第1656話 受け継がれし遺志 ――武装蜂起――
トリンの切り札。それは珠族の特徴である、胸元の第二のコアであった。自身が珠族の突然変異体である事を明かしその力を解き放った彼により、ソラ達は枷を破壊されて遂に脱出に動き出していた。そうして動き出した彼らの一方、全てをお膳立てされていたヒューイはというと呑気にその報告を受け取るだけだった。
「鉱山長。計画通り、A棟にて反乱が始まりました」
「そうか。であれば、手はず通りに動く様に命ぜよ」
鐘の音と共に報告にやって来た兵士に、ヒューイは僅かに苛立たしげながらも興味なさげにそう命ずる。基本的に彼は仕事の全てをアビエルに任せ、夜は女を抱くだけだ。
が、流石にアビエルも反乱が起きるというのに、そんな事を許可するわけがなかった。しかも、今は彼も居ないのだ。いくら暗愚と言われようと指示を出す事は出来る。
そしてその指示も、アビエルの残した指示通りに指示を出せば良いだけだ。彼でなくても、それこそ肩書きさえあれば、子供でも出来る作業だ。代役を立てる事も許されず、故に苛立っている様子だった。
「まったく……この様な些末な事を命ずる為に儂がおるわけではないというのに……なんの為の補佐官だと思うておる」
「閣下。そう仰られますが、そもそも今回の呼び出しは閣下がB棟での蜂起を隠されたからでしょう。アビエル殿は閣下の弁明に向かわれたのです。それとも、今から閣下が直々に公王陛下に弁明に向かわれますか?」
「うっ……」
今回の一件の補佐に残されたアビエルの側近の言葉に、ヒューイは思わず返答に窮した。これについてはミニエーラ公王もアビエルを呼び出す理由は何でも良かったが、流石に副鉱山長を呼び出すレベルになるとそこそこ大きな話でなければならないだろう。というわけで、この一件を使う事にしたようだ。
なお、そんなわけなので、ヒューイはアビエルが安全確保の為にこの場を離れている事は知らない。所詮、彼は使い捨ての駒。知らなくて良い事は教えられるわけがないのであった。
「わ、わかっておるわ。それ故、儂もここで直々に指揮を出しておる」
「それが、良いかと」
慌てながらもしっかりと指揮をしている様を見せるヒューイに、アビエルの部下も一つ頷いた。いくら彼でも自分が暗愚と思われてはダメだと分かる知性はある。
それ故、あの一件が仕方がない事だ、と言う為にも今回の一件はきちんと抑えられる姿を見せるつもりだったのである。と、そんな所へ兵士がまた駆け込んできた。
「閣下。A棟にて兵士達と囚人達との戦いが始まりました。遠からず、他の二つの棟にも伝わりましょう」
「そうか。であれば、B棟とC棟」
「閣下!」
B棟とC棟の戸締まりをしっかりと行う様に指示を出せ。そう指示をヒューイが出そうとした所に、また別の兵士が駆け込んできた。が、それは一切の予定に無いもので、アビエルの側近達さえ思わず首を傾げたものだった。
「何じゃ、急に……」
「び、B棟とC棟でも反乱が!」
「な、何だと!? その様な話、儂は聞いておらんぞ!?」
兵士からの報告に、ヒューイが慌てふためいてアビエルの側近達を窺い見る。が、そうして見たのは、彼らもまた目を見開いている姿だった。
「っ! 誤報ではないのか!?」
「急いで確認しろ!」
ここら、やはり所詮はアビエルの側近ではないという所だっただろう。今は特にA棟での反乱の真っ最中だ。それ故、この報はそれがどこかで行き違った誤報ではないか。アビエルの側近達はそう考えたようだ。
いや、そんな事がありえて欲しくないという願望があったと言ってよかっただろう。そしてこの確認が、余計に事態を悪化させる事になるのを彼らは理解していなかった。
そうして、アビエルという切れ者の居ない強制労働施設の混乱は、統治者達の失態も相まって一気に全体へと広がりを見せる事になるのだった。
ヒューイ達が慌てふためいていた一方、その頃。ソラはというとミニエーラ公国の兵士達を相手に戦っていた。
「はぁああああ!」
「何だ! なぜあいつはあんな武器を持っている!?」
「おい、増援はまだか!?」
ソラが持つのは明らかに、冒険者達が専用に作っただろう武器だ。そもそも兵士達は一方的な虐殺になるはず、と考えていた。なのに蓋を開いてみれば捕らえられた者達の大半は枷を外され、ソラに至っては何らかの名剣まで携えている。勝ち戦と高を括っていた兵士達は揃って浮足立ち、誰もが戦う事に消極的だった。
