第1701話 ルクセリオン教国 ――次へ――
ルクセリオン教国での中央研究所における騒動を終えて、一日。翌日は朝からカイトは一度天桜学園側に合流すると、ヴァイスリッター家の当主ルードヴィッヒと会談していた。
「ということは、内部にはやはり?」
「うむ。内部にはまだゴーレムが残っている可能性が指摘されている。幸い、昨夜の間にある程度は討伐をしたが……それでも全てとは言い切れまい」
「そうですか……昨日のゴーレム。破壊ではなくコアを残せればよかったのですが……」
「いや、昨日の話は私も聞いている。あの状況であの様な事をしたのは、私としては一言言い含めたい所であるが……結論として見てみれば大差は無いだろう」
カイトの謝罪に対して、ルードヴィッヒは苦い顔で一つ首を振る。昨日の調査任務において、カイトはホタルの姉妹機となる六番機との交戦を行った。
これについて六番機をホタルに任せたのは戦略的に正しい判断と言えた。あの三人の中で誰が一番六番機を知っているか、と言われるとホタルで、勝率が最も高いのもまた彼女だからだ。
その後の自爆は、カイトだろうとルーファウスだろうと対処はコア部の破壊となった事は想像に難くない。回収出来たカイトが可怪しいのだ。なので苦言を呈するのは自爆を止めようとしたルーファウスを止めなかった事だけでしかなかった。
「ありがとうございます。それで、討伐任務でしたら我々も協力しましょうか?」
「ふむ……それだが、今考え中でね。確かに君達の協力を借りたい事は事実だ。が、やはり未知の領域が多くてね。あー……確か五番機だったか? それが居る可能性もまだ拭えないのだろう?」
五番機。破壊が確定しているのは現状、一番機と二番機のみ。それ以降のホタルの姉妹機については、他の研究所に送られて防衛に就いていたか、ホタルの様にさらなる改良を加えるべくあの研究所に待機させられていた。五番機が居る可能性はゼロでは無かった。
「ええ……六番機と七番機……我々がホタルと呼ぶゴーレムは共にあの研究所で改良を受けていたそうです。その後、先に我々がご報告した通り、あの研究所に所属していた研究者の一人が彼女を使って脱出。情報にも一部欠損が、という所です」
「ああ。私が聞いている通りだ……それで、今軍の上層部としてはその五番機が居るのではないか、と懸念していてね。どうするべきか、と悩んでいる所なのだ。先に君たちも戦ったと思うが……やはり五番機も強いのだろう。君たちにそこまでの危険を負わせて良いのか、と道義的な話がある」
おそらく無傷で捕らえられるのなら捕らえたいのだろう。そして可能であれば、皇国側にその鹵獲を知られたくはないはずだ。が、やはりホタルの持つ情報と権限は無視出来ない。安全策を取るか、危険を冒してでも軍事的な優位を取るか。悩ましいと言えば悩ましい話と言えただろう。
「危険でしたら、我々は問題はありませんよ。なにせ遺跡調査が専門のギルドですし……」
「あはは。確かに、君なら問題はないだろう。私もルーから昨日の話は聞いている……だが、やはり調査となると危険地帯に突入してもらう事になるからね。面子として、軍が居るのに君たちに先行してもらったり危険地帯に入ってもらうのはどうか、という話が出ているのだよ」
「まぁ……そこは仕方がない事かと思われます」
苦笑気味なルードヴィッヒの言葉に、カイトもまた僅かに苦笑する。こればかりは軍の面子もある。特に今控えているのは<<白騎士団>>だ。教国の威信を掛けた騎士団の一つと言える。
軍としては皇国に露呈する可能性がある以上、ここは切り札である<<白騎士団>>に先行してもらうのが良いだろうと考えていても不思議はない。
「無論、未知の場所であれば君達の様な冒険者達が優れているというのは私も分かっているのだがね……」
どうやら、ルードヴィッヒは派閥としてはカイト達との合同での調査を推進しているらしい。苦い顔だった。まぁ、彼は実際に部隊を預かる立場だ。先祖代々の騎士団と誇りを持てど、昨日のゴーレムを見れば油断出来ないのは分かる。そこに無為無策に突っ込みたいとは思えない。
そもそも<<白騎士団>>と言えども、その実力は皇国の特殊部隊の兵士とさほど大差はない。おそらく僅かに<<白騎士団>>の騎士が上回るぐらいだろう。それで、どれだけの増援があるか分からない『敵陣』に乗り込みたいはずがなかった。
