第1657話 受け継がれし遺志 ――脱出直前――
ソラ達がミニエーラ公国に向けて反旗を翻す少し前。ブロンザイトが死んで、決起に向けてコンラートらが去った後だ。ソラはトリンから、切り札を見せられていた。
「お前、それ……」
「これが、僕の秘密だよ」
「……」
コンラートと同じく胸に輝く黄金色の宝石に似たコアを見て、ソラが目を見開いた。そうして、彼がゆっくりと話し始める。
「シトリン。このコアは、その宝石に似た性質を持ってる」
「あ……お前の名前……」
「うん……僕の本当の字は、シトリン。ただ、それだとバレるから、お爺ちゃんがシを抜いたんだ。といっても、僕の場合は元々が珠族じゃなかったから、トリンが本当の名前になるんだけどね」
シトリンに含まれていたトリンの文字に気付いたソラに、トリンもまたはっきりとそれが由来である事を明言する。
「この力を使えば、枷を外す事が出来る。所詮、この吸魔石の枷はあの当時僕らが上限値とされていた値から算出された枷を嵌められているだけだからね」
ずずず、と再びトリンの胸の内側に消えていったコアを、只々ソラは眺めていた。そうして少しの後、彼が問い掛ける。
「……何が、あったんだ? お前、その傷は親に殺されかけて出来た、って言ってたよな?」
「……殴らないんだね」
「一瞬、それも思った。でも考えた……考えて考えて、何かあるって思った」
苦笑気味に問い掛けたトリンに、ソラは少し笑いながらはっきりと告げる。ついさっき、感情に流されずに落ち着いて考えろ、と師に言われたばかりだ。その遺言をたった数時間で忘れるわけにはいかない、と必死で考えたのである。そうして、トリンが彼が捨てられるに至った本当の理由を語り始める。
「……親に捨てられたのは、本当だよ。殺されかけたのも……と言っても、殺そうとしたのは父親だったと思う」
「父親? ってことは、母親の方は?」
「殺そうとは、しなかったよ。最後まで手放すつもりもなかったんじゃないかな」
トリンは自分の持つ最古の記憶を思い出し、ただ淡々と語りだす。つまり、彼の胸の傷は父親が付けた物というわけなのだろう。が、実際の所はあまりに幼すぎた上、古すぎて彼にもはっきりとした事はわからないらしい。ただ記憶している限りは、というに過ぎないそうだ。
「……実は両親も珠族で、さ。で、僕、生まれた時はコアが体内にあった状態だったらしいんだ」
「……で、それでどうしてお前の親父さんが……?」
「わからない? 両親は珠族なんだよ?」
首を傾げたソラに、トリンが少し苦笑気味に問い掛ける。が、ソラにはやはりだから、としか言えなかった。
「……おう」
「あはは……君、相変わらず賢いか抜けてるのかわからないね……両親が珠族なんだから、生まれる子供も珠族でしょ?」
「珠族じゃん」
「……」
ソラのツッコミに、トリンが思わず目を瞬かせる。確かに、彼は生物学上は珠族で間違いない。単に突然変異体としてコアを体内に収納出来る様になった、というだけだ。と、そんなツッコミを受けたトリンであるが、すぐに気を取り直した。
「そ、そうなんだけど……そうじゃなくて。生まれた時はコアは体内にあったんだ。珠族とはわからないよ。じゃあ、何を疑う?」
「まさか……」
「うん……自分の子供じゃない、って大問題になった……んじゃないかな」
当然と言えば当然だ。必然として起き得るべき事が起きないとなれば、それは何かが可怪しいという事になる。珠族の両親から珠族の子供が生まれなければ、それは必然として母親が浮気したのだ、としか言い得ない。
結論から言えばきちんと珠族の子が生まれているわけであるが、それは今だから分かる事だ。その当時は大事になったのは、当然の事だろう。それで話がこじれにこじれ、結果としてトリンは殺されそうになったというわけであった。
「……それで、父親の方に捨てられたっていうわけ。その時母親が何をしていたのかは、僕にもわからない。気付けば暗い森の中で、問答無用に捨てられたからね。実際、生きてるのは不思議だったよ。胸にナイフが刺さったままだったらしいし……もしかしたら、その時外に出て来る様になったのかもね」
トリンは改めて、胸の傷を撫ぜる。それ以降、彼はこの胸のコアがトラウマになったらしい。これが出せていれば、自分が捨てられる事もひどい目に遭う事もなかった。そう思った彼は、ある日出せる様になったこの第二のコアを封印したのであった。
