第1686話 ルクセリオン教国 ――中央研究所――
マルス帝国時代の情報を求めて、ルクセリオン教国へとやって来ていたカイト率いる冒険部遠征隊。そんな彼らは到着初日は教国側の研究部門との打ち合わせや教皇ユナルとの話し合いに費やし明日に備える事となる。そうして、明けて翌日。カイトは遠征隊を連れてマルス帝国中央研究所へとやって来ていた。
「これは……凄いな」
「ある意味要塞、だそうだ」
「大婆様もそう言っておったのう」
あまりの巨大さに呆気に取られた瞬の言葉に、カイトとティナが口をそろえる。見た限り、この研究所は堅牢そのものだ。まぁ、最終盤には実験動物の様に様々な存在――例えばイクスフォスや時の革命家ジェイク等――を捕らえていたという。
となると、そういった存在が逃げられない様にある種の要塞化が求められた、というわけなのだろう。と、そんな話をしたカイトであるが、一転して少し楽しげにホタルへと問い掛けた。
「で、ホタル。何か感想はあるか?」
「……」
敢えて言えば、神妙な面持ちと言えば良いのだろう。カイトの問い掛けを受けたホタルの表情は、そんな感じだった。良くも悪くも、彼女は一度お手伝いロボットの様な家政婦も出来るゴーレムを経ている。その結果、彼女は普通の人間の少女の様に多彩な表情を作る事が出来る。故に、彼女もまた顔に感情が顕れる。
「特に、感慨は……ですが、妙な気分です。知らないのに、知っている……そんな気分です」
「ふむ……ここはお主の生まれ故郷の筈なんじゃがのう」
「一応、私の記録でもそうなってはいますが……動作試験ぐらいしかした記録はありません。それも大半は戦闘訓練や技術検証でしたので……」
開発者達の記憶はあるが、同時にそれはゴーレムとしてのホタルの記録だ。故に今の生命体としての彼女にとってはここは確かに大切な地であるが、同時に彼女自身に強い想いがあるわけではなかったのだろう。が、やはり色々とあった事だけは事実だ。なのでそれに関する想いはある、というわけだった。
「そうか……まぁ、行く事もあろう。不用意に触れてはならんが……同時に見る事に遠慮する必要もあるまい。それで思い出せる事もあろう」
「ゴーレムの記憶領域に蓄えられておりますので、思い出せる事は無いかと」
「ま、それもそうじゃがな」
ホタルは自意識を自覚して以降、かつての記憶を全て保有している。なので今更思い出す事はなく、それこそ彼女はこの研究所のほぼ全ての領域を把握していると断じてよかった。というわけで、会話を切り上げたカイトは一度上層部全員を連れて研究所の責任者に会いに行く事にする。
「カイト・天音さんですね?」
「はい」
「教皇猊下よりお話は伺っております。お待ちしておりました。ただいま、取り次ぎを行わせて頂きます」
研究所の玄関口にある受付にカイトが行けば、それだけで全てが通じる様になっていたらしい。受付に待機していた事務員が通信機を起動させて、今回カイト達の応対にあたる事になっているという研究者を呼び出してくれた。というわけで、待つ事少し。奥から一人の女性がやって来た。
「おまたせしました。当研究所にて解析業務を行っておりますクロディ・オーバンです」
「カイト・天音です。今回はよろしくおねがいします」
カイトはクロディの差し出した手を握り返す。そうして挨拶を交わした後、彼が灯里の紹介をする事となった。
「こちらは本学園の教師で、今回の調査隊の責任者の三柴先生です」
「三柴 灯里です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ご高名は伺っております」
今度は灯里が差し出した手を、クロディが握る。と、そんな彼女の言葉に、灯里が首を傾げた。
「ご高名?」
「ええ……今他国では主流となりつつあるヘッドセット型の通信機の開発に携わっていらっしゃったと」
「あー……あれは私は少しアイデアを出しただけですよ。本職は重力に関する研究ですから」
「そうでしたか。とはいえ、日本でも高名な学者であると伺っております」
どうやら、お互いに女性研究者という事でクロディはそれなりには親近感が湧いていたらしい。灯里との間で和やかな雰囲気で話し合う。
