第1669話 受け継がれし意志 ――終わり迎えて――
カイトより語られた、ブロンザイトの真実。それはトリンが真実ブロンザイトの実孫であり、そして今回の旅路が彼に己が長い旅路で得た全てを渡す為に全て仕組んだ事であったということであった。そうして、それを一つ語り終えた後、カイトは一つため息を吐いた。
「……そういうわけだ。これが本当なのかは、ブロンザイト殿にしかもはやわからん。君がどこで生まれ、育ったのか。それは彼も語らなかった。ただ、君の事を探していたのは、そういう事なのだと」
「……」
カイトより語られたブロンザイトの真実を聞いていたトリンの顔は、神妙な面持ちだった。そうして、誰もが何も語れぬまま、暫くの時間が流れた。
「……ありがとうございました」
暫くの後。トリンは感謝と共に、深く頭を下げる。そうして、彼はどこか楽になった様な顔で、ため息を吐いた。
「……どうでも良い事、でしたね。血の繋がりがあろうとなかろうと、お爺ちゃんは僕にとってお爺ちゃんと変わらないので」
「ああ、それで良いだろう。彼曰く、ただ自分が死んだ後の君がどう考えるかだけが最後まで読みきれなかったから、君の様子を見て語って欲しい、と」
朗らかに笑ったトリンに、カイトもまた笑って一つ頷いた。トリンの顔は本当に朗らかで、心の底から血の繋がりなぞどうでも良さげだった。今更、血の繋がりがわかったからと何なのだとしか言えなかった。
「そうだ。それなら、君にこれを渡しておこう」
「これは?」
「マリンさん……君にとっては異母伯母かな。それに当たる人が来られててな。ぜひ、一度話がしたいという事だった。彼女より、君の方が長く一緒に居たらしいからな」
「そうですか……はい。折を見て、しっかり連絡を取りたいと思います」
カイトから受け取ったマリンの名刺を見て、トリンは一つ頷いてそれを懐に仕舞う。当然だが、ブロンザイトは彼女とはしっかりと話し合った上で旅に出ていた。
なので実は密かに連絡を取っており、トリンという孫が見付かった事、彼の身の上、病に冒されて長くない事、自分の後始末については全てカイトや姉弟達に頼んだ事等も全て語っていたらしい。そして、彼女に何もしてやれない事を詫びてもいたそうだ。
それに対して、彼女は父らしい、と思って受け入れたらしい。どうやら彼女の母は日記を遺していたらしい。そこで、父の性格を理解していたそうであった。
「そういえば……お師匠さん。なんでその人にしたんだ? トリンのおばあさんの所とかじゃなくてよ」
「ん? そういえば……カイトさん。そこら、何か聞いてませんか?」
ふとしたソラの疑問を受け、トリンもまた同じ疑問を得たらしい。カイトも彼女の側に埋めてくれと頼まれた、としか語っておらず、数人居ただろう女性の中でなぜ彼女の側を選んだのか、とは語っていなかった。
「ああ、それか。それだが……まぁ、一つには二人の事がある」
「「?」」
「そっちの方が来やすいだろう、という事だそうだ。特にソラ。お前だな。何か悩んだ事があったら、儂の所に来なさい。話す事は出来ないが、聞いてやるぐらいは出来る、だそうだ。それでも少しは変わろう、と仰られていたよ」
「「……」」
最後の最後にカイトから語られたブロンザイトの優しさに、ソラもトリンも思わず目頭が熱くなる。なにもそこまで考えなくても良いのに。そう、思うしか無かった。
「まぁ、それと共に。死んだ後ぐらいは娘の側に夫婦共に居てやりたい、とも語ってらっしゃった」
「そか……カイト。また何時か俺が行きたくなったらさ。時間、取らせてくれよ」
「ああ、そうしろ。あ、後一回忌やらなんやらの際には、忘れずにな。今度はマリンさんが執り行う事になるが……今の二人なら、問題無いだろう」
ソラの言葉に頷いたカイトは、更に一応の所を告げておく。曲がりなりにも師だ。その一回忌やらの事は忘れてはならないだろう。と、そんな事を聞いたソラが、ふと目を見開いた。
「あ、それで思い出した」