「<<風の踊り子>>!」
そんな兵士達に対して、ソラは鎧袖一触だ。というのも、吸魔石の枷を嵌められていたという事は逆説的に言えば、常にある程度の負荷を掛けられていた様なものだ。
この一年ブロンザイトの指示に従って常に修行をしている様なものだったのである。であれば、今の彼はこの異空間に入れられるより遥かに強くなっていた。それこそ、本来は鎧の補佐も無ければ出来ない筈のこの<<風の踊り子>>を鎧無しでもある程度出せるぐらいには、である。もちろん、それ以外にも魔力保有量等の基礎ステータスも飛躍的に伸びている。
そうして、そんな彼とコンラートを中心にして外を目指して進む事少し。彼らは道中で捕らえられた者達を解放しながら進み続け、遂に外へとたどり着いた。が、そこで待っていたのは、A棟の反乱を鎮圧するべく集められた多数の兵士達だった。
「ま……こうなるよな」
「どうする、ソラ」
「決まってんでしょ」
こちらは戦闘能力であれば、圧倒的なのだ。それ故、コンラートの問い掛けにソラは獰猛に笑いながら己の相棒を構える。が、そこにトリンが口を挟んだ。
「ソラ、待って」
「ん?」
「増援が来るのを待つ。そういう作戦だって言ったよ?」
「っと……で、その増援ってのは?」
「もう来てるはずだよ……だから、少し待って」
トリンが言うのだ。ソラはその増援が何かはわからないまでも、一時停止を決定する。と、そうして反乱者達と兵士達の間で僅かな沈黙が流れる。
「……」
「ソラ! 掴め!」
「……っ!」
にらみ合いを続けていたソラであったが、唐突に誰かが己の名を叫んで何かが飛来したのを理解して、思わず声と共に声の方角から投げられたそれを引っ掴む。
「こりゃ……」
掴んだ何かを見たソラは、思わず目を見開いた。そんな彼が見たのは、己の鎧一式が納められた円筒だ。と、それと同時だ。声のした方向から無数の魔弾が、兵士達に向けて降り注いだ。
「こりゃ……」
『ソラ。無事……お前、ソラか!?』
ソラの真横に舞い降りたのは、ジャパニメーションに語られる忍者の様な漆黒の装束に身を包んだ謎の人物だ。が、その声にソラは聞き覚えがあった。
「翔!? お前、どうしてここに!?」
『今はそんなのどうでも良いだろ!? ってか、お前マジでソラだよな!?』
「どういう意味だ!?」
驚きを隠せないらしい翔の言葉に、ソラが思わず怒声を上げる。とどのつまり、この魔弾の掃射は彼の幻影による攻撃で、円筒はカイトの指示で彼が忍び込んで回収。ソラへと投げ渡したのであった。
「ソラ! そんな場合じゃないでしょ!」
「っと! 行くぜ!」
そんな場合じゃない。トリンの言葉にソラもそれを思い出すと、気を取り直して円筒のスイッチを押し込んで一気に鎧を装着する。
「……」
およそ一年ぶりに己の完全武装を着込んで、ソラは僅かな感慨を得る。負ける気がしない。そんな感覚だった。そして、それは事実だ。一年に渡る修行を経た今の彼は、鎧無しでもランクAにも匹敵する戦闘能力を有していた。それこそ鎧のスペックを全開放すれば、一瞬だけならランクSにも匹敵し得たのである。
「翔……助けに来てくれてサンキュな」
『良いって……外に皆も待機してる。さっさと行けよ』
「……そか」
翔のはっきりとした言葉に、ソラは僅かに目頭が熱くなる。やはり彼も辛かったのだろう。仲間達が揃って助けに来てくれたと知って、感極まったらしい。
「……カイトは?」
『全部、あいつの脚本に決まってんだろ。もう少ししたら武装蜂起が起きるはずだから、それに合わせてソラにあいつの鎧を届けてくれって言われて来たんだよ。詳しい作戦は知らね』
「だよな」
ここまでベストタイミングなのだ。ソラにもこの増援が誰による采配かは、言われるまでもなく理解出来ていた。それ故、彼は最強の援軍が来ている事を心の底から理解した。
「翔……一個、言っとく。今の俺、むちゃくちゃ強いからな。遅れんなよ」
『……見て分かるわ。お前、二ヶ月前より段違いだ』
「……」
翔の称賛に、ソラは口角を上げて牙を剥く。そうして、彼は一切の躊躇いなく兵士達のど真ん中に突っ込んだ。
「「「っ!?」」」
一瞬で自分達の隊列のど真ん中に現れたソラに、兵士達は目を見開いた。
「一年ぶりの全力だ……試させてくれよ。おぉおおおおおお!」
「良し! 今だ! 全員、突撃!」
『黒いのは味方だ! 補佐するから、攻撃しないでくれよ!』
