第1684話 ルクセリオン教国 ――肩慣らし――
数々の闇がうごめくルクセリオン教国。そこに乗り込んだカイトは、教国より招かれた冒険部のカイトとしての傍ら、カイトは皇国からの依頼を受けて一介の単なる冒険者として暗躍を開始していた。
そうして手始めに冒険者ユニオンのルクセリオ支部にて所在地の登録を行った彼であったが、そこで偶然にも帰宅するついでにルクセリオ支部に所在地の登録を行うべく立ち寄ったルーファウスとアリスの二人を目撃する。
そんな二人に見付からない様に依頼を確認する冒険者のフリをしていたカイトであったが、そこでローラントという冒険者に声を掛けられる。そこでの少しの話し合いの後、カイトは利益の合致を受けて彼と共に簡易な依頼を受ける事になり、ルクセリオを後にしていた。
「そういえば……オレはここらの事を知らないんだが、こういう事は多いのか?」
駆け足で討伐対象の光竜が巣を作っているという場所へ向かう二人であるが、その道中にカイトが問い掛ける。ここらで出る魔物は基本変わっていない様子だが、やはり習性等については月日と共に少し変わってくる。今後教国に来る事がないとは思えない。であれば、聞いておけば後々に役に立つと考えたのだ。
「光竜が街の近くで巣を作る事か?」
「ああ」
「いや、あまりない。ここらに竜種が現れる事は割とある事だが……基本、各騎士団が駐留しているからな。出ても問題は出ない事が多い。なので巣を作る事自体稀な事だが……今回は手が回らなかったのだろう」
「なるほど」
ローラントの返答に、カイトはなるほどと頷いた。ここらは三百年前から変わっていないし、他の国でも変わらない。首都がどこの国でも最も厳重な警備がされている。
「手が回らない、と言っていたが何かあったのか?」
「紋章の騎士団の団長が今、教皇猊下のお言葉で休暇でな。街を離れて自領に戻っているそうだ。騎士団の一つの動きが今は遅い。それに合わせて白騎士が動いているが……やはりその分な」
「なるほどね……」
ローラントの言葉を聞きながら、カイトは僅かに内心で苦味を浮かべる。今回、皇国からの調査任務の一つには以前の和平交渉において姿を見せなかった<<紋章騎士団>>の団長の調査も入っていた。
が、居ないのであれば仕方がない。確かに行けば良いといえば行けば良いのであるが、ルクセリオでの調査もある。騎士団長の調査以外にも調べたい事は山程あるのだ。一つのためだけにそれら全てを捨てるだけの価値は見出だせなかった。
「まぁ、そのおかげでこっちはしばらくの晩飯にありつける。有り難く考えておこうや」
「そうだな」
カイトの言葉に、ローラントも笑いながら同意する。そうしてそんな事を話しながら駆け抜けること少し。小さな森林が見えてきた。
「あれか」
「ああ。近隣の住人が森に入る事もあるという。ここに竜種が巣を作ると、被害が出るかもしれん」
「あいよ……どうする?」
「数はつがいを作っていれば二体。巣作りの最中なら一体……即殺されるほどではないだろう。通信機は?」
「皇国製ので良ければ」
おおよその流れを理解しながら、カイトはローラントへと通信機を提示する。それに、ローラントも自身の通信機を取り出した。
「リンクしておこう。見付けたら連絡を取る方向で」
「りょーかい。リンク可能距離は常に確認しておこう」
「ああ」
カイトの意見に同意したルーランとは通信機の同期システムを起動させると、慣れた手付きでカイトの通信機と一時的にリンクさせる。やはり冒険者。慣れが見て取れた。
「ではな」
「気を付けろよ」
「そちらもな」
カイトの激励にローラントもまた激励を返す。そうして、二人は一度そこで分かれ別々の方向に森に分け入っていく。
「ふむ……」
今回の依頼は討伐系の依頼だ。相手は既知といえば既知だが、竜種の亜種だ。油断は出来ない。なのでカイトは一旦目を閉じて、気配の流れを読む。
「ユリィがいれば、楽なんだが……」
