第1665話 受け継がれし意志 ――葬儀――
エンテシア皇国のとある場所にて行われる事になった、賢者ブロンザイトの葬儀。ソラとトリンの救出を終えたカイトは、それに参列する事になっていた。そうしてブロンザイトの弟子として参列したソラと別れ、カイトは一般参加の席に座ってブロンザイトの葬儀に参加していた。
「……」
そんなカイトの視線であるが、葬儀を執り行うアコヤの動きを見守りながらとある参列者に向けられていた。
(あれが……)
そこに居たのは、年若い夫婦と男に似た年老いた婦人だ。どちらも身なりはかなり良い。そしてどうやら、この婦人は珠族らしい。胸元には珠族の証である、第二のコアが見えていた。
「ブシュエフ領有数の富豪……その若夫婦か」
ブシュエフ。それが、今カイト達が居る場所だ。その中でもこの若夫婦は有数の富豪であり、篤志家でもあるらしい。横の老婦人は男の方の母だ。が、だからといってここに招かれる事はない。きちんとした理由があって、ここに招かれていた。
「やっぱ、複雑そうか」
カイトの視線の先には、複雑な表情のトリンが居た。その彼の視線は、若夫婦ではなくその母に向けられていた。
「……」
複雑な表情のトリンに、カイトは僅かに悩む。カイトは幾つかブロンザイトから秘密を知らされていた。それこそ、アコヤ達にさえまだ伝えていない秘密もある。そのうち、トリンの複雑な表情の原因はカイトがブロンザイトの死後に彼の頼みで明かした秘密だった。
「いや……今は、葬儀に集中しよう」
トリンの複雑な表情を横目に、カイトはひとまずはブロンザイトの葬儀に集中する事にする。そしてどうやら、物思いに耽っている間に葬儀の開始時間となったようだ。カイトが手配した神殿都市の神官がやって来て、アコヤが弔事を述べる。基本的に珠族の葬儀もエネフィアでは一般的な物と大差がない。
そしてエネフィアの一般的な葬儀は、地球で言えば西洋風の葬儀と似ている。違うとすれば神や大精霊に向けて祈りが捧げられたり、とするだけだ。無論、それ以外にも細々とした違いもある。
「……」
礼服を身に纏ったカイトは、ブロンザイトの骨壷に一つ頭を下げる。そうして、彼の第二のコアの欠片を手にすると、それを骨壷の横に置かれていた魔道具にかざす。すると、第二のコアは粉微塵に砕けた。それを、カイトは一度握りしめる。
「……ブロンザイト殿。三百年前、貴方達と共に築いたこの平和……我が名に誓い、必ず守り通しましょう」
粉々になったブロンザイトの第二のコアを握りしめた拳を胸に当て、カイトは小さく頭を下げてブロンザイトへと小声で宣誓する。ここらは珠族の作法ではないが、彼らしいといえば彼らしいだろう。
そうしてブロンザイトへと宣誓した彼は握りしめた拳の力を抜いて手を前に戻し、ゆっくりと拳を開く。そこに、一陣の風が吹いた。
「……」
吹かれて飛んでいくブロンザイトのコアを、カイトは悲しげに見送った。そうしてコアの欠片が全て飛んでいった所で、カイトは一度だけ拳を握りしめて再度頭を下げる。これで、今回の葬儀で彼が行うべき事は殆ど終わりだ。後は、喪主や招かれた土の大神殿の神官が葬儀を執り行う事になる。
「……土の大精霊様。今、貴方の眷属が一人大地に還ります。どうか、優しく受け入れて下さいますよう」
神官がブロンザイトが愛した女性の横に新たに作られた墓穴に向けてそう宣誓し、祈りを捧げる。そうしてそれが終わった後に、神官は喪主であるアコヤに一つ頷いた。
「死者の姿を見れる最後の時となります。どうか、皆様。お心静かに」
骨壷を抱えながら穴の縁に立ったアコヤを見ながら、神官が参列した一同に告げる。すでに骨壷に入っていて見れない、と思うかもしれないが、これはこれで良いらしい。骨壷も土から出来ており、珠族では土で出来ている以上は死者の肉体と大差がないと見做すそうだ。
そうして、アコヤが専用の台座を使って骨壷を墓穴に納めた。基本、珠族の伝統的な葬儀は火葬と土葬を二つ共行う。遺体を荼毘に付した後、土に還る事の出来る骨壷に納め、それを土葬するのである。
