第1679話 ルクセリオン教国 ――到着――
カイト率いる冒険部遠征隊は一日掛けてルクセリオン教国に入国すると、国境で合流したルーファウスの父にしてヴァイスリッター本家の当主となるルードヴィッヒ率いる艦隊と共に更に半日を掛けて移動していた。
そうして、彼らが入国して更に半日。朝日が昇り少しした頃合いで、彼らは教国の総本山となるルクセリオへと到着していた。
「へー……随分と荘厳なもんだ」
「ああ。ここが、我が教国の総本山だ」
飛空艇の艦橋から一望出来るルクセリオは、簡単に言えば巨大な教会を中心とした街だ。元々教国は宗教国家。ルクセリオ教という宗教を中心として、国が動いている。教会が中心なのは当然だろう。
とはいえ、その教会はやはり国家の中心となるだけあって巨大で、モン・サン・ミッシェルやケルン大聖堂がそのまま街の中心にあると考えても良い。様相としてはラエリアにも似ていた。
「……」
どこか自慢げなルーファウスの横で、カイトは僅かな懐かしさを感じる。三百年前から、この街は大きく変わっていない。規模としては僅かに大きくなっている様子だが、やはり根本的には宗教があるからだろう。
地球で言えば清貧の教えの様な物が守られており、それは数百年を経ても変わらない様子だ。結果として今でも質素な家が多く、懐かしさがあったのだろう。とはいえ、あまり長々とそんな顔をしてもいられない。というわけで、カイトはルクセリオの西。巨大な施設を見る。
「……あっちのは?」
「ああ、あれが今回カイト殿達が行く研究所だ」
「大きいな……数度皇国の中央研究所にも行ったんだが……それ以上はあるか。数キロ四方……という所か? いや、下手するともう少しありそうか……?」
「俺は皇国の中央研究所は知らんのでなんとも言えんが……少なくとも、ここより大きな研究所は教国には無い」
あったらあったで驚きだがな。カイトはルーファウスの言葉にそう思う。やはりかつては大陸の大半を支配した国家で最大の研究所だ。それに大陸の一大国にすぎない教国がそれに比肩する巨大研究所を建てれていても可怪しいだろう。
なお、これは後にユスティエルが語る事であるが、本来はここまで大きくはなかったらしい。幾つかの施設を増改築している間に、広大な敷地を有する事になり、多種多様な研究がされたそうだ。それこそ敷地内で召喚術や転移術関連の研究も出来るほどに巨大だった。と、そんな事を話し合っていると、通信機に通信が入る。
「ん?」
『ああ、私だ。カイトくん。ルー、居るか?』
「あ、はい。私もルーファウスも共にここに。おはようございます」
通信はルードヴィッヒからだった。それにカイトはルーファウスと一つ頷く。
『ああ、おはよう。まぁ、艦橋に居るのならもう見えているだろうが、眼下に広がっているのが我が教国の首都ルクセリオ。そして西側にあるのが、君たちが行くマルス帝国の中央研究所だ』
「ああ、今私がその説明をしておりました」
『そうか。であれば、詳しい話は不要か』
ルーファウスの言葉に、ルードヴィッヒは一つ頷いた。どうやら何も語っていないのなら一応語っておくか、という所だったのだろう。というわけで、彼は改めて実務的な話に入る。
『もう少しすると空港に降りる。流石にその際には我々のリンクをしたまま、というわけにはいかない。操縦は君に任せる』
「はい」
『ああ……ああ、ルー。帰還を報告した後は、アリスを連れて一度家に帰れ。猊下と軍の許可は取っている』
「あ、はい……そうだ。案内等は?」
『それについては政府から人が来る』
後にルーファウスから聞いた事であるが、どうやら教国では基本的に長期の遠征任務が終わった後はそのまま自宅に帰還する事も多いそうだ。なので今回もその例に漏れず、一度家に帰るというわけなのだろう。
「わかりました。では、このままお言葉に甘えさせて頂きます」
『ああ……母さんによろしくな』
「ああ……父さんは今日は?」
『早めに帰るさ』
ルーファウスの問い掛けに、ルードヴィッヒが一つ笑う。と、そんな話をしているとカイト達の乗る飛空艇の操縦がカイトの側へと移譲される。そうして飛空艇を指示された空港に下ろせば、全部終了だった。
