第1696話 ルクセリオン教国 ――救援任務――
ルクセリオン教国にてマルス帝国の中央研究所の調査を開始したカイト。彼は中央研究所の一件で教国が自分達に対して悪意ある存在であるか、もしくは何らかの悪意ある存在が介在している事を理解する。その調査の為に動き出した彼は、偽装工作の為に用意された一介の冒険者としての身分を使い行動を開始する。
そんな中、冒険者として活動している姿を見せる一環で彼はアリスが聖教学園と呼ばれる学園の生徒達と共に魔物と襲われた事を知る。と、そんな話をユニオンのルクセリオ支部で聞いたわけであるが、そこで同時に受付嬢の一人の事が気になって、そちらの調査も行う事としていた。
「さて……これでひとまずソーニャの事についてはなんとか出来るかな……」
ソーニャの調査については、これでなんとかなる。カイトはティナとの相談を終えると、椅子に腰掛けて一つ頷いた。やはりA級の除霊師だというのだ。気にもなる。と言っても、これについては最悪分からねば分からないでも良い。もちろん、分かったのならそれならそれで動く必要もある。
(もし彼女が元教国の特務機関の所属なのだとしたら……辞めた理由が気になるな。もし辞めたのではなく辞めさせられたのであれば、その理由は尚の事気になる)
A級の除霊師だ。それがどれだけ貴重かは、カイトも良く分かっている。ただでさえ希少性の高い除霊師という才能に、それに輪をかけて珍しいのだ。それがおいそれと辞められるとは、思えない。
であれば可能性が高いのは、辞めさせられた可能性だ。となると、そこに何があったか。もしやすると、そこに教国の闇があるかもしれなかった。
(どうするかね……本当に口説き落とすのもありといえば、ありなんだが……)
あんまり仕事で女を口説き落としたくはないんだよなぁ。カイトはそう小さく呟いて、ため息を吐く。彼自身が言っているが、彼は好きでもない女を抱けない。彼は風俗店には行けないのだ。男性として機能しないのではなく、後に精神に多大な負荷が掛かる。故に抱かない。
確かに今回は密偵としての仕事なので必要とあらばしなければならないが、彼の本質的な立場は皇国の貴族。それも大貴族だ。魔力の波形を取られるかもしれない事を鑑みれば、良い手とも言い難い。
(抱く場合は……情報の隠蔽を鑑みて殺すか、連れて帰るかだが……そもそも抱ける……わけねーよなー)
カイトが思い出すのは、自分を見るソーニャの目だ。ああいった目はここ久しくされていなかったので、久方ぶりに嗜虐心――被虐ではない――が疼いていた。
(まぁ、そりゃ良いか。だが、ふむ……欲しいな)
一瞬、カイトはマクダウェル公カイトとしての顔を覗かせる。この欲しいは言うまでもなく、女性として欲しいではない。人材として欲しいのだ。貴族としての彼は人材大好きの存在だ。領地の規模もあり、人材はどれだけあっても足りる事はない。
そんな中で最も希少価値の高い才能の一つとなる除霊師の資格だ。現状、人材が豊富と言われるマクダウェル家でさえA級の除霊師は両手の指――内二人はカイトとシャルロット――で事足りる。それを持つソーニャは是非とも来て欲しいと彼が直々に頭を下げても良いレベルだった。
(……しょうがない。しばらくの間は、ソーニャに関わるか。出来れば色々な所にも出向きたいんだが……人手が無い以上、仕方がないか)
偶発的とはいえ、教国の闇に繋がるかもしれない相手だ。これを調べない道理はない。となると、しばらくはソーニャと関わり続けるしかないだろう。そうして、それを決めたカイトは立ち上がって、アリス達聖教学園の生徒達の救援を行う冒険者達の集合場所へと向かう事にするのだった。
アリスが通い、かつてルーファウスが通っていた聖教学園。これは分かるかもしれないが、略称だ。正式名称は聖堂教会付属騎士学校という、聖堂教会が直々に運営する学校だ。教国最古の学園で、マルス帝国時代から存在していた由緒正しき学園でもある。
基本的には騎士学校なのでアリスやルーファウスの様な騎士を育てる学校であるが、今では修道士も育てている。まぁ、言ってしまえば教会の門徒を育てる為の学園というわけだろう。なので名称こそ騎士学校となっているが、今では学園と呼ばれるらしかった。