無論、その際にも幾つかの作法がある。更には喪主にはこれ以外にも守らねばならない幾つもの作法があった。これを学ばせる為に、アコヤに喪主を頼んだのであった。
「……では、アコヤ殿」
「……はい」
神官に言われ、アコヤが素手で墓穴に土を被せる。墓穴はさほど大きくない物だ。なので、素手でも良いのであった。そして彼が土を被せた後、神官がその横のトリンへと土葬を促した。
「では、お次の方もどうぞ」
神官に促され、トリンが素手で土を被せる。そうしてそれを他の参列者も繰り返し、ソラとカイトもまた、手で掬った土を被せた。
「……」
完全に骨壷が覆い隠され、神官が参列者達に一つ頭を下げた。
「これで、葬儀はつつがなく終わりました。これで死者は大地と一つとなり、そして皆様と共に常にあります。どうか、その事をお忘れなきよう」
神官が参列者に葬儀の終了を告げる。そうして彼は去っていった。これで、葬儀としては全て終了。帰る者は帰っても良い、というわけだ。
「……終わった、か」
「……本当に、お師匠さん亡くなったんだな」
弟子の一人として参列していたソラの横に立ったカイトに向けて、ソラがどこか神妙な面持ちでそう呟く。葬儀は死者の為でもあり、生者の為でもある。それ故にか、ソラもまた一つの区切りが付けられたようだ。
「ああ……ソラ。急いで悪いが、もう少ししたら出発だ。支度はしておいてくれ」
「ああ……」
伝えるべき事を伝えたカイトは、少しの間一人にしてやろうと踵を返す。と、そうして振り向いた所に、先の老婦人が立っていた。
「あの……少々、よろしいかしら」
「あ、はい。どうしました?」
「ソラ・天城さん、というのは……あなた?」
「いえ……ソラ」
老婦人の問い掛けを受けたカイトは、横で相変わらずブロンザイトの墓を眺めていたソラへと声を掛ける。それに、ソラもまた振り向いた。
「ん?」
「貴方が、ソラ・天城さん?」
「え、あ、はい……失礼ですが、貴方は?」
老婦人の問い掛けに一つ頷いたソラは当然であるが、老婦人との間に面識は無かった。というわけで訝しげに問い掛けた彼に、老婦人が名乗ってくれた。
「マリン、と言います。一応、珠族なんですけど……ちょっと理由があって字とかは無いの。本名だけど、気にしないで。あら、正確にいえばアクアマリンになるのかしら」
おっとり、というかお上品な老婦人はそう名乗ると、そう言って笑った。そんな彼女の胸にはアクアマリンに似たコアがあり、それが由来なのだろう。後に聞けば、母が付けてくれた名だそうだ。
「あ、はぁ……それで、その……どういったご用ですか?」
「いえ……最後のお弟子さん、と伺ったものですから」
「まさか……貴方も?」
「いえ、違います。その様子だと、ご存知なさそうね。どうしましょう……」
困ったわ。そんな様子で、マリンが困り顔を浮かべる。どうやら一つ一つの所作と良い、どこか育ちの良さを感じさせる品の良さがあった。息子達の事を考えれば、彼女もかなり高貴な身分と言って良い。当然だったのかもしれない。とはいえ、それ故にソラには自分にどんな用事があるのか、と訝しげだった。
「あの……どうしたんですか?」
「いえ……トリンという方のお話を聞きたかったのだけれど……その様子だとご存じない様子ですし……」
「トリンなら、知ってますよ。相棒と言って良い間柄です」
「いえ、そういう事ではないの」
はっきりと請け負ったソラに対して、マリンは相変わらずの困り顔だ。それに、カイトが口を挟んだ。
「マリンさん」
「あら?」
「私はカイト・天音。彼の所属するギルドのギルドマスターをしている者です。この度はご冥福をお祈りします」
「ありがとうございます」
頭を下げてブロンザイトの冥福を祈ったカイトの言葉に、マリンが一つ頭を下げる。そうして、改めてマリンが問い掛ける。
「それで、ギルドマスターさんがどうされたの?」
「……私が、トリンへと貴方の事をお伝えさせて頂きました。それ以外にも、おおよそをブロンザイト殿より伺っております」
「あら……そうでしたの。ということは、あの人が言っていたさる方、というのは貴方ね」
