第1676話 ルクセリオン教国 ――支度――
ルクセリオン教国行きに向けて、数々の手配を行っていたカイト。そんな彼は冒険部の手配はその裏で活動する為の手配を行っていた。そんな中、彼は裏で活動する冒険者の手配を整えていたハイゼンベルグ公ジェイクとの間で会議を持つ事となり、出立に備えての準備の進捗を聞く事となる。そうして、そんな事をしていればあっという間に夜になった。
「はぁ……とりあえずは、こんな所か……えーっと、なんだっけ……? 調査リストは……」
カイトは軍部や皇国の上層部が欲している情報をまとめ上げた資料を見る。そうして出たのは、盛大なため息であった。
「はぁ……調べたい事の多い事多い事……」
「それはそうでしょう。貴方が……いえ、貴方達が居なくなった二百五十年の間、情報はほぼ完全にストップ。いくら数ヶ月前に和平が結ばれたからといっても、実質皆無と言って良いような状況よ?」
ため息を吐いたカイトに対して、そんな彼と皇国上層部や他の公爵家との折衝を行っていたシアが肩を竦める。それに、カイトは再度ため息を吐いた。
「だからってオレが調べる事か、これ……」
「しょうがないでしょう。今皇国の諜報員として動けて、それでいて政治的にも外交的にも武力でも全てが揃っている人員なんて貴方しかいないのだもの」
「オレ、一応公爵だよなぁ……はぁ……」
シアの指摘を聞きながら、カイトは再度リストに視線を落とす。そこにはこの案件が表沙汰になった時点で問題となっていた玉鋼の流入に関する調査依頼等の軍事的な調査から、教皇ユナルの現地での評判という妥当といえば妥当な内容、果ては教国の民達の生活水準等の調査まで入っていたのだ。
何時もの彼なら末端の調査員を派遣するか諜報員を派遣しろ、と言うわけなのだが、今回はそれが出来ないのであった。
「てーか、頼みすぎだろ。オレは便利屋かよ」
「まぁ、便利屋だね」
「あ?」
「おーっす、総大将」
投げ掛けられた声にカイトがジト目でそちらを見てみれば、そちらにはオーアが片手を挙げて立っていた。ノックも無しだが、所詮カイトの扱いなぞこんな所だろう。
「で、どうした?」
「いや、便利屋使おうかなー、って」
「お前な……曲がりなりにも皇女の前で公爵を便利屋扱いはなぁ……」
「今更っちゃ今更だろ」
カイトの苦言にオーアは一切気にせず、彼の前まで歩いていって適当に椅子を移動させて背もたれを前に腰掛ける。そうしてブラフラと片側の足だけで椅子を立たせながら、カイトとの話し合いを開始した。
「で? その便利屋さんに何の用事だ?」
「報告さ。ソラの鎧の再調整というか、修繕が終わったからね。あ、便利屋使うってのは冗談だから安心してくれ」
「あぁ、それか。悪いな、雑事頼んじまって」
オーアの要件を聞いて、カイトが笑う。それに、オーアもまた笑った。
「いいさ。私の作った物だからね」
「で、どんな塩梅だった?」
「やっぱ素材がいくらか劣化しちまってるね。可能性は考慮して、あの円筒作ったんだがねぇ……まぁ、ソラの成長の分もあるけどさ」
「しゃーないさ。流石にお前も一年分の成長を見越しちゃいないだろ」
「まぁねぇ」
はぁー、とオーアが盛大にため息を吐いた。ソラの鎧であるが、これは当然旅の前を基準として調整されている。そしてあの円筒の中で一年近くも使われないまま、更には調整もされないままに放置されることになっていた。
しかも何回か監視達が使おうとしたのか、保存状態は良くなかった。それについてはオーアが最初に認証システムを搭載していたので使われることはなかったが、何かが歪んで保存に関する部分が部分的に解除され、関節部等に使っている柔軟性の高い素材が劣化してしまったらしかった。
「あの円筒、まぁ、なんだかんだと試作品を急遽使ったわけだけど……色々と調整が必要そうだね」
「そうか……まぁ、今回オレが使うことはないが、あって損はない。それについてはお前らに任せる」
「あいよ、大将」
そもそもの話として、今回の旅路でソラが使っていたのは試作品ということだった。なのでこういった不具合が出ることは当然として認識されており、特に気にした様子はなかった。と、そんなオーアであったが、カイトへと問い掛ける。
「……でも何に使うのさ?」
