第1670話 閑話 ――八人目――
カイト達がソラの救出作戦に動いていた、その頃。久秀はというと、相変わらず彼らの拠点にて少し先に行われる襲撃についての戦略を練っていた。とはいえ、彼が何時もそれをしているか、というとそうでもない。基本的に彼は多趣味。故にこれ以外の事もやっていた。
「ふぅ……」
久秀は自分で点てた茶を飲むと、一つ息を吐いた。そんな彼の前には、宗矩が一緒だった。
「結構なお点前で」
「これでも、千利休とは同門だ。茶人でもあるしな。にしても、まさか息子のお前と飲めるとはねぇ」
「は……」
しみじみと告げた久秀に、宗矩は小さく頭を下げる。基本的に彼の父石舟斎は風流を解するものの、それを好き好むとは言い難い。師が師故に礼儀作法として知っているだけと言える。
その一方、宗矩は茶も好んだらしい。道は全て極まれば無念無想に通ずる、という所らしくこの様に落ち着ける空間は彼の好みと言えた。そして一個人としての久秀は兎も角、文化人としての久秀は宗矩としても尊敬出来る人物らしい。茶に誘われれば参加する事も多かった。そうして、数度茶を点てた所で久秀は本題に入った。
「で、お宅のところはどうなんだ?」
「と、申されますと……」
「御大将とやり合うんだろ? 調子だよ、調子」
「は……それでしたら、八割方は整いました」
「八割。八割ね」
宗矩の返答に、久秀は楽しげに笑う。八割でカイトと、世界最強と戦おうというのだ。誰から見ても、狂気の沙汰としか考えられなかった。が、それは宗矩にとっては当然の事であった。
「主敵は、新免武蔵か」
「はい……新免殿と私は裏表……故に、我が今生の好敵手に相応しい」
何時か、宗矩は言っていた。好き勝手に生きた武蔵と、誰かの為に生きた自分。今は好き勝手に生きる自分と、今は誰かの為に戦う武蔵。だからこそ、何より宗矩は武蔵との対峙を望んでいた。
そしてそれ故にこそ、調整は彼に合わせて行っている。カイトとは所詮は前座。今の自分の調整具合を確かめるに過ぎないのだ。そしてカイトもまた、武蔵の事があり彼の調整に付き合うつもりだった。勿論、倒せるのなら倒すつもりだが。
「そうかい。ま、そりゃお前さんが考える事だ。俺は立ち入りはしねぇよ」
「有り難き幸せ」
久秀の明言に、宗矩が静かに頭を下げる。父の石舟斎が変わらず剣の道に生きるのなら、息子の宗矩は死んだからこそもう一つの道を選んでいた。そこに後悔はなく、どこまでもその道を歩むつもりだった。と、そんなわけで頭を下げた宗矩と久秀はもう一杯茶を交わし、改めて久秀が口を開く。
「さて……じゃ、一つ問いたい事があるんだが、良いかい?」
「はぁ……なんでございましょうか」
「お前さん……違和感感じないか?」
「違和感……ですか」
久秀の問い掛けに、宗矩は僅かに目を細めた。どうやら、これだけで何が言いたいか理解していたらしい。
「その様子だと、やっぱお前さんも気が付いていたか」
「は……如何せん、かつてはこれを生業として過ごしました……癖付けされた物は中々に抜けませぬ」
少し苦笑気味な久秀に、宗矩は少しだけ恥ずかしげに頭を下げる。というわけで、久秀は何かを語る必要も無いだろう、と単刀直入に本題に入る事にした。
「それで、お前の見立てを聞いておきたくてな」
「答えられる事、答えられぬ事がございますが……」
「答えたい範囲で良いぜ。後は、こっちで考えるからな」
一応の断りを入れた宗矩に対して、久秀が笑う。別に何から何まで知っている事を話せ、というつもりはない。が、それでも宗矩を知ればこそ、彼が語った事と性格を鑑みて何を隠していたか、と察する事は出来る。そんな推測を行うつもりの久秀に、宗矩は一つ頭を下げた。
「は……御身が気にされている事については、私も何も」
「まぁ、当然か。ありゃ多分、俺達全員に対する切り札だろうからなぁ……」
案の定自分と同じ違和感を得ていた宗矩の返答に、久秀はそんな所だろうと思った、とため息を吐いた。
「ま、お前さんやお前の親父殿はそれでも良いんだろうがな……流石に考える事が仕事の俺はそうも言っちゃぁ、いられねぇ。なんだっけか。武士道とは死ぬことと見付けたり、だったか? 俺は生きてなんぼだからよぉ」
「はぁ……」
その割には、いろいろと死にたがりな行動に出ていた気もするのだが。宗矩は父より聞かされた戦国時代当時の久秀の行動に、そんなものなのだろうか、と曖昧に返す。とはいえ、その彼の言う事は尤もだ。故に、一応問い掛けてはおく事にした。
「御身は何かお気づきで?」
「いや……それがさっぱりでな。まぁ、奴らの事だ。俺達に因縁のある奴は持ってくるんだろうが……それがなんだかはさっぱりでな……俺、恨まれまくってるし」
