第1666話 受け継がれし遺志 ――相棒――
エンテシア皇国のブランシェット公爵領の北東にある、ブシュエフ子爵領。そこで執り行われる事になっていたブロンザイトの葬儀に、ソラは彼の弟子として参列していた。
その葬儀も終わりブロンザイトの墓の前で僅かな感傷に浸っていた彼に声を掛けたのは、マリンというブロンザイトの娘だった。そんな彼女はトリンについて聞きに来たらしいが、その応対はブロンザイトより葬儀の手配を頼まれていたカイトが行う事となる。
そうして、その会話の後にカイトより彼女がブロンザイトの娘である事を知らされた彼は、一年の付き合いとなったトリンの所へと向かう事にしていた。そんなトリンであるが、彼は墓から少し離れた丘の上に立っていた。
「よっす」
「……ソラ。あ、ごめん。出発時間、近いんだっけ」
「あはは……そっちは、カイトに待ってもらってる」
物思いに耽っている間に出発時間が近付いている事を忘れていたらしいトリンに対して、ソラはそう言うと、その場に腰掛ける。そうして見えたのは、一面の大草原だ。
「すっげー……ここら馬で走ったりしたら気持ちよさそうだな」
「あはは……だろうね……って、君、乗馬は出来るの?」
「そういや出来ねぇや」
ふと思い直したトリンの問い掛けに、ソラも思い出して思わず笑う。そもそも彼は特性があって薬無しでは騎竜は出来ないし、そもそもその練習もしていない。乗馬はしたこともなかった。
「君ね……はぁ……」
ソラの返答に呆れ返ったトリンであったが、流石に彼もソラがなぜここに来たのか、ぐらいは理解できている。知性であれば彼の方が上だ。そして何より、自分の内心もわかっている。わからないはずがなかった。
「……僕、さ。お爺ちゃんの事を本当のお爺ちゃんだと思ってた」
「つってたな」
「うん……でも、お爺ちゃん家族居たんだ」
ソラの返答に、トリンはどこか拗ねた様にそう口にする。それならなぜ教えてくれなかったのか。そう思ったらしい。
「いや、そもそもお前家族だろ」
「あはは……そういう事じゃない、んだけどなぁ……」
「いや、そういう事だろ」
「?」
自身の呟きに応じたソラの言葉に、トリンが首を傾げる。それに、ソラはトリンの見落としている所を指摘した。
「いや……喪主って基本的に一番縁の深い人がやるんだろ?」
「基本的にはね」
「ああ……で、今回の喪主ってお前とアコヤさんだろ?」
ソラは改めて、今回の葬儀の喪主を洗い直す。今回、喪主についてはアコヤとトリンの両名が行う事になっていた。が、これは正確にはそうではなかった。
「一応、お前が正規でアコヤさんは後見人って話だろ?」
「うん」
「いや、普通に考えりゃ娘が居るのにわざわざ義理の孫に喪主させるか?」
そもそもの疑問を、ソラが呈する。それに、トリンもはっとなった。
「あ……」
「お師匠さん。お前の事をきちんと実の孫って思って接してたんだろうぜ。じゃないと、こんだけ身内やら色々と立場のある人の前で喪主なんてやらせるわけないだろうしさ」
今回の葬儀は場所の特性上、そこまで大々的に行っているわけではない。が、それでも賢者の死である。皇国からは皇帝レオンハルトの名代として弔問の使者が来ていたし、他にも他国で宰相をしている様な珠族の大物が弔電を送っていたりもする。
無論、先にアクロアイトという他国で重鎮として活躍している弟の様に、他国の重役でありながらもわざわざ自身で来たという者も少なくない。更には、他の弟子だって居るのだ。単に弟子だから、と喪主をさせるとは思えなかった。
「そっか……そうだよね……あはは……難しく考えすぎてたよ」
どうやら安心したのだろう。トリンは僅かに俯いて、そう言いながら嗚咽を漏らす。今まで堪えていた物が全て、溢れたようだ。そうしてソラは暫くの間、相棒がただ一人のブロンザイトの孫として泣くのを、見守る事にするのだった。
安堵を得て泣き出したトリンの横で、それを見守って少し。トリンが落ち着いた頃に、ソラが口を開いてポケットからハンカチを取り出した。
「使えよ」
「……ありがとう。あはは。人前でここまで泣いたの、何時以来かな」
どうやら泣いてスッキリ出来たらしい。トリンの表情はどこか、険の取れたものとなっていた
「知らね」
「あはは……あ、これは洗って返すよ」
「そーしてくれ。ギルドホームには洗濯機もあるしな……あ、でも洗濯、普通に出すだけかも……」
