第1672話 ルクセリオン教国 ――支度――
今日から新章スタートです
ソラがブロンザイト・トリンとの旅路から帰還を果たし、地球との久方ぶりの再会を得てから数日。虜囚生活で失った体力を取り戻すべく治療を受けていた彼であったが、この日から仕事へ復帰と相成る事になっていた。
「あー……そういや、そんな事言ってたなぁ……」
久方ぶりの執務室の自席に腰掛けたソラは、カイトより今後の予定を教えられてそういえば、と頷いていた。やはり彼にとっては一年も前の事だ。忘れている事は多く、出立前にどんな仕事をしていたかと覚えていない方が大半だった。
「ああ。今回の一件もあって、教皇猊下には会いに行く必要がある」
「俺は行かなくて良いのか?」
「お前は元々残留だったし、体力やらがまだ完全に元通りになってないだろ? そっちを優先しろ、と教皇猊下からもお達しが出ている」
ソラの問い掛けを受けて、カイトは教国側の対応を語る。これについては教皇ユナルが直々にアユルを通して明言していた。ただ、流石に完全に何も無しかというと、そうでもない。ソラが教国の支援を受けた事は父の星夜も知る所であり、代筆という形で彼からの親書――あくまでも個人的な物だが――を持っていく事になっていた。
「そか……まぁ、戦えるけど感覚そこまで戻ってないしなぁ……」
ソラはカイトの指摘に、一度自分の体調を鑑みる。総合的な戦闘力、特に体捌きや出力に関しては出立前を大幅に上回る成長を遂げているものの、それを使う肉体がまだ万全ではない。
どうしても満足に食べられなかった、という話が付き纏う。重労働により筋肉は衰えていないものの、体重そのものは僅かに減少しているらしい。
背丈も少し伸びていた事を鑑みれば、彼にとって戦士として最適なバランスは整えられていないと言って良いだろう。リーシャの話では一ヶ月はゆっくり療養しながら回復を図るのが良いだろう、という事だった。
「そういうことだ。ま、一ヶ月は内勤としてこっちで統率に携わっておいてくれ。トリンも改めて加わったのなら、いろいろと補佐も必要だろうしな」
「補佐に補佐が必要ってわけわかんねぇな……」
「そこらは慣れるまでの辛抱って所だ……まぁ、そういうわけで、少しこっちでのんびりしておけ」
「そーするよ」
ソラとて今の自分が本調子でない事はわかっていた。わかっていたからこそ、素直にカイトの指示に従う事にしたようだ。
「そういや……結局、誰が行くんだ?」
「ああ、それか。基本的にオレ、ティナを筆頭に上層部は半分という所かな。で、今回の一件には学園も関わってくるから、学園から教頭」
「結構重役行くのな。まぁ、当然ちゃぁ、当然だろうけど」
「そうだな」
やはりソラはブロンザイトから一年もの間学んできたという所なのだろう。大体の政治的な事はわかっている様子だった。
「えっと……忘れたんだけど、どれぐらいの期間行くんだった?」
「ああ、それか。およそ半月程度だな。元々マルス帝国の首都のあった場所に、今の教国の首都ルクセリオがあるからな。研究所は保存状態が良いんだ。だからオレ達がやるのは、そこの再調査と教国が持つ帰還に関するだろう情報を受け取る事だな」
ソラの問い掛けに、カイトは改めて教国での活動内容を語る。それを受け、ソラは少し意外そうになるほど、と頷いた。
「で、そこまで長くないのか」
「ああ。元々向こうが好意的だからな。審査なんかも元々やってるし……さっさと行って作業やって、さっさと帰るって感じだ」
「そか……そういや、何か収穫の見込みってあるのか?」
「それがさほどはない。旧文明時代の遺産じゃないからな」
「……なんで行くんだ?」
「マルス帝国が保有していた旧文明時代の情報が欲しいんだよ」
ソラの問い掛けに、カイトは改めて今回の調査内容を語る。そうして、彼は更に詳細を語る。
「元々、時代背景としては現代の前にマルス王国・マルス帝国時代があって、その前に戦国時代、その更に前が旧文明時代と言われている。戦国時代が百年以上続いているから、そこで色々と資料や施設、技術が失われているが……それでもマルス王国は現代の文明より旧文明に近い。得ていた情報は今より上と推測される」
「そういうのが集まっているのが、今度行く研究所、と」