「私も同様に……それこそ島原の小僧なぞ、私を恨みまくっているでしょう」
お互いに時代が時代だ。例えば久秀であればあまりに有名過ぎるが、裏切りまくった。では人格者として知られる宗矩はと言うと、彼は彼で時代柄、島原の乱を筆頭に数万の無辜の民への根絶やしの指示を出した事もある。他にも大阪の陣等、枚挙に暇がない。どちらも恨みは買っている。故に二人共身に覚えがありすぎて、苦笑しか浮かべられなかった。
「まぁ、気になるっちゃぁ、気になるんだが……誰なんだろうねぇ、後の一人は」
久秀はしみじみと、今まで敢えて言及しなかった事に言及する。後の一人。それが何を指すかと言うと、彼ら自身の事だ。
二人が疑問になったのは、中津国での事。あの時、死の概念は全部で八個あった。それに対して、彼らは七人衆。七つしか使っていない。であれば必然として、最後の一つは一体何に使ったのか、と疑問になる。それを二人は道化師が自分達が裏切った時の為の切り札に使った、と考えたのであった。
「さて……私としても父としても、いっそ13代将軍なぞ良いのでは、と思いますが」
「やめてくれよ、俺は問答無用じゃねぇのよ。それにそんな事を言い始めりゃ、先の島原の小僧はお前さんにも他の大抵の奴にもうってつけに聞こえたがね。戦国時代の大名達なんぞ、大抵ろくすっぽ民草の事考えちゃいないからな」
少し冗談めかした宗矩の言葉に、久秀は苦笑の色を深める。13代将軍というのは、徳川の13代将軍ではない。その前、室町幕府の13代将軍の事だ。この13代将軍は宗矩や石舟斎の師である信綱の好敵手、塚原卜伝より師事を受けており、剣豪将軍とまで謳われたのである。
が、その彼を殺したのは誰かというと、何をか言わんや久秀だった。確かに久秀への刺客としては腕前も十分だし、道化師に協力する理由としても十分だ。
十分なのであるが、逆にそれ以外への刺客としては不十分だった。特に彼の性格は久秀が熟知――元配下――しており、悪女でない吉乃への刺客には使えない、と踏んでいた。
「まぁ、何かわかったら教えてくれや。お前だってそこら義理立ての必要もねぇだろ? こっちもわかったらわかったで情報共有するからよ」
「は……」
相も変わらず何を考えているかわからない笑みで告げられた久秀の要請に、宗矩も一つ頭を下げる。別に命は惜しくないが、それは本懐を遂げるのに惜しくないのであって暗殺で死にたいとは思っていない。
故に、刺客を隠し立てる必要は一切無いと判断していたのである。そうして、二人は本題が終わった事と茶をそれなりには飲んだので茶会はお開きとなるのだった。
少しだけ、話は変わる。久秀であるが、何度となく言われているが道化師とは利用し、利用される間柄だ。故に彼は時折、道化師に隠れて研究所内を散策していた。
理由はもちろん、彼が道化師を裏切った時に有利になる為だ。そうして丁度カイトがソラの救出を行っていたその日もまた、久秀は裏切る為の準備を行っていた。
「さて……」
そんな久秀が今日来ていたのは、自分達さえその存在を教えられていない拠点の秘密区画。そこに忍び込んでいた。こういった秘密の区画を探り当てるのは、実は彼は得意と言えた。
それなりには知られている事だが、彼の城の建築の腕前は戦国時代でも有数と言われている。彼が居城とした多聞山城は今の日本で一般的な天守閣を備えた日本の城の元祖だ。それ以外にも数多の逸話を残す彼であるが、その中でも砦や城、要塞の構造を見抜く事は何より得意としていたのであった。
「何があるんだろうねぇ、ここら……普段なら、忍びに頼んで調べてもらうんだが……しょうがねぇか」
久秀は与えられた身体能力を十全に活かしながら、研究者達の監視の目を掻い潜って奥へと進んでいく。彼は元戦国大名。本来彼自身が言う様にこういう事は自分ではしないが、その手が無いのだから自分でするしかなかった。
「この先、か」
久秀は優れた建築家であった経歴から、この先に何かが隠されていると本能で理解する。秘密の区画は秘密の区画。あまり大きくても逆に見付かりやすくなるだけだ。隠すのなら隠す道理が必要なのだ。
その彼が知る道理とエネフィアで知った魔術含みの道理を複合的に考えて、彼の勘はそろそろ最奥にたどり着くと言っていた。そうして彼は研究者達に隠れながら、その最奥の扉が開くのを待つ事にする。
「……」
しばらく、人の往来を確認しながら久秀は中を確認出来る瞬間を見定める。そうしてしばらく待っていると、なんとか中が覗けるタイミングが訪れた。
「こりゃぁ……すげぇ……」
久秀は思わず、息を呑んだ。中にあったのは、やはり案の定自分達が再誕した時と同じくカプセルに入れられていた一人の女。久秀達が使った死の概念を内包した玉と一緒に入れられた女だった。