「さて……」
カイトはそんな学園の救援の為、出立の用意を整えるとユニオンの救援部隊の集合場所にやって来ていた。そこには彼以外にも複数人の冒険者――どうやら言われていた以外にも集まったらしい――が集っており、その中にはソーニャも混じっていた。
「へー……可愛いじゃん」
「……」
「おー、ゴミを見る目」
素直な称賛を口にしたカイトに対して、ソーニャがゴミを見る目でカイトを見下す。そんなソーニャであったが、やはり戦闘という事でユニオンの事務員としての制服ではない。どこか修道士に似た衣服だ。
敢えて言うのなら、戦闘用の修道服。動きやすさと修道女としての貞淑さを兼ね備えた物だ。教国で一般的な修道士用の戦闘服だった。
「ふむ……」
「変態」
「おいおい。職業病だぜ? 許せよ」
氷点下を更に下回る目をしたソーニャに対して、カイトは笑いながら彼女の観察をやめない。今欲しいのは彼女の情報だ。故に蔑まれる様な視線であろうと、カイトは彼女の観察をやめるつもりはなかった。
(ふむ……素材は……おいおい。まさか聖別された魔法銀を編み込んでいるのか? しかもこの領域……聖遺物級じゃないか。特務機関所属であれ、滅多にお目にかかれない物だぞ……本物か?)
ソーニャの装備を見て、カイトは若干だが目を見開いた。と、そんな彼の脳裏に声が響いた。
『本物だよー。わずかだけど知ってる匂いがする。多分、いつぞやの聖人の聖遺物を一部流用してるんだと思う』
『やっぱ聖遺物、か』
聖遺物。それは地球と同じくかつて存在した偉人や聖人の遺骸や遺品の事だ。ルクセリオ教であれば聖遺物を使った物は滅多な事では出回らないし、まず外部の人間は手に入れられない。と、そんなわけで僅かな警戒を滲ませたカイトに対して、エクシアの声は続く。ただし、その声には真剣さが滲んでいた。
『……ただ』
『ただ?』
『……彼女のこれは封印の役割が強そう。多分、この子……先天性で何かの力が付与されている。それも強度はかなり高い』
『ふむ……』
なるほど。それなら外に出た後も聖遺物を使った装備を保有していても不思議はないかもしれない。そこらはユニオンと教国のやり取りでなんとかなるし、今の様にソーニャが救援部隊に加わっている事を考えれば分からない事もない。
エネフィアでは個人の保有する特殊技能はどうしても存在する。故に元兵士や元職員が辞める際、その才能を惜しまれて武器や道具を対価に定期的に協力してくれる事を要請するというのはままあった。彼女のその一人と考えられる。
(除霊師のA級……何かはありそうか)
そもそも除霊師という才能そのものが非常に希少性の高い才能だ。カイトの様に死にまつわる何らかの因果を持つか、ソーニャの様に<<見鬼>>と呼ばれる魂を見る特殊な目が必要だ。
(……精神防壁の強度を少し上げておこう)
もしかすると。カイトは脳裏に浮かんだとある懸念を考え、自身の内面に仕掛けている防壁の強度を更に上げる。極稀に、だがソーニャの様に先天性の何らかを持ち合わせている者にはとある特殊な力が備わっている事がある。ソーニャの性格等を考えて、それがあり得ると思ったのだ。
と、そんな事を考えたカイトであるが、内心に反して顔は相変わらずおちゃらけた様子を出しながら仕事の話を開始する事とする。
「で? 後何人だ?」
「後お一人です。移動の足として、竜騎士が同行します。その方を待って、出発します」
「オレ達は別に自分の足で行けるが? というより、オレは竜より速い自信がある」
「でしたらご自由に。ただ竜は必要です。救出時の物資が必要です。そんな事ぐらい分かって下さい」
「ふむ……」
けが人が出ているというわけか。まぁ、当然か。カイトはそれを必然と考え、竜騎士は移動の為というよりその側面があるのだと理解する。と、その一方でソーニャの側はカイトに対して警戒をわずかに得ていた。
(この男……私が行けると理解している)
