第1702話 ルクセリオン教国 ――パーティ――
<<白騎士団>>団長ルードヴィッヒ・ヴァイスリッターよりの指示を受け、冒険部としての活動を停止する事になったカイト。そんな彼は少し考えた後、玉鋼の流入に関する調査を行う為に冒険者カイトとしての立場での行動を開始する事となる。
というわけでその下準備の一環としてユニオンのルクセリオ支部にやって来た彼であったが、そこで偶然にも依頼を終わらせたというローラントと再会する。そうして、少しの間彼はローラントと共に話しながら、玉鋼の流入を調べる為に使える依頼を見繕っていた。
「ふむ……ということは、今回はそこそこ大きな依頼を受けるつもりなのか」
「ああ。何時までも一体一体ちまちまとした依頼で肩慣らしをしているわけにもな。そろそろ、デカイ依頼を受けないと逆に腕が鈍る」
どんな依頼を受けるつもりなのか。そんな問い掛けを受けたカイトは、ローラントへと今考えている依頼の内容を語る。彼が何を考えていたかというと、連戦や大規模な討伐戦が想定される依頼を受ける事で敢えて刀を消耗させ、鍛冶屋への伝手を手に入れるつもりだったのだ。
刀とは言うまでもなくかなり特殊な武器だ。地球でだって日本にしかない。だが、冒険者の中には刀を持っている者は居る。教国にだって来ただろう。であれば、どの程度の鍛冶屋が刀を扱えるか知れれば、玉鋼がどれだけ、そして何時頃入り込んだか知る事が出来たのである。
「ふむ……確かにそうか。ということは、複数人での依頼か?」
「ああ。それをメインで考えている」
「ふむ……」
カイトの明言にローラントが何かを考える。基本的にソーニャ曰く、カイトとローラントの依頼の受注系統は似ているという。それ故、カイトの趣向に合わせた依頼の束も基本はローラントの物と同じらしかった。カイトがパーティを組む事を考えている以上、それは場合によっては彼にも関わりが出る。悩んでも不思議はない。逆に彼の側から先の様に依頼を持ちかけるのもありだろう。
「ソーニャ」
「なんでしょうか」
「確か前に俺が失敗した依頼、あっただろう……こいつがいれば、行けるかもしれん」
「あ……はい。ですが……あれはいくらお二人とは言え、二人だけでは厳しいかと思われますが……」
ここらは担当を設けた者の利点と言えるだろう。ローラントもソーニャと相談して依頼を決める事があるらしく、それ故に彼女もローラントが言っている依頼が理解出来たらしい。苦い顔を浮かべていた。と、そんな彼女にカイトが問い掛けた。
「ん? 何かあるのか?」
「ああ、可能なら頼みたい。ソーニャ。さっきの話。こいつの除霊師としての腕は確かなのだな?」
「はい。私よりは数段落ちますが……決してローラント様のお邪魔となる事は無いと断言します」
ローラントの問い掛けに、ソーニャははっきりとカイトの腕を請け負った。まぁ、冒険者がこの様に相手の腕を確かめるのはよくある事と言える。
「そうか……なら、カイト。ぜひ受けてもらいたい依頼がある」
「ふむ……」
ローラントほどの戦士が是非にと頼む依頼だ。よほど長くなければ彼の目的からしても合致する可能性はある。幸い冒険部としてもこの数日は調査がメインというより戦闘がメインになりそうだし、少なくとも明日明後日は戦闘が多くなるだろう。カイトの使い魔でなんとかなるし、戦闘が中心となればカナタとホタルも居る。使い魔だけで十分だろう。
「それは依頼のデカさによりけりだな。流石に一ヶ月も掛かる様な依頼だと、大親父に怒られちまう」
「それは大丈夫だ。往復で三日という所だ。今日の午後出れば、明日の朝には目的地に到着出来る」
「ふむ……となると、片道一日。討伐に一日か?」
「ああ。移動は飛空艇だ。かなり、大規模な戦闘になるだろう。だが相手を考え、人数より質を集めたくてな」
カイトの問い掛けに頷いたローラントは詳細な日程を語る。と、そんな話をしていると、ソーニャが一通の依頼書をカイトへと差し出した。
「こちらを。ローラント様がおっしゃっている依頼が書かれた依頼書となります」
「ほう……えらく古いな」
「すでに依頼が持ち込まれてより、十年以上経過しておりますので……」
「へぇ……」
僅かに、カイトの口角が上がる。こういった長い年数誰も達成出来ずに放置されていた依頼はかなりの困難が予想される。素のカイトとして、素直に興味があったようだ。
「……ネームドの討伐か。が、これは……」
「今から二十年ほど前。とある少し大きな村を魔物の群れが襲撃しました……残念ながら、当時は雷雨。飛空艇もまだ今ほどは実用化されていなかった時代です。その上に闇夜であった事も相まって、村は壊滅的な被害を被る事に」
「軍は動かなかったのか?」
