第1699話 ルクセリオン教国 ――救出――
ルクセリオン教国の中心である聖堂教会。その教会が経営する聖教学園と言う学園の実地演習に置いて起きた魔物の襲撃を受け、カイトはルクセリオ支部の冒険者と共にその救援に乗り出していた。
と、その任務の最中に彼は少しの疑問を得て、魔物の群れを操るゾンビ型の魔物に向けてティナが作った特殊弾を使い、討伐していた。そうしてそれから少し。大半の骸骨型の魔物は群れの長の消滅と共に消し飛んだものの、それでも残っていた骸骨型の魔物を討伐し終えていた。
「ふぅ……これで全部か」
「おーい、カイト! お前さん、大丈夫か!?」
「ああ! こちらは問題無い! そっちは!?」
今回の任務に参加していた冒険者の一人の問い掛けに、カイトは納刀しながら声を返す。それに、この冒険者も頷いた。
「ああ! こっちも全部終わった! お前が群れのボス倒してくれたおかげで、手早く終わった!」
「そうか! 学生達に怪我は!?」
「少々けが人は出てるらしい! 手ぇ、借りられるか!?」
「わかった!」
カイトとしてもアリスが居るのであれば、彼女の状態は確認しておきたい所ではある。なのでこの冒険者の申し出は渡りに船という所だ。というわけで、カイトは申し出に応じて学生達の拠点へと向かう事にする。
「貴方は……」
「私も、冒険者です」
「ああ、ありがとうございます」
冒険者の登録証を提示したカイトに、教師と思しき人物が頭を下げる。そんな彼女に、カイトが問い掛けた。
「学生さんの状態はどうですか?」
「幸い、ヴァイスリッターさんが同行して下さっておりましたので……甚大な被害は」
「ヴァイスリッター……天才・ルーファウスですか?」
「いえ、彼の妹です。彼はもう本校を卒業しておりますので……本来は休暇の筈だったのですが、実地演習という事で来てくれたのが幸いでした」
ルーファウスの名は他国にも知れ渡っている。それ故のカイトの問い掛けに対して、教師はアリスとその妹である事を明言する。どうやらやはりアリスが居るらしい。カイトはそれを理解して、改めて問い掛けた。
「その彼女は?」
「無事です。と言っても、若干怪我をしていますが……」
「容態の方は?」
「治療中です。が、そこまで心配されるほどでは……」
「旅先で手に入れた上級の回復薬があります。他にもいくつか。軍が用意した物より、随分と良いはずです。怪我の塩梅次第ですが……それを使いましょうか?」
「本当ですか!?」
カイトの申し出に、教師が目を見開いた。可能なら直にアリスの無事を確認しておきたい所ではある。幸い今は本来の姿に眼帯だ。見られてもさほど問題はないと考えられた。というわけで、カイトは教師に案内されてアリスの所へと向かう事になる。
「ありがとうございます。では、こちらへ」
「はい」
教師に案内され、カイトはしばらく拠点の中を歩いていく。基本的には教師達が生徒達の怪我の治療を行っていたが、中には治癒を専門とした生徒も居るのか彼女らも中心となって活動している様子だった。やはりその発端から軍学校に近い組織ではあるのだろう。きちんとした統率が取れている様子だった。そんな中を歩いていき、カイトは中心付近のテントへと案内される。
「こちらです……ヴァイスリッターさん」
「あ、先生」
テントの中に居たのはアリスで間違いなかった。カイトには何があったかは分からないが、この実地演習に参加していた様子である。そんな彼女は鎧を解いて下着姿で治療を受けている様子だった。それに、カイトは慌てて背を向けた。
「っ、悪い!」
「え? あ、きゃあ!」
背を向けたカイトに対して、アリスが大慌てで自らの胸を隠す。それに、教師の側もアリスが半裸である事に気が付いて慌てて頭を下げた。
「あ……ご、ごめんなさい。脱いでるとは思わなくて……」
「え、えっと……先生。そちらの方は?」
「回復薬を持ってきて下さったんです」
「これを」
教師の言葉に、カイトは後ろ手に持っていた回復薬を差し出した。なお、教師が平然とカイトを通していたのは基本的に女騎士達は同じ女騎士や女修道士達で集まる為、着替え中でも普通に出入りする事が多い。うっかり男である事を失念してそのまま通してしまったらしかった。というわけで、背を向けたカイトの差し出した回復薬をそんな教師が受け取って、アリスへと手渡した。
「あ……ありがとうございます」
「ついこの間までマクダウェル領に居てね。上等な物だ。一瞬だが見えた所によると、これで十分全ての怪我を癒せるだろう」
「良いんですか?」
「君は今回の功労者なのだろう? なら、構わないさ」
「ありがとうございます」
アリスの問い掛けに、カイトはあくまでも善意を見せておく。と言っても、これを素直に受け取ったのはアリスやその治療に当たっていた生徒ぐらいな物だ。やはり教師達はその裏をしっかりと理解していた。
やはりアリスは名家ヴァイスリッターの令嬢。こうして恩を売っておく事で、教国側には良い印象を持たれるだろう。であれば、それは次の依頼に繋がるのだ。打算ありきだった。無論、そう見せているだけでカイトの本心としてはアリスの怪我を心配しての事だ。
「っ」
わずかに衣擦れの音が響いた後、アリスの苦悶の声が小さく聞こえてきた。衣擦れの音はブラを外した音で、苦悶の声は彼女が怪我に回復薬を掛けたのだろう。と、その後すぐに横で手当てを行っていた生徒の声がした。
「はい、お姉ちゃん。タオル」
「ありがと」
「うん。じゃあ、替えの服、用意するね」
「お願い」
