第1662話 受け継がれし遺志 ――終わって――
ソラがミニエーラ公国の強制労働施設に囚われた事件。それはカイトが裏から手を回してエンテシア皇国とルクセリオン教国の両国を動かした事で、ミニエーラ公王が遂に降伏を宣言する。そうしてそれに合わせて、強制労働施設近郊での戦いも終わりを迎える事となった。
「兵士達が……引いていく……?」
「助かった……のか……?」
命令を受けて引いていく強制労働施設の兵士達に、反乱者達が困惑気味に戦いの手を止める。彼らの目的は脱走であって、兵士達の討伐ではない。それ故、兵士達が引いた時点で戦いの手を止めるのは普通で、追撃をしようとは思わなかった。
「あんたらが誰かは知らないが、ありがとよ!」
「助かった! お前らは命の恩人だ!」
何が起きたかはわからないものの、兎にも角にも助かった。それを理解した反乱者達は歓声を上げながら、冒険部に対して惜しみない感謝を述べる。と、そんな所に、高速艇がやって来た。
「飛空艇……?」
「あれは……ヴァイスリッター家の紋章? 『白騎士団』だ! おーい! おーい! ここだ! ここに居るぞー!」
どうやら、教国の騎士の生き残りがこの飛空艇の所属がどこかわかったらしい。彼が声を張り上げ、大きく手を振った。そうしてそれを見て飛空艇が緩やかに速度を落とし、冒険部の陣地の側に着地した。
「……私はルクセリオン教国はヴァイスリッター家当主、ルードヴィッヒ・ヴァイスリッター! ギュンター・ヴュスト、もしくは彼が率いていた隊の騎士は居るか! 居たら答えてくれ!」
「ヴァイスリッター卿! 私だ! 通してくれ! ここだ!」
「その声は……ヴュスト卿! ご無事であったか!」
飛空艇から現れたルードヴィッヒに対して、反乱者達の中から一人の壮年の男性が進み出て声を上げる。それに、ルードヴィッヒもまた気が付いてそちらに駆け寄った。と、そこでギュンターなる男が思わず足をもつれさせた。
「っと……とと。ははは……すまないな。些か久方ぶりの戦闘で身体がついて行ってないようだ」
「ギュンター殿……」
よろけたギュンターを支えたルードヴィッヒが、悲しげに顔を顰める。一応は五体満足であったが、後のルードヴィッヒ曰く、かつてが見る影もないほどにやせ細っていたとの事であった。更には髭はぼうぼう、髪も伸び放題だ。どれだけ劣悪な環境だったのか、とそれだけで察せられる様子であった。
「ギュンター殿……お一人か?」
「いや……同じ棟に居た者はなんとか私と共に脱出している。といっても、この乱戦で少しはぐれてしまったが……あいつらのことだ。無事の筈だ。だが、別の棟に入れられた他の者について詳しくは……」
「……」
悲しげに俯いたギュンターに、ルードヴィッヒもまた悲しげに俯いた。と、そんな所にルーファウスとアルの二人が舞い降りて、跪いた。
「「団長」」
「ああ、二人か……ギュンター殿。私の子、ルーファウスは覚えておいでか?」
「ああ……あぁ……?」
「あはは……片方はエンテシア皇国のアルフォンスだ。此度、少々の故あって教国と皇国が足並みを揃えている」
同じ顔が二つあった事に目を丸くしたギュンターに、ルードヴィッヒが笑いながら事情を説明する。そうして手短な説明が為された後、彼がルーファウスに問い掛けた。
「ルー。それで、どうした?」
「はっ……ミニエーラ公国の艦隊が引きましたので、アルフォンス卿と共に急ぎ報せに」
「そうか……艦隊はどれほどで到着する?」
「二十分後には」
ルードヴィッヒの問い掛けに対して、ルーファウスが現状を報告する。実はルードヴィッヒは側近の数人と共に高速艇でこちらへと先行していたのだ。艦隊の総指揮はマクダウェル家より差し向けられたエルロードが担っており、ルードヴィッヒは彼に指揮を任せると旧知となる騎士の救援にやって来たのである。
無論、単に旧知の騎士の救援という私事を優先したのではなく、彼を中心として反乱者達を取りまとめる為だ。彼らは重要な証人だ。早急な確保が求められた。
「わかった……二人共。ティルラ達と共に、脱出してきた者達をまとめてくれ。追って、ミニエーラ公国との間で彼らの処遇も固まる。ひとまずは、この場に待機してもらえ」
「「はっ!」」
ルードヴィッヒの指示に、アルとルーファウスが敬礼で応ずる。流石にこの場で二人も競い合ったり、いがみ合ったりはしないようだ。場は弁えていた。と、そんな風に新たに脱出した者達の為の場所が整えられ始めた所で、ルーファウスに案内されたカイトとソラが現れた。
