第1685話 ルクセリオン教国 ――二人のカイト――
冒険部ギルドマスターのカイトと一介の冒険者であるカイト。この二つの身分を使い分けて、カイトはルクセリオン教国での行動を開始する。
そうして教皇ユナルとの会談までの僅かな間を利用して一介の冒険者としての行動を行っていたカイトは、偶然にもルクセリオに戻ってきたばかりだというローラントという冒険者と共に近くの森に巣を作ったという天竜の討伐任務を請け負っていた。
「ふぅ……」
天竜を一太刀に切り捨てたカイトは、ひとまずそこで息を吐く。特段苦戦したつもりはないが、何時も通り戦えはしただろう。
「見事な腕だ。中津国に居た事があるのか?」
「元々の出身がそこでな。その後に皇国、魔族領、ウルカと移動してピュリの姉貴に呼ばれてまた皇国という感じだ。で、今はまたウルカに戻ってる所か」
「随分と各国を移動しているんだな」
カイトの語った経歴に、ローラントは僅かに頬を引き攣らせる。随分と若い見た目だし、年齢もそう変わらないというのがカイトの言葉だ。それなのにここまで多くの国々を渡り歩いているというのは非常に珍しいといえば、珍しいと言えた。
「ギルドの規模がでかいからな。伊達にエネフィア最大のギルドじゃないさ。大抵のでかい街には支部がある。寝泊まりには困らん」
「なるほどな……」
元々<<暁>>はエネフィア最大のギルドとして有名だ。流石に教国には支部は無いものの、多くの街に支部がある。それは特にエネシア大陸に多く、<<暁>>のギルドメンバーであれば支部の保有する宿泊施設や提携する宿泊施設があったりするのであった。この様に渡り歩く事が出来るのは、この規模の大きさがあればこそだった。
「それにしても、あんたも随分と強いな。今回もオレが思うより格段に早く見付かったし……」
「俺はここで長いだけだ。教国で生まれ、教国で育った。その中で戦士をやって各地を転戦していれば、こうもなる。あの森も俺が新人の頃から慣らした場所だ。巣を作るのならどこか、とおおよそのあたりは付けられていた」
「なるほどな……その腕ならランクSも近いんじゃないのか?」
「わからん。それを試す為に戻ってきたとも言える。最後の壁だ。決して、低くはない」
どうやら、ローラントの思惑はカイトの想像通りだったのだろう。ランクSという壁は決して、低くはない。数万を超える冒険者の中でも一握りの猛者だ。カイトがカイト故に付き合いが多く簡単に至っている様にも思えるが、実際にはそんな楽な領域ではない。
「確かにな……何人も、最後の壁に挑んで死んでる。これだけは臆病なぐらいが、丁度よいのかもな」
「ああ」
ランクSの魔物はやはり猛者ばかりだ。それこそランクSの冒険者が複数人で挑んでなお、敵わない様な魔物は無数に居る。それに、単独で挑まなければならないのだ。無論、ここまでの化物には挑まないし、挑ませられない。だが、曲がりなりにもランクSには違いがない。試験はやらねばならないだろう。危険は危険なのだ。細心の注意を払う必要はあった。と、そんな事を話し合った二人だが、何時までもぼさっと街の外で突っ立っているわけにもいかなかった。
「帰るか。素材も剥ぎ取ったし」
「ああ」
会話をしながら素材の剥ぎ取りと討伐の証明となる光竜の『竜玉』を入手して、二人は一つ頷きあう。討伐証明は基本、こういった何らかの物を持ち帰るのが基本だ。それに応じて報奨も支払われる仕組みになっている。
なお、もし討伐対象が完全に消滅してしまった場合はどうするのか、というと後からユニオンの調査員が調査に向かい、後日賞金が支払われる仕組みだった。というわけで、コアを片手にルクセリオに戻った二人は、ひとまず証明となるコアを受付に提出する。
「おかえりなさいませ、ローラント様。相変わらずのお手並ですね」
「いや……今回はこいつが手を貸してくれたから、ここまで早々に片付けられた」
「はぁ……あ、お二人とも、お疲れ様でした。これで依頼は完了です。報奨金は事前の申請の通り、指定の口座に振り込まれておりますのでそちらをご確認下さい」
やはりカイトについては風当たりはきつかったが、ローラントに対しては風当たりは良いらしい。道中で聞けば、ローラントはルクセリオでそこそこ長い実績があるという。
彼曰く、今回はランクSの壁に向けて武者修行に出ていたとの事だった。それと一緒に依頼をこなした事で、カイトも少しは見直されたという所なのだろう。ねぎらいの言葉をくれていた。と、いうわけで依頼は完了となった。
「で、これからどうする?」