目を閉じながら、カイトはそうぼやく。彼女は妖精族。森の中で生まれ育つ種族だ。故に森の声を聞く事が出来る為、もし竜種の様な厄介な異物が入っているのであれば教えてもらえるはずだろう。無論、大精霊と繋がる彼も出来なくはないが、精度は僅かに落ちる。どうしても種族差が存在するのだ。
「ふむ……このでかい気配はローラントか」
かなり強いな。カイトはローラントの気配を改めてはっきりと認識して、かなりの強さを持つ事を把握する。これでも一応森の中という事で抑えているだろうに、並の戦士以上はあるだろう。
「ルーファウス……以上はありそうか。壁の上か、それとも壁超えをしているか……申請していないだけの可能性も……いや、もしかしたらこっちに戻ってきたというのは、そのためか?」
ローラントの気配を読んだついでに、カイトは彼の思惑を少しだけ推測する。基本的にどの街でも受けられる冒険者の昇格試験であるが、実は最高位のランクSのみは特定の支部でしか受けられない事になっている。敵のランクが高い事もあり、滅多なことでは試験が出来ない。
そして冒険者としても最高位という格がある。結果として、マクスウェルの様な大都市の支部やルクセリオや皇都の様な首都でしか受けられない事になっていたのである。彼の実力を鑑みれば、ルクセリオに戻ってきた理由はそれと考えられた。
「いや、どうでも良いか。ふむ……これはそこそこでかい気配、かな」
ローラントの考察を終えたカイトは、再度気配を読んで森の中へと分け入っていく。やはり魔物も生きている以上、気配の大きさは状態に応じて変わってくる。なのでいくら彼といっても、これと決め打つ事は出来なかった。
「……」
しばらく、カイトは息を潜めて木々の上を伝って移動していく。そうして気配の近くにたどり着いたカイトはそこで一度、息を殺した。
(……ちっ。ハズレか)
息を殺して木々の影から先を見たカイトであるが、居たのは狼系の魔物だ。ランクとしてはC程度。弱くはないが、決して警戒しなければならないほどではない。
(どうする……? 止めておいた方が良いか……?)
数瞬、カイトはこの狼型の魔物をどうするか考える。森には近くの村の民も来るという。であれば見た以上は仕留めておきたい所であるが、血の匂いが染み付けばそれだけ他の魔物に気付かれかねない要因となる。光竜が相手である以上は迂闊な事は避けたいといえば、避けたい所だった。
(……いや、仕留めておくか)
結局、カイトはこの魔物を仕留めておく事にしたらしい。判断基準としてはやはり、この魔物がランクC程度だという所だろう。確かにカイト達からすると雑魚と言い得ても、普通に冒険者からしてもランクCというのはなかなかに強い魔物だ。
普通の民達からすると、もはや抗いようのない暴威と言っても過言ではない。ここに村人が来るかもしれないのであれば、可能な限り仕留めておく方が良かった。とはいえ、やはり状況が状況だ。一手間凝らす方が良いと彼は判断した。
(<<風防壁>>展開……密度最大……効果範囲最小……)
狼型の魔物を仕留めると決めたカイトは、<<風防壁>>と呼ばれる魔術を展開する。これは風の膜を創り出す魔術で、基本的には矢等の投射物を逸らす事で防ぐ防御系の魔術の一種だ。カイトはこれを密度を極限にまで高める事で匂いが一切入り込まない空間を創り出したのである。
「すぅ……はぁ……」
枝の上で、カイトは一度目を閉じて呼吸を整える。そうして、彼は弓矢を編み出す。
「<<滅尽の矢>>」
小さく、カイトが口決を告げて矢を放つ。弓弦から放たれた矢は光の様に一直線に、しかし音もなく風を切って突き進み、狼型の魔物へと直撃。それと共に閃光を放ち、閃光が収まった時には狼型の魔物の姿はどこにもなかった。
<<滅尽の矢>>は直撃すれば跡形もなく消し飛ばすという技だ。気づかれない様に手加減はしたが、彼の腕ならこの程度は余裕と言えた。
「はぁ……」