「ああ。一応、一部施設は現在も稼働中って話だ」
「動いてるのか?」
驚いた様子で、ソラが問い掛ける。これにカイトは一つ頷いた。
「ああ。三百年の間になんとか一部の魔導炉の復旧に成功したらしい。皇国も掴んでいなかった事でな。オレもルーファウスから聞いた時は驚いた。なんだったか……二百年ほど前に一人天才的な学者が居たらしくて、その彼があっという間に再復旧したそうだ」
「へー……」
「まぁ、その人物の噂そのものは皇国も知ってたんだが……そこまでの人物とは思っていなくてな。歴史的な偉人の再評価に大忙しだ」
「そりゃ、どうでも良いけど……なんでわかってなかったんだ?」
「強硬派の時の総長だったんだよ。その後に教皇に成って、その後継者で断交だ。まぁ、断交前だったから研究所の調査の功績がある事は知られてたんだが……教皇に就任後の足跡は殆ど知られて無くてな。教皇に就任後、復旧出来たらしい。地位を使って資材を投じた、というわけなんだろうな」
「あー……」
二百年前といえば丁度、教国と皇国の小競り合いが本格化し始めた頃と言える。何度か大揉めに発展した事があるそうであるが、この彼の頃はその中の一つと言える。
それ故にその頃に活躍した教国の偉人、特に首都近辺で活躍した人物の事は皇国では殆ど調査出来ておらず、研究所の再起動が出来た事は掴めていなかったそうだ。
「で、その間に何かわかってないか、って事で行くのか」
「そういうこと。まぁ、おかげで皇国中央研究所と大学の方からはすっごい睨まれてるけどな」
「あはは」
当然であるが、今回教国の中央研究所に立ち入れるのはカイト達の背景があるからであると考えて良い。なので皇国の大学や研究者達は入れるわけがなかった。こればかりは仕方がない事だろう。
「いや、そりゃ良いか。兎にも角にもそういうわけなんで、半月は最低で頼む。長引けば更に長引くが……それも覚悟で頼む」
「あいよ。まぁ、それぐらいは俺も何も出来ないしな」
「そうだろうな。とりあえず、力に慣れたりしておけ」
「おう」
カイトの助言にソラは素直に頷いた。ソラが今回残留になった理由は、実はもう一つあった。それは彼が自分の力を使いこなせていない、という所だ。
彼は一年間修行をしていたようなものなのだが、その間彼は自身の成長に合わせた力の使い方を学べていない。肉体は成長していて、技術も身につけられているが実際には使った事が一度――脱出戦の時――しかないのだ。その感覚の差を掴めねば、味方にも被害が出る事になる。それを掴ませる為にも、遠征はしてはならないのであった。と、そんな事を話している所に、ルーファスが現れた。
「カイト殿」
「ああ、ルーファウス。どうした?」
「アユル卿がお呼びだ。すまないが、共に来てもらえないか?」
「ああ、わかった……ソラ。後は任せた」
「あいよ」
ご機嫌伺いにアユルの所へ行っていたルーファウスに呼ばれて、カイトが立ち上がる。基本的にルーファウスは長期の遠征で無い限り一週間に一度は彼女の所に出向いているらしい。まぁ、ご機嫌伺いと言っているが、エードラムに向けた現状の報告という所だろうとカイトは認識していた。というわけで、そんなルーファウスと共にカイトはアユルの待つ教会に向かう事にする。
「アユル様。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。ソラくんは大丈夫でしたか?」
「はい、ありがとうございます。幸い、勘が鈍っているという所でしたので……」
アユルの問い掛けに答えたカイトは、ひとまず社交辞令を交えておく。そうして適度に社交辞令を交わしあった後に、アユルが切り出した。
「そういえば、来週の月曜日には教国へ行かれるのでしたか?」
「はい。天候が悪くなければ、という所ですが……」
「あはは。今の次期は大丈夫だと思いますが……そろそろ寒くなってきましたものね」
カイトの言葉に、アユルが笑いながら頷いた。一応、例年この時期にはまだ皇国も教国も雪が降る事はない。ないが、所詮天候は自然だ。例年降らなか会ったから、と今年も降らないとは限らない。
というわけでもし吹雪いた場合には出発を見合わせる可能性はあった。無論、これは逆説的にいえばそれぐらいの悪天候でもなければそのまま行くと言っているとも言える。
