第1683話 ルクセリオン教国 ――ソロ――
教皇ユナルと道化師達がカイトの裏で何らかの暗躍を行っていた一方、その頃。カイトもカイトで彼らの読み通り、暗躍をしていた。
「ふぁー……久方ぶりにソロ、か」
何時ぶりだろうか。カイトは何時も誰かが居た事を思い出し、僅かに苦笑する。地球でもエネフィアでも常に誰かは一緒に居たのだ。完全に一人で行動するのは本当に久しぶりと言えた。
そんな彼はまずは教国内部に居る情報屋からヴィクトル商会が手に入れた情報を基に宿泊が出来る宿屋に向かうと、荷物を置いて冒険者ユニオンのルクセリオ支部へ向かう事にする。
「さて……とりあえずは登録証を提出しないとな」
カイトは少し楽しげに、ハイゼンベルグ領にて手に入れた登録証をくるくると回す。これはとあるルートで手に入れた冒険者ユニオンさえ知らない偽造証だった。基本的な話として、冒険者の登録証を偽造する事は不可能だ。
前提条件として、ユニオンは基本中立の立場となる。国家や貴族ぐるみの不正――マリーシア王国やミニエーラ公国はこれに当たる――があるのであれば協力してくれるが、今回は不正をしていない他国への密偵という形となる。冒険者個人に依頼するのならまだしも、ユニオンが協力してくれることはない。
が、実のところカイトであれば、ユニオンの持つ登録証を偽造することが可能だったりする。前にも言われていたが、冒険者の登録証の偽造防止技術はカジノ経営に伴ってヴィクトル商会も保有している。であれば、だ。ヴィクトル商会を下部組織として保有しているカイトなら、偽造も可能なのである。
というわけで、カイトは非正規の偽造証を片手にルクセリオ支部へと向かう事にする。とはいえ、そんな彼は迷いなく歩いていく。
「ここ、か」
懐かしいな。ルクセリオ支部にやって来たカイトにとって、実はこのルクセリオ支部へ来たのは初めてではなかった。三百年前当時、ルクスを仲間に引き入れた際には冒険者として来ているのだ。その際、今と同じ様にここに登録をしていたのである。
「……いや、懐かしんでる場合じゃないな。とりあえず中に入ろう」
「いらっしゃいませ……所在地の登録ですね?」
「ああ」
「あちらの窓口へどうぞ」
やはり流石はルクセリオン教国という所なのだろう。人助けという風習が広く根付いているのか、入るなり案内があった。というわけでカイトはその案内に従って、指示された受付へと向かう事にする。
そこはかなり若い女の子が受付をしている所だった。時間帯もあって丁度空いており、ここが空いていたという所なのだろう。
「……はい、確かに旅券を確認しました。カイト・フロレンシア様ですね。滞在は二週間程度の予定ですね?」
「ああ。折角、エンテシア皇国ともウルカとも国交が復旧したんだ。色々と旅はしたが……近くの教国を見たことがない、ってのも変だと思ってな。少し見て帰るか、って思ってるんだ」
「そうですか……はい。これで登録は完了です。まぁ、怪我をしているご様子ですので、お気をつけて」
「ああ」
カイトは気さくさを滲ませながら受付と話をしたが、どうやら受付は事務的な話や当たり障りのない程度に話はしてくれるが、それだけだった。まぁ、カイトは異族の混血として登録されている。ここらでは特に風当たりは強い、という事なのだろう。
「さて……とりあえず依頼を見るか」
ここでのカイトはランクAの冒険者の一人だ。なので受けられる依頼もそこまでになっており、それに合わせる必要があるだろう。
「ふむ……」
カイトとて三百年前には何度と無くここら近辺を転戦していたのだ。なのでここらに出没する魔物も覚えがあった。
(ランクBの光竜の討伐依頼……どうするかな。ひとまず討伐系を受けて冒険者らしさを見せるのも手だが……いや、慣らし運転として幾つか受けて、一つ大きめの討伐系を受けておくべきか?)