雄叫びを上げて魔力を総身から解き放ったソラに合わせて、崩れた兵士達の陣形に向けてトリンが突撃を指示。それに合わせて、翔もまた音もなく行動を開始する。
この勝敗であるが、これについては火を見るより明らかと言うしか無い。ただでさえ謎の敵の増援だ。そこに首謀者と目されるソラが完全武装になるという事態が起きた事で、浮足立っていた兵士達はひとたまりもなかった。
「良し」
一撃で大きく吹き飛んだ敵を横目に、ソラは一つ頷いた。が、ここで終わるつもりはない。故に、彼は己の相棒に魔力を注ぎ込む。
「おぉおおおおおお!」
雄叫びと共に、ソラは上段から斬撃を放つ。が、これは殺す為のものではない。それどころか、殺して遺体が転がれば邪魔になる。今の目的は敵を倒す事ではないのだ。
故に、その一撃は衝撃を重視したもので、兵士達が軒並み吹き飛ばされていった。そうして、敵の隊列が真っ二つに両断された。そしてそれは、一直線にB棟へと通じる道となった。
「トリン!」
「うん! 全員、B棟の人達と合流! 合流次第、すぐに枷を破壊して下さい!」
「「「おぉおおお!」」」
ソラの要請を受けたトリンが即座に、指示を出す。そしてそれを受けて、ソラの切り開いた道へと一直線にA棟の囚人達が駆けていく。
「っ! 行かせるな! B棟とC棟の奴らに合流されれば手に負えなくなる!」
「なんとしても止めろ!」
「はっ! 今まで枷嵌められてたから良いようにされてたけどなぁ! 枷さえなけりゃ、てめぇらなんぞ一万人集まろうと問題ねぇんだよ!」
「奪った剣やら槍やらは使える奴に渡せ! お前ら、武器壊すんじゃねぇぞ!」
やはり冒険者も居て、身体能力なら彼らの方が数段上だ。特に罠で捕らえられただけで、ランクAにも匹敵する冒険者も居たのだ。
そして彼らは冒険者。自分達に武器が無いならどうするか、というのを身に沁みて理解していた。故に、自分より弱い奴を見付けては素手で殴り飛ばすと、兵士達が取り落とした武器を奪取。武装を整えていった。そうして、そんな風に一気に進撃を続ける反乱者達の先方がB棟へとたどり着いた。
「トリン! 先に進んでた奴がB棟に入った!」
「良し! B棟の解放が終わり次第、即座にC棟の解放に取り掛かります! 三分の一でB棟の解放! 正面から一気に敵陣を突破! 数人は屋上へ登って、中の人と合流して枷を外して下さい! 残りは引き続き戦闘を続けながら、数人は合わせてC棟へ先行! C棟で戦う人達の解放を優先してください!」
「「「おぉおおおお!」」」
矢継ぎ早に下されるトリンの指示に、反乱者達が気勢を上げる。それと共に、ソラもまた気勢を上げる。
「吹っ飛びやがれ!」
一年に及ぶ訓練の結果、今のソラは殆ど出力に制限を設ける必要が無くなっていた。その保有量は一年前を遥かに上回る領域に到達しており、皇国軍人の中でもラウルら大型魔導鎧のパイロット達にも匹敵し得る領域となっていた。
それ故、彼はほぼほぼ全力での斬撃を続ける事が出来るようになっており、雑多な兵士達では到底太刀打ちできないほどだった。そうしてA棟を取り囲んでいた兵士を相手に孤軍奮闘するソラであったが、そんな中。唐突に大声が響き渡った。
「っ! 飛空艇だー!」
「「「っ!?」」」
「トリン! 飛空艇の艦隊だ! 何か策は!?」
採掘場の影となる場所から現れた飛空艇の艦隊に、反乱者達が騒然となる。誰もこの展開は想定していなかったらしい。コンラートもかなり苦い顔で問い掛けていた。それに、トリンが即座に声を上げた。
「問題ありません! 飛空艇は全て無視! あれがこちらに到達出来る事はありません!」
トリンの言葉に合わせるかの様に、現れた飛空艇の艦隊がゆっくりと高度を下げていく。それを見て、兵士達が浮足立った。
「ど、どうなってるんだ!?」
「なぜ高度を下げる!」
今まで兵士達がソラ達を相手にしてもなんとか堪えられていたのは、彼らが揃って万が一には飛空艇の艦隊が用意されている事を聞いていたからだ。にも関わらず、ここに来てどういうわけか飛空艇の艦隊が一斉に降下し始めたのだ。彼らにとって命綱が断たれたにも等しかった。
そうして、飛空艇が行動を停止した事で兵士達が俄に弱気に駆られ逃げ出す素振りを見せ、それを受けてソラ達は更に一気に押し込んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1657話『受け継がれし遺志』