「確か、貴方も父と会うのでしたね」
「はい。有り難い事に、私はかつての勇者と同じ名を持っております。ぜひ一度会いたい、とお父君が……」
「父はどこか子供っぽい所がある方ですから。怪我は……大丈夫ですか?」
「はい。この程度の負傷は冒険者であればよくある事です。問題にはなりません」
一応カイトが会うにあたって、怪我が気になるといえば気になる事だろう。とはいえ、カイトは組織としては最高幹部の一人で、実働部隊の総トップと見做せる。彼が顔を出さない事だけはよほどの理由がなければあり得ない事だった。
「そうですか……では、一つお願いしたい事が」
「なんでしょう」
「父に、手紙を一つ届けては頂けませんか? 出迎えの者に伝えれば、父に渡して貰えると思いますので……それで大丈夫です」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
カイトの快諾に、アユルが笑って頭を下げる。そうして机に手紙を取りに行った彼女へと、カイトがふと問い掛けた。
「そういえば……この程度であれば、ルーファウスでも良かったのでは?」
「ええ……ですが最も良いのは貴方かな、と」
「はぁ……ああ、そういう……」
アユルの言葉にカイトは一瞬首を傾げるも、即座にその意図を理解した。これはおそらく、公的な報告書ではなく単に娘が父へ宛てた手紙と見て良い。そして天桜学園の来訪については向こうでも報道になるだろう。カイトがアユルの手紙を持参した、というのは一つのネタになると判断出来た。おそらくカイトがソラの救出の為に動いている間に、アユルと教国の間でそう決まったのだろう。
「では、こちらをお願いします」
「はい、確かにお預かりいたしました」
カイトはアユルから手紙を受け取ると、それをしっかりと異空間へと格納しておく。そうして一通りやり取りを終わらせると、改めて雑談に入ることとなる。
「そういえば……先の一件で教国からミニエーラへ入ったと聞きましたが」
「はい」
「トレーフルに立ち寄りましたか?」
先の一件において、冒険部の本隊は一週間ほど教国にてヴァイスリッター家と共に待機していた。動きをミニエーラ公国に悟られない様にする為だ。
案の定、ミニエーラ公国はカイト――というか冒険部――の動きを察知することが出来ず、敗北している。そしてアユルの述べたトレーフルという街は、ミニエーラ公国との国境にほど近い街だった。
「そういえば……教皇猊下もアユル様もトレーフルの出身でしたか?」
「はい。国境からは少し離れておりますが……今回の一件であれば、そこが近かったのではと」
今回、カイトも数度アユルを通して教国との間で調整を行っている。なのでアユルもそこそこ事情は把握しており、自分の故郷が気になったのだろう。
「私は正規のルートで入国しましたので詳しくはわかりませんが……広大な花園を見た、という話は伺いました」
「そうでしたか。良かった……」
「何かあるのですか?」
僅かな安堵を滲ませたアユルに、カイトが首を傾げる。確かにトレーフルという街は彼女の生まれ故郷だが、彼女自身が以前に言っていた通り疫病の所為で長くは居なかったはずだった。が、カイトはどうやら、この話を聞いた時の事を忘れていたらしい。
「あはは……おそらく、その花園というのは私と母が育てていたものかと。今は父が人を遣り、世話をさせているとの事ですが……しばらく行けていませんでしたので。少し気になったのです」
「そういう事でしたか。でしたら、一度教皇猊下に頼み、様子を見てきましょうか?」
「お願いできますか? こちらよりも父には話をしてみますので……」
「わかりました。では、写真を撮ってこようかと思いますが……何か見ておきたい物はありますか?」
「そうですね……」
カイトの問い掛けに、アユルは一度目を閉じて考える。久方ぶりの故郷が気になっても仕方がないだろう。というわけで、カイトはその後は少しの間アユルより依頼を聞いて、再びギルドホームへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1673話『ルクセリオン教国』