<<滅尽の矢>>で狼型の魔物を消し飛ばしたカイトは、残心のように息を吐く。これでひとまずの危機は去ったと言って良いだろう。とはいえ、これは行き掛けの駄賃でやっただけ。本題はまだ終わっていない。というわけで、彼は改めて森の気配を読む事にする。
「次は……」
どれがそれっぽいかな。カイトはそれを考えながら、気配を読む。やはり寝ていたりすると、どれだけ強大な魔物でも存在感は薄れるものだ。いっそ狩りでもしていてくれれば楽になるのだが、と思わなくもなかった。無論、狩りをしていた場合は空腹と言う事で凶暴性が増すので厄介にはなる。一概に良いとは、言い切れない。と、そんなわけで気配を読んだ彼は次の標的に向けて動き出したわけであるが、その道中に通信が入った。
「ん? ローラントか?」
『ああ。大丈夫そうだな』
「ああ……見付かったか?」
『ああ。寝てはいないが……警戒している様子はない。幸い空腹というわけではなさそうだ』
「そうか……合流する。場所は?」
『ああ……こちらで信号弾を打ち上げる。それを目印にしてくれ』
「わかった……大丈夫だ」
丁度乗っていた木の上に立ったカイトがローラントに告げるや否や、木々をかき分けて白い信号弾が打ち上がる。これは魔術による信号弾なので、見えるのはカイトだけだ。
というわけで、彼はそちらへ向けて一直線に進んでいく。と、そうして開けた場に差し掛かった所で、カイトは一匹の白色の天竜を発見した。
「っと……ローラント。開けた場所に差し掛かった」
『ああ……ああ、こちらもお前が見えている』
カイトの言葉を受けたローラントが、木々の裏から鏡を使って反射でカイトへと小さく合図を送る。どうやら彼は開けた場所を中心としてカイトの正反対の場所に居るらしい。
『どうする?』
「警戒している様子はないが……ここらの天竜の繁殖期は?」
『幸い、今は繁殖期ではない。まだつがいを作っている形跡はなさそうだ。幸運だった、という所だろう。気性が荒くはない』
「幸いだな」
動物がそうであるように、繁殖期に差し掛かった魔物はかなり警戒心が強くなる。そうなると厄介であったが、どうやらその心配は無かったようだ。
「一気に仕留めよう。下手に飛び立たれても面倒だ」
『そうだな……確か武器は刀だったな?』
「ああ。そっちは両手剣だったな」
ローラントとカイトは最後の打ち合わせを行う。現状、どちらも肩慣らしに来ている事になっている。入念な打ち合わせは必須と言えた。
『ああ』
「ああ……魔術は使えるか?」
『使える。少し時間を貰えるのなら、拘束術もな』
「頼めるか? オレはこの通り純近接でな。攻撃力には自信はあるが……どうしても搦め手はイマイチな」
『わかった。一息にやってくれ』
「りょーかい」
手早くどうするかを決めると、二人は一度頷きあって同意を得る。そうして、数瞬。魔術の準備を終えたローラントが飛び出した。
「<<ローゼス・ケージ>>!」
ローラントが口決を唱えるや否や、天竜を取り囲む様に魔法陣が現れる。そうして、その魔法陣から真紅の茨に似た蔦が伸びて、天竜を雁字搦めに拘束した。教国で一般的に使われている拘束用の魔術の一種で、カイトも見覚えがあった。
「カイト、行け!」
「あいよ!」
ローラントの指示に合わせて、カイトは隠れていた木の影から飛び出して地面を蹴る。そうして一直線に光竜へと肉薄する。が、その道中、光竜は苦し紛れに顔だけ動かして<<竜の伊吹>>を放った。
「ちっ!」
「すまん!」
舌打ち一つで<<竜の伊吹>>を回避したカイトに対して、ローラントが一つ詫びて<<ローゼス・ケージ>>の効果範囲を更に拡大させる。そうして光竜が完全に真紅の茨に覆い尽くされた。それを見て、カイトは再度地面を蹴った。
「ふぅ……」
光竜の一歩手前にまでたどり着いたカイトは、そこで目を閉じて一度呼吸を整える。そうして、目を見開くと共に彼は居合斬りを放って、一気に光竜を消し飛ばしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1685話『ルクセリオン教国』