「団長。カイト殿がこちらへ」
「おぉ、君が。はじめまして。ルーファウスの父で、ルードヴィッヒ・ヴァイスリッターという。子供達が世話になっているな」
ルーファウスの報告を受けたルードヴィッヒが破顔して、カイトへと手を差し出した。それに、カイトも頭を下げて応ずる。
「いえ、こちらこそ二人には世話になっています」
「いや、君の事はルーから聞いている。アリスの調練に、こいつへの指南など……他にもこいつは休むのが下手でなぁ……何かと休暇を与えてくれて助かったよ」
「あはは」
「ちょっ、父さん」
やれやれ、と少し冗談めかして笑うルードヴィッヒに、ルーファウスが恥ずかしげに慌てて制止する。そうして少しの社交辞令の後、カイトは改めて頭を下げた。
「この度は教国よりのご助力、感謝致します。ありがとうございました。この通り、サブマスターの救助に成功しました」
「君が……よく、頑張ったな」
「はじめまして。ソラ・天城です。この度はありがとうございます」
カイトよりソラの紹介を受けたルードヴィッヒが頷いたのを見て、ソラが深く頭を下げる。それに、ルードヴィッヒは首を振った。
「いや、君も災難だったな。話はあそこに居るギュンター殿より聞いた。君とトリンなる人物が反乱を主導した、という事だったな。こちらこそ、感謝する。君達のおかげで、我々も同胞を救出する事が出来た」
「あ……ありがとうございます」
ソラはルードヴィッヒより求められた握手に応ずる。今回、ルクセリオン教国が動いた理由はギュンターら冷戦中に起きた戦闘で捕らえられた騎士達の内、死亡と偽装されてこの強制労働施設に送られた者達の救出だ。そこで遊撃隊である『白騎士団』が調査の為に動いたのである。
といっても、もちろんこれは公的には、だ。元々教国と皇国は足並みを揃えていた。故に暴動発生というカイトの報告を受けた時点で、教国の西端に待機していた艦隊が出動した、というわけであった。
そしてこの艦隊には冒険部もまた共に参加しており、彼らが先遣隊として密かに入国し、カイトが指示した場所に陣地を築いていたのであった。人の往来の少ない国境沿いの人里離れた場所である事を利用したのである。もちろん、それだけでなくティナが隠蔽の結界を施して見付からない様にもしていた。
「君も脱出で疲れているだろう。迎えが来るまで、少しある。その間はゆっくりと休んでおきなさい」
「はい……ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
ルードヴィッヒよりの促しに、ソラが再度頭を下げる。そうして、ソラがその場を後にした。それを見送りながら、彼はカイトへと口を開いた。
「……良い青年だ。君は人を見る目も優れているな」
「いえ……彼がこうなる事を予想出来たわけではありません。元々、あいつとは友人でして。単にお互いに学内でも有数の魔力保有量でしたので、ギルドの立ち上げに際して入ってもらっただけです。ああなれたのは、間違いなくあいつの努力の賜物でしょう」
ルードヴィッヒの称賛に対して、カイトは一つ首を振ってソラの努力の結果として讃えておく。と、そんな事を話していると、南西から飛空艇の艦隊がやって来た。
「そうか……ん? あれは……本隊が来たか。カイトくん、この場は君に任せる。君が一番わかっているだろう。私の側近も数人残していく。使ってくれ」
「ありがとうございます」
「ああ……ルー。私はギュンター殿とその部下の騎士達の生存を本国に伝えねばならん。一度本隊に戻るが、お前はしっかりカイトくんの手腕を学びなさい」
「はい」
本隊が来た事でそちらの指揮やらギュンターの生存やらを報告せねばならないらしいルードヴィッヒは、ルーファウスにカイトの手伝いと共にその手腕を学ぶ様に指示を出すと、側近らに手当てされていたギュンターと共に艦隊へと連絡を取り始める。そうして、各々が各々の形で動き始めるのだった。
さて、カイトが反乱者達の統率を取り始めていた頃。ソラはというと、由利とナナミに無理を言って一人トリンと合流していた。
流石に脱出してすぐだし、そもそも彼を助け出すのが冒険部の目的だ。今回、彼は統率関連については完全に免除されていた。そしてそれに合わせて、カイトの配慮によりソラも免除されていた。
「ふぅ……終わったな」
「うん……終わったね」
ソラの言葉に、トリンもまた頷いた。二人共、失った物はあまりに大きい。が、それでもなんとか生還する事が出来た。
「「……」」
暫く、二人は沈黙する。そうして先に口を開いたのは、トリンだった。
