第1677話 ルクセリオン教国 ――拡充――
ルクセリオン教国行きに向けて様々な手配や支度を行っていたカイト。そんな彼は出立に向けた調整の一環として、公爵邸の自室にてハイゼンベルグ公ジェイクや様々な要人達との会議に臨んでいた。
そうして各種の調整を続けた彼であるが、流石に公爵邸に長居は出来ないのでギルドホームへと帰還する事となる。その帰還の道中、偶然にソラと遭遇した彼であったが、そんな所に秘書室の所属となったコレットが現れる。
そんな彼女の持ってきた書類により先のミニエーラ公国での一件により保護したライサと、その兄にして証人としてマクダウェル家に寝返ったラフィタの両名との会合を得る事となっていた。というわけで、明けて翌日。カイトはソラを伴ってマクスウェル内にある公爵家が運営する病院にやってきていた。
「あら、天音さんと……確か、天城さんだったかしら」
「お久しぶりです、看護師長さん」
まぁ、事ある毎に公爵家の運営する病院に人を運び込んでいたし、重傷になれば流石に冒険部のギルドホームでは対処しきれずオペ室を借りる事もある。なのでカイトは病院の関係者達と顔見知りだったようだ。というわけで、カイトに向けて看護師長が問い掛けた。
「今度はどうしました? あぁ、あの女性の見舞いですか?」
「? 女性?」
「ニーアくんのお母さんですよ」
「ああ、メーアさんも来てたんですか」
メーアというのは、以前のマリーシア王国の一件でカイトが保護した親子の母の名だ。すでに退院して同じくマリーシア王国から難民としてやってきた者達の村にすでに居を構えていたが、やはりあれだけの大怪我だった事もあって経過観察はしていたらしい。今日は偶然にもその日だった、というわけなのだろう。というわけで初耳の様子のカイトの顔を見て、看護師長が首を傾げる。
「あら……じゃあ、別かしら。今、天音さんのギルドは誰も居なかったと思うのだけど……」
「いえ、今回は仕事の一環です。公爵家より使者として参りました。こいつはその人と顔見知りなので、という所ですね」
カイトはそう言うと、昨日受け取っておいた書類を看護師長へと提示する。それに、看護師長が頷いた。
「あら……じゃあ、受付へ行って話をすれば、すぐに通して貰えますよ。もう顔なじみですし」
「あはは。病院と顔なじみ、というのは有り難くないですけどね」
「あはは……あぁ、そうだ。よかったら、帰りに保育室を覗いていってあげてくださいな。ニーアくん以外にも色々と子供達も来てますし……」
「ええ、時間があれば」
看護師長の申し出に、カイトは一つ頷いて快諾する。確かに忙しい事は忙しいが、少し遊んでやるぐらいの時間はある。顔を見せるぐらいなら出来るだろう。
というわけで、カイトは看護師長との話を終わらせると、そのまますぐに受付へと書類を提出する。すると、すぐに話が通って厳重に警備された一角へと通される事となった。
「ライサさん。お久しぶりっす。つっても、わかんないかもしれないっすけど……」
「ん?……あ、ソラか。確かに随分と変わっちまったね」
「あはは……で、足。どうしたんっすか?」
「いやぁ、逃げる時に足挫いちまってね。今度は回復薬使わず、自然治癒だってさ……ま、獣人なんで治癒は早い。すぐに歩けるさ。で、あんたもあんたで大変だったみたいだね」
一瞬目を瞬かせたライサであったが、どうやら風貌等でなんとかソラとわかったようだ。少し恥ずかしげに笑っていた。その一方、カイトはカイトですでにライサとは顔を合わせていた為、彼女は疑問を抱いている様子はなかった。
「で……ギルドマスターさんか。そっちも久しぶり」
「ええ。久方ぶりです」
「今日はどうしたんだ? わざわざ二人揃って……」
「いえ。貴方のもう一人のお兄さんから、書類が届きましたので……それをお持ちしました」
カイトはライサの問い掛けに、昨日受け取った書類の一つを彼女へと手渡した。そうして封筒の中身を見て、一つ安堵を浮かべた。
「あぁ、これか。良かった……着の身着のまま出てきちまったからね。これが無いと、にっちもさっちもいかないからね」
「なんすか、それ?」