へー、さっき横に居たのは妹か。カイトは二人の会話を背で聞きながら、そんな事を思う。そうして少しすると、再び衣擦れの音が聞こえてきて、アリスの声が響いた。
「もう、大丈夫です」
「そうか」
「あれ……? カイト……さん?」
「ん?」
やはり数ヶ月の間ほぼ毎日顔を合わせていたからだろう。アリスは直感的にカイトだと思ったようだ。元々彼女は勘が良かった。振り向いた瞬間であった事も相まって、そう思ったのだろう。が、当然カイトとしてはそんな事を明かせるわけもない。なので彼は心底訝しんだ様子で、問い掛けた。
「確かにオレはカイトだが……ヴァイスリッター家のご令嬢とは初めて会うはずだが。教国に来たのも今回が初めてだ。君がマクダウェル領に居たとは聞いた事が無かったんだが……」
「え? あ、すいません……知り合いに似てたので……」
「おや……もしかしてナンパでもされてるのかな?」
「い、いえ! 違います!」
少し笑って冗談めかして告げたカイトの言葉に、アリスが顔を真っ赤に染めて首を振る。確かに、知り合いに似ているというのは口説き文句としてはあまりに陳腐かつ知られた物だ。そう取られても仕方がない。というわけで、そんな誤解を受けてはたまらないと彼女は恥ずかしげに告げた。
「実はついこの間まで任務で皇国のマクダウェル領にいましたので……そこでお世話になった冒険者の方がついこの間怪我で眼帯をされていて、雰囲気が似ていたので、つい……」
「へー……そいつはオレみたくイケメンだったのかな?」
「はい……え、あ、いえ……あ、いえ。顔立ちが良かったというのは嘘ではありませんが……」
「「え?」」
あくまでも冗談の一環――性格の差を演出する為もある――として問い掛けた問いにアリスがしどろもどろになったの受けて、カイトも横の彼女の妹も思わず目を丸くする。
カイトは言わずもがな、こんな反応は想定していなかったからだ。流石の彼も面と向かって格好良いと言われては反応に困ったらしい。とはいえ、ここらは彼だ。一瞬で動揺を飲み下すと、ソーニャに見せていると同じお調子者の様子で笑いながら頷いた。
「そうか。それなら仕方がないな」
「す、すいません……」
やはり自身の失態が重なっていたからだろう。アリスは顔を真っ赤にしながら頭を下げる。と、その一方でカイトは改めて怪我の状態を問い掛けた。
「それで、怪我はどうだい?」
「あ、はい。怪我については問題ありません。向こうで冒険者の方と共に過ごしていましたし、先程の方が退魔師としての力も持たれていましたので……彼に色々と教わっていました」
「へー。それは珍しいな」
カイトは自身もまた除霊師としての力を持つ事を隠しながら、アリスに対して感心した様に頷いておく。なお、これについてはルーファウスから頼まれた事だ。やはり教国でも除霊師は少ない。その上で修行をさせられる者は更に限られる。
なのでカイトと共に修行をさせてもらえないか、と彼から頼まれたのだ。剣士としての弟子が暦なら、アリスはある意味では退魔師や除霊師としての弟子だった。暦にとっては妹弟子にも近いし、同期と言っても良かった。なのでこちらもこちらで仲が良い、とは後に聞いた話だ。
それはさておき。ルードヴィッヒがカイトに対して受けが良かったのは、そこらの面もあったのである。と、その会話をした所で、カイトはふと思い立って切り出した。
「そう言えば。丁度今回の作戦に同行していたユニオンの受付嬢も除霊師としての力を持つと言っていたな。かなり強いと見受けられたが……彼女から教示を受けたりはしなかったのか?」
「はぁ……どなたですか?」
「ソーニャという女の子なんだが」
「ソーニャ……?」
どうやらアリスはソーニャの事を知らなかったらしい。まぁ、知っていればめっけもん程度で聞いていただけだ。カイトとしても期待はしていない。と、そんな所に先にカイトを案内していた教師が口を挟んだ。
「ソーニャ……ソーニャ・レノフ……ですか?」
「「「え?」」」
どうやら教師の方はソーニャの事を知っていたらしい。カイトが振り向いてみれば、僅かな畏怖が顔には現れていた。
「知っているのか?」
「い、いえ。名前だけは。そんな名前の優れた退魔師が居た、と噂で耳にした程度です」
「へー……そこそこ有名なのか」
おそらく何か知っているのだろうな。カイトは教師の様子から、ソーニャがそこそこの有名人である事を理解する。後にアリスから聞いた所によると、この女教師もまた除霊師としての力を若干だが有しているらしい。それ故、国から依頼されて動く事もあるそうだ。
とはいえ、その才能は現段階でのアリス以下で、あくまでも少しは教えられるという程度らしかった。カイトと比べればその差は大きく、ソーニャと比べればもはや天と地ほどの差もあると言って良いだろう。
「っと、あまりここでお邪魔していてもダメか。私は外で他の方の手伝いに入ります。何かご用がありましたら、またのお声がけをお願いします」
「あ、はい。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
女教師が頭を下げたと共に、アリスと彼女の妹もまた揃って頭を下げる。残念ながらアリスの妹を紹介してもらう事は出来なかったが、冒険部の長としてのカイトが少し後に本家ヴァイスリッター家にお邪魔する事になっている。その際には聞けるだろう。というわけで、カイトはアリスの治療がされていたテントから外に出て、他の怪我をした生徒や教師の治療の手伝いに入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1700話『ルクセリオン教国』