「オレはひとまず宿に戻る。まぁ、やはり旅で少し感覚が歪んでるからな。そちらの調整をしておこうと思う」
「そうか。なかなかの一撃だと思ったのだが……」
「悪くはないが、良くもない。少し感覚の調整はしておきたい程度だ」
ローラントの称賛に対して、カイトは後ろ手に手を振ってその場を後にする。そうして、彼は今度は使い魔と入れ替わり、教皇ユナルとの会談に備える事にするのだった。
時は進んで、カイトは冒険部のカイトとして活動を終わらせていた。そんな彼は一つため息を吐くと共に、その日の活動を全て終わらせる。
「ふぅ……」
カイトはバスケットボールの様に指先で光竜の鱗を弄ぶ。収集した光竜の素材については、ローラントとカイトで半分半分にする事にしていた。どちらも今回は肩慣らしという事で特段素材については興味がなかったのか、これで良かったらしい。と、そうして虹色に光を反射する光竜の鱗に、桜が興味を持った。
「なんですか、それ?」
「光竜の鱗だ。綺麗なもんだろう?」
「はい……なんだか鏡みたいですね」
くるくると光竜の鱗を回すカイトを見ながら、桜がそう感想を述べる。そんな彼女の感想に、カイトも笑った。
「そうだな……光竜という魔物は基本的に攻撃系の魔術の効きが悪くてな。高位の光竜の鱗をふんだんに使った鎧は、高位の冒険者でもおいそれと手を出せないほどの値になるんだ」
「へー……じゃあ、それを使えば?」
「いや、流石にそんな量はない。今回、ちょっと他の冒険者と一緒だったからな」
今回、カイトが使い魔で別行動する事がある事は桜ら上層部には教えている。なので桜もそこでの事なのだろう、と理解した。
「そうだな……この量だとせいぜい作れても盾程度だろう。とはいえ、それでも出来るかどうか……」
「じゃあ、どうするんですか?」
「そうだな……実は光竜の鱗は美術品にも使われる。ほら、中津国でオレが買ってきた簪、覚えてるか?」
「黄色の、ですか?」
「それ」
桜の確認に、カイトははっきりと頷いた。中津国というのは言うまでもなく、久秀達と再会したあの休暇の時の事だ。あの時カイトは一人使い魔を使って彼女へのプレゼントを買ってきていたのである。
無論、彼女だけではなく瑞樹や魅衣達の分も買ってきている。当然、各個人の髪色や目等を鑑みた上だ。相変わらずのマメさであった。
「あの簪の櫛の部分。あれは実はこの光竜の鱗を加工したものなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ……実はあれ、護身具としても使えるんだぜ?」
少し冗談っぽく、カイトは驚いた様子の桜へと告げる。彼が送った物は大半、美術品としても優れているが実は密かに実用性を持っていたりするらしかった。万が一には身を護れる様に、というわけだ。
まぁ、そういうわけなので実はかなり値は張ったそうだ。と言っても、エネフィアでも有数の大貴族の彼だ。自分の物ならまだしも、彼女らへのプレゼントにこの程度の事を気にする者でもなかった。
「魔術を切り裂く感覚で、あれを振るってみろ。魔術の規模と慣れが必要だが、受け流すぐらいは出来るぞ」
「でも美術品としての価値は落ちそうですね」
「だから、教えてないだろ?」
「あはは」
確かに。カイトの言葉に桜も笑って頷いた。こういう物が必要にならない様に、彼が居るのである。
「ま、それは兎も角……今回はその関係で手に入れたものでな。偶然手に入れたものだから、どうするかは悩みどころだ。ま、適当に後で使い途は考えるか」
兎にも角にも、こんなものはどうでも良いのだ。単に手持ち無沙汰なのでくるくると回して遊んでいただけである。というわけで、彼は琥珀色の液体を傾けながらティナへと問い掛けた。
「ティナ。それで打ち合わせはどうなった?」
「それのう。とりあえずは椿にまとめさせた通りじゃが……うむ。前に見た時も思うたが、やはりでかいのう。大婆様が勤めていたのもよく分かる。あれは下手をすると余の研究所より優れている部分もあるかもしれん」
「というより、現代文明はマルス帝国時代より技術的には幾分劣化してるだろ」
「ま、そりゃそうじゃの」
カイトの指摘にティナが笑う。三百年前のエネフィア全土を巻き込んだ世界大戦と、マルス帝国の崩壊に伴う大戦乱。この二つにより、この大陸の文明はマルス帝国時代より若干落ちている。
それはホタル達を見てもわかるだろう。彼女らはもはや現代ではオーパーツだ。他にも多くの物が現代では作れなくなっているか、作れても費用対効果は悪化している。