「動きました……が、当時とある国の保護に乗り出した連邦との間での小競り合いが激化しており、村の壊滅を受け放棄が決定。避難民を収容し、撤退。主要な街道とも離れていた事が、最大の要因となったそうです。その後は冒険者ユニオンへと討伐任務が委託され、国としてはそのまま放置となりました」
「なるほどね」
仕方がないといえば仕方がない事だ。どうしても何事にも優先順位が存在している。なので主要街道から外れていた村は破棄され、そこに魔物の群れが巣食ってしまっていたらしい。この依頼はその魔物の群れの壊滅だった。村の規模や設置されていた施設等を鑑みて、一日掛かりの依頼となる見込みだった。
「良いね。受けよう……が、流石にオレとお前の二人だけじゃ手が足りんぞ?」
「分かっている……ソーニャ。悪いが支部長を頼めるか?」
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
ローラントの要請を受けて、ソーニャが席を立つ。その間に、カイトは改めて依頼書を詳しく見てみる事にした。
「ふむ……またアンデッド系の魔物の群れの討伐か」
「らしいな。が、お前がまさか除霊師の力を持つとは思っていなかった。天佑と言って良いかもしれん」
「前に受けようと思った時は?」
「除霊師が足りなかった。当然だが」
「そりゃそうだ」
なにせ除霊師の力を持つ冒険者、というのはどうしても少ない。それがこの依頼を受けれる領域ともなると、更に限られる。おそらく教国全体を見回して数人居るか居ないかだろう。それと運良く鉢合わせてパーティを組めるか、と言うとカイトとしても首を振るしかなかった。
「無論、大規模なパーティを組んで挑むのも良いのかもしれんが……俺にその伝手は無いし、何よりそうなると一人当たりの報酬が減る。折角の高額な依頼でも割に合わん」
「あははは。確かに」
ローラントの言っている事は冒険者として考えれば当然の話だ。いや、冒険者だけではなく、全ての物事に当てはまる。報酬の総額が決っている以上、人数が増えれば増えるほど一人あたりの取り分は減る事になる。
ここからの交通費やその前後に必要な支度金等を鑑みた時、取り分が下回っては赤字だ。死ぬかもしれない依頼を受けて、それで赤字では飯を食いっぱぐれる。受けるのなら、少数精鋭。基本中の基本だった。
「で、まぁオレは良いんだが……それ以外の人員に伝手はあるのか?」
「今の所、二人の目処は立っている。腕利きと断じて良い。どちらも女性だが……決して遅れは取らん」
「ほぉ……」
ローラントほどの腕利きが腕利きと断ずるのだ。カイトとしても素直に興味があった。と、そんな所に、カイトは顔なじみを見付ける事となる。
「ん? あれは……」
「どうした?」
「昨日の任務で偶然出会った女の子だ。確かヴァイスリッター家の長女じゃなかったかな」
「む?」
カイトの指摘を受けて、ローラントが振り向いてカイトの指差したアリスの方を見る。そこには確かにアリスが立っていた。と、そんな彼女であるが、やはりこちらが見ていたからか気づいた様子だった。そして助けられた以上、無視は出来ない。故にてくてくと歩いて近付いてくる。
「あ……昨日はありがとうございました」
「ああ、いいさ。で、どうした? 君は学生さんだろう?」
「あ、いえ……実は少しの理由があって休みだったんですが……学校側から依頼があって演習に参加していたんです。けれど、それも昨日で終わりとなりましたので……今日からは改めて休みと」
どうやら案の定、アリスは学校側から参加を要請されていた様だ。なお、後に彼女から聞く所によると、それも相まって休みが遅くなる代わりに少し伸びて、今日から来週の終わりまで休みとなるらしい。
「で、休みなのになぜこっちに?」
「いえ……昨日の戦いで少し腕が鈍っていましたので……少し依頼を受けようかと」
「なるほどね」
言われれば納得だ。カイトとしてはアリスの昨日の戦いは見ていなかったが、何時もの彼女であれば手傷を負う事もなく倒せただろう相手だった。無論、数も相まって怪我をしたのは仕方がない側面もある。が、何か違和感があったのだろう。
「で、どんな依頼を受けるんだ?」
「いえ……その、除霊師としての力を活かせる依頼を受けたいな、と」
「「ん?」」
アリスの返答に、カイトとローラントは揃って目を見開いた。元々彼女が除霊師としての力を持っている事はカイトも知っている。なので不思議はないと言えば不思議はない。
「なぜそれを?」
「実はここしばらく除霊師としての力を使っていなかったからか、感覚が鈍ってしまっていまして……」
「なるほどね……ローラント。どう思う?」
「ふむ……ヴァイスリッター家の長女となると、すでに騎士位を授けられたほどと聞く。良いと思うが」
