第1663話 受け継がれし遺志 ――本当の帰還――
ミニエーラ公国のミニエーラ公王が敗北を認めた事により、ソラ達の脱出作戦は遂に全て終了する事となる。そして兵士達が引いた後に現れたのは、エンテシア皇国と足並みを揃えて非合法に収容されていた自国の騎士達の救出に動いたルードヴィッヒ・ヴァイスリッターの乗った高速艇だった。そんな彼との僅かな話し合いの後、ソラはトリンからブロンザイトの隠していた真実の一つを聞く事となる。
そうしてその彼との少しの語らいの後、一頻り泣いた事で落ち着いた彼に言われ、ソラは由利とナナミとの時間にその後全てを費やす事にする。そして、次の日の朝。彼は一年ぶりとなる冒険部の陣地の中で、目を覚ました。
「……」
あぁ、帰ってきたんだ。ソラは周囲の喧騒を聞いて、それを噛み締める。そうして、彼は横で眠る二人を起こさぬ様にベッドを降りる。折角生還したのだ。この朝の光景を少し楽しみたかった。と、いうわけで外に出たわけであるが、そこですぐにカイトと出会う事になった。と言っても、一人ではなく、暦が一緒だった。
「ん?」
「おう、おはよ」
「ああ、おはよ」
「お、おはようございます……」
カイトの挨拶に、ソラが片手を挙げる。そうして、彼はカイトに問い掛けた。
「二人並んで何やってんだ? 稽古ってわけでもなさそうだし……」
「その稽古だ稽古」
正座して目を閉じたカイトは、ソラの問い掛けに身じろぎせずに答える。
「稽古? 二人並んで正座が? てーか、暦ちゃん、足痺れてね?」」
「……」
「あっははは。言ってやるな」
顔を真っ赤にした暦の横で、カイトは笑う。まぁ、ソラの言う通り、今カイトと暦がしているのは単なる正座だ。目を閉じてもいない。
「ってか、悪い。それなら邪魔だよな」
「いや、構わん。それどころか、こうやって話しかけられるのも訓練の内だ」
「どういうことだ?」
相も変わらず目を閉じて正座をしたままのカイトに、ソラが首をかしげる。
「戦場で如何にして平静を保ち、如何にして乱れた精神を平静に戻すのか。それの訓練だ。戦場で目を閉じる事なんて滅多にないし、出来ないだろ? だから、目は開いてしっかりと外も見るのさ」
「だから、ここでやってるわけか」
「そういうこと」
己の言葉に納得したソラの返答に、カイトははっきりと頷いた。この精神鍛錬は武蔵の流派ではなく、神陰流の物だ。なのでこの訓練を行うのはカイトだけと言ってよかったのだが、ついでなので暦にもやらせていたのであった。
「そういや、昨日は聞き忘れたけど、その目。どうしたんだ?」
「ああ、これか。ちょっとやっちまってな。別に潰れてるわけじゃないし、見えてないわけでもない。魔眼がちょっと暴走させられたってだけだ」
「魔眼……そういや、お前前に魔眼云々って言ってたっけ」
ソラはかなり昔になってしまった中津国での記憶を思い出す。あの時、確か彼は魔眼を使っていたはずだった。
「ああ、そんな所でな……通信機については、聞いたか?」
「ああ、聞いた。納得した」
「あははは。まぁ、そういうわけだから、帰ったら一度天桜に向かえ。向こうも予定は整えられる様にしてくれている」
「おう、サンキュ」
カイトの指示に、ソラは一つ頷いてその場から背を向ける。偶然出た所でカイトを見かけたので話しかけたが、他にもまだ見たい所はあった。というわけで、彼は更に動く事にする。そうして暫く冒険部の中を歩き回って馴染みの者達と再会し、帰還の実感を得ると彼は冒険部の統括する一角を離れ、反乱者達が居るエリアへと足を向ける。
と、そうしてその境目で出入りを監視している兵士達の所にたどり着いて、そこでソラは再び馴染みの者を見付ける事となる。
「ん? アルか」
「ん? あ、ソラか」
「もう慣れたよ……で、アル。なんでお前こっちに?」
「僕は仕事だよ。一応、今回はマクダウェル公爵軍として来てるからね」
「あ、そうなのか」
昨日は殆ど話さず仕舞いだったわけで、ソラはここでアルが軍人として来ていた事を初めて知ったようだ。なお、そういうわけなのでアルもアルで成長したソラの姿を見るのはほぼ初めてと言って過言ではない。一瞬驚いた様子を見せていた。
「一応、俺もコッチ側なんだけど……入って大丈夫か?」
「うん、君は許可が出てるからね。確か……トリンって人だったっけ? 彼に用事?」
「おう。とりあえず、様子見てこようかなって」
