第1659話 受け継がれし意志 ――再び異空間へ――
遂に強制労働施設からの脱出を果たし、冒険部一同との合流を果たしたソラ。彼は一度冒険部が設営した陣形にたどり着き由利とナナミの二人と再会を果たすと、その後は最後のけじめを付けるべく、カイトと共に再度異空間へと進んでいた。
「そういや、カイト」
「なんだ?」
「どうやってバレずに冒険部の陣地設営したんだよ」
どうやら追撃はひとまず、収まったらしい。洞窟を歩くソラは、同じく洞窟を歩くカイトへと問い掛ける。その彼の疑問は尤もだ。当然であるが、冒険部の人員はかなり多い。
それが大規模に入国して強制労働施設の側に陣地を設営していれば気付かれない道理がない。にもかかわらず、ミニエーラ公国軍はカイト達の動きに勘付いている様子はなかった。
「あぁ、それか。ここらは、ブロンザイト殿が提案なさった策をオレ達が改良した」
「お師匠さんの策を?」
「ああ……ま、ここらはオレ達と隠者の差でな」
洞窟に向けて無数の武器を射出したカイトは、首を傾げるソラに一つ頷く。と、そこでソラがふと、疑問を得た。
「そういや……お師匠さんの策って言ったよな? どうやって連絡を取り合ってたんだ?」
「それか……実のところ、ここで捕まる可能性をブロンザイト殿も考慮されていた」
「どういう……事だ?」
カイトから語られるブロンザイトの真意に、ソラは余計に理解ができなくなる。が、それも仕方がない。
「そうだな……ブロンザイトは実は、あの強制労働施設の事をご存知だった」
「へ?」
「もちろん、避けようとはされていたさ。好き好んでお前を死地に向かわせる事は無いぐらい、お前にも分かるだろ?」
「そりゃ、まぁ……」
ブロンザイトの性格はソラも一年一緒に居て、よく理解していた。わからないのは彼の考えだけだ。なので彼にも素直にこのカイトの指摘は納得できた。
「が、もし捕まれば強制労働施設を壊滅させる。そう、仰っておいでだった」
「い、いやちょっとまってくれ! そもそもお前とお師匠さんが会ってたのって、俺が旅に出る前だよな!? それともあれか!? ラグナ連邦に行った時に会ってたってのか!? でもここに来る事を決めたのだって、あの事件の後だぞ!?」
「皇国に居た時だ。それ以外は、手紙でしか接触はしていない」
「……」
わかってはいたが、相も変わらず凄いものだ。ソラは只々、ブロンザイトの見通しに心服する。何をどうすれば、あの時点からミニエーラ公国に来る事を予想出来たのか。ソラには答えを聞いてなお、理解が出来なかった。
「そうだな……今のお前なら仕方がないか。お前がラグナ連邦で最後に書いた手紙……覚えてるか?」
「……悪い。もう忘れた」
「だろうな……そこに、ミニエーラ公国で最後お祭りがあって、それに参加して帰るって書かれてたぞ」
「……そういや……そんな事書いたな……」
ソラは古い記憶を手繰り寄せ、自分がそんな事を書いた様な気がしないでもない事を思い出す。それに、カイトもまた一つ頷いた。
「書いてたよ。で、それがトリンが言ってたって事もな」
「……おう」
だから、何なのだ。カイトの言葉に頷いたソラとしては、そうとしか言えない。が、ここに、ブロンザイトがミニエーラ公国行きを可能性の一つとして理解していた重要な事が書かれていた。
「わからないか? 今、ここでお祭りが行われる。それを旅の締めとして考えても、不思議はない。特に温泉街もあって、湯治には丁度よい場所だ。何より、ブロンザイト殿は温泉を好まれていた。トリンが提案して、何か不思議か?」
「あ……」
言われてみれば、不思議でもなんでもない。ラグナ連邦では大捕物だったのだ。その疲れや足掛け三年にも及ぶ追跡を考えれば、トリンがブロンザイトの事を慮って湯治をしようと提案しても不思議はない。
ソラにしても、旅の締めくくりとして他国の祭りに参加出来るのは良い記念になるだろう。そういった事を幾つも鑑みての提案だった。これを、カイトの要請さえ見通していたブロンザイトが見通せない筈がなかった。