「まぁ、悪いが今日一日は結論は出ないだろう。君たちは今日一日、ゆっくり休むと良い。昨日は君達……と言っても君は中で戦っていたが……君たちの所の冒険者達にも協力してもらったからね。それに移動の疲れ等もあるだろう。少し早いが……休める時に休んでおくと良い」
「わかりました。では、結論が出たら?」
「ああ。我々の方でホテルへと使者を送り、明日からの事はまたその時にでも話し合う事にしよう」
「わかりました。では、お待ちしております」
まぁ、この流れは当然か。カイトとしては特に驚く事もなかった。当然だが連日連夜働けるはずがない。なので休日は予め予定に組み込んでおり、それが少し早くなるだけだ。更に言うとこれに合わせて一部の研究者達にも待機が命ぜられており、どちらにせよ調査が出来る雰囲気ではなかった。
「さて……」
とりあえず今日は休暇か。カイトはそれを受けて、どうするか考える。当然だが彼に休みなぞ無い。冒険部の長として動くのなら街の偵察に出かけるべきだし、冒険者のカイトとして暗躍するのならまたしばらくは冒険者として姿を見せる必要がある。とはいえ、その為にもまずはホテルへと帰還する事にする。
「というわけで、椿。今日は全員に休暇を通達しておいてくれ」
「かしこまりました。即座に手配に入ります」
「ああ、頼む」
カイトは一つ頷くと、手配に入った椿の傍らで深く椅子に腰掛ける。やるべき事は多い。そして同時にやれる事も多かった。
「ふむ……」
こういう時に考えるのは、優先順位だ。やれる事が多いから、と見境なく手を出せば後で困る事になる。故に優先順位をしっかりと立てておく必要があった。
(そろそろ一度街の状況を少し確認しておきたい所だが……どちらの立場で動くべきかね)
街の状況を確認するのであれば、冒険部の長カイトとしても冒険者カイトとしても動ける。が、どの様に動くか次第で取るべき立場も変わってきた。
(ここらの治安や相手に警戒を抱かせずに話を聞きたいのなら、『カイト・天音』として。それより武器やもっと暗部に近い情報を知りたいのであれば、『冒険者カイト』として……どちらで動くべきかね)
今自分が手に入れるべき情報は何なのだろうか。カイトはそれを考える。そうして、彼は結論を下す。
「ユリィ」
「なにー?」
「冒険部は頼む。まぁ、一日休暇だから何か面倒を起こすとは思えんが……」
「あいさー。ってことは、今日はあっち?」
「ああ……そろそろ、裏方の仕事にも手を出さないとな」
「りょーかい」
カイトの言葉に、ユリィは机の上で敬礼し応ずる。最も判断要因として大きかったのは、やはり玉鋼の流入についての案件だ。こればかりは冒険部の長カイトとしては調べる事が出来ない。が、他方冒険者カイトであれば、調べる事は可能だった。
「となると、着替えないとな」
カイトは一度隠形を併用して外に出ると、そのまま冒険者カイトが宿泊している事になっているホテルへと足を伸ばす。そうしてもう一つの自室へと入ると、即座に本来の姿となり僅かに変装を施して部屋を出る事にした。
「良し……さて」
ここからは少し気合を入れないとな。カイトはこの冒険者としての時分には浮かべている余裕のある男の笑みの裏で、気合を入れ直す。ここから先は教国の暗部に通じているかもしれないのだ。迂闊にやれば全てが水泡に帰す可能性もある。本気でやらねばならなかった。
とはいえ、そのためにも幾つかやっておく必要がある。というわけで、彼はまずは冒険者ユニオンのルクセリオ支部へと足を向ける。
「ソーニャちゃん。元気ー?」
「あ、はい。いらっしゃいませ」
「ん? どした? 今日はご機嫌だな」
もう顔なじみになったソーニャに対して、カイトが笑いかける。なお、なぜご機嫌と言ったのかというと、昨日までは来るなり嫌そうな顔をされていたからだ。おまけに歓迎の言葉なぞ言われた事もない。
ちなみに、彼女が大抵の相手に対して辛辣なのはやはり能力的な問題があったようだ。彼女は美少女と言って良い。十中八九は振り返るだろう。後はその人の好み次第という所だ。
それがこんな所で粗野な冒険者達の相手をしていれば当然、性欲の対象として見られる事になる。それが喩え化け物と恐れられる少女であれど、だ。なお、それで危険が無かったかというと、それはありえない。彼女はその霊的な性質により、他者の気配には殊更に敏感だ。故にもし悪意を持って近づこうものなら、即座にバレてしまうのである。
「いえ……毎日毎日飽きもせずに私の所に来るので。たまには挨拶ぐらいはしてあげようかな、と」
「わーい。そりゃ嬉しいね。それならどう? このままご一緒に」
「……こっちの目の方がお好みですか?」