どうなんだろう。ソラは完全にナナミと由利に任せっきりだった自分の生活を思い出し、深く考え込む。かなり前は自分でしていたが、もう完全に忘却の彼方だったらしい。
「はぁ……君、旅の最中はどうしてるのさ」
「いや……俺基本、一緒だったし……」
「はぁ……」
恥ずかしげに自分の状況を語ったソラに、トリンが盛大に呆れながらため息を吐いた。とはいえ、もう大丈夫なのだろう。というわけで、二人は立ち上がって歩き出す。
気付けば、馬車の時間は大幅に超過していた。急がねばならないだろう。そうしてブロンザイトの墓のある所に戻ると、そこには案の定カイトの手配した葬儀屋が後片付けをしており、残っているのはカイトだけだった。
「カイト。待たせたな」
「カイトさん。失礼しました」
「いや、良いさ。家族を亡くしたんだ。泣きたければ、思う存分泣けば良い。オレだって、何度も泣いたからな」
「あぅ……」
朗らかに笑ったカイトに、トリンが僅かに恥ずかしげに頷いた。そしてその様子で、トリンももう吹っ切れたのだと彼も理解する。
「良し。帰るか。少し遅れ気味だしな」
「おう」
「はい」
歩き出したカイトの背に、ソラとトリンもその後ろに続いて歩いていく。そうして三人は再び馬車に乗り込んだ。
「ふぅ……これで、ひとまず全部終わりか。二人共、改めてお疲れ様」
「ほんとにな。まさか二ヶ月のつもりが、ざっと一年だ。マジ疲れたよ」
「あはは。本当にね。まさかここまで長い付き合いになるなんて、僕も思ってなかったよ」
改めて出されたカイトのねぎらいに、二人も笑って頷きあう。そうして笑いあった後、ソラが切り出した。
「で……カイト。昨日言っておいたけど、改めて。トリンをウチに入れたいんだけど……駄目か?」
「トリン。君は?」
「……お願いします」
カイトの確認を受けたトリンが、一つ頷いた。それに、カイトもまた一つ頷いた。
「そうか。なら、君を歓迎しよう。今更、君にオレが常々言っている事を言う必要も無いだろう。ブロンザイト殿がそれを教えていないはずがない。ブロンザイト殿の教え。存分に振るってくれ」
「はい、これからよろしくお願いします」
カイトの応諾に、トリンが再度頭を下げた。カイトが常々言っている事と言うのは、生き足掻け、という事だ。もちろん、ブロンザイトが教えたのはこの文言ではない。生き足掻くことそのものだ。これをブロンザイトが教えていないはずがないと思ったのだ。
「さて……まぁ、昨日ソラから詳しい話は聞いている。ひとまず君には引き続きソラの補佐を頼む」
「はい」
「ああ……それで、部屋だが。こちらについては改めて所属する事になった事を鑑みて、正規のギルドメンバー用の部屋を用意する。すでに椿に命じてそちらの用意を進めているから、帰ったら確認してくれ」
「はい」
カイトはトリンへと、幾つかの事務的な内容を語っていく。そうしてそうこうしていると、気付けば馬車が停止した。
「あぁ、着いたか。とりあえず飛空艇に乗らないとな」
「そういや、この馬車は?」
「この馬車はブシュエフ家が用意してくれた物だ。そのまま戻してくれる」
ソラの問い掛けに、カイトは御者にチップを渡して馬車を見送った。そうして馬車が去った所で、三人は改めて飛空艇に乗り込んだ。
「エルロード。オレだ。待たせたな」
『閣下。お待ちしておりました。若干、ご予定より遅れておいででしたが……何か問題でも?』
「いや、問題はない。少し出発が遅れただけだ……少し遅れたが……まぁ、問題はないだろう」
『かしこまりました』
元々カイトは艦隊を率いるエルロードに連絡を入れてくれていたらしい。なのですでに出発の用意も整えられており、カイトの帰還と共に飛空艇が再び離陸して出発する。そうして、カイトは一旦トリンとソラとの間で事務的な話を詰めるべく、カイト専用に用意されていた部屋に入る事にする。
「と、いうわけだ。席については引き続き、以前の物を使ってくれ。とはいえ、前回のは片付けたからな。改めて、使いやすい様に自分専用のカスタマイズを」
「はい」
「ああ……さて、これで一通り事務的な話は終わりか」
一通りの事務的な話を終わらせた後、カイトは僅かに肩の力を抜いた。公的な話としてはこれが全部だが、ある意味ではここからの会話が本題とも言えた。
「トリン……聞きたい事がある、という顔だな」
「はい……一つ、聞きたい事が」
カイトの確認に、トリンもまた一つ頷いた。そうして、彼が問い掛けた。
「……お爺ちゃん。病気……だったんですね?」
