる事は請け合いだった。
「これが、一夜にして滅んだのか」
「ああ……物見も居たのだろうが……」
「雷雨に阻まれ、か」
「ああ」
街からの見通しは悪くはないが、雷雨となれば当然見通しは悪化する。天候による見通しの悪化ばかりは、魔術でもどうしようもない。『ボーン・ソードダンサー』も居たという。いくら中規模の村とはいえ、奇襲を受けては到底守りきれないだろう。
そうしてローラントと共に僅かに観察を続けたカイトであるが、何も意味もなく観察しているわけではない。元村長宅を探していたのである。というわけで、地図を見ていたローラントが先に見つけ出し、中央の三階建てのかなり大きな建物を指差した。
「……あれだ」
「……デカイな。村の規模に見合ったと言えば見合った大きさではあるが……」
「ああ……あった。あの一際大きな建物は分かるか?」
「……あれか」
元村長宅を発見した二人であるが、次いで村で一番大きな建物を確認する。こちらもまた、今回の作戦において重要施設とされている建物だった。
「地図によれば、二十年前までは病院として使われていた建物だそうだ。前回の突入の折り、あそこから『ボーン・ソードダンサー』が現れた事を確認している。他、比較的大きな建物にはそれなりに強い魔物が『配備』されているとも思われる」
「ふむ……」
カイトはローラントの言葉を聞きながら、昨日のミーティングを思い出す。先にローラントが言っていたが、何度か彼はここの討伐任務を請け負っている。
それ故に情報を得ており、それによるとある種の軍事行動に似た動きを見せているとの事だ。彼の予想では、ある程度の知恵を持つ魔物がこの群れを率いているのだろう、という事であった。
「『ボーン・ソードダンサー』は側近か親衛隊という事だったな」
「そう予想される」
「あれを、親衛隊として配置出来るクラスか……」
おそらく油断は出来ないだろう。カイトはそれをしっかりと胸に刻み、気合を一つ入れ直す。
「おし……行ける。ボスがどんな奴か想像が出来ないのは痛いが……出たとこ勝負で行くしかない。ま、こっちにはソーニャちゃんにオレも居る。大丈夫だろう」
「そうだと願いたい所だ」
カイトが一つ気合を入れて覚悟を定めたのを受けて、ローラントもまた篭手をしっかりと嵌め直す。そうして二人は一つ頷き合い、更に後ろを向いて女性陣と頷きあった。
「アリスちゃん、ソーニャちゃん。基本的に二人はオレの補佐を頼む」
「シェイラ。お前は昔と同じ様に、俺の補佐を。カイトの負担を減らすべく、露払いはこちらで取り持つぞ」
「りょーかい」
「「はい」」
カイトとローラントの指示に、女性陣が揃って頷いた。そうして全員の準備が万端である事を確認していざ出発というタイミングで、カイトがふと立ち止まった。
「あ」
「どうした?」
「いや……ソーニャちゃん、アリスちゃん」
「なんですか?」
「はい」
カイトが立ち止まった時点で、全員立ち止まらねばならない。というわけで立ち止まった一同であるが、そこでカイトに話しかけられた二人が首を傾げる。そんな二人に対して、カイトは先日と同じ様に小さなナイフを取り出した。
「前回と同じく、霊的にリンクしておいた方が良いだろう。アリスちゃんは『血の盃』を交わした経験は?」
「あ……一度もありません。向こうで教示してくださった方がやり方を教えて下さっただけです」
「そうか……ソーニャちゃん。アリスちゃんにも繋げられるか?」
「え……いえ、出来ますが……」
やはりソーニャは相手がヴァイスリッター家の令嬢という事もあって些か遠慮がちだった。過去もあり、自分の事を卑下している事もあるのだろう。そんなソーニャに、アリスが首を傾げる。
「? 何か問題が?」
「……いえ、その……自分の様な者が英雄の子孫にリンクして良いのか、と……」
「? それこそ、何か問題が? 貴方の方が強いですし、カイトさんは熟練。その指示に従うべきかと」
やはりアリスはカイトの下でしばらく冒険者として活動していたからだろう。当然だが除霊師としての訓練の中で『血の盃』についても聞いていた。更には熟練者の指示に従うのがベストと理解しており、ソーニャと繋がる事に疑問を抱いている様子はなかった。それを受け、ソーニャもまた意を決した。
「……わかりました。やり方はカイトさんとの間で実演します。それを見て、真似をしてください。基本的な接続等は全てこちらで執り行います」
「ありがとうございます」
やはりまだ出会って二日だ。お互いにどこか他人行儀だったのは仕方がない。とはいえ、そういうわけなので、まずはカイトとソーニャの間で『血の盃』が交わされる事となる。
「っ……」
「ん……」
カイトが薄く切った指先から流れた血を、ソーニャが舐め取る。そうして、更に彼女はカイトからナイフを受け取ると先日と同じく自らの指先を薄く切って血を流す。それを今度はカイトが舐め取れば、準備完了だった。