「どした?」
「えっと、ほら。喪に服すとかってあるだろ? あれ、どれぐらいの期間なんだ? その間祝いとか色々と避けねーと」
「き、君意外な所で意外と真面目だね……」
慌てて喪に服す期間等を気にし始めたソラに、トリンが思わず肩を震わせる。確かに喪中という概念はエネフィアにもある。
が、冒険者でそこまで気にする者はエネフィアでは珍しかったようだ。ほぼほぼ毎日誰かと死に別れる可能性がある様な職業だ。気にしていたら何も出来なくなるから、である。そしてそれ故、カイトも苦笑気味に教えてやった。
「基本は、一ヶ月だ。こんな世界だからな。これでも最長で、短ければ一週間とかもある。長めに取っとけ」
「おけ、わかった……で、どうすりゃ良いんだ?」
「……はぁ」
やれやれ、と言った具合で、カイトがため息を吐いた。何もわかっていない様子だった。
「ナナミに聞け。彼女は村長の娘。マクダウェル領での喪に服し方は知ってるだろうさ」
「あ、そか。サンキュ」
「「はぁ……」」
最後の最後に締まらないな。カイトとトリンはある意味何時も通りのソラを見て、盛大にため息を吐いた。そうして、その場はなぜか何時も通りの雰囲気でお開きとなるのだった。
さて、ソラがマクスウェルに帰還して、数日。ソラは久方ぶりに天桜学園へとやって来ていた。その理由なぞ改めて言うまでもない。彼だけ伸び伸びになっていた地球との連絡を、というだけだ。
「一応、全ての手配は終わらせている。後は話せば良いだけだ。向こうも、同じになってる筈だ」
「おう……まぁ、俺今更良い様な気もするんだけどなー」
「そう言わず、顔ぐらいは見せてやれ」
「わーってるよ」
使い方の説明の為に一緒にやって来ていたカイトの苦言に、ソラは少し恥ずかしげにそっぽを向く。やはり久しく顔を合わせていなかった家族と再度顔を合わせるとなると、恥ずかしいものがあるらしい。
なお、彼であるが、今回は他に誰も一緒ではない。由利やらナナミやらも無論、同じだ。今回は長い旅を経た後。一人で会いに行って来い、となったらしかった。そうして、彼は通信室に入って教えられた通り通信機を起動させる。
「こんなもんが出来てるとはなー……」
やはり自分が二ヶ月不在にしている間に通信機が完成していれば、驚きに値したのだろう。ソラはどこか感心した様に頷いていた。
「えっと……向こうが起動しないと動かない、んだよな」
ソラはブラックアウトしているモニターを見ながら、そう呟いた。今回、相手が自身の父にして日本の総理大臣という事で、時間の調整や総理官邸に家族を呼ぶとマスコミ沙汰になるので日本にあるというカイトの邸宅からの通信という事だった。
偶然に大阪に来る用事があり、それで密かに母や弟も大阪に入らせたとのことであった。なのでそういった所から些か時間が必要となっていたのだろう。と、そうして少し呑気に待っていると、唐突にモニターが点灯した。
「ほへ?」
『……』
唐突に点灯したモニターに、ソラは間抜け面を晒す。いくら内面も成長しようと、根本的な根っこは大して変わっていないようだ。と、そんな間抜け面を晒したソラであったが、そんな顔を見て星夜は大いに驚いていた。
『……ソラ、か?』
「だからなんで会う奴会う奴がそー言うんだよ……そんな変わったかなぁ……」
やはりソラは毎日毎日見ている自分の顔だからだろう。会う人会う人が驚いた様子で自分を見ている事に、僅かながらに辟易している様子だった。そんなソラらしい様子で、星夜もこれが自分の息子である事を実感したようだ。
『くっ……いや、ソラ。元気だったか?』
「おう。ピンピンしてるぜ。そっちは?」
『見ての通りだ』
ソラの問い掛けに、星夜は横に居る妻とソラの弟、空也に言及する。空也はソラとは違い、落ち着きのある少年だった。こちらはカイトの妹と桜の弟と同い年で、年は違えど藤堂が好敵手として認めている剣道家でもあった。