「ああ……一ヶ月、君と離れていた時期があっただろう?」
「オプロ遺跡での時ですね」
カイトの問い掛けに、トリンが数ヶ月前の事を思い出す。あの時、トリンはブロンザイトに言われて冒険部の調査に同行していた。その時ブロンザイトはラグナ連邦と打ち合わせ、と言っていたし、事実エマニュエルと相談をしていた。が、実際にはそれだけではなく、病の治療もあったらしい。
「ああ……あの時、ブロンザイトは一ヶ月精密検査と治療を行われていてな」
「余命は……どれぐらいでした?」
「余命半年と少し……あははは。凄いだろ?」
僅かに沈痛な表情でトリンの問い掛けに答えたカイトであるが、彼は同時に笑っていた。余命半年という事はつまり、ブロンザイトはその倍近くも生きた事になる。相当、生き足掻いていた。
「一年、彼は保った。最後の最後まで、生き足掻かれた。十分に、彼は生を全うされたよ」
「そうですか……」
カイトの返答に、トリンも満足げに頷いた。最後の最後まで、彼は生き足掻いた。大往生と言ってよかっただろう。そうして、彼は覚悟を決めた様に、カイトへと改めて問い掛けた。
「……お爺ちゃんの病気……それは風化病ですね?」
「っ……よく、気付いたな。ブロンザイト殿は必死で隠されたと思うんだが……あれは発症から分かりやすいからな」
問い掛けを受けたカイトは僅かに驚いた様な顔で、トリンへと問い掛ける。それに、トリンも笑って首を振った。
「僕が気付いたのは、偶然です。更に言うと、ソラのおかげもある」
「俺の?」
「うん……君、さ。お爺ちゃんのポケットからブロンザイトが落ちた、って言ったよね?」
「ああ……そういや、そんな事あったな」
トリンの問い掛けに、ソラはラグナ連邦での事を思い出す。あの時、確かブロンザイトのポケットが破れて、カッティング前のブロンザイトが落ちたのだ。
「あれ……さ。予備の宝石じゃなかったんだよ」
「どういうことだ?」
「お爺ちゃんのコアから、剥離したんだ。風化病は珠族特有の病気でね」
「そんなのが……」
そんな病があるのか。ソラは驚きながらも、納得する。それならトリンの疑問に説明も付く。そうして、トリンが続けた。
「……まぁ、そう言っても。この風化病の症状に吐血は無いから、それ以外にも幾つかの病を患っていたのは事実だと思う」
「……ああ。主な症例が風化病という所で、他にも幾つかの病を患われていた。半年というのは、風化病での余命だ。おそらく、長く生きられた事で潜伏していたそちらも発症したんだろう。詳しい所はオレも全てを知っているわけではないが……必要なら、帰ってからカルテを貰うと良い」
「まぁ、必要があれば……」
カイトの勧めに対して、トリンは一つ首を振る。別に彼としてもブロンザイトが何の病に冒されていたのか、と詳しく知りたいわけでもない。必要があれば、調べるだけだ。
「……教えて下さい。多分、お爺ちゃんは他にも色々と隠していたと思うから……教えられる限りで良いんです。お願いします」
おそらく多くの秘密を知るカイトへと、トリンが頭を下げる。それに、カイトは一つ息を吐いた。
「……そうだな。先のマリンさんに関する事や、君に関する事……色々と、確かに聞いた。そしてその取扱も、どうしてくれ、というのも全てオレが遺言として受け取っている」
改めて、カイトはブロンザイトよりほぼ全てを聞いていた事を認め頷いた。彼に頼んだ理由は万事つつがなく進めてくれるだろうという信頼があるというのと、トリンがこの後に辿る道筋の一つにはソラへの協力があったからだ。
そういった事を複合的に考えた時、カイトが一番最適だろう、と考えたそうだ。そうして、暫くカイトは悩んだ後、一つ頷いた。
「……これは、ブロンザイト殿が最後まで君に語るべきか悩んだ事だ。そして同時に、最終的なジャッジはオレに任せられた事でもある。だが……先の君とソラの会話を聞いて、語っても良いだろうと思った……どうする? ソラには一度、離れて貰うか?」
「……いえ。そういう事なら、ソラにも聞いて貰った方が良いんだと思います。ソラ……お願い出来るかい?」
「……ああ、わかった」
トリンの求めに、ソラは少し考えた後に覚悟を決めて頷いた。そうして、それを受けてカイトは数ヶ月前の事を思い出す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1667話『受け継がれし遺志』