「色々。常在戦場、詭弁や屁理屈は得意だからな」
「はぁ……誰だろうねぇ。馬鹿のお山の大将をいっちょ前の総大将に育てちまったのは」
「誰かさん達が使いっ走りにしてくれたもんでな」
呆れ返ったオーアに対して、カイトは笑う。そうして少しの話し合いの後、これ以上公爵邸に居ては冒険部側で怪しまれる事もあり、帰還する事にする。とはいえ、時間はない。故に各所との連絡や連携を取り合いながらの帰還だった。
「さて……ティナ」
『なんじゃ?』
「ホタルのシールドの状況を聞きたい。ホームに戻り次第、報告を」
『わかった』
カイトの要請を受けたティナは一つ頷くと、早速手配に入る。ホタルはそもそもマルス帝国の最高傑作。これから行くのがマルス帝国の研究所である以上、万が一にも奪取される可能性は避けておきたい。なので出来る限りのシールドをしておくつもりだった。というわけで帰還しようとしたカイトであるが、そこでソラと遭遇する。
「ん?」
「おぉ、カイトじゃん。何やってんの?」
「そりゃ、こっちのセリフだ。てめぇんちにてめぇが居て不思議あるか?」
「……そりゃそうだ」
そもそも、カイトは公爵という貴族である。なので本来は公爵邸であるここに控えているのが当然であって、冒険部を拠点としている今が可怪しいのである。というわけで、そんなカイトの指摘にソラも思わず頷いていた。
「で、俺の方はオーアさんに呼ばれたんだよ。鎧の採寸したい、って」
「ああ、それか」
今回の旅路で、ソラは若干だが背丈が伸びている。やはり人工的な要素の強い異空間だったからか、どうしてもそれだけは避けられなかったようだ。
というわけで、ソラの背丈についても僅かだが伸びていて、体格の変化も相まって採寸をし直す必要があったらしい。鎧の修繕に合わせてそこらも再調整してしまおう、となったらしかった。
「なんかしばらくは鎧も大修正したい、って話だから一時的にこっちに預けろって」
「そりゃ、丁度よいだろ。しばらくお前は戦闘は禁止だからな」
「ま、そうなんだけどな」
兎にも角にも本調子ではないのだ。その状態でよほどの理由もなく戦闘は認められない。冒険者とは常に死と隣合わせだが、同時に生きて帰ってなんぼの商売だ。本調子じゃなければ休む。当然の事だったし、ソラも笑っていた。と、そんな彼であったが、ふと思い出したのか立ち止まった。
「あ……」
「どした?」
「思い出した」
「うごっ!」
なにかを唐突に思い出したソラが、カイトを一発腹パンする。と言っても軽い程度なので、本気ではない。しかも彼の障壁が反応していない所を見ると、殺気も皆無だったのだろう。
「い……っきなりなにしやがる!」
「てめぇこそ何してくれてやがる! 人の鎧の改造許可勝手に出しやがって!」
「あー……」
ソラの指摘に、カイトもそういえば勝手に改造していた事を思い出す。というわけで、数度頷いて納得を示した彼は、臆面もなく告げた。
「まー、どうせやるなら思いっきりやっちまえってことで」
「魔導機用のアタッチメントなんて普通使わねぇよなぁ!? 整備手間になんだよ!」
「いや、使ったじゃん。今回」
「てめぇが使わせたんだろーが!」
笑いながら告げたカイトに、ソラが声を荒げる。なお、今回の大改修に合わせてソラも知らされた事であるが、彼の鎧のアタッチメントには様々な機能があるらしく、換装する事であの時の様に魔導機用のスーツ代わりになったり、果ては飛翔機を接続する事も出来るらしかった。
飛翔機は流石に使う予定無いだろう、とはカイトも思わないではないが、作りたいからという一言に対して好きにすれば、と言っていたらしかった。彼の言葉によると、自分が使わないから別に、との事であった。
「ま、そこらは好きにさせてやれ。あいつらはやりたい様にやるのが一番効率が良い」
「はぁ……」
「あはは」
そうなんだろうけど。そんな感じでため息を吐いたソラに、カイトが笑う。と、そんな所に声が響いた。
「ん? ソラ?」
「ん? あ、コレットさん」
「へー。事件に巻き込まれて変わったって聞いてたけど……そんな変わってない」
「お久しぶりっす……で、あの……」
変わってなく思うのはそんなによく見てなかったからじゃないかな。そう思わないでもカイトの横で、ソラは頬を引きつらせていた。そんな彼に、コレットが睨みつけた。