「商人ギルドの認可証の原本さ」
ソラの問い掛けに、ライサが笑う。一応、商人として商人ギルドに所属している証となる登録証は彼女も何時も持ち合わせているわけであるが、これはその原本らしい。
やはり商人だ。基本的にはこういった書類を交付するのが基本で、あの登録証は彼女の様な行商人達が持ち運ぶ為の物らしい。無くなっても良い様に、というわけらしかった。
「何時もはミニエーラの銀行にある貸し金庫に預けてたんだけどね。どこかの馬鹿の所為で、どうにもしばらく帰れそうになさそうでね。ラビに頼んで、商人ギルド経由でこっちに送ってもらったのさ」
「す、すんません……」
「ん?」
申し訳なさそうに謝罪したソラに、ライサが不思議そうに首を傾げる。
「なんであんたが謝んのさ。どこかの馬鹿ってウチの兄貴だぞ?」
「へ?」
「ラフィ……ウチの馬鹿兄貴、ミニエーラ公国裏切っただろ?」
「そういや……そうっすね」
ライサに言われて思い出したが、ラフィタはそもそもミニエーラ公国側を裏切ってカイト達に協力した。そんな彼は今は皇国が管理する施設にて匿われており、万が一にでも暗殺が起きない様に警戒されていた。
「ま、あれに関しちゃあの馬鹿が妹思いだったとは思いもしなかったんだけど……兎にも角にも、その前に物資の横流しやらなんやらやってただろ?」
「ま、まぁ……」
そのおかげで助かったソラとしては、ラフィタの物資の横流しに関して声高に糾弾する事は出来ない。彼が横流ししてくれる物資が無ければ、確実に死んでいた。それは純然たる事実だ。なので曖昧に笑うだけだった。
「まぁ、それに関しちゃ今回の一件でのお咎め次第だけど……その関係でしばらく私も帰れなくてね」
「? どうしてっすか?」
「もう一人の兄貴……ああ、さっきのラビってのから、こっちで馬鹿見張っとけって言われてんのさ」
「あぁ……で、でも流石に横流しはもうしないんじゃない……っすかね?」
ライサの言わんとする所はソラも理解出来た。というわけで苦笑混じりの問い掛けだったが、ライサはため息混じりに首を振った。
「そりゃね。でも兄貴……ラビが戻ってくるのを許さないのさ。ま、今回の一件はかなり大事になってるらしいからね。それに関係して横流ししてた、って事で結構お冠らしい」
「はぁ……」
まぁ、ライサにせよその兄――略称だがラビというらしい――にせよ、商人だというのだ。どんな状況だろうと物資の横流しをしていたラフィタの事を許せないでも無理はない。
なお、実際の所としてこのもう一人の兄が怒っていたのは、この一件に末妹のライサが巻き込まれた事が大きかったらしい。横流しはその一因に合わせて、という所なのだろう。とはいえ、その横流しに怒っていた人物が居た為、更にややこしくなっているらしかった。
「で、戻ってくるな、と」
「ラフィの方はどっちにしろ戻った所で自宅待機。で、その自宅を継いでんのはラビでね。ま、おそらく横流しは隠居してる親父の方がカンカンで、ラフィタを殺しかねんって所だろうね。ラビが横流しにここまで怒って見せてるのは、親父向けのポーズさ、ポーズ。ま、ほとぼり冷めるまで、って所かね」
「あ、あはは……」
やはり彼女らも彼女らで色々とあるのだろう。ソラは呆れているライサに、苦笑気味に笑っていた。
「そういうわけで、私はこっちでしばらく休養で、ラフィタは一緒にほとぼりが冷めるまで大人しくしとく、ってわけ」
「あー……」
「で、ギルドマスターさん。こいつで良いのか?」
「ああ。確かに、確認した。これからよろしく頼む」
ライサの問い掛けに、カイトが一つ頷いて手を差し出す。それにライサも一つ頷いて、頭を下げた。カイトが口調を変えたのは、身内として扱う、という意思表示だった。
「ああ、こっちもよろしく頼むよ。ま、怪我が治ってからだけど」
「ああ。じゃあ、また契約書とかは持ってこよう」
「ああ」
なにか二人だけで理解していく話に、ソラが首を傾げる。何がなんだかさっぱりだった。
「? どういう事だ?」
「いや、少し色々とあってライサさんにウチで働いてもらおうと思ってな」
「どして」
「物資の管理だ。基本的に物資の購入やら値段交渉やら、基本的に上層部やらマネがやってるだろ?」