それに匹敵するか、一部上回っているティナがどれだけ凄いのか、というのが如実に分かる一幕であった。と、そんな彼女にカイトの晩酌の供をしていた灯里が告げる。
「そう言えば、ティナちゃんの研究所って私見たことないなー」
「まぁ、余の研究所は魔族領じゃからのう。公爵邸の地下は研究所というより研究室じゃし……」
「やっぱり凄いの?」
「どうじゃろ? 余は余の使いやすい様に改良しとるだけじゃからのー。他人の研究所はやはり使い難いし……」
「あー……それ分かるなー。やっぱり私も自分の部屋が一番使いやすいし」
ティナの言っている事は尤もといえば尤もだった。それは灯里としても一研究者としてわかったらしい。しきりに頷いていた。が、そんな二人に対して、カイトが目を細める。
「……」
「なんじゃ、その文句有りげな目は」
「……」
口を尖らせるティナに対して、カイトは相変わらずジト目のまま無言で二人を見る。そうして、カイトが告げた。
「二人共、何が自分の部屋が一番使いやすいんだ? 特に灯里さん」
「な、何よー。間違った事言ってないでしょー」
「人の部屋来て、さんざっぱら散らかし放題散らかす奴が言う言葉か!」
「あんたの部屋は私の部屋。私の部屋は私の部屋」
「どこの剛田くんだ!?」
灯里の冗談めかした言葉に、カイトが声を荒げる。まぁ、それはさておいても、この二人は人の部屋をさも自分の部屋の様に使う常習犯だ。現に今もカイトの部屋だというのに、入り浸っている。曲がりなりにも教師である。この時点で可怪しいだろう。と、そんなカイトに対して、桜が仲裁に入った。
「ま、まぁまぁ……い、一応きちんと真面目な会話もしてますから……」
「あーん、桜ちゃん良い子良い子ー」
「あ、あの灯里さん……さ、流石に抱きつかないで頂けた方が……」
「えー」
抱きついて頭をワシワシと撫でる灯里に、桜が照れくさそうで困った様な顔をする。そんな二人を見て、カイトは肩を落とした。言っても無駄と思い直したのだ。何時も思っているが、何時も思わされるのである。
「はぁ……あー……やめやめ……で、ティナ。結局の所、結論としては?」
「とりあえずデータベースにアクセスせねばならんが……如何せんマルス帝国で最も警備が厳重じゃった研究所じゃからのう。最高レベルの研究データにはアクセス出来ておらんそうじゃ。まずはそちらの解析に協力する事から始めるべきじゃろうのう」
「なるほどな……確かに、それが最優先か」
そもそもの話であるが、最終盤のマルス帝国はかなり厳密な階級分けと情報管理を行っていたらしい。なので最高位の情報ともなると終焉帝の許可が無ければアクセスできない――主任であったユスティーツィア・ユスティエル姉妹等腹心達の裏切りが相次いだ事で厳格化がされていったらしい――仕組みになっていたらしく、その代行が可能なホタル達ぐらいしかアクセスできないらしい。
そしてそのゴーレムを持つのは、現代ではカイトかイクスフォスかのどちらかだ。教国ではどう足掻いても地道にハッキングして解析していくしか出来なかったとの事であった。無論、相手は現代より数段上の技術を持つのだ。その解析も遅々として進まないそうである。
「わかった。ティナ。改めて聞くが、ホタルのシールドは大丈夫なんだな?」
「無論じゃ。あの子の制御システムは現在、純粋なマルス帝国の物とは言えぬ。コアユニットは大半が魔石側に移動しておると言って良い。もはや独立したシステムと言える。単に肉体の側がマルス帝国が作ったゴーレムというだけじゃな」
「OSが無けりゃ、どれだけ優れたスパコンもただの鉄くずか」
「そういう事じゃ。コア・システムを操れぬではホタルは操れん。無論、それでも万が一に備えて幾つもの自己チェック機能を搭載し、シールドもしておる。ま、それ故に今はシステムチェック中じゃがのう」
カイトの言葉に頷いたティナは、部屋の片隅で目を閉じているホタルを窺い見る。明日からの調査に備えて、ティナの言う通り自己チェックを行っていたのである。
「そうか……まぁ、基本オレの側に控える形になるが、何か注意しておくべき事は?」
「無いのう。ま、何かが起きれば余に報告せよ。報連相は大切じゃ」
「あいあい」
当たり前といえば当たり前の事に対して、カイトは適当に流す事にする。流石に彼も公爵だ。この程度の事は身に沁みて理解していた。そうして、もうしばらくは揃って真面目な話をして、その後はゆっくりと明日からの調査に備えて休む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1686話『ルクセリオン教国』




