第1697話 ルクセリオン教国 ――除霊師二人――
ルクセリオン教国の聖堂教会が保有する聖教学園。その実地演習が行われている最中に起きた魔物の襲撃を受け、カイトは中央研究所の一件で動けない<<白騎士団>>に代わってその救援任務を請け負う事になっていた。
「ふむ……」
聖教学園の救援に向かうまでの間、カイトはわずかに妙な空気を感じていた。敢えて言えば、避けられている。そんな感じだ。とはいえ、カイトが避けられているというよりも、ソーニャが避けられているという様な感じだった。
『……おい』
「ん?」
なんだろう、この妙な感じは。そんな事を考えながらぼけっと時間を潰していたカイトであったが、唐突に響いた念話に首を傾げる。魔糸を張り巡らせて警戒をしている者が居る事には気が付いていたが、敢えて気付いている事を見せるまでもないと思い放置していた。が、その魔糸を介して念話が繋げられたのだ。
『……お前、その横の女が何者か知っているのか?』
『ソーニャだろう? ユニオンの受付嬢の』
何者か、と問われればソーニャはソーニャ。ユニオンの受付嬢としか言えない。故にカイトはあるがままを答えたわけであるが、それに対してこの冒険者は僅かな哀れみを口にした。
『……お前、何も知らないんだな』
『あいにく、数日前に来たばかりでね。ソーニャは可愛い女の子としてしか見えないよ』
『……そりゃ、見た目だけだ。その女はマジでやばい』
何者かは分からないものの、この冒険者の声には僅かな怯えや恐れが滲んでいた。
『さっきお前の会話を聞いていたが……霊媒体質だってのは聞いたな?』
『ああ。それが?』
『なら、お前だって知ってるだろう。他人の思考を読み取れる『魔女』の事を』
『ああ、やっぱり?』
『なぁ……』
そんな事ぐらい分かってた。そう言わんがばかりのカイトの返答に、この冒険者が思わず絶句した。無論、この魔女とは魔女族の事ではない。忌み名としての魔女だ。
『別に恐れる必要もない。オレとて除霊師。なら、その程度は想定の範囲内だし、対処もしているさ』
『甘く見るなよ……いや、これ以上は俺が言うべきでもないか。好きにしろ。後で後悔しても俺は知らん』
こんなものは単なるおせっかいだ。単に何も知らない様子なので老婆心を見せて教えてやったというだけとしか言い切れない。それでもソーニャと関わるというのであれば、もう彼の知ったことではなかった。
「やれやれ……」
これは中々に凄まじい力を持っていそうだ。カイトはソーニャを横目に見ながら、わずかに肩を竦める。とはいえ、それならそれで少し興味が湧いた。周囲に威名として鳴り響いているほどだ。その実力は如何ほどか。知りたくあった。というわけで、カイトは少しだけ遊んでみる事にする。
「……」
どうやって遊ぼうかな。カイトは少し悩みながら、ソーニャでどう遊ぶか考える。
(うーん……あ、そうだ)
どうやら何かが思い浮かんだらしい。楽しげにカイトが笑みを浮かべる。そうして思い浮かべたのは、ソーニャ自身。ただし、その姿は布面積の極小の下着姿だ。それを更に、扇情的なポーズを取らせてみた。おまけに、彼女なら決して浮かべる事は無いであろう男に媚びる様な顔までさせて、である。
「!?!?!?!?」
びっくぅ。敢えて擬音をつけるのであればそんな様子で、ソーニャが僅かに跳び跳ねる。そんな唐突な姿に、カイトが本当に訝しげな様子を見せながら問い掛けた。
「ん? どうした?」
「い、いえ……虫が居ただけです」
ぞぞぞぞぞ。カイトから距離を取りながら、顔を真っ青にして鳥肌を立てたソーニャがそう告げる。どうやら心を読み取れる力は隠したいらしい。そんな彼女にカイトは顔を少し背け、少しだけほくそ笑む。そうして更に妄想の中のソーニャで遊びながら、カイトは彼女の実力を推測する。
(なるほど。霊媒体質としては最上級か。哀れではあるか)