なお、灯里の事をなぜ彼女が知っていたかというと、以前の大陸間会議の際に各国で情報共有が行われ、その際に彼女が日本でも研究者であった事が知られていたからだ。
流石に地球の科学、それも最先端に関する話なぞエネフィアの学者達ではちんぷんかんぷんだったが、だからこそ非常に高度な技術に関わる科学者だとは理解されていたのであった。というわけで、流石にこれ以上の謙遜は卑下と取られかねないので灯里も感謝を述べておく事にした。
「ありがとうございます。それで、この子達が今回の調査隊で調査員を率いる事になる子達です」
「はじめまして」
「「「ありがとうございます」」」
柔和に笑って一礼したクロディに、ティナら他の面子もまた頭を下げる。時間は限られているので、全員の自己紹介はしない方向だった。基本はカイトか灯里が彼女との間で折衝を行うので、顔さえ見知っていれば良いだろう、という事だった。そうして一通りの挨拶を終わらせた後に、クロディが問い掛けた。
「それで……その子が?」
「ええ……彼女はホタル。マルス帝国の崩壊に際してこの研究所より持ち出されたゴーレムの一体が改良され、それを私が鹵獲したものです」
「……」
カイトの軽い説明を聞きながら、クロディがホタルをジロジロと観察する。やはりこの研究所で働いている以上、気になるのだろう。そうして僅かに興奮気味に彼女が口を開く。
「……素晴らしいわ。ここまで完璧なゴーレムは見たことがない……一体どれだけの月日を費やしたのか……興味が尽きないわね……」
「一応、防衛システムは搭載されていますので、不用意に魔術を展開しない方が良いかと。特に今回は彼女の生まれ故郷とも言えるこの研究所に来ています。何が起きるか、未知の所が多い」
「そうね。君の指摘は正しいわ……にしても、素晴らしいわ……この容姿を設定した研究者とはぜひ話をしてみたかったわね……」
なんか妙な違和感があるな。カイトは若干鼻息が荒いクロディを僅かに訝しむ。とはいえ、ティナも未知の技術に遭遇した時は似たようなものだ。なので彼女も似たようなものか、と流す事にした。と、そんなクロディであったが、一転して気を取り直して歩き出した。
「ついて来て。貴方達の為に用意されているスペースに案内するわ」
「ありがとうございます……行こう」
クロディに続いて、カイト達もまた歩き出す。そうしてひとまず彼女の認証キーを使って研究所の奥へと入る事になったが、そこでふと何かに気が付いた様に彼女が立ち止まった。
「そういえば……ホタルだったわね?」
「はい」
「貴方、確かこの研究所で作られて、一時運用されていた形跡があった、という事だったけれど……貴方の認証コードはある?」
「少々、お待ち下さい」
クロディの問い掛けを受けて、ホタルは自身の情報記録媒体に格納されたマルス帝国中央研究所における情報を展開する。
「確認しました……最終更新日、マルス帝国崩壊の日時と一致。レベルは最高位の管理者権限。解除は終焉帝の認可が必要。おそらく現在も有効な物かと思われます」
「やってみて頂戴」
「……マスター」
「んー……」
ホタルの問い掛けを受けて、カイトは少しだけ考える。が、少し考えた後に首を振った。
「いえ、迂闊に接続するべきとは思いません。現在、この研究所で正規のIDはおそらく彼女だけでしょう。であれば、最悪はこの研究所全体が彼女の管理下に置かれる可能性も。更には、彼女自身が操られる可能性もあり得ます。一応、私が魔術的に隷属化しておりますが……分からない以上、最悪を想定して動くべきかと」
「ふむ……なるほど。合格ね」
どうやら、クロディはカイトを試していたらしい。彼の返答に満足げに頷いた。
「今回、貴方達がその子を持ち込むとあって反対していた学者は少なくないわ。危険だ、というわけね。私も、その一派の一人よ。教皇猊下のご下知で、受け入れた形ね」
「……それを仰るという事は、少なくとも貴方はその意見を撤回すると?」
「そうね。少なくとも貴方は信頼して良いでしょう。貴方の管理下にあるのなら、十分に安全な運用が出来ると考えて良い」