「おぉう……イイね。それも好み。そんな顔をオレ好みに歪めてやりたい。具体的にはこ、いてぇ!」
具体的にはこんな風に。昨日と同じく想像内のソーニャの顔を快楽に歪めてみせたカイトであるが、思考を読まれて思いっきりはっ倒される。
「変態。貴方、私が見てきた変態の中でも最上級の変態ですね」
「おっしゃ。一番取ってやった……さて。ソーニャちゃんで遊ぶのはこの辺にしておいて。今日も今日とてお仕事のお時間ですよ」
「……」
「我々の業界ではご褒美ですよ?」
絶対零度の目をしたソーニャに対して、カイトは相変わらず楽しげに笑う。そんな彼に、ソーニャはため息を吐いた。
「はぁ……はい。今日入ったばかりの依頼です」
「サンキュ……さて」
笑って礼を述べたカイトは、改めて真剣な目で依頼の束を確認する。その横顔はやはり、今までお調子者の顔を見せていた男と同一とは思えない様子だった。どこまで本気でどこまでが冗談なのか分からない。ソーニャからしたら、カイトとはまさにそんな存在だった。
(……ふむ。討伐系で纏めてくれているか。まぁ、ここしばらくソーニャだけに担当して貰っていたからな)
ユニオンにおいて、ある特定の受付の担当を希望する者は実はそこまで少ないわけではない。このカイトとソーニャの様に個人の趣向を把握してもらえればそれに沿った依頼を見繕ってくれるからだ。
なのでこの数日のやり取りから彼女はカイトが討伐系を主に受ける冒険者なのだと判断し、それを多めに用意してくれていた。元々ソーニャを選んだのはローラントの紹介があっての事で特に深い理由は無かったが、これで良いだろう。
「そろそろ腕試しを終わらせて、少し本格的な依頼を受けたい所だが……」
「それなら、この後ろの方の依頼が高難易度の依頼です」
「お、サンキュ」
どうやら簡単な順番で依頼書を並べていたらしい。なのでソーニャの助言に従って、カイトは依頼書の束の中から比較的後ろの方の依頼を見ていく事にする。
「ふむ……ユニーク系の依頼が多いな」
「昨日の依頼での戦闘を鑑みて、その程度は勝てると判断しました」
「ありがたいね。ちょっとはオレの事、分かってくれた?」
「戦闘については、間違いなく流石はローラント様と言うしかない領域かと」
「結局、株を上げたのはローラントなわけね」
あいも変わらずけんもほろろなソーニャの言葉に、カイトは依頼書を見ながら苦笑する。とはいえ、間違いなく彼女の態度は初日に比べれは明らかに軟化している。
今だって言葉に棘はない。単語に棘はあるが、敢えて言えば初日が本気でそう思っているのに対して今は冗談めかした感じだ。現に、その次の言葉を言い当てるぐらいには仲良くなれていた。
「「オレの事をもっと知りたいならベッドで」」
「……」
「どうですか?」
「降参……」
微笑みに近いもののどこか得意げに笑うソーニャに、カイトが笑いながら肩を竦める。と、そんな事をしていると、後ろから声が掛けられた。
「ん? カイトか」
「ん? ああ、ローラントか。そっちも仕事か?」
「ローラント様」
後ろからカイトに声を掛けたのはローラントだ。昨日は見なかったが、彼とて冒険者だ。見ない日があって当然だろう。と、そんなカイトの問い掛けに彼は一つ頷いた。
「ああ。昨日は一日依頼でな。今、帰った所だ」
「なんだ。そうだったのか。そりゃ、お疲れ」
「いや、帰り自体は昨日の夜には帰っていた。ただ報告が今というだけだ。そのついでに依頼を、とな」
カイトのねぎらいに対して、ローラントが一つ笑う。そうして、彼は何らかの魔物の破片と一通の依頼書を机に置いた。
「依頼書を見ているんだろう? ソーニャ。この依頼の終了の処理を頼む」
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
「ふ、二人共な……オレ、居るしオレ先なんだが……」
「こちらの方が効率的だ」
「貴方は後で大丈夫です」
「おいおい……」
まぁ、たしかにそうなんだが。少し冗談めかしたソーニャと別に問題は無いだろうと言わんばかりのローラントの二人に、カイトはため息を吐いた。幸いペアの冒険者等が一緒に腰掛ける事もある為、席に空きはある。ローラントが割って入った所でカイトにも問題はない。というわけで、カイトはしばらくの間ローラントと話ながら次の依頼を考える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1702話『ルクセリオン教国』