カイトは目に付いた討伐依頼を見てどうするか考えたものの、自身にとってここらは公的には初めて訪れる地となる事を鑑みたようだ。適度に簡単な依頼を受ける事に決める。と、そんな風に考えていた彼であったが、新たにルクセリオ支部に入ってきた人物を横目に見て、顔を顰める事となった。
「げっ……」
入ってきたのは、ルーファウスとアリスの二人だ。なぜ二人がここに。カイトはそう思う。というわけで、カイトは依頼を考えるフリをしながら二人の会話を盗み聞きする事にした。
「兄さん。別に今日来る必要はなかったのでは?」
「いや、こういうものはきちんとしておくべきだし、忘れない様に早い内にやっておくのが基本だろう」
「だからと言って荷物を置いてからでも良かったんじゃ……」
ルーファウスもアリスも今回の冒険部への出向まで、冒険者としては登録していなかった。が、冒険部に来た際に、郷に入っては郷に従えと冒険者として登録しておいたのである。
そして基本的には冒険者の登録証は重大な違反があるか、返納するまでは死ぬまで有効だ。なので帰国したのでこちらで所在地の登録をしておこう、となったのだろう。アリスの言う通り荷物もそのままだ。教皇ユナルとの会談の後すぐに、帰宅のついでにこちらに来たというわけなのだろう。
(……相変わらずの真面目さか)
幸い、カイトは今掲示板の方を向いていて二人に背を向けている。彼が気付いたのはやはり気配を読む力の差と言えるだろう。当然だ。カイトはギルド内どころかエネフィア・地球の二つからしても最高位に位置するのだ。
「そう言えば……兄さん。これからしばらく兄さんは休暇ですか?」
「いや、俺は軍部からの依頼で今回の出向に関する詳細な報告書を作りたいという話でな。一週間は軍で缶詰だ。アリスは?」
「私も学校は学校ですが……猊下からの御慈悲で一週間お休みを頂いています。ただ、少し前に何か話がある、と言う事でしたので明日には一度」
「そうか。ということは、これでお前のお守りからは解放か」
「どういう意味ですか」
やはりなんだかんだ言いながらも、兄妹というわけなのだろう。二人は和気あいあいとした様子で歩いていく。そしてやはり二人はヴァイスリッター家の嫡男と令嬢だ。ルクセリオ支部側も応対はランクに見合ったものではなく、最上級の対応をしてくれていた。
(……ま、大丈夫か)
アリスは確かにまだまだ未熟だが、ルーファウスは言うまでもなく腕利きだ。今後腕試しを兼ねて冒険者として活動するにしても、満足に活動していけるだろう。
それに、この様子だ。彼らの事は知られていると考えて良い。土地柄もあり、相手が冒険者であっても悪いようにはならないだろう。と、そんな事を考えていたカイトに、声が掛けられた。
「何か悩んでいるのか?」
「ん?」
「いや……長々と掲示板を見ていたのでな」
カイトに話しかけたのは、かなり大柄な男だ。カイトが横目に見た限りでは顔立ちは悪くはなく、冒険者であるものの野性味より気品を感じさせる。更には近接系の戦士なのか、腰には名剣と思しき両手剣がある。無論、身体はかなり鍛えられている。
動きもかなり洗練されている所を見ると、最低でも公的なカイトのランクと同じランクA。高ければランクSの可能性もあり得る様子だった。そんな男に話しかけられたカイトは、一瞬だけ返答に逡巡するも即座にこの場で最適な返答を導き出した。
「ああ……実はついこの間までペアで仕事をしていてな。その感覚で挑みそうになって、少し自重していた所だ。で、どうするかとな」
「なるほど……何か良い仕事でもあったのか?」
「いや……これとか良いか、と思ったんだがな。敵がそこそこ強く、距離もほど近い」
大柄な男の問い掛けに、カイトは渡りに船と敢えて彼との話を続ける事にする。掲示板を見ている間、カイトの顔が二人から見えるのは出入りの一瞬だけだ。なので彼との会話をしていれば、二人に疑われる事もなく顔を隠せるだろうと思ったのである。
「ふむ……光竜の討伐依頼か。ここから……<<縮地>>を併用すれば十分ぐらいか。近いな。見た所お前の腕であれば、単独でも討伐出来るのではないか?」
「あぁ、実は今日こっちに来たばっかなんだ。で、腕試しするかな、と思ったんだが……流石にこいつで腕試しをするほど、愚かじゃない。特に今はソロだしな」