「すげぇなぁ……お師匠さん……」
「ああ……まさに、賢者と呼ばれる方だった」
しみじみと告げたソラの一言に、カイトもまた掛け値なしの称賛を送る。そしてそれ故にこそ、ソラは改めて覚悟を決めた。
「おし……やるか」
「ああ、付き合うぜ」
ソラとカイトの前には、異空間の中で態勢を整えてこれから追撃に出ようとしていたミニエーラ公国軍の軍勢が居た。どうやら、時間を再度狂わせたのだろう。怪我の治療は完全に終わっている様子だった。数も少なくない。が、だからなんなのだ。
「さて……冒険部ギルドマスター。カイト・天音。ウチのサブマスターが随分と世話になったらしいな。礼をしに来た」
「同じく、ソラ・天城。お礼参りに来たぜ」
たった二人で百を超える敵に相対してなお、二人は一切恐れなく首を鳴らす。ソラはすでにランクAの冒険者にも匹敵する力を有している。そしてその横に居るのは、この兵士達が億単位で集まろうと片手間に倒してしまうカイトである。恐れる事なぞ、何もなかった。
それに対して、兵士達とて数が数だ。準備も入念に整えた。外での経過時間や公都ミニエーラとの連携から考えて経過したのは数日という程度だろうが、それでも準備は万端だ。指揮官も整えられている。故に、その指揮官らしい男が指示を出した。
「総員、構え!」
「「「はっ!」」」
やはり曲がりなりにも軍隊という所だろう。指揮官の号令を受け、一斉に剣を抜く。相手はたった二人だ。準備を整えた百を優に超える軍隊を相手に勝てるとは、到底思えない様子だった。が、そもそも。カイトがこうした時点で、策に嵌っている事を理解していなかった。
「あぁ、そういうの良いから。三葉、ホタル。やっちまえ」
『いえっさー!』
『支援攻撃を開始します』
カイトの指示を受け、ホタルと三葉が一斉に砲撃を開始する。
「何!?」
「後ろから!?」
「どうなっている!?」
唐突に始まった背後からの砲撃に、ただカイト達だけを注目していた兵士達が慌てふためいた。そしてそのタイミングを逃す様な二人ではなかった。
「えっげつねぇな!」
「伊達に大天才共から育てられてないんでな!」
同時に地面を蹴った二人は、笑いながら大いにかき乱された敵陣営へと切り込んだ。そして、それと同時。背後から行われていた砲撃が上空からに変わる。
「ひゃっほー!」
「三葉。やりすぎてマスターに当てない様に」
「だいじょーぶ! マスターはきちんと見てるから!」
「ソラ様も忘れない様に」
「あ」
どうやら、気持ちよくなっていた三葉はソラの事はすっかり忘れていたらしい。思わず引き金を引く手を止めていた。そしてそー、っと下を見る。
「うん! 大丈夫!」
「いえ、私が防いだのですが」
「それを含めて大丈夫なの!」
相変わらず元気だな。ソラは久方ぶりに聞いた三葉の声に、そう思う。そうして再び再開した砲撃を受けながら、ソラは敵の殲滅を開始した。
「はぁああああ!」
敵の隊列はかき乱され、自身の背後はカイトが守ってくれている。この状況で別に何か凝った事をする必要はない。ただ力任せに一撃を放てば良いだけだ。
「ふぅ」
「へー。随分と成長したな」
「おう。頭と一緒に、身体も鍛えてたからな」
感心した様に頷いたカイトに、ソラはどこか鼻高々に胸を張る。それに、カイトは更に上を見せてやる事にした。
「あはは。そうか……だが、いい気になるなよ? 上はもっと、高いんだからな」
ひとしきり大笑いしたカイトはそう言うと、笑いながら浮かび上がる。
「「「……」」」
何をするつもりだ。兵士達は唐突に飛空術で浮かび上がったカイトに注目する。流石にこの状況で大規模な攻撃はするとは思えないが、相手が相手だ。何をしてきても不思議はない。そうして兵士達がカイトに対して身構える中、カイトは魔導書を二冊取り出した。
「二人共、ソラの復帰祝いだ。盛大にかましてやろうと思うんだが……」