「……彼女さんの所、行かないの?」
「いや……行くよ。でもま、先にお前ととりあえず脱出出来た事でも実感するかなって」
「……嘘だね」
「あはは……まな。相棒みたいなもんだろ? 少しぐらい話聞いてやっか、ってな」
苦笑したトリンに、ソラが笑いながらそう告げる。流石にもう一年近くも共に行動し続けたのだ。相棒と言っても過言ではないだけの関係が築けていたとソラは考えていた。そしてそれはトリンもまた、一緒だった。
「……多分、だけどさ。お爺ちゃん……ここに来るつもりだったんだと思う」
「そういや……カイトも可能性の一つとしては考慮していた、って言ってたな」
「あはは……カイトさんには、全部明かしてただろうね」
カイトの話を思い出していたソラに、トリンは笑う。ここまで全てが手はず通りに動いたのだ。そうでないわけがなかった。
「僕、さ……ここの事、知らなかったんだ」
「……そういや、そんな感じだったな。でもだから、なんだよ」
「……お爺ちゃん……多分、不治の病だったと思う」
「……え?」
唐突に語られた言葉に、ソラが思わず言葉を失う。それに、トリンが語った。
「……詳しい事は僕もわからない。まだ確証を得たわけじゃない。でも多分……病だった事は事実だと思う。それで、ここに来た」
「なんでだよ」
「時間が欲しかったんだ」
「時間?」
トリンの言葉に、ソラは首を傾げる。それにトリンは一つ頷いた。
「うん……多分、お爺ちゃんに残された時間は少なかった。僕に最後まで教えを授けられるほどには無かった。君に十分に教えられるほどにも……今思えば、不思議だったんだ。お爺ちゃんが二ヶ月だけ引き受ける、っていうのも。なんだっけ……大昔カイトさんから教えられたって言葉。少年老い易く……えっと……」
「少年老い易く学成り難し……か?」
「そう、それだよ」
我が意を得たり。そんな様子で、僅かに痛みを堪えた笑いを浮かべるトリンが頷いた。ブロンザイトが何度か自身に言っていた事を、ソラは忘れていなかった。
師の言葉を何度も反芻して、そして渡した教材を読み直して自分の物にしろ。そう言っていたのだ。その際に、彼がカイトから日本のことわざとして聞いていた言葉として、紹介されていたのである。
「勿論、色々と考えていた筈だから、あくまでも可能性だったはずだよ……でも、真っ当な方法だと時間は足りなかったんだと思う。僕に全部を教える為には。そして君に十分に教える為には……だから、時間が欲しかったんだ。あそこなら、病の進行をある程度遅らせられるかもしれない……対価を支払って、だけどね」
全てが終わって、堪えていた物が溢れ出したのだろう。トリンは涙を流しながら、ブロンザイトの思惑をそう推測する。彼の支払っただろう対価。それは考えるまでもなく、不治の病による壮絶な苦痛だ。それを覚悟してさえ、弟子に向けて教えを遺そうとしてくれていたのである。そんな事を理解して、ソラもまた無言だった。
「……」
ソラは涙を流すトリンを見ながら、おそらくこの推測は正しかったのだろうと理解する。無論、だからといってブロンザイトに対する敬意が僅かも霞むわけではない。
トリンに教えを授けると同じ熱量で自分も教えを受けられた。その確信が、彼にはあった。単に自分に全てを授けるには時間が足りなかっただけ。それに、過ぎなかったのだ。そうして、ただトリンが涙を流すだけの時間が暫く流れる。そして、しばらく。恥ずかしげにトリンが顔を拭う。
「……ありがとう。少し、楽になったかな」
「いや……良いさ。同門だろ?」
「相棒じゃないっけ?」
ソラの問い掛けに、トリンが揚げ足を取る。どうやら一頻り泣いて、楽になったらしい。後に彼が言うには、全部が終わるまでは賢者の弟子として動くと決めて、孫としての涙はあの場限りで流さない様に決めたそうだ。
「あはは……どっちでも良いさ」
「あはは……さ、君は行きなよ。コンラートさん達については、僕が見てくるからさ。君は、君が心配させた人達に会いに行かないと」
「そうだな……じゃ、まぁ……また明日」
「うん、また明日。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
ソラはトリンの言葉に一つ頷いて、同じ様に言葉を返す。そうして、ソラは無理を言って時間を作ってくれた由利とナナミの所へと戻っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1663話『受け継がれし遺志』