「なるほど。慎重だな」
「オレ達の業界で生きてくには、慎重なぐらいが丁度よいさ」
「臆病ではないのか?」
「臆病になるほど、腕に自信が無いわけじゃねぇさ。オレ達の業界で臆病者になっちまったら、出来る依頼も出来なくなっちまうからな」
大柄な男の問い掛けに、カイトは敢えて余裕を見せてそう嘯いた。それに男も笑ってなるほど、と頷いた。
「なるほど。確かに道理だな……どうだ? これを俺と共に受けるか?」
「ん?」
「俺はローラント。実は俺も昨日、こっちに帰ってきたばかりでな。基本は誰かと共に戦うんだが……やはり慣れんでな。ゆっくり慣らすか、と思って今日は一つ上の依頼を探しに来たんだが……ペアを組めるのならこいつ程度が丁度よい塩梅だった」
この口ぶりからすると、このローラントと名乗った男は昨日慣らし運転をして違和感を得たのだろう。彼も彼でカイトを渡りに船と思った様子だった。
と、そんな彼の申し出を受け、カイトは改めて彼の方を見た。別にソロで動く必要があるわけではない。冒険者らしく動くのなら、時としてこういう出会いで動くのもありだ。話し合うのなら、相手の顔の一つも見るだろう。
「ふむ……ん?」
「どうした?」
「いや……どこかで見たか、と思ったんだが……」
「ふむ……いや、俺の方に見覚えはないが。まぁ、大陸間会議の時にすれ違ったのだろう」
僅かに既視感を得ていたカイトに対して、ローラントは訝しげに首を傾げる。それに、カイトもそんな程度か、と思う事にした。大陸間会議の時、教国と皇国は隣り合ったエリアに滞在していた。例えばアルとルーファウスはそこで初めて会っている。
なら同じ様にカイトと彼がすれ違っていたとしても不思議はないだろう。それに、カイトとしてもあそこで冒険部の長として活動していた事に気付かれるのは良い事ではない。というわけで、そうと考えた事にする。
「そんな所か。悪いな、変なこと言っちまって」
「いや、構わん。貴様の言う通り、俺達の業界だとよくある話だからな」
「確かにな」
「それで、どうだ?」
「その前にあんたのランクを教えてくれよ。そうしないと話も始められないだろう?」
ローラントの問い掛けに、カイトは笑いながら己の冒険者登録証を提示する。それに、ローラントもそういえば、と自身の登録証を提示した。そうして浮かび上がったのは、カイトの登録証と同じランクAの紋章だ。それを見て、ローラントは一つ頷いた。
「お互い、ランクAか」
「そのようだ。取り分は半々で大丈夫か?」
「それで良いだろう……ああ、その前に一応断っておくが、オレは混血だが……大丈夫か?」
「冒険者をやっていて、そこらを気にしていてはいられんさ」
カイトの問い掛けに、ローラントは一つ苦笑して肩を竦める。まぁ、彼も今しがた旅をしていて帰ってきたばかり、と言っていた。そして彼ほどの実力者だ。国境付近にでも行く事があるだろう。ソラが出会ったロドルフという冒険者と同じく、教国の中でも異族を気にしない者の一人と考えられた。
「そうか。なら、これにしておこう」
「良し」
カイトはローラントとの間で合意を得ると、依頼書を引っ剥がす。お互いに利益は一致している。なら、断る道理はないだろう。というわけで、カイトはローラントと共に掲示板から背を向けた。どうやら、話をしている間にアリスもルーファウスも帰っていたようだ。問題はなさそうだった。
「これは……ローラントさん。今日も依頼ですか?」
「ああ。彼と共に依頼を受ける事にした」
「彼と……?」
どうやら、ローラントはここらではそこそこ知られた戦士だったらしい。ルクセリオ支部の受付――丁度カイトの応対をした受付だった――はカイトの姿を見て僅かに驚きを露わにしていた。
「気にするな。彼の力が必要だ」
「……かしこまりました」
何かを問いたげな受付であったが、ローラントの言葉に何も聞かない事にしたらしい。彼に言われるがまま、依頼の受領手続きを進めていく。そうして、きちんと受領して報酬についての手続きを終わらせて、二人はルクセリオ支部を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1684話『ルクセリオン教国』




