第1660話 受け継がれし意志 ――弔い――
賢者ブロンザイトの死に対するけじめをつけるべく、カイトと共に再度強制労働施設のある異空間に乗り込んでいたソラ。そうして異空間に乗り込んだ二人は、異空間の中の時間を狂わせ態勢を整えたミニエーラ公国軍と遭遇する。これについてはアル・アジフ、ナコトの二冊の魔導書により、全てが昏倒する事となっていた。
「うっへー……全滅かよ……」
「殺しちゃいないさ。ただおねんねしてるってだけだ」
「意外と優しいのな」
「さて、な」
ソラの言葉に、カイトは意味深な笑みを浮かべる。ここでソラがもしクトゥルフ神話に詳しければ、アル・アジフとナコト写本の名を聞いた時点でこの夢を聞いた時点で一癖も二癖もある事を理解しただろう。確かに見た感じは寝ているだけに思えるが、実際には悪夢の中に捕らえられているという感じだった。
「『夢の国』は楽しいぜ? 大いに、楽しんできてくれ」
「……」
これは何かやりやがったな。カイトのつぶやきに、ソラがそれを察した。が、同情はしない。なにせこの兵士達には色々と世話になったのだ。同情なぞ出来るわけがなかった。というわけで、二人は昏倒した兵士達を残して、更に先へと進む事にする。そんな所に、ホタルが舞い降りた。
「マスター」
「ホタルか」
「ご命令の情報を入手しておきました」
「上出来だ」
カイトは一葉を通して下していた指令に従って入手しておいたホタルに一つ頷いて、プリントアウトされた書類を受け取った。そうして、彼はそれをソラへと投げ渡す。
「こいつらだな?」
「……ああ」
「最新の情報では尋問官の方は中央建屋地下の尋問室、副官の方は同最上階の鉱山長室に居る模様」
神妙な面持ちで頷いたソラに、ホタルが更に続けて現状を報告する。
「ふむ……正反対の所か。ソラ、時間を考えればどちらもとは無理だろう。片方はオレが始末する。どちらを、始末する?」
「上、行ってくる。ついでだ。ここのクソ共まとめて潰してくる」
「そうか……最初に、言っておいてやる。殺すのは好きにしろ。が、一人は生かせ。どいつでも良い」
「……あいよ」
カイトの指示に、ソラが一つ頷いた。そうしてホタルが再び周辺の哨戒に戻ると共に、二人は再び歩き出す。が、大した妨害もなく、中央の建屋へとたどり着いた。どうやら、殆ど兵士も残っていないらしい。人気は殆ど感じられなかった。
「良し……ソラ。どうやって上に行けば良いか、わかってるか?」
「いや……下は何度か行ったけど、上は無いな」
当然といえば当然だろう。下にあるのは尋問室で、囚人であった彼が行くとすればそちらだ。逆に最も厳重に警戒されるだろう上の階層には行けるとは思えなかった。
「ほらよ。ここの見取り図だ」
「っと……こんなのあるのか」
「攻め入るのなら、これぐらいは用意しておく。オレは頭に叩き込んでる。持っていけ」
「当然、か」
ソラはブロンザイトから教えられた通りに動いていたカイトに、疑問は無かった。と、そんな二人に声が掛けられた。
「おい」
「っ!?」
「うおぁあ! ソラ! 俺だよ、俺! ラフィタだよ!」
物陰から唐突に掛けられた声に咄嗟に切っ先を向けたソラに対して、影に隠れていた人物が姿を現す。
「ラフィタ?」
「ああ……っと! 待った待った!」
見慣れた兵士の姿に警戒感を露わにしたソラに対して、ラフィタは両手を挙げて不戦を明らかにする。そんな彼は両手を挙げながら、カイトを見てソラへと問いかける。
「えっと……そっちの眼帯がお前のギルドのギルドマスターか?」
「ああ……」
「そうか……話は聞いてるよ。約束通り、きちんと鍵は手に入れておいた」
ラフィタはソラの頷きを見て、懐から何かの鍵を取り出した。それに対して、カイトはヴィクトル商会が出している発煙筒を少し改良した物を彼へと投げ渡す。
「そうか。なら、これを持っていけ。外に出てこれを使えば、後は工作員が回収してくれる」
「信じるよ」
「? どういうわけだ?」
何か通じ合ったらしい二人の様子に、ソラが首を傾げる。これに、カイトが手早く教えてくれた。