僅かに目を細めたカイトの問い掛けに、クロディは背を向けながらある種冷酷に頷いた。そうしてそんな彼女は改めてカードキーを取り出しながら一同へと実情を語った。
「教えておいてあげるわ。現在、私を筆頭にして五個の研究室がこの研究所の解析に臨んでいる。けれど、それでも今出来ているのは表層部分を爪で引っ掻いた程度よ。間違いなく、末期に関わっていた魔術師達は天才ね。私達だけじゃどうしようもないわ」
僅かに悔しげに、そして僅かに呆れた様にクロディは首を振る。そしてそれに合わせて、彼女のカードキーを認証したのか奥へ続く扉が開いた。
「そういえば、新たに認証キーを発行出来るんですか?」
「ゲストキーだけよ。今回貴方達に渡す様な物ね。私達が持つ物はもう作れないわ」
「では、どの様に?」
ひらひら、と自身のカードキーをかざすクロディに、カイトが問い掛ける。それに、クロディは隠す事もなく教えてくれた。
「二百年前に居たとある学者が、認証キーの登録情報の書き換えを可能にしたのよ。そのおかげで、私達もなんとか中へ入れるというわけ。と言っても、高位の認証キーの書き換えにはまだ成功していないから、奥へは行けていないわね」
おそらくこの二百年前に居た学者とやらが、カイトが聞いたという強硬派の総長というわけなのだろう。そしてそれなら、この時に研究が一気に進んだのも納得できる。
「今回、その子の入場を認めるべき、と言った派閥もその奥に興味があるから入れるべき、という意見が大勢よ。それこそ、何らかの理由を付けて接収しろ、という強硬派まで居るぐらいね」
「不穏ですね」
「それぐらい、この研究所には未知の領域が多いの。特に奥の奥は」
口調に反して警戒感を滲ませないカイトに対して、クロディは呆れた様に首を振る。確かに、この研究所の規模は建物のみを見ればエネフィアでも最大級のものだろう。外側の部分は元々あって失われたのか、それとも元々無かったのかは分からないが建屋だけでも十分な広さだ。
更には建屋の素材も未知の物が多い。しかも警備システムも生きている為、迂闊に壁を壊して突き進むわけにもいかない。何より、この研究所は同時に歴史的な意義もある。破壊は認められなかった。
というわけで、ここの研究者達の大半は壁を一枚隔てた先に求める物がある事を知りながらも、手出しが出来ないというもどかしい日々を送っていたそうである。こういう強固な意見が出ても不思議のない事だったのだろう。と、そんな話をしながら歩くこと少し。カイト達は外部の研究者が使う研究室へと案内された。
「ここを、使って頂戴。私は隣の部屋に基本は詰めているから、何か用事があったらそちらへ。そこの内線の一番を押せば、普通に私に繋がるわ」
「ありがとうございます。それで、先程ゲストキーがあるという事でしたが……」
「そこの箱の中にあるわ。分かっていると思うけど、紛失したら責任問題に発展するから、なくさない様に注意してね」
「はい」
ゲストキーとはいえ、国家が運営する研究所に立ち入れるのだ。それの扱いは厳重にされて然るべきで、クロディの注意は尤もと言ってよかっただろう。
「それと、その子のこの研究所へのアクセスは私の立ち会いの下で行うこと。初回については騎士団も待機するから、それを待って頂戴」
「はい。予定については?」
「明後日の朝、行うわ。今日明日は一日この研究所に滞在してもらって、何も無い事を確認したいのよ」
カイトの問い掛けにクロディが道理を告げる。現状、ホタルとこの研究所を組み合わせて何が起きるか分からないのだ。であれば、この対応は当然と言えただろう。
「じゃあ、とりあえずゲストキーを全員に配って、一応扉を動かせるかどうか確認しないと。もし無理なら、取り替えるわ。上の五枚はとりあえずこちらで確認しているけども、全部は手間だからしてないわ」
「わかりました」
クロディの指示にカイトは頷くと、ひとまず箱の中にあるというゲストキーを回収。動作確認が取られているゲストキーを上層部へと配布する。そうして、彼らはひとまずそこでクロディと共に外に出て他の冒険部の面々と合流するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1687話『ルクセリオン教国』