驚いた様なソラの問い掛けに、カイトが現在の冒険部の状況を語る。例えば先の通信機の一件とて、資材の購入の交渉は上層部が直々に出向く事が多かった。とはいえ、これは普通に考えれば非効率的だ。
基本的に冒険部の上層部は交渉等のスキルも高いが、同時に戦闘能力としてもギルドで一番高い集団だ。この彼らが事務的な交渉に長々と掛かるのは、ギルドとして損失と言える。
「基本的にそこらの経理は楓に統括を任せているが……やはり何時までも戦闘員に経理を任せきりは駄目だからな。規模の拡大に合わせて、そっちも拡大するか、とな。経理部門を設立するか、と考えていた所なんだ。楓、今回残留だろ? それ、ライサさんへの引き継ぎを頼んでるからなんだ。桜が行くから、学園の統率もあったしな」
「で、行く宛のない私にお声が掛かったってわけ」
カイトの言葉を引き継いで、ライサがその理由を語る。それに、ソラが問い掛けた。
「良いんっすか?」
「利益あるからね」
「まぁ……あるんでしょうけど」
ソラからしても、ライサが冒険部で働いた場合の利益があるとは見えていた。商人達が動くという事は、そこには必ず利益があるからだ。が、わざわざ慣れ親しんだ地元を離れてまでの利益があるか、と言うと少し疑問だった。
「あんたが思う以上に、ヴィクトル商会とのコネは欲しいもんだよ。特に私らみたいに大量入荷が出来ない個人商店だとね」
「そんなもんっすかね?」
「そんなもんさ。特に向こうに居るとヴィクトル商会の新商品とかになると、手に入れにくいからね。コネ持ってると便利なのさ。どうせしばらく帰れないんなら、こっちでヴィクトル商会とのコネを手に入れていた方が帰った後に有利になる」
「はぁ……」
そんなものなんだろう。ソラはコネの重要性についてはブロンザイトから口酸っぱく教えられていた為、特に反論する事は出来なかった。というわけで、彼は当然といえば当然の事を問い掛ける。
「ってことは、ラフィタも?」
「ああ、バカ兄貴は違うよ。流石に横流ししてた前科があるからね」
「流石に、オレもそこらは弁解出来なかったんでな」
「じゃあ、どうすんっすか?」
笑ったカイトの言葉に、ソラはライサへと問い掛ける。とりあえず見張れ、というのが二人の実家からの命令だ。
「私の話聞いた親父が、こっちの知り合いの商店の下働きの伝手見付けてね。私は一週間に一回、その知り合いから話聞いてラビってか親父に報告。で、親父の怒りをなだめながら、商人として働かせるって所さ」
「まぁ、結構商魂たくましい奴だったんで大丈夫じゃないっすかね」
「だろうね。あの馬鹿兄貴。真面目にやればそこそこの物にはなるんだよ。真面目にやらないだけで」
ソラのある意味での称賛に、ライサもまた少し笑う。と、噂をすれば影が差す。そんな事を話していると、扉が開いてラフィタが壮年の男性と共に入ってきた。
「やぁ、ライサちゃん。久しぶりだね」
「おじさん。おじさん、こっちに居たんですか?」
「ああ」
「じゃあ、知り合いって言うのは……」
どうやら、入ってきた壮年の男性とライサは知り合いだったらしい。驚いた様子を見せていた。
「ああ。私でね……おや。これは……天音さん。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
まぁ、カイトもすでに街の顔役の一人だ。なのでマクダウェル領の会合にはそこそこ顔を出す事もあり、この壮年の男性とも知り合いだったらしい。そうして少しの社交辞令の後、壮年の男性が告げる。
「と、言うわけでね。ラフィタの事はしっかり私が面倒見よう。君も天音さんの所でしっかり働きなさい」
「はい。この馬鹿兄貴をお願いします」
壮年の男性の明言に、ライサが小さく――ベッドに横になっていた為――頭を下げる。そうして、ラフィタと共に壮年の男性が去っていき、今度はカイトがライサと少し詳しく契約の話を開始し、それにソラもまた加わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1678話『ルクセリオン教国』