『父よ。最近、私達を事ある毎に呼び出していないか?』
「そうは言うがな、娘よ。武術ばっかりに目を向けている奴には魔術も使えと言ってやるのが、先輩の心ではないかな?」
アル・アジフの問い掛けに、カイトは空中で足を組みながらそう問い掛ける。確かに、ソラは武芸についてはここに入れられている間に飛躍的に上昇した。が、魔術は相変わらずだ。まぁ、ここなのだから仕方がないと言える。
『やれやれ……ナコト。実体化するぞ』
『ん』
カイトの言う事は尤もだ。武術を鍛えれば、それと共に魔術も鍛えろ。いわばエネフィア版の文武両道と言える。それを学ばせる事も、指導者として重要な事であった。というわけで、彼の求めに応じて二冊の魔導書が少女の姿を取る。
「ほへ? うぉおおおおお!?」
二冊の魔導書が少女の姿を取ると同時。ソラの姿が超高速で浮かび上がる。アル・アジフが邪魔なので浮かび上がらせたのだ。そうして、彼がカイト達の高さにまで浮かび上がる。
「さて、ソラ。武術については中々だが……魔術はどうなんだ?」
「……」
「……」
笑うカイトの横で、アル・アジフとナコトの二人がトランス状態に入る。基本的に魔術は詠唱無し、魔法陣の展開無しで使うのが基本だ。が、魔導書の場合、少しだけ特殊な事情がここに入る事になる。
それは彼女らが魔導書である、という事だ。その彼女らが魔導書に記されている魔術を使う場合、持ち主が魔導書を検索する様に魔導書も自分の知識を検索せいねばならないのだ。故にどうしても、僅かなタイム・ラグが生じてしまうのであった。
なお、例外として魔導書の魂が記憶している魔術については普通の魔術師と同じ様に魔術を行使出来る。この検索が必要なのはあくまでも、彼女らの肉体に記された魔術を使う場合に限られる。
「……父よ」
「……おとーさま」
「よろしい……絶対者の力を見せてあげなさい」
頷いた二人の視線に対して、カイトは横柄に一つ頷く。そうして、二冊の魔導書の少女達が手を重ね合わせた。
「「リンク」」
口決と共に、二人が手を重ね合わせる。そうして、二人の背後に妙な紋様が浮かぶ球体が出来上がった。
「「「……」」」
あれは明らかにやばい。頭上に浮かぶ巨大な魔術の球体に、兵士達は本能でそれを理解する。が、誰もがあまりの恐怖で足がすくみ、無意識的に動けなくなっていた。そうして全ての者が見守る中、球体が一気に降下していく。
「う、うわぁああああ!」
一人が、恐怖で球体から背を向けて逃げ出した。そしてそれで堰を切ったように、兵士達が一斉に逃げ惑う。
「……無意味」
「爆ぜろ」
ナコトの冷酷な一言に続いて、アル・アジフが無慈悲に告げる。そして、直後。地面へと球体が直撃。球体が弾け飛び、兵士達に向けて無数の紋様が解き放たれた。それは兵士達へと襲いかかると、彼らの意識を一瞬にして刈り取った。
「お見事。流石はオレの自慢の娘だ」
「その娘を酷使するのはどこのどいつだか……」
「あはは……さて。ま、こんなもんだな」
「……いや、その前に誰だよ」
笑うカイトに対して、ソラはその横に侍る双子の様な少女に目を瞬かせる。二人の姿は非常に似通っている。二人共カイトと同じ蒼い髪で、本来の彼と同じ真紅と蒼のオッドアイだ。
年の頃はミドルティーンという所だろう。顔立ちは双子の様に非常に似通っている。とはいえ、アル・アジフがどこか尊大なのに対して、ナコトの方はどこかぼぅ、とした雰囲気があった。顔立ちもそれに合わせアル・アジフはキリッとした様子で、ナコトは緩やかな感じだ。
「アル・アジフとナコト。写本じゃない方な」
「身体は写本だけど」
「紛らわしいから、今はおいておきなさい」
ナコトの言葉に、カイトが深いため息を吐いた。そうして、カイトは自身がかつて書き記した二冊の魔導書をソラへと語りながら、地上へと舞い降りる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1660話『受け継がれし遺志』