とりあえず、脱出して一晩経過したのだ。トリンの様子を見に行こう、と思っていた。そうして、ソラはアルの許可を得て冒険部の敷地を越えて、反乱者達が居るエリアへと足を伸ばす。
「えっと、確か……」
反乱者達が居るエリアに入ったソラは、とりあえずアルに教えられた通りに歩く事にする。なお、ミニエーラ公国軍から奪取した武器であるが、これについてはすでにアル達によって没収されている。下手に暴れられても対処が困難だからだ。
これらについては後々ミニエーラ公国から両国に使者が来た際には返還される事になっており、それに合わせて冒険者達には彼らから収奪した装備一式も返される予定になっていた。というわけで、非武装地帯にも近い所をソラは歩いていき、中央付近にたどり着いた。
「ん? おぉ、ソラ。お前さんか」
「あ、コンラートさん。おはよっす」
「おう」
中央にたどり着いて早々に出会ったのは、コンラートだ。やはり彼も元冒険者ということで、朝から少しの鍛錬をしている様子だった。
「トリンか? それともグスタヴか?」
「トリンっすね。とりあえず会いに」
「あいつなら、あっちのテントだ」
「すんません。グスタヴさんは?」
「あいつは……そういや、朝から見てねぇな」
ソラの問い掛けを受けたコンラートはそういえば、と小首を傾げる。なお、この後であるが、かなり先までソラはグスタヴと再会する事はない。
というのも、やはりグスタヴはソラ達を裏切った。それそのものはブロンザイトの死後だったのだが、それが負い目となり、顔を合わせられない、と距離を取っていたのだ。なのでこの時は一人、異空間に密かに戻ってブロンザイトの墓に向かっており、会えなかったのである。
「あー……まぁ、見かけたら顔見せる様に言っといてやるよ」
「すんません。とりあえず俺はトリンの所行ってきます」
「ああ」
兎にも角にもまずはトリンに会いに来たのだ。なのでコンラートに教えられた通りに歩いていくソラに、コンラートは朝の鍛錬に戻りながら頷いた。と、そんなソラの方を見る事もなく、コンラートが小さく呟いた。
「すまねぇな、ソラ。少しだけ、あいつにも時間くれてやってくれや」
実のところ、コンラートはグスタヴが再起を決めた自分達を裏切っていた事に気付いていた。トリンが観察眼により気付いたのなら、彼は付き合いの長さで勘付いていたのである。
元々同じギルドの所属で、兄貴分でもあった。彼の弱さに気づかないはずがなかった。が、兄貴分だからこそ、まだ若い彼が自分に踏ん切りが付けられるまで、見守る事にしたのである。と、そんな彼の呟きなぞ露知らず、ソラはテントへと入る。そこには、骨壷に手を合わせるトリンの姿があった。
「トリン……っと、悪い」
「あぁ、ソラ。おはよう」
「おう、おはよ……俺も横、良いか?」
「もちろんだよ」
元々、トリンの所に来る予定もブロンザイトの骨壷に手を合わせるつもりだったからだった。なのでソラはトリンと並んで、まずはブロンザイトの遺骨に手を合わせる。そうして、暫くの後。トリンが肩の力を抜いた所で、ソラも力を抜いた。
「トリン。そういや、お前これからどうするんだ?」
「とりあえず、お爺ちゃんのお葬式しないと。で、昨日カイトさんが来たんだけど……どうやら、お爺ちゃん万が一に備えて、そこらの手配もしてたらしいね」
「あ、相変わらずお師匠さんは……」
相変わらずの抜け目なさだ。ソラはトリンから教えられた言葉に、思わず苦笑する。
「あはは……だから、ひとまず僕はそっちかな」
「俺も行って大丈夫か?」
「うん。君も、最後の弟子だからね」
ソラの申し出に、トリンも快諾する。そうして、彼はその場所を語ってくれた。
「エンテシア皇国のある場所に、昔お爺ちゃんが愛した人のお墓があるんだって。そこに、埋めてくれって」
「皇国に?」
「あはは。びっくりしたよね。僕も、初めて聞いたよ」
目を丸くしたソラに、トリンは少し寂しげに笑う。彼も初耳だったらしい。
「本当に、僕お爺ちゃんの事何も知らなかったんだなぁ……」
「俺も、知らなかった……」
結局、ブロンザイトは自分の過去を殆ど語らぬままにこの世を去った。それに二人は只々改めて彼が去った事を実感する。と、そうして少ししんみりとした雰囲気が流れたが、トリンが一つ首を振って気を取り直した。
「まぁ、そういうわけだから、とりあえず君と一緒に皇国に戻るよ」
「そか……」
とりあえずは、何をするにしても二人はブロンザイトの埋葬を終わらせない事には前に進めない。なにより、幸いにしてブロンザイトが埋葬される墓は帰路の途中にあるという。そこまでは一緒だった。と、その話が終わった所で、ソラは意を決して口を開く。