「さて……これで終わりか」
「ああ……では、カイト殿。俺はひとまず先に降りて、教会の方を待つ。貴殿らはこのままこちらで待機を」
「わかった……ああ、ルーファウス」
カイトは立ち上がって先に飛空艇を降りるべく背を向けたルーファウスに向けて、声を掛ける。それに、彼が立ち止まった。
「ん?」
「今までありがとう。アリスと共に世話になった」
「あ……いや、こちらこそ色々と勉強になった。また機会があれば、貴殿とはぜひ共闘したいものだ」
カイトから差し出された手を、ルーファウスがしっかりと握る。そうして別れの挨拶を交わした後、ルーファウスは艦橋を後にしてアリスと共に外へと出ていった。そんな彼の背を見送ったカイトが、少しだけ笑う。
「ふふ……」
「どうしたの?」
「……これで終わりじゃないのさ」
「何が?」
唐突に断言したカイトに、ユリィが首を傾げる。それに、カイトは僅かに今交わした握手を思い出す。
「……あいつがどちらの生まれ変わりなのか、というのはオレにもまだ分からない。だが、あいつは元々オレの騎士団の騎士だった」
僅かに目を閉じて思い出したのは、以前エルーシャ達が見付けたエンテシア家の遺跡での事。あの時、カイトはアルとルーファウスの二人がかつて自分が家族とさえ思った騎士達だと理解した。なら、必ず自分とはまた道が交わるはずだと思っていたのだ。
「こちらにアルが居て、あいつが来ないはずがない。あいつらは揃ってこそ、真価を発揮する」
「随分自信あるんだね」
「あいつらを何度叱りつけたと思ってる? 一度や二度じゃないからな」
ユリィの言葉に、カイトは只々笑うだけだ。彼らと共に数十の戦場を駆け抜け、幾百の月日を共にしたのだ。そして最後は必ずあの旗の下に集うと誓ったのだ。であれば、必ず彼は帰ってくる。そう信じられた。
「まぁ、それはそれとして……ここから先、鬼が出るか蛇が出るか」
「何が出ても不思議じゃないけどねー。とりあえず、カイト。これからの予定は?」
「とりあえずここから一度ホテルへ向かって旅の疲れを取って、学生代表と教師代表の面子と共に教皇猊下と謁見か。その間に、ティナ達がルクセリオの冒険者ユニオンに入って一時滞在の申請、という所か」
「その後は、かな」
「ああ……ああ、ユリィ。分かってると思うが、お前はあんまフードから出るなよ」
「はーい」
カイトの言葉に、ユリィは彼のフードに潜り込む。ここは数ヶ月前まで異族排斥の最先鋒だった場所だ。立場上と万が一に備えて連れてきてはいるが、要らぬ揉め事を起こさない様に街中では潜む事になっていた。無論、選んだ人員も基本は天桜学園の生徒が中心だ。
と、そんな話をしていると、気付けば時間が経過していたらしい。ルーファウスと共に外に出ていた瞬から連絡が入ってきた。
『カイト。教国の使者が来られている』
「わかった。すぐに降りる。少しの話し合いの後、全員が降りる手はずになっている。遅れずに降りられるようにしておいてくれ」
『わかった』
カイトは瞬よりの報告に頷くと、通信を使って桜に事の次第を伝えると共に、自身は外へと降りる事にする。彼なのは今回の来訪はあくまでも冒険部主導で、天桜学園の教師達はその監督という向きだからだ。なのでギルドマスターの彼が基本的に表に立つのである。
そうして飛空艇のタラップを降りた所には、一人の神官服の男性が立っていた。年の頃合いは三十路前という所だろう。基本現在の教国では人間種や最低でも人間種と同じ寿命を持つクオーターしか公職に就いていない――法律ではなく暗黙の了解――為、見た目と年齢は乖離しないと思われる。
「イアサント・ミゴールと言います。教皇猊下の補佐をなさっておりますピーリス枢機卿の補佐官をしております」
「カイト・天音です。お出迎え、感謝します」
イアサント。そう名乗った男性が差し出した右手をカイトが握る。そうして握手を交わした後、少しの社交辞令が持たれる事となった。
「どうでしたか、上空から見る我が街の景色は」
「素晴らしいものでしたよ。確かにラエリアでもこういった一つの巨大な意志を持って作られた街は見てきましたが……ここはそれとも違い、明確に全てが調和している。教えという一つの考えにより、統一されているからでしょう。この街の住人達が敬虔に生きている事が察せられるかのようでした」