「……そうか……ありがとう」
「どうしたの、急に」
「いや……お前にとって辛い事だったんだろ?」
「……いいよ。こうしないと、君に信じてもらう事は出来ないんだから……それに、その弱さがお爺ちゃんを殺したんだ。でも、もう僕は失いたくない。だから、躊躇わない。この憎いコアを使ってでも、ここから脱出する」
頭を下げたソラの言葉に、トリンは決意を以って返答とする。そうして、二人はブロンザイトの弔いの手はずを整え、脱出に向けて動き出すのだった。
時は戻り、現在。ソラ達はトリンの魔術による支援を受け仲間を集めると、増援としてカイトの指示により外からやって来た翔と共に反乱を決行。カイト達の策により、敵の切り札であった飛空艇の艦隊を行動不能に貶めていた。
「なに!? 飛空艇の艦隊が行動不能!?」
「整備班は何をやっていた!?」
「いえ、それが……唐突に航行不能に陥ったと……」
「「「なっ……」」」
矢継ぎ早に寄せられる悲劇的な報告の中でも特大の報告に、鉱山を取り仕切る者達は揃って言葉を失った。
「ぜ、全艦一斉にだと!?」
「一体、どうやった!?」
「何だ、何が起きている!?」
わからない。こんな事は囚人達に出来る事では決して無い。アビエルの部下達は揃って混乱に叩き込まれる。ここら、やはりアビエルが居ない事が災いした。
彼らも確かに知性としては悪くないが、やはりここぞという時の判断力には欠けていたのだ。と言っても、もしアビエルが居たとて、カイト達が相手なのだ。まともに指示なぞ下せるはずがなかった。そうして混乱に包まれまともな指示が送れない所に、更に報告が入ってきた。
「ほ、報告! C棟、敵に制圧されました!」
「「「なっ……」」」
これで、ここに捕らえていた者達を収容していた三つ全てが陥落した。もはや事態はこの中の兵力だけでなんとかなる事態ではなかった。そうして、暫くの後。なんとか気を取り直せた一人が、指示を下す。
「い、今すぐアビエル様に報告を送れ! もはや我々だけで反乱の鎮圧は出来ん!」
「そ、そうだ! 外との出入り口を塞ぎ、時間を稼げ! 飛空艇は奪取されない様に距離を取って砲撃させろ!」
「ひ、飛空艇はそもそも航行不能です!」
「そ、そうだった……」
まだ誰もが混乱した状態で、まともな指示を下せていない様子ではあった。が、その混乱を逃すトリンでは、なかった。彼らが混乱に陥っていた頃、遂にC棟を陥落させたソラ達は次の行動に移っていた。
「C棟陥落!」
「良し! これで全部だな!」
「ソラ!」
「おう! 全員、中央建屋は無視して一気に逃げるぞ! 少しだけ攻め込む風を見せて、守りを固めさせて脱出だ!」
「「「おぉおおおお!」」」
ソラの号令を受け、反乱者達が気勢を上げる。ここでソラ達が目指すべきなのは、中央建屋の制圧ではない。ここから出る事が目的なのだ。
その為に、戦力を集めていた。飛空艇が行動不能に陥っていられる時間は限られる。なら、なるべく多く生き残れる様に数を集めねばならなかったのだ。とはいえ、そのためには中央建屋を完全に無視する風を見せて、戦力を分断させたい所ではあった。
「鉱山長! 奴らが中央建屋に攻めてきます!」
「なぁ……ふ、防げ! なんとしても防げ! 残った兵力をかき集め、中央建屋を守らせろ! 出入り口の封鎖に出た者も呼び戻せ!」
入ってきた報告に、今まで報告を受け取るだけでてんやわんやしていたヒューイは遂に再起動を果たしたらしい。自身の危険が迫った事で、防衛本能が働いたという所なのだろう。
が、これはアビエルの側近達にとって、悪夢にも等しかった。彼は曲がりなりにも鉱山長。ここの責任者だ。その責任者の命令であれば、それは優先されるべき事だろう。そして何より、中央建屋を守る必要性も兵士達には分かる。故に、どうするべきか報告に来た者も困惑するしかなかった。
「え?」
「おい! 勝手に指示を出すな!」
「今の命令は取り消し! 中央建屋の兵力も全て、出入り口の封鎖に回らせろ! こちらに来ているのは囮だ!」
「黙れ! 儂が、ここのトップ! 貴様らは儂の指示に従っておれば良い!」
「え、あの……」
「ど、どうすれば……」
眼の前で始まった内輪もめに、報告に来た兵士達が揃って右往左往と慌てふためく。と、そこにまた報告が入ってきた。
「報告! 敵、こちらへ向かって一気に進んでいます!」