おそらく、この性格の理由はそれに起因するのだろう。霊媒体質として極まってしまった存在は、時として生者の思念さえ読み取ってしまう事があるのだ。シャーナ達の一族の力の一代限りのワンオフ版と言っても良いかもしれない。
彼女は生まれながらにして、人々の欲望を読み取ってきたのだろう。しかもこの容姿だ。男の欲望等はモロに見てきた可能性はあった。そうであれば、この様な性格になってしまうのは無理もなかった。
(ま、それはそれとして楽しませてもらうけどな)
せっかくの玩具だ。存分に楽しませてもらうだけである。と言っても、カイトである。実はこれにもこれ以外の明白な意図があった。そしてそれに、しばらくしてソーニャが気が付く。
「……」
もしかして、この男。男の欲望に塗れた自身の姿を否が応でも見せつけられていたソーニャであったが、そこで彼女も気が付いた。が、そこで得たのは悩みだ。もしそうであるのなら、これは正しい判断と言える。が、間違いであるのなら、自身が恐れられるだけになるかもしれない。
(でも……)
何が気に入らないかというと、自分を痴女の様に扱う事だ。ソーニャはそれに苛立ちを得ていた。故に彼女は決心する。
『変態……ゲス。外道。鬼畜。ロリコ……つるペタマニア』
(おっしゃ! 釣れた!)
自身の妄想の中で動いていたソーニャが唐突に外の彼女と同じジト目かつ毒を吐き出したのを見て、カイトは内心でガッツポーズを行う。と、そんな彼の思考を読み取ったのだろう。ソーニャがジト目の圧を強めた。
「にししし……」
ジト目の圧を強めようと、彼の脳裏で動くソーニャは相変わらずの艶姿である。故にカイトは楽しげだ。それでついに、ソーニャはカイトが全てを分かった上でこの姿を取らせた事に気が付いた。
(……どういうつもりですか)
(いや? 実力を測っていただけだぜ? これから戦いに赴こうってんだ。味方の戦力がどの程度かは知っておかねば話にならん)
(へー……)
それで、この姿ねぇ。妄想の中のソーニャは現実のソーニャと揃ってカイトに向けて絶対零度の目を向ける。それに、カイトは敢えて嗜虐的な笑みを浮かべて見せる。
(それより、良いねぇ。実に艶やかだ。この中なら何しても問題にならないんだぜ? ここはオレの妄想の中だからな)
「ひぅ!?」
(あっはははは! 気付いてなかったのか? お前はたしかに強いがね……この中での支配権はオレにあるんだぜ? お前はオレの妄想を媒体にオレに魂に接触しているに過ぎん……つまり)
つまり。ソーニャはビクビクと怯えながら、カイトの言葉の先を理解する。そしてそんな彼女に、カイトは敢えて言ってやった。無論、彼女の想定とは少し違う言葉で、だ。
(オレに抱かれたいって事で良いんだよな? 優しくしてやるぜ?)
(お断りします!)
(あ、逃げた)
自身の妄想の中で脱兎の如く逃げ出したソーニャに対して、カイトは楽しげに笑う。どうやらソーニャも単に接続を切っただけなら、妄想の中の自身が汚されるだけだと分かっていたらしい。
なお、実際には実在の彼女自身も身を守らねばならないのであるが、そこまでは考えが至っていない様子だった。そうして、しばらくカイトはソーニャで遊びながら暇を潰す事にするのだった。
さて、ソーニャで遊びながら呑気にコンテナに揺られていたカイトであるが、それも戦闘が近付いてきた所で終わりを迎える事となる。
『皆さん! もうすぐで到着します! ご支度をお願い致します!』
「おっと……もうそろか」
どうやらソーニャで遊んでばかりも居られないらしい。そう理解したカイトは妄想の中で追いかけっ子をして楽しんでいたソーニャの姿を消し飛ばす。そうして、彼は懐から小さなナイフを取り出した。
「っ……ソーニャ」
「……はい」
人差し指の指先の皮を切り裂いて血を滴らせたカイトの指をソーニャが舐め取って、わずかに紅を差した唇が離れる。そうして口元に付着したカイトの血を舌で舐め取った彼女はカイトからナイフを受け取ると、自らの指先を慣れた手付きで切り裂いた。
「……」