「なぁ、トリン」
「ねぇ、ソラ」
奇しくも、口を開いたのは同時だった。それに、二人は思わず苦笑する。そうして僅かに視線でやり取りした後、先に口を開く事になったのはトリンだった。
「お爺ちゃんの葬儀が終わった後……僕も冒険部に加わる事、出来るかな?」
「へ?」
告げられた言葉に、ソラが目を丸くする。彼がここに来たもう一つの理由は、それだった。もし行く宛がないのなら、俺の補佐を頼めないか。そう頼むつもりで、ここに来たのである。
「あはは……やっぱり」
「わ、わかってたのか?」
「一年も毎日いっしょだったんだよ? 君の性格ぐらい、お見通しさ」
目を丸くしたソラに、トリンが笑いながらそう告げる。洞察力なら、ソラを大きく上回るトリンだ。地球なら四年の月日を共に過ごした。これぐらいわからないはずがなかった。
「大方、今回の一件でお前に到底及ばないってわかった……って所でしょ?」
「……」
自身の内面を完璧なまでに言い当てられ、ソラは只々無言でうなずくしか出来なかった。今のこれとよい、先の脱出計画と良い。ソラは心底トリンには知性で勝てないと思い知らされた。ならダメ元でも聞いてみよう、と思ったのである。
「……とりあえず、行く宛はないし……今はどこかに士官したいとも思わないしね。なら、一度どこかでしっかり腰を落ち着けて次の身の振り方を考えようって。その間、君の補佐ぐらいはしてあげるよ」
「……ありがとう。そしてこれからも頼む」
笑って自身の申し出を快諾してくれたトリンに、ソラは頭を下げて握手を交わす。そうしてこの件についてはソラがカイトに申し出る事にして、とりあえずは出立の用意をする必要があるのでトリンは残り、ソラはカイトの所へ向かう事となる。そうして外に出た所で、再びコンラートを見かけたので彼とも話をする事にした。
「そうか……あいつはお前と行くのか」
「うっす……とりあえず、お師匠さんの墓に遺骨入れないといけないっすからね」
「そうかぁ……俺も行ければ行きたいんだがなぁ……」
ソラから聞いた今後の彼らの予定に、コンラートが苦い顔でため息を吐いた。そうして、彼は自分達の今後を語ってくれた。
「実はさっき、ウチのギルドホームと連絡が取れてな。今回の一件聞いて、大急ぎで戻ってきてくれって話なんだよ」
「あー……大揉めしてそうっすもんねー」
「大揉めどころの騒ぎじゃねぇらしい。朝一番にユニオン経由で噂が出回って、ミニエーラ支部にゃ八大が依頼した監査が来るって話だ。下手すりゃ、ユニオンマスターが動くレベルの大事にも発展しかねんらしくてな。情報が急ぎ欲しいらしい」
当然といえば、当然だろう。今回の情報の隠蔽にはミニエーラ公国公都ミニエーラ支部も関わっていた。その情報をレヴィを介してカイトから受け取ったバルフレアが、カイト達の介入に合わせて即座に動いたのである。
そしてそこからこの一件はユニオンに所属するギルドの知る所となり、コンラートの所属するギルドも把握するに至ったそうだ。詳しい情報が欲しいので、なるべく早く帰還しろ、との命令があったのであった。
「こりゃ、下手したらミニエーラ公王が辞任するかもしれん」
「そこまで、っすか……」
「わからんが……可能性は無いじゃあない。流石に、そうなってくるとウチとしても座視は出来ないらしくてな。一応、ミニエーラに拠点を置いてるウチにも監査が来る可能性が高いって話だ」
「そりゃ……しょうがないっすね……」
「あぁ……悪いが、ソラ。そういうわけなんで、墓参りは後で行く。お前さんも落ち着いた頃で良いんで、俺の方に連絡くれねぇか?」
コンラートはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出した。そこには彼の名前と、所属しているギルドの名前。基本拠点としている宿の名が書かれていた。
「基本は、ギルドに連絡入れてくれりゃ届くはずだ。もし届かなかったら、そっちの宿に頼む。俺の妹の旦那がやってる宿でな。そっちなら、定期的に顔を見せるから俺に届く」
「うっす。わかりました」
コンラートから渡された紙をソラはしっかりと懐にしまい込む。そうして更に少し話をして、彼は改めてカイトの所へと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1664話『受け継がれし遺志』