「っ! だから言っただろう!」
「構わん! 出入り口が優先だ!」
「馬鹿者! こちらを優先せよ! 通信室で外に連絡を取られれば終わりなのだぞ!」
内輪もめしている場合か。延々と続くヒューイとアビエルの部下達の内輪もめに、兵士達もだんだんとまた苛立ちを募らせる。こうしている間にも、ソラ達は脱出に向けて進んでいるのだ。何時までも呑気に内輪もめをしていて良いわけがなかった。が、その内輪もめも、すぐに終わる事となる。
「な……に……?」
「……これで良い。アビエル様の指示に従って、貴様に指揮権を渡しておいたのが間違いだった。誰も文句無いな!」
「あ、ああ……」
「も、問題はない……鉱山長は混乱し、自害した……良いな?」
「あ、あぁ……お前らも異論は無いな?」
どうやらあまりにヒューイが言うことを聞かないので、遂に堪えきれなくなったらしい。アビエルの側近の一人が唐突に剣を抜いて、一刀両断にヒューイを切り捨てたのだ。
そんな彼に他の側近達も僅かに気圧されるも、現状彼が邪魔だった事は邪魔だった。異論が出る事はなかった。そうして、このヒューイを斬り殺した側近を中心として、即座に指揮系統の立て直しが図られる事となる。
「残存兵力は全て、出入り口の封鎖に入れ! 採掘場に残った者達は奴らの追撃を開始しろ! 通信機も即座に破壊! 使われるぐらいなら破壊すると報告しておけ! 最悪は山の爆破も許可する!」
「「「はっ!」」」
やはりヒューイの死という出来事で全員が呆気に取られた所で、側近を中心として指揮系統が一本化されたからだろう。兵士達も一斉に秩序立って動き出す。それを、外のトリンも兵士達の動きが緩やかに統率の取れた物となり始めた事で、理解した。
「……鉱山長が死んだかな」
「え……お、おう」
「あぁ、ごめん。でも動きが統率の取れた物になってきたからね……流石にあの鉱山長がこんな指示が出来るとは思わないから、多分……ね」
「そういや……」
今まではどこか右往左往していた兵士達であったが、気付けばきちんとした意図がある様に感じられた。と、本来なら苦境である筈の状況に、トリンは相変わらず余裕の笑みを崩さなかった。
「どうするんだ?」
「大丈夫。このまま突っ切れるよ」
「なんで?」
「わからない?」
ソラの問い掛けに、トリンが笑って問い掛ける。が、その理由を、彼もすぐに知る事となる。
「何だ!?」
「前で……爆発!?」
ソラ達が目指す出入り口で、炎雷が轟いた。そうして、ソラの聞き慣れた雄叫びが轟いた。
「おぉおおおおお!」
『あ、相変わらずド派手ってか……一直線に攻め込むのだと強いな、部長……』
「この声は……っ! 全員、一気に進め! 俺の仲間だ!」
聞き覚えのある<<戦吼>>に、鳴り響いた炎雷。その二つは誰が来たのかを、ソラに如実に知らしめていた。そうして、出入り口を封鎖していた兵士たちが思いっきり吹き飛んでいく。
「敵襲ー! 背後から敵だー!」
「誰だ!」
「ぼうっ、むごっ!」
何が起きたんだろう。ソラと翔は名乗りを上げようとしたらしい瞬が唐突にくぐもった声を上げたのを聞いて、思わず首を傾げる。
なお、彼らは知る由もないが、ここで名乗るのは厳禁だったので同行していた綾崎が羽交い締めにしていたらしい。後の瞬曰く、つい勢いで、との事であった。
師と同じ性質を持つからか、名を問われたら名乗らねばならない、という感覚があるらしかった。というわけで、少し突き進めばミニエーラ公国の兵士達と戦う部長連とソラは合流した。
「ソラ! 無事だな!」
「うっす! すんません!」
「……お前、ソラか?」
「なんっすか! 会う人会う人揃ってー!」
自身を見るなり目を丸くした瞬に、ソラが声を荒げる。まぁ、それだけ見違えたという事なのだが、それは流石にソラにはわからない事だ。
「ま、まぁ……それは良い! とりあえず、行くぞ! 道中の敵は掃討しておいた!」
「うっす!」
瞬の報告に、ソラは更に気合を入れ直す。かなりの時間戦った気がするが、やはり次々と仲間と合流出来ていたからだろう。体力と魔力の消耗に反して、精神力は漲っていた。そうして、瞬達とも合流したソラは、彼らが切り開いてくれた道を通って外への脱出を果たす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1658話『受け継がれし遺志』