ソーニャはわずかに血の玉が乗った人差し指をカイトへと差し出した。それを受け、カイトは彼女の指先の血の玉を舐め取った。
「良し……」
カイトは一時的に自身がソーニャと霊的に繋がった事をしっかりと自覚して、一つ頷いた。と、そんな彼に、冒険者の一人が問い掛ける。
「おい。お前、武器は刀か?」
「見たら分かるだろう?」
「そりゃ、そうだが……隊列を決めておきたい」
「各個人で戦えば良いだろう。ソーニャ。一つ聞くが、実戦の経験は?」
冒険者の問い掛けを軽く流したカイトはソーニャへと問い掛ける。それに、彼女は一つ頷いた。
「可能です。従軍経験もあります……おわかりでしょうが」
「そうか……なら、お前はこのままこの場に待機。オレの支援をしろ」
「え?」
可能と言った側から、下がっていろだ。ソーニャが目を見開いたのも無理はない。が、これにカイトは特段気にする事もなかった。
「オレが聞きたかったのは、単に戦闘で混乱されたり怯えられたりしたくないだけだ。別にこの程度の敵で問題にはならん。後ろから支援してくれればそれで十分だし、そもそもお前、前線兵じゃないだろ」
おちゃらけた様子を消して、カイトは仕事向きの顔でただ淡々と事実を指摘する。彼女の服はたしかに戦闘に備えた修道服だが、それでも前線の兵士向けとは言い難い。後方支援を行う者に向けた衣服だ。前線に出てきてもらう必要がない。
「ソーニャはオレで使うが問題は?」
「俺はねぇな」
「私も問題無い」
カイトの問い掛けに、冒険者達は揃って異論が無い事を明言する。どうやら彼以外の大半がソーニャの事を恐れているらしい。カイトの支援に徹させる事で同意していた。それどころか彼女と平然と血の盃――先程の一幕の事――を交わしていたカイトさえ、不気味な物を見る目だった。
「オーライ。じゃあ、それで」
便利なんだがねぇ。霊媒体質を持つ者は除霊師とはまた別、霊媒師と呼ばれている。そしてこの霊媒師の中でもソーニャほどの等級ともなると、先の様に霊体をつなげる事で話す事が出来る。
これは念話とはまた別。原理はまだ解明されていないものの、それ故にこそ検知は不可能という非常に有用な技術だった。と、そんな風な事を思いながら呆れていたカイトであったが、そこに外の竜騎士が声を上げる。
『見えてきました! ハッチ開きます! 気をつけて下さい!』
がこん。そんな音を立ててハッチが開いて、外の空気が入り込む。そしてハッチが開いた事で外が見える様になった。
「おぉおぉ、こりゃまた」
「っ……」
溢れかえった骸骨の魔物達の群れに、カイトが笑う。その一方、ソーニャは顔を顰めていた。
「当てられたか?」
「……問題ありません」
「……そうか」
相当、酷い扱いを受けてきたらしい。ソーニャの表情の中には辛さの中に慣れが見え隠れしていた。それをカイトが理解すると同時に、彼は自身の内心に面倒さを感じてもいた。
(面倒だな、この性質は……)
見てしまった以上、救いたくなる。カイトは自身の避けられぬ業に、わずかに苦笑する。とはいえ、それは今考えるべき事ではない。故に、彼は眼下に見える魔物の群れに集中する事にする。
「ふぅ……先に行く」
「あ、おい!」
「ここで良い!」
カイトはそう言うや、とんと地面を蹴って地上へ向けて落下していく。声が掛けられたのは、まだ少し遠いからだ。が、ここで良い。背後から強襲するつもりだった。
「……」
僅かな間自由落下をしながら、カイトは心を静かに落ち着ける。
(敵は多い。が、こちらは一撃一殺の手札がある)
現在のカイトはソーニャの支援を受けられている。彼女の力はアンデッド系の魔物に対して特攻だ。シャルロットの力を借り受けなくても有効に戦える。なら、ただ自身の持ち味を活かして一気に敵数を減らせば良い。そうして、彼は着地したと同時に敵陣へと一気に切り込む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1698話『ルクセリオン教国』