「よし……次はアリスちゃんだな。ソーニャちゃん。どっちが先にやる?」
「……貴方もやるんですか?」
「おい……流石に命がけの時に冗談やってる場合か」
「いえ、冗談では。ヴァイスリッター家のご令嬢に貴方の様な変態の血を」
「生存率に関わる……さっさとやれ」
まぁ、ヴァイスリッター家と言えば教国でも皇国でも有数の名家だ。それに下賤な血を舐め取らせるというのは、教国の民として憚られたらしい。
が、これをするかしないかで生存率が変わってくる。冒険者として、必要ならやらせるだけだ。そしてその覚悟はアリスには向こうで教え込んだ。彼女も拒む気配はない。というわけで、カイトから小型のナイフを受け取ったアリスは、少しおっかなびっくりという具合に指先を切る。
「っ……えっと、これでどうすれば?」
「そのままで……ん」
「っ」
やはり指先を舐められたからだろう。アリスが僅かに顔を赤らめ、身悶える。そうして身悶えた彼女であるが、そんな彼女にソーニャが自らの指先を差し出した。そこには血の一滴が乗っており、アリスもこれを舐め取れば良いと理解できた様だ。
「……」
僅かに意を決する様に間が空いて、アリスがソーニャの指先の血を舐め取った。そうして、彼女が僅かに目を見開いた。
「これ……念話じゃないんですか?」
「はい……後は非常に不本意ですが……カイトさんのみです」
「ああ……アリスちゃん」
「あ、はい」
カイトの差し出した指先を見て、アリスはそこに乗っていた血の雫を舐め取った。そうして彼女は少し恥ずかしげに、カイトへと同じ様に血の雫が乗っていた指先を差し出した。それを、カイトもまた舐め取った。
「良し……ソーニャ。一度リンクが出来ているか確認を頼む」
「はい」
カイトの指示を受けて、ソーニャが早速確認に入る。霊媒体質の無いカイトでは流石にアリスと繋がる事は出来ないのだが、それこそ超を付けねばならないほどに強力な霊媒体質であるソーニャを介せば繋がる事が出来た。
そしてこれなら、カイトの除霊師としての力をアリスにも融通出来るし、二人の力を逆にカイトが借り受ける事も出来る。無論、アリスを守る事も可能だ。
(……二人共、聞こえますか?)
(オレは大丈夫だ)
(あ……カイトさんの声が……私にも……)
どうやらアリスにもしっかりとカイトの声が届いていたらしい。僅かに驚いた様子を彼女が見せる。無論、彼女の驚きの声がカイトにも聞こえている。これで、準備は万端だ。それを受けて、カイトが一つ頷いた。
「またせた。これで、大丈夫だ」
「良し……では、行くか」
カイトの明言を受けて、ローラントが再び歩き出す。そうして丘を下り歩く事、少し。一同はオーリムの結界の端と思しき場所へとたどり着いた。そこで、一同は一度足を止める。
「……ここから先が、オーリムだ」
「……わかりやすいな」
結界の前までは草原の草花が生えていたが、結界の内側と思しき場所には一切の草花が生えている様子はない。辛うじて僅かな雑草が生えている程度だろう。
「……結界の強度そのものはさほどではないが……ふむ」
「分かるか?」
「ああ……確かに、これは外部からの破壊は高度な魔術師でもなければ無理そうだ」
カイトは一度だけ結界に触れてみて、一つ首を振る。とはいえ、これは近接系の戦士の見立てだ。故に彼は専門家たるシェイラの見立てを聞いてみる事にする。
「シェイラさん。この結界の見立てを聞きたい」
「もうやったわ……おそらく貴方の見立て通りだとは思うけど……」
カイトの問い掛けを受けたシェイラは、苦い顔で結界の全貌を見上げる。
「詳しい情報は村長宅に行って魔石を確認しないと分からないけれど……ローラントの見立て通り、位相がズレているわ。おそらく外部から攻撃を加えた所で、かなりの減衰を受ける結果になるでしょう。有効打にはなり得ないわ」
「だろう。出来るのなら俺もやっていたし、俺以外の何人も挑んだ冒険者達もやっているはずだ」
シェイラの見立てを聞いて、ローラントも一つ頷いた。確かに彼が調べた以上分かっているのだから逐一シェイラが調べる必要もない、と思うかもしれないがローラントもまた系統としては近接系だ。しっかりと専門家の見立てを聞く事にしていた。そうしてそんな二人の会話を聞きながら、カイトは改めて刀に手を乗せる。
「……となると……当初の予定通り、か」
「ああ……前回までと同じであれば、入って少しは敵襲は無いはずだ。が、数が多い。村の中を歩いている魔物に見付かった時点で、即座に魔物の群れとの戦闘開始となるだろう」
「おし……先陣はオレが。アリスちゃんは少し力に慣れないだろうが……振り回されない様にしばらくは慣れる事を優先しろ」
「はい」
カイトの指示にアリスは一つ頷いた。そうして、それを横目に見たカイトは、最後に一度全員と頷きあって結界の中へと突入する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1706話『ルクセリオン教国』