「そうですか。ありがとうございます」
イアサントはカイトの称賛に、柔和に笑って頭を下げる。
「あぁ、ここで立ち話もなんでしょう。すでに馬車の用意は整えております」
「ありがとうございます。少々、失礼します」
カイトはイアサントの申し出を受け、ヘッドセットを利用して中へと合図を送る。これで桜と瞬が率いる冒険部本隊が降りてくるだろう。そうしてそれが終わった頃合いで、イアサントが口を開く。
「それが、今皇国で盛んに使われている新型の通信機ですか」
「ええ……我々も開発には関わらせて頂きまして、そのまま使わせて頂いています」
「そうでしたか。我が国でも魔道具の開発は行われておりますが……どうしてもマルス帝国時代の遺産の研究が盛んでして。未だ、手持ち式が主流です。今回の和平でいずれは技術交流も起きるでしょうが……そういう物が普及してくれれば、と思うばかりです」
イアサントはそう言うと、彼の私物らしい通信機を少しだけカイトへと見せる。やはり機能としては手持ち式の方が多いが、通信だけに限ってしまえばヘッドセット型の方が使い勝手が良い。
無論ここらはカイト達ヘッドセット型を開発した者達も分かっており、手持ち式とリンクさせて通話する機能も持たせていた。そんな話をしながら歩くこと少し。イアサントと共にカイトは馬車へと乗り込んだ。
「さて……改めまして、今後の予定についてお話させて頂きたいと思います」
「はい」
「まずこの後ですが、教皇猊下と共に昼食会に参加していただく事になっております。それはよろしいですか?」
「ええ。伺っております……ただ、教皇猊下以外どなたが来るか、というのは直前まで分からないという事でしたが……」
今回の来訪についてはかなり前から申請して決定しているものだ。なので昼食会についてもかなり前から決定していたが、やはり<<死魔将>>の件等もあり教国も忙しい。更には現状、邪神の復活に関わる色々もある。なので誰が参加出来るか、というのは直前に教える、という事だった。
教国としても最悪は教皇ユナルだけでも良いのだ。カイトとしても一通り枢機卿の内ルーファウスが知っている分については聞いておいたので、問題はないと判断して特段気にしてはいなかった。
「はい、それについてはすでに決定しております。こちらがリストになりますので、ホテルに着き次第ご確認を」
「ありがとうございます……それで、その後の予定ですがどの様な形で進めれば良いでしょうか」
「それでしたら、ひとまず明日以降は自由にして大丈夫だ、という風に教皇猊下より指示が下っております」
カイトの改めての確認に対して、イアサントがはっきりと明言する。これについては改めて確認を取って悪い話ではない。というわけで、そういった各種の確認を取っているとホテルへと到着した。
「ここを、お使いください」
「ここは……」
「三百年前、貴方と同じ名の勇者が使ったとされるホテルとなります」
僅かに懐かしさを得ていたカイトに、イアサントが明言する。教国とルクスが揉めた後も、両者の間に立ってカイトは何度か教国に訪れている。そんな中で使ったホテルだった。
当時聞けば、彼らヴァイスリッター家の開祖も泊まった事のあるホテル――当然何度か改築はしている――だという話で、かなり歴史あるホテルらしい。というわけで、カイトは一瞬の懐かしさを即座に消して、頭を下げた。
「それは光栄です」
「いえ……その方が良いだろう、という教皇猊下よりの配慮です。部屋についてはホテルの従業員にお聞きください」
「はい。では、ここまでありがとうございました」
馬車の中で聞いた所によると、イアサントは出迎えを任されているだけらしい。なので一旦彼とはここで別れ、昼食会の際には馬車が来るだけになるそうだ。というわけで、カイトは後ろの馬車から来る他の冒険部の面々と共に、教国側が用意してくれたホテルへと入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1680話『ルクセリオン教国』




