第1675話 ルクセリオン教国 ――裏で――
ルクセリオン教国行きに向けての準備を行う傍ら、最近の激務を見て椿の負担軽減に乗り出したカイト。そんな彼は結論としてはひとまず、秘書室の増員の結果を待つ事とする。
そうして次の行動を見直した彼であるが、そんな所にシアが現れてハイゼンベルグ公ジェイクとの話し合いの時間である事を告げる。というわけで、カイトは改めて彼との話し合いを開始していた。
「おーう。爺。お疲れ様の勇者だー」
『お疲れには見えんがのう。ま、とりあえずお疲れじゃったな』
「ああ。あっちはあっちで中々に疲れたがな」
ハイゼンベルグ公ジェイクのねぎらいに、カイトは一つため息を吐いた。今言及したのはミニエーラ公国の一件の事だ。この一件はミニエーラ公国が皇国の保護する人物を不当に拘束したという明らかな外交問題であり、そうなると動くのはハイゼンベルグ家だ。なので当然、カイトも彼らと歩調を合わせていた。
そしてここまでの大事だ。両家共に大忙しとなっていて、ただでさえ時期が時期で忙しいにも関わらず輪をかけて忙しい事になっていた。で、事件解決後は今まで顔を合わせられなかった、というわけであった。
「そういや、一応聞いておくが……その後はどうなってる?」
『うむ……そうじゃのう。これについては当然、各国共に知ることとなっておる』
「まぁ、当然か」
なにせ教国と皇国の連合艦隊が他国に乗り込んだのだ。この時点でかなりセンセーショナルな案件だというのに、それで暴き立てられたのがミニエーラ公国の非合法な採掘場の運営と賢者ブロンザイトの死という話だ。各国が把握しない筈がなかった。
「オレは詳しくは知らなかったが……元々、輝鉄鉱の生産量については疑問が出ていたのか」
『うむ。リデル家からの情報じゃが……品質と量からミニエーラ公国内の総生産量を考えると、明らかに公表されているだけの採掘場と精錬所では足りぬという話じゃった。まぁ、さほど皇国に影響が出るわけでもないので放置となっておっただけじゃな』
「が、今回はブロンザイト殿の目に留まり、か」
『どちらにも不運な事に、じゃな』
人道的に見ればミニエーラ公国のしていたことは大問題だ。が、そこは他国と言ってしまえば他国だ。カイトとしてもハイゼンベルグ公ジェイクとしても、それが皇国に甚大な被害を与えるか公にならない限りは介入出来る道理はない。というわけで、皇国も放置を決め込んでいたらしい。
「ま、おかげで『時空石』を一つ無傷で回収出来た。そこは万々歳としておくか」
『うむ。おかげで今後交渉が楽になる』
カイトの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクは笑いながら同意する。このミニエーラ公国が保有していた『時空石』であるが、これについては先に言われていた通りエネシア大陸会議で扱いが決められる。
そしてこの扱いであるが、すでにどうなるかのおおよその見通しが立てられていた。それは、皇国が保有する通信機と同じ物への流用だ。
今の所あの通信機は皇国のみが一台だけ保有――もう一つは天桜学園が保有している事になっている――しているわけであるが、当然これは後々扱いを決める事になる。今は暫定的に保有しているだけだ。
そんな時、皇国としては今保有する物は天桜学園が保有する物と同じく試験的な物で、今後何が起きるかわからない。なので安易にこの場から動かすべきではない、と主張したい。
そうなると、このミニエーラ公国から没収した一つを使って大陸間会議が保有する通信機を作る事を提案出来れば、比較的楽にこの意見を通せるだろうという予想だった。
「で……その後はどうなってる? あぁ、国内情勢の方だ」
『ふむ……やはり、退任は避けられんじゃろう』
「やはり、か……」
ミニエーラ公王の処遇について言及したハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、カイトはため息を吐いて小さく首を振る。
『うむ。何しろ公王が直々に運営しておったわけじゃからのう。彼を退任させねば、他国に示しがつくまい。賢王ではないが、暗愚でも無い王じゃったんじゃがのう……最後に泥がついたか』
「ま、そこはしゃーない。バレちゃならない、って事はしない方が良いって事が多いんだからな」