「一々時間が狂わせられても面倒だ。ここにある時間を狂わせている装置を先に押さえる。その後、けじめだ。優先」
「順位を間違えるな、だろ? それぐらい、お師匠さんに叩き込まれてるよ」
「そうか……これはその部屋の鍵だ」
カイトはラフィタから差し出された鍵をソラへと見せる。時間制御装置の存在はカイトとしても厄介と捉えており、先にそちらを確保してしまおう、という判断だった。そのための工作員もすでにこの強制労働施設に入り込んでおり、後は実際にカイトが制圧するだけだった。
「……それをどうしてお前が?」
「……ライサが国軍のクソどもに襲われたんだよ。まぁ、俺も国軍のクソだがな……とはいえ、それで俺も見限る事にした。お前の鎧だって、確保しておいたのは俺なんだぜ?」
「そうだったのか……」
事件が起きてから妙に翔の合流が早かったのを疑問に思っていたソラであったが、どうやらそれ以前から動いていたというわけなのだろう。実際の所としては翔が入り込んだのはアビエルが外に出ると時同じくしてで、そこから内通者となっていたラフィタが中央建屋の警戒が緩んでいるのに乗じてソラの装備の入った円筒を確保。翔に手渡した、というわけであった。
「ま、そういうわけで……何か入り用だったら、持ってくか? 品質は保証するぜ?」
「ここでも商売する気かよ……」
「安心しろ、今回はロハだ。どうせここの物資だしな。好きなだけ持っていけ」
どさり、と何時ものカバンを置いたラフィタは、呆れ返るソラに笑いながらそう告げる。それに、ソラはとりあえず必要な物を口にした。
「回復薬。5個」
「あいよ。まいどあり」
ソラの言葉に、ラフィタがカバンから小瓶を五つ取り出して手渡した。戦闘があるとは思えないが、回復薬は用意しておいてそんはない。持っておこうと思ったのだろう。
「じゃあ、俺はこっから脱出する」
「それ、どうするんだ?」
「退職金代わりに貰ってこうかな、ってな……じゃ、今度はライサも一緒に、また会おうぜ」
「お前らしいな……気を付けてな」
「お前よりは楽だよ」
少しだけ呆れたような様子を見せるソラの言葉に、ラフィタはカバンを小袋に入れて密かにその場を後にする。今は兵士の格好だ。基本的にカイト陣営でこの異空間に入っているのは、ラフィタが内通者と知る者のみだ。
更には後に聞けば、脱出地点に平服も用意しているらしい。外に出る直前に服を着替えて、反乱者や冒険部の人員に攻撃されない様には気を付けているらしい。
「あいつ……たっくましいなー」
「さてな……さて、行くか」
「おう」
相変わらず商魂たくましい様子を見せたラフィタを笑って見送ったソラは、カイトの指示を受けて再び進み始める。そうして、暫く。二人は再び兵士達の集団に遭遇する。といっても、さほど多くはない。
「っ……」
やはり兵士達もここまで攻め込まれている時点で、自分達の絶対的不利を悟っているらしい。剣を抜いてカイトとソラに向かい合いながらも、額からは冷や汗が流れていた。
「……」
「……」
兵士達が視線で会話して、どう戦うかを話し合う。そうして僅かな間が流れ、敵が一斉に襲いかかろうとした瞬間、カイトが先に動いた。
「……へ?」
一斉にどさりと倒れ伏した兵士達に、これからいざ戦闘と身構えたソラが目を丸くする。
「神陰流の<<転>>だ。攻撃に入ろうとして呼吸を合わせた瞬間こそ、一番叩き込みやすいんでな」
「俺、来た意味なくね……?」
「そういうな。もし作業中に来たら、防いでもらう必要がある」
「その必要もねーだろ……」
あまりに圧倒的と言うしかないカイトの戦闘力に、ソラは肩を落とす。そんな二人は更に先に進んで、鍵を開けて、中に入る。
「なんだ、これ?」
「時間制御装置。ミニエーラ公国の研究者達はそう名付けていた装置だ。ここの異空間の時間を操作していた大本、というわけだ」
部屋の中に入った二人が見たのは、天桜学園に設置された通信機を一回りほど大きくして、中心に円筒を設置した様な奇妙な装置だ。中央の円筒の中には10センチほどの何かが浮かんでおり、それが光を放っていた。