カイトの返答に、マリンが得心がいった様に頷いた。そうして彼女は一つ安心した様にうなずくと、カイトへと話を始める。
「父より、彼の話は伺いました。それで、一度お話がしたいのだけど……聞けば、先日のミニエーラでの一件で脱出なさったばかりだとか。無理はさせられないわ」
「ご配慮、ありがとうございます。二人共、まだ脱出してすぐ。体調も万全ではなく……」
やはり劣悪な環境に一年も居たのだ。ソラも戦闘力としては飛躍的に伸びていたものの、体力や体調面ではまだ完全に復帰したわけではなかった。こうなるだろう事を見越して連れてきたリーシャ曰く、完全に復調するまで一ヶ月は休んだ方が良いだろう、との事であった。
「ええ……私もそう思って落ち着いた頃に家にお招きしたい所だったのだけど……どうにもトリンさんが私を見る目が少し気になって。あの人がどれぐらい教えていたのかな、と」
「……そうでしたか。その御様子ですと、貴方も彼の事をお聞きになられていたのですか」
「では……そうでしたか。父はなんと?」
「……最終的には私に一任する、と」
僅かに驚いた様子のカイトの様子を見て、マリンもおおよそを理解したらしい。カイトに対して一つ問い掛け、それにカイトは正直に返答する。そうして、それを受けて彼女は残念そうにため息を吐いた。
「そう……是非ともお話したかったのだけれど……」
「……そう……ですね。今、貴方とお話して私ももう少し考えたいと思います。ブロンザイト殿も最後は私が決めてくれ、と仰っておりましたので……」
「父らしいですわね」
「あはは……」
自身の返答に笑ったマリンに、カイトもまた笑う。と、そんな所で後ろから声が掛けられた。
「母さん。馬車が来たって。トリンって人の話は出来たのかい?」
「ええ……じゃあ、ごめんなさいね。あぁ、そうだ。少し待ってくださる?」
マリンは呼びに来た息子の言葉に一つうなずくと、カイト達へとそう申し出る。そうして彼女が一つ手を鳴らすと、従者らしい女性が現れた。
「奥様。どうされました?」
「この方に名刺を渡して頂戴な。それと、このえっと……カイト・天音さんでしたわね。その方かこちらのソラさん、トリンさんのどなたかが店か家に来たら、私に教えて頂戴」
「かしこまりました……天音様。こちらを」
マリンの指示を受けたメイドが、カイトへとマリンの名刺を手渡した。彼女らの家業の名刺だったが、それで十分だろう。
「ありがとうございます。確かに、お預かり致しました。すぐに、とはいかないでしょうが……何時かは必ず」
「ありがとう。じゃあ、お願いしますね。ソラさんも、その時にはぜひご一緒にいらっしゃってくださいな」
「あ、はい。必ず」
カイトの快諾に、マリンが一つ笑って頭を下げる。そうして、彼女はソラにも小さく頭を下げて息子や従者と共に気品のある馬車に乗り込んで、街へと戻っていった。その背を見ながら、とりあえず言われたので答えたソラがカイトへと問い掛けた。
「……誰だったんだ?」
「……ブロンザイト殿のご息女だ」
「へ!?」
唐突に明かされたブロンザイトの娘の存在に、ソラが目を見開いて再度マリンの方を見る。そうして思い出してみれば、確かにマリンの顔立ちはどこかブロンザイトにも似ていると感じられた。
最初は珠族だからか、と思ったが、実の娘ならば納得だった。と、そうしてソラも思い直してみて、ふと思い当たる節があった事に気が付いた。
「そういや……マリンさん。父って言ってたな……」
「ああ……娘だからな。と言っても、結構最近までは知らなかったらしいんだが……オレも、知ったのはついこの間だ。色々とあったらしい」
「……」
カイトの言葉を聞いて、ソラはトリンが妙に複雑な顔をしていた事を思い出す。そうして、一つ苦笑して、カイトの方を向いた。
「悪い。カイト、少しだけ馬車待ってもらえるか?」
「……あいよ。それが、相棒ってもんさ」
「わり」
カイトの理解に、ソラが一つ苦笑気味に笑って頭を下げる。そうして、彼は相棒となった親友の所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1666話『受け継がれし遺志』