『そりゃ、まぁそうじゃがのう……』
ある種素っ気ないカイトに対して、ハイゼンベルグ公ジェイクはどこか物悲しげだ。どうやらミニエーラ公王はそこそこ在任歴が長いらしく、彼もそれなりには見知っていたらしい。
更にはミニエーラ公国と皇国はそこそこ繋がりが深く、特に教国との冷戦がホットな戦争になった際には支援した事もあったそうだ。それ故、彼も思い入れがあったのだろう。
無論、そこは皇国の国益という面を鑑みて皇国貴族として冷酷に処断したが、である。カイトにそこらが無かったのは、その三百年での繋がりが無いからだろう。
「まぁ、そりゃ良い。経済関連はリデル家が考える事だし、今はそんな場合でもない。とりあえず爺。本題だ」
『そうじゃな。うむ。気を取り直し、本題に入ろう』
所詮、今までの話題は社交辞令や本題に入る前の雑談だ。その雑談で国家一つに影響を与える領域なのだから相変わらず凄まじいとしか言い得ないが、本題はこれではないのだ。そして、今度の相手はミニエーラ公国なぞとは比べ物にならない領域だ。本気で取り掛かる必要があった。
『お主の偽装に関する進捗じゃが、これについてはすでに全て完成しておる。今は最後の見直しを皇都の公安と共に行っておるとこじゃ。きちんとした実績もある物にしておる。眼帯のおかげで人相についても問題はないじゃろう』
「そうか。この眼帯も少しは役に立つな」
カイトは相変わらず己の右目を覆う眼帯を笑いながら軽く撫ぜる。今回、教国に潜入するとなって皇国は万全を期した。故にカイトの経歴を偽るにあたって、実際に彼に似せた人物をわざわざ一度魔族領から入国させた上で、幾つかの功績を上げて貰っていた。その中の一つにはもちろん、先の収穫祭での旧文明の遺産の事もある。
その人物は基本的にカイト本来の姿に似せて動いてもらっていたのであるが、やはり少しの差はある。が、これについては幸い眼帯のおかげで多少は誤魔化せると判断したのであった。
流石にきちんとした封印が施されている眼帯を外せ、という馬鹿はこの世界には存在していない。魔眼は視られた時点で終わる物も多い。自滅したいわけがないのだから、当然である。
「それで、それに動いた奴は?」
『儂の家の者を使った。お主と同じ龍族じゃ。血を引いている事は事実じゃからのう』
「そか。なら、問題はないか」
流石に建国以来の軍略家であるハイゼンベルグ公ジェイクが今更家人に裏切り者が居て、その者を使うとは思えない。なのでカイトは隠蔽についても問題が無いと判断。話を続ける事にした。
「何時頃届けられる?」
『そうじゃのう……おおよそ、明後日には届こう』
「わかった。その経歴については?」
『それは明日にでも通信で情報を送ろう。それを確認せい』
やはりカイトの功績となっているが、カイト自身は経験していない功績だ。そして旅をしていた者だから知り得た事もある。なのでいくらどういう功績を上げていたか、としてっていても実際に見聞きした事については改めて覚え直す必要があった。そうして、二人はそこらの隠蔽に必要な事を逐一話し合っていく。
「良し……で、結局聞きそびれたが、依頼人はどうなったんだ?」
『それはとりあえずウルカとした。お主の所属もそれに合わせ、<<暁>>の所属となっておる』
「<<暁>>の?」
『うむ。バーンタインの奴が協力してくれてのう。帰路に教国に立ち寄った、と出来た』
基本的にウルカも唐突な教国の翻意を警戒しており、それに合わせて皇国との間で共同歩調を取る事で一致していた。そしてバーンタインはカイトの事を尊敬している。
なのでそこらを受けて彼が協力してくれる事になったのだろう。後の彼曰く、たとえ偽りとはいえ一時的にでもカイトの仲間として協力出来る事ほど、ウルカの民として光栄な事はないとの事であった。
「そうか。なら、それをありがたく使わせてもらおう」
『うむ……お主としては、懐かしいじゃろう?』
「あははは」
どこか茶化すようなハイゼンベルグ公ジェイクの指摘に、カイトが思わず笑った。
「そうだな。懐かしいといえば、懐かしい。ある意味冒険者としては、本来のオレの所属に戻ったようなもんか」
カイトが思い出したのは、バーンタインの祖先バランタインが立ち上げたギルドの事だ。カイトは彼らと行動を共にしたわけだが、ギルドに所属していたわけではない。