「これは……マジか。ある可能性は話してたんだが……まさか、本当にあるとはな」
「なんだよ、これ」
「あ、あぁ……いや、悪い。実は皇国の機密事項に関わっている物でな。詳しい事は言えないんだが……非常に希少性の高い物質だ。まさか、ウチより前にこれを手に入れてるとはな……」
カイトは装置中心に浮かぶ『時空石』を見ながら、僅かにため息を吐いた。が、彼は気を取り直すと、即座に装置の停止に取り掛かる。
「えっと……ここを、こう……かな」
基本的にこれは旧文明の発明品だ。なので基本的な操作は旧文明の魔道具と一緒だ。なのでカイトはコンソールの表示を頼みに装置を操作する。
「……あ、止まった」
「ああ、今電源を落としたからな……こちらカイト」
『なんじゃ?』
「やはり、『時空石』だ。装置を停止させた」
『わかった。即座に向かわせる』
カイトよりの報告を受けて、ティナが即座に手配を開始する、これについては、ミニエーラ公国が悪用していた事もあって、大陸会議の預かりとなる見込みが高い。なので奪取されない様に即座に確保するべきだった。
「ティナちゃんか?」
「ああ」
「そういや、お前と言えばユリィちゃんは?」
「あいつなら、ちょっと所要で一旦ティナと合流してもらってる」
ソラの疑問に答えながら、カイトは時間制御装置に封印を施していく。そうしてそれが終わった頃に、ストラとステラの兄妹が現れた。
「来たか。これはお前達に任せる。厳重に管理しろ。これについてはおそらく、大陸会議での管理となる。下手に動かせば皇国が攻められる事にもなる。壊されない様に厳重に注意しろ」
「かしこまりました」
カイトは二人――とその手勢――にこの場を預けると、その返答に一つ頷いて部屋を後にする事にする。これで、今回の一件における全ての公的な出来事は終わりだ、後は、私事を終わらせるだけであった。
「さて……ソラ。待たせたな」
「おかげで、地図を覚える時間になった」
「あはは……じゃあ、上は任せる」
「おう」
ソラはカイトの言葉に頷くと、そこで彼と別れて一人上層階を目指す事になる。そうして人気が殆ど無くなった中央建屋を歩いていき、本来ならヒューイが控えているべき鉱山長室にたどり着いた。
「なーんか、前も扉蹴破ってたな……」
扉の前で、ソラは一つ苦笑する。その脳裏には、この旅路の事が走馬灯のように駆け巡っていた。そうして、そんな彼は一つ気合を入れて気を取り直し、思いっきり扉を蹴破った。
「らぁ!?」
「っ!」
「はっ! この程度で殺れるって思ってんじゃねぇよ!」
扉を蹴破るなり放たれたアビエルの側近の一人の攻撃に、ソラは軽く神剣を振るって防御。そのまま一気に盾の先端を押し当てて、一気に吹き飛ばした。彼お得意の<<杭盾>>だ。
「お前は……アマシロ!」
「戻ってきたのか!」
「おう……けじめ、付けにきたぜ」
アビエルの側近達の言葉に、ソラがかつてブロンザイトを連れ去った兵士を睨みつける。
「本当なら、アルドのクソ野郎をぶちのめしたい所なんだが……それより、お前ら全員をぶちのめすのがお師匠さんも喜ぶと思ってな」
今回の一件は、ソラにとってブロンザイトへの弔いだ。それ故に彼は必死で考えて、直接的にブロンザイトを拷問したアルドを倒すより、ここの側近達を軒並み捕らえる方がよほど弔いになると思ったのである。
怒りに任せて敵を倒すのではなく、教えられた通りにしっかりと考えて戦略的な勝利を得る。それこそが、何よりも自分が彼に出来る弔いだと思ったのであった。
「来いよ……一人ひとり、かんっぺきにぶちのめしてやる」
ソラは自らの奥底から湧き出る怒りを糧にして、魔力を漲らせる。そうして、彼は全員に死なないでも当分は再起不能になる程度の攻撃を叩き込んで痛めつけ、誰一人として殺す事なく捕縛する事を以ってブロンザイトへの弔いとするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1661話『受け継がれし遺志』