カイトの問い掛けに対して、ローラントは少し考えた後に良いだろうと判断する。これに、カイトもまた頷いた。
「ほぉ……そうか。それは知らなかったが……なるほど。それなら良いかもしれんな」
「?」
「ああ、悪い悪い。実は丁度オレ達も除霊師としての仕事を受けようと思っていてな」
首を傾げたアリスに対して、カイトは改めて今自分達が受けようとしている依頼について語る。
「まぁ、日帰りとはいかないが……それでも良かったらどうだろうか?」
「はぁ……少し、考えさせて下さい」
カイトの申し出を受けたアリスは、少しだけ考える。自宅にはすでに冒険者として少し依頼を受けてくる、と言っているので数日掛かる事は元より許可を得ている。
そもそも彼女として騎士。これが正式な騎士として就任すれば、任務を受けて数日家を離れるなぞよくある事だ。それこそ年単位での赴任もある。修行だというのならルードヴィッヒとて称賛すれこそあれ、難色を示す事はなかった。
「後の二人は女性……なんですね?」
「ああ。おそらく片方は君のお父君とも知り合いだ。人柄については信頼して貰って大丈夫だ」
「父と知り合い?」
「ああ……もうそろそろ、来る筈なのだが……」
首を傾げたアリスに、ローラントは僅かに受付の奥を覗き込む。と、そんな事を話していると、噂をすれば影がさすというのだろう。ソーニャが一人の女性を連れて戻ってきた。女性の年の頃は30前後。妙齢の女性だ。
「ローラント。久しぶりね。砂漠へ行く、と言って以来かしら」
「ああ、シェイラ。久しぶりだ」
どうやら知り合いというのは確からしい。ローラントもシェイラと呼ばれた女性もどちらも険の取れた顔で久方ぶりの再会を交わす。
「で、私に用事?」
「ああ……ソーニャとお前に力を借りたい。こちらのお嬢さんと共に、五人で例の依頼を受けたい」
「ふむ……あれね」
どうやらおおよその予想は出来ていたらしい。シェイラは特に驚きもなく、そんな所だろうと思ったと言う風な感じがあった。と、そんなシェイラであったが、ソーニャが呼びに来た時には居なかったアリスに気が付いた。
「あら……そう言えば、そちらの女の子は?」
「あ……アリスです」
「ああ。昨日の事件で知り合ったんだが……」
頭を下げたアリスの言葉を引き継いで、カイトが改めて彼女を紹介する。それに、シェイラが一つ頷いた。
「なるほど。ヴァイスリッター家の長女……除霊師の力を持っているのは知っているし、曲がりなりにも騎士の位を授けられている以上、腕は確かでしょうね」
「ああ……それに、お前が同行するならルードヴィッヒも安心だろう」
「確かに、そうね」
「あの……父とはどういう関係で?」
二人だけで色々と理解していくローラントとシェイラに、アリスがおずおずと問い掛ける。これに、シェイラが笑って、懐から自身の登録証と支部長を示すカードを取り出した。
「ああ、ごめんなさい。私はこのルクセリオ支部の支部長なのよ。で、貴方のお父さんは所謂仕事仲間みたいなものね。聞いたこと無い? ついこの間も貴方のお父さんと会合を開いたのだけど……」
「あ、そう言えば……」
シェイラの言葉に、アリスは納得した様に頷いた。<<白騎士団>>の主な任務は遊撃。その任務の性質上、冒険者達と共に行動する可能性が最も高い騎士団と言える。故に支部長と騎士団長が懇意にしていても不思議はないし、ルードヴィッヒが何度かシェイラの名を出していた事をアリスも言われて思い出した。
「ふむ……そうね。幸い除霊師が三人居れば、この依頼の突破の可能性は高い。全員の生還も可能でしょう」
「三人?」
除霊師が三人。シェイラよりそう言われたカイトは首を傾げる。それに、ソーニャが口を開く。
「最後の一人は私ですが、何か?」
「また来るの?」
「嫌ですか?」
「いや、別に……でも夜這いさせてくれるとなお嬉しい」
「黙りなさい」
まぁ、ここらは何時もの応対といえば、何時もの応対なのだろう。あいも変わらずのけんもほろろな対応が繰り広げられる。とはいえ、そんな二人に対して、ローラントは真面目だった。
「どうだろう。君さえ良ければ、パーティに参加してもらいたい」
「……わかりました。お受けします」
少し考えた後、アリスはローラントの要請を受諾する。やはり何より決め手になったのは、支部長であるシェイラが居た事と女性の比率が多いという所だろう。
さらにはローラントは支部長と知り合いという。何か謀られている事は無い、と判断したらしかった。そうして、五人は改めて支度を行うべく、集合時間まで別行動を取る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1703話『ルクセリオン教国』