が、やはり行動は共にしたのだ。なので現代では彼もまた実質的には所属していたと見做す向きもあり、彼自身も実質としては所属していたようなものだと認めていた。
「ま、それはともかく……わかった。後はオレの腕次第、か」
『お主の潜入の腕は誰もが知ろう……まぁ、此度は一人じゃが……』
「ユリィは冒険部のカイトに同行だ。仕方がないさ」
カイト在る所にユリィ在り。なので当然、彼女も教国行きに同行する事になっている。が、そこで困ったのは、彼女がどちらのカイトに同行するか、であった。
カイトは今回、二つの身分を使い分けて動く事になっている。片方は、冒険部の長カイト。もう片方は、流れ者の冒険者カイトだ。現在のカイトの風聞を考えれば前者に同行する方が良いが、必要となるのはどちらかと考えれば後者だ。
が、最悪は教国は敵国となるかもしれないのだ。なので万が一潜入中に冒険部側に危険が迫った場合に備えて、冒険部の長としてのカイトの側に控える事にしたのである。というわけで、ハイゼンベルグ公ジェイクが真剣な目でカイトへと告げる。
『……気を付けよ。現在はあの当時より情勢は悪い』
「わかっている。あの当時はまだ、あいつらの復活なぞ夢のまた夢だった。最悪はあいつらが四人共、その上に奴らの主まで居る事になる。油断はしないさ」
ハイゼンベルグ公ジェイクの忠告に、カイトもまた真剣な目で同意する。今回、カイトでなければならない理由は事の性質上、これだけ困難な任務を遂行した上で明かせる相手が限られていた事が第一にある。が、今ではそれと共に、万が一には彼ら全てを相手にした上でなお、生還が可能という事が鑑みられていた。
『であれば、良い。相手は油断ならぬ奴らじゃ』
「わかっている。そのために、こちらは可能な限りの戦力を動員してる。冒険部としてのオレがそこそこの戦力を整えられていて助かった」
『幸か不幸か、じゃのう』
「災い転じて福となす、と言ってくれ。全体的に一個一個は不幸としか言えん。が、結果回り回ってここで生きてる」
笑うハイゼンベルグ公ジェイクに対して、カイトは呆れ返っていた。カナタにせよホタルにせよ、カイトは冒険部の長カイトとして不可抗力で仲間に加えている。これは誰も想定出来ない事態ばかりで、結果として冒険部として強大な戦力を抱えながら乗り込めたのであった。
『まぁ、まだ後数度顔は合わせるが……気を付けてのう。ああ、それと』
「わーってる。ティナに変な事に勘付かれるな、だろう?」
『うむ。あそこには儂は良い思い出はないが……同時に、ユスティーナ様からすれば唯一ユスティエル様に繋がる道じゃからのう』
「……」
ハイゼンベルグ公ジェイクの顔に浮かぶどこか複雑な表情に対して、カイトは僅かに苦味を浮かべる。そもそも中央研究所に対してハイゼンベルグ公ジェイクが良い印象が無いのは事実だ。
唾棄すべき施設であった、とも憚ることなく言っている。が、同時にそこでイクスフォスと出会ったわけであり、同時にユスティエルとも出会った場所でもある。
そして同時に、今では彼の言う通りティナがユスティエルの事を嗅ぎつける可能性がある施設の一つでもある。複雑な感情があるのだろう。
「問題は、内部の情報がどうなっているかだな」
『わからん。儂もあそこを脱した後、入った事はない。国も違うので詳細も知らぬ』
「……出たとこ勝負、か」
『うむ……万が一の場合には陛下が動かれる。その場合には、儂も動く』
どうやら、最悪の場合には動く覚悟があるのだろう。ハイゼンベルグ公ジェイクの顔には僅かに決意が滲んでいた。
「……唯一のわがままぐらいは、叶えてもらいたいんだがね」
『……お主もすまんのう。陛下のわがままに付き合わせて』
「いいさ。事情も全部把握しているからな。ああ、そうだ。イクスには、こっちでなんとかするから。全部終わらせてから会ってやってくれ、って言っておいてくれ」
『すまん』
カイトからの配慮に、ハイゼンベルグ公ジェイクは重ねて感謝を示す。そうして、カイトはそれで話を終わりとして、更に引き続き教国行きの支度を続けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1676話『ルクセリオン教国』