そして同時に、カイトの妹達と共に日本の裏で戦う戦士の一人でもあった。そしてそれ故にか、顔つきにはソラが知るよりも精悍さが現れだしていた。
「おふくろは……何時も通りって感じだけど。空也、お前……変わったなー」
『兄さんほどではないですよ』
「あははは……でかくなったみたいだし……あ、高校入ったんだっけ? おめでと。なんだっけ。男子三日会わざれば刮目して見よ、だっけ?」
『『『……』』』
「……んだよ」
ソラの口から飛び出した思わぬ一言に、地球側の三人が思わず目を瞬かせる。
『……い、いや、すまん……お前の口からその様な言葉が出て来るとは……』
「悪いかよ! これでもしっかり考えてやってんだよ!」
どこか笑う様な父の謝罪に、ソラが声を荒げる。こちらに来て、色々と現実も知った。考えて行動する様にもなった。そんなソラの成長した姿に、星夜が問い掛ける。
『確か旅に出ていた、という事だったな……その方はご一緒ではないのか?』
「……その人なら、この間死んだよ。俺ともう一人……相棒守る為にさ」
すでに涙は無い。ブロンザイトは最後まで自分達の事を想い、後を託して死んだのだ。故に、ソラにとってブロンザイトはトゲではなく、良い思い出に変わっていた。
『……そうか。それは残念だ』
「ああ……すげぇ人だったよ。大体一年先ぐらいまで全部見通してて……色々あったけど……やっぱ、お師匠さんはすげぇ人だった」
朗らかに笑いながら、ソラはブロンザイトの事を家族へと語る。後世、彼は地球に帰った後にもブロンザイトの事を語る時にはただ一言、凄い人だった、と語る。全部を見通した上で、どうやれば自分を守りきれるのか。それを考えて、彼は動いていた。それを、理解していた。
「全部……自分の死ぬ事さえ、計算に入れて動いていらっしゃった。基本、民の為に動いてらっしゃった人でさ……でも、俺達の事もしっかりと見てくれてた」
トリンに受け継がせる為の旅に巻き込まれた。そう思った事は、一度はある。嫉妬ももちろん、だ。が、曲がりなりにも一年も一緒に居たのだ。ブロンザイトの性根がどういうものかは、知っていた。
たとえ巻き込んだとて負い目ではなく、きちんと一人の師としてトリンと対等の一人の弟子として接してくれていた。ソラはそれを、きちんと理解していた。故に、あるのは感謝だ。
『……良き先生だったか』
「ああ……素晴らしい賢者だった」
父の言葉に、ソラははっきりと頷いた。そしてその言葉で、星夜らも理解した。ソラが成長した様に見えたのは、その師の死去を乗り越えたからだ、と。そうして、星夜が告げる。
『……ソラ。その方の葬儀にはしっかりと参加したか?』
「ああ、もちろんな。色々とカイトにも迷惑掛けちまったけど……まぁ、あいつの場合は今回は背負い込んだんだろうなー……」
あいつは何時も難儀な事に巻き込まれてばかりだよなー。ソラはそう呟く。今回だってそうだ。自身の人生に大きく関わる事だ。恨まれる可能性だってあった。
断る事だって出来た。その上で誰もが良い方向に持っていける様に頑張った結果が、今だ。それを、今のソラは理解出来る様になっていた。カイトにだって、出来ない事はある。
それ故、今回の一件については彼に対しては、怒りや恨みではなくただ可愛そうな奴、としか思えなかった。無論、この可愛そうというのは、厄介事に巻き込まれてばかりの友人に対するどこか冗談混じりの言葉と言って良いだろう。
『そうか……とりあえずは、元気か』
「おう。この旅のおかげでまた成長したし。今なら、一条先輩とも互角に戦えるな」
父の改めての問い掛けに、ソラは笑って頷いた。何があったかの詳しい事は、ソラは語らなかった。語る必要もない事だ、と思ったからだ。ただ旅があって、そこで得た出会いと別れが自分を成長させた。それで十分だった。そうして、ソラはその後も暫くは地球に居る家族との時間を過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1670話『閑話』