実際、ソーニャであればカイト達と共に救援部隊として遠征出来るだけの実力を持っている。が、それを知るのは彼女一人だけ。馴染みの多くはソーニャの同行には苦言を呈したり、苦い顔を浮かべたりしている。足手まとい。そう判断していたのだ。そうでない者達は努めて自身と関わろうとしていない。が、カイトはそのどちらとも違った。警戒する理由としては十分だ。
「……ソーニャちゃん」
「……なんですか?」
「そう嫌そうな顔をしないでくれよ。仕事の話だ……霊媒か?」
「っ……」
真剣な顔をしたカイトして問い掛けたカイトに対して、ソーニャの顔が歪む。
「……だから、なんですか?」
「いや? 相性が良いとな。オレも、除霊師だ」
「っ……」
それで、か。ソーニャはカイトが自分の事に気付いている理由を理解する。除霊師は確かに珍しいが、冒険者の中には除霊師をしている者は居る。比率としては兵士より多い方だろう。
そしてそういった者は往々にして、魔術師をしているか刀を使う。刀はその性質上、霊媒としても非常に優れているからだ。そんな事を知った彼女は、カイトへと嘲笑と諦観、僅かな憎悪とでも言うべき感情を滲ませた笑みを浮かべて問い掛ける。
「まさか、抱かれろとでも?」
「まさか……まさか、と思うが。抱かれろと言えば抱かせてくれるのか?」
「……ゲスですね」
「ありがとよ」
心底見下した様な口調ながらも、ソーニャは少しだけ柔らかな表情でカイトの言葉に応ずる。改めて言うまでもないが、これは冗談だ。それを彼女も分かったらしい。そんな彼女に、カイトは背を向ける。
「オレに合わせろ。霊媒になるんだったら、後でオレの血を飲め。それで十分だ」
「……貴方の血なぞ飢えても飲みたくもないですし、私の血なぞ喩え死んでも貴方にくれてやるわけにもいきませんが……これも仕事です。わかりました」
カイトの言葉に、ソーニャは一つ頷いた。霊媒体質というのは、読んで字の如しだ。カイトとしては勘で問い掛けただけであったが、どうやら案の定ソーニャは強力な霊媒体質を持っているらしい。と、そうして一つ話を終わらせた所で、重装備の騎士がやって来た。
「遅れました」
「お待ちしておりました」
「はい……では、こちらへ」
どうやら竜騎士は冒険者ではなく<<白騎士団>>の所属らしい。それを示すかの様に盾と鎧には<<白騎士団>>の紋章が刻まれていた。
まぁ、ヴァイスリッター家の子女も巻き込まれているのだ。立場上動けはしないが、少しの無茶が出来る程度の人員は抱えているはずだ。となれば、竜騎士の一個小隊ぐらいならなんとかなるのだろう。
「物資の積み込みについては軍で進めています。みなさん、お早く」
「あいよ」
カイトは竜騎士の言葉を受けて、彼に続いて天竜の待つだろう場所へと向かう事にする。そこはルクセリオ近郊の軍管轄のエリアだ。そこでは数体の大型の天竜にハーネスが装着されて、大型のコンテナが架橋されていた。
「ふむ……」
人員は割けないがそれでも自身の子が巻き込まれている上、被害を受けているのは聖教学園だ。それを鑑みれば、たしかによくよく考えれば一人だけというのは不思議ではある。来るのが一人だけという事で、何人かの竜騎士は同行するのだろう。
「皆さん、こちらへ! 乗車次第、すぐに手配に入ります! 出発までもう時間はありません!」
物資の搬送等を行っていた軍の兵士が、カイト達に向けて人員輸送用の出入り口のハッチを開きながら声を上げる。
「横しっつれー」
「……静かに座れないんですか、貴方は」
「緊張をほぐしてやろうと思ってんのよ」
「はぁ……」
相変わらずおちゃらけた様子を見せたカイトに、ソーニャがため息を吐いた。席順としては彼女が一番奥で、カイトがその横という所だ。そうして、そんな事をしている間に他の面子も乗り込んで、ハッチが閉じられる。
『出ます! 揺れるので気をつけて下さい!』
外の竜騎士の一人が、カイト達へと伝達する。そしてその直後、大きな揺れが一同を襲い、天竜達に連れられてカイトは聖堂学園の救援へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1697話『ルクセリオン教国』