が、それだけで久秀が驚くわけがない。彼が驚いたのは、その女があまりに美しかったからだ。女好きとしても知られる久秀だ。その彼が、息を呑む。相当な美女らしい。詳しい容姿は色の着いた溶液故にわからないが、それでも並外れた美女だと言えた。
「奴ら……羅刹女でも呼ぼうってのか……?」
まさに、天上の美。そのような裸体を晒す美女に、久秀は思わず我を忘れる。と、そんな彼であるが、それ故に思わず背後を取られた。
「これはこれは、久秀殿。中に興味がお有りですか?」
「っ……」
久秀は背後から響いた道化師の声に、一瞬だけ冷や汗が流れた。ここは秘密区画。普通に考えれば、バレた時点で始末されるのが道理だ。が、これに久秀は即座に頭を高速回転させて、どうすれば良いかを考え出した。
「そりゃぁ、あるだろう。お前さんらが俺達にも隠してる何かだ。気にならない方が可怪しい」
「あははは。それは当然です。いやいや、失礼しました。貴方に隠しておくつもりは無かったのですが……まさかここを探し当てますか」
「ここは入ったら駄目だったかい? なら、最初から入っちゃ駄目って言ってもらわねぇと困るぜ。なにせ拠点じゃ自由にどうぞ、って言われてたもんだからよぉ。ついうっかり、ここも自由かと思って入っちまったじゃねぇか」
「あはは。そうですね、これは私達の不手際でした……では、今後立ち入りは禁止でお願いします」
笑いながら、どうせ聞かないだろうとわかっている道化師は久秀の望み通りそう告げる。そうして、それに対して久秀はこれ以上隠れる必要はない、とばかりに隠形を解いた。
「それで? 中の美人を見せてくれるのかい?」
「ええ、どうぞ。遠からず皆様にもご紹介するつもりでしたし」
嘘じゃない、か。久秀は道化師の言葉に、内心で臍を噛む。つまり、これは見られても良い札。無論、見られないで良いのなら良いと思っていただろう。だから隠していた。が、見られても問題はない、と判断したのだ。
なぜ、そう言い切れたか。それは簡単だ。もしこれが本当に見られたくないのならここには置かないだろうし、よしんばここに置かねばならないのなら気付かれた時点で久秀の命は無い。どちらも無い時点で、道化師にとってこの女の露呈は修正可能な程度に過ぎないというわけだ。
そして見られたくない、と考えていただろうと判断した理由も簡単だ。道化師からは僅かに血の匂いが漂っていた。それも真新しい物だ。この秘密区画の出入りを見張っていた見張りは始末された、と言うわけなのだろう。そうして、そんな事を高速で考えながら次の一手を探す久秀は、道化師に案内されて秘密区画の最奥へと足を踏み入れる。
「で、誰なんだい? この美人は」
「そうですね……この方は久秀殿も、おや」
「ん?」
僅かに片眉を上げた道化師の様子に、久秀もカプセルの美女を見る。そうして、今まで目を閉じていた筈の美女が目を開いていた事に気が付いた。
『……』
「っ……」
一瞬、久秀は背筋が凍った。向けられた瞳に宿っていたのは、怒りとでも恨みとでも言うべき怨嗟の炎。それで、彼女は自分を見ていたのである。
「誰だ、お前……」
知っている。自分はこの女を知っている。にも関わらず、久秀にはどういうわけか彼女の名を思い出せなかった。記憶を消去させられているわけではない。思い出せない様に処置がされているわけでもない。
確かにはっきりとこの女を知っていると言い切れるのに、久秀にはこの女が誰かわからなかった。それに、道化師は敢えて嘯いた。
「どうしました?」
「誰なんだ、こいつは」
「そうですね……ひとまず、彼女は望月千代女とでも言いましょうか」
違う。久秀はかつて織田信長の配下であった記憶から、武田信玄と勝頼親子に仕えた伝説的な女忍の名を告げた道化師に内心で否定を告げる。が、誰なのかを思い出せない。と、そんな所に研究者達が慌てだした。
「クラウン様!」
「どうしました?」
「彼女の力が爆発的に増大しています! このままでは!」
「おや……接触が早すぎましたか」
早すぎた。久秀はその言葉で、正真正銘何時かは自分達の前にこの千代女を名乗る女を引き合わせたのだと理解する。
「申し訳ありません。どうやら、貴方と会うと彼女の精神が不安定になってしまう様子……少々、外に出ましょうか」
「あ、あぁ……その方が良さそうだ」
この女は絶対にやばい。戦国時代を生きた者の本能でそれを察知した久秀は、道化師の言葉に素直に頷いた。そうして、彼は拠点の秘密区画より逃げる様に脱出するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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