「なに?」
「い、いえ……その、その服装は……」
「……制服」
おずおずと問い掛けたソラに、コレットが僅かに辟易しながら見たままを告げる。まぁ、改めて言うまでもない事であるが、コレットは現在公爵家に雇われている。それも秘書室である。そしてそこの制服となると、当然これだった。
「メ、メイド服が、っすか」
「そうよ。私も忘れてたわよ」
ラグナ連邦は言うまでもなく、民主主義国家である。それに対してエンテシア皇国は貴族社会だ。どちらが政治的に優れているか、というのは一概には言えないし、ここではそれが問題ではない。
基本的に、貴族の家では主人以外は家人以外総じて従者である。役職が庭師やハウスキーパーという違いがあるだけだ。
ということは、そこに仕えるという事は制服は全て従者の服でなければならない。こればかりは日本人であるカイトであっても、マナーの問題として厳守している。というわけで、コレットもメイド服なのであった。
「い、いや……に、似合ってますよ……?」
「はぁ……世辞は良いから。で、そっちのがあんたの所のギルマス?」
コレットはソラへとカイトの事を問い掛ける。そもそも別に喋りに来たというわけではないようだ。
「え、あ、うっす」
「そ……これ、メイド室の室長から。貴方に渡せって」
「あ、はい」
なーんか変な気がするなー。ソラはカイトとコレットの会話にそう思う。そもそも、カイトが本来の彼女の主人である。その彼が謙っているのは確かに可怪しいだろう。が、この様子を見ればわかる様に、カイトが勇者カイトとは彼女は知らない。当然といえば当然だろう。
「これは……なるほど。わかりました」
「ん……じゃ。あ、あと……」
「な、なんっすか」
要件は終わったのか去ろうとしたコレットであったが、一転ソラを睨み付ける。
「これ、今度ラグナ行って課長とかに喋ったら……」
「喋ったら……?」
「握りつぶすから」
「何を? ねぇ、何をっすか!?」
ドスの利いた声で告げられた一言に、ソラがコレットの背に声を掛ける。が、それになにか返答をする事もなく、彼女は去っていった。
「あはは……ソラ。それは良いから、一つこっちだ」
「ん? どした?」
コレットとソラの一幕を笑っていたカイトであったが、そんな彼がソラを呼び寄せて少し窓際に移動する。
「この間の一件でライサって人とラフィタって奴を覚えてるか?」
「ああ、もちろんな。ライサさんは殆ど覚えてねぇけど……ラフィタは覚えてる」
「二人を丁度こっちで保護していてな。一通りの治療が終わったから、面会の許可が出たんだよ」
「ライサさん、そんなひどい怪我だったのか?」
カイトから教えられた情報に、驚いた様にソラが問い掛ける。とはいえ、これは彼が忘れていただけの側面が大きかった。なお、なぜライサとわかったかというと、ラフィタは最後に会った時に怪我をしていなかったからだ。その後帰還の際に聞いた時も無事に脱出出来たと聞いていた。
「あぁ、そうはそうなんだが……そうか。お前にとっちゃ一年前だもんな。ほら、お前がそもそもバイエから北の村に向かった理由は?」
「へ? えっと……あ、そっか。あの時点で足怪我してもんな……」
「ああ。それで満足に逃げられなくて、少し手傷を貰ったらしい。まぁ、そこまで重傷ってわけじゃなくてな。左手の骨を折った程度だ」
「それで……入院してたってわけか」
「そういうこと。で、今治療終わったから面会の許可が降りたってわけ」
一応彼女の確保事態はそこそこ早い段階で叶っていたが、やはり隠密であった事もあって治療は応急処置しか出来なかったそうだ。というわけでこちらに帰還してから治療を行い、結果として今になったというわけなのだろう。
「とりあえず明日の朝から面会が出来るそうだ。どうする? オレは仕事もあって行くんだが……」
「んー……とりあえず俺も顔だけ見せに行くよ。心配はしてるだろうし……」
結局、バイエの北の村で別れたっきり、一度も会っていないのだ。顔を見せておくのが礼儀と思ったらしい。というわけで、二人は明日の朝の予定を立てて、ギルドホームへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1677話『ルクセリオン教国』




