第1655話 受け継がれし遺志 ――賢者の弟子――
ブロンザイトの死を受け、プランAへと移行したカイト達。その彼らが外で動き出していた頃、ソラ達はというとトリンが告げた一週間の月日が経過していた。
そして、その日。ソラとトリンの二人は朝早くにブロンザイトの墓へとやって来ていた。そうして、二人は己の覚悟とこの月日で得た感謝を胸に、墓へと手を合わせた。
「「……」」
ブロンザイトの墓は、単に土を盛り上げただけの簡素な墓だ。ブロンザイトの遺体はトリンが賄賂を送り、遺体は火葬して貰った。珠族は火葬が基本らしい。
なので骨壷に遺骨を入れて、土に埋めただけだ。骨壷はラフィタが香典だ、と言って渡してくれた。これで今は良かった。今は単に墓が無いのは心苦しい、と埋めただけだ。下手に凝った墓を作ると、脱出の際に取り出すのに苦労する。
「ソラ……覚悟は良いね?」
「おう……お前こそ、良いな?」
「もちろん」
ソラの問い掛けに、トリンが笑って頷いた。この二人の行動はもちろん、監視の兵士達に見られている。が、それで良かった。というわけで、ソラもまた笑みを浮かべる。
「よっしゃ。じゃあ、今日も一日頑張って働きますか」
「うん」
笑ったソラの言葉に、トリンもまた笑う。今日、この地獄とはおさらばするのだ。そして同時に今まで散々世話になった者達にお礼をするのだ。それを思えば、ブロンザイトを失った痛みも、今日の労働も楽しく感じられた。そうしてブロンザイトの墓から振り向いた二人は、背後で待っていてくれたコンラートとグスタヴに声を掛けた。
「終わりました」
「もう、良いか?」
「うっす……すんません、待たせて……」
「構わねぇよ。こんなちいせぇ墓だからな……四人並んじゃ、迷惑だ」
こじんまりとした墓を見ながら、コンラートが笑う。そんな四人の顔には覚悟があった。もう、止まらないし止まれない。この先に何が待ち受けていようが、突き進むだけだ。そうして、四人は作戦決行までひとまず仕事に取り掛かるのだった。
さて、それから半日。ソラはしっかりと仕事を行うと、再び自室に戻っていた。
「「「……」」」
自室に戻ったソラは、同じく自室に戻っていた他の三人と顔を見合わせて頷きあう。作戦決行まで、後数時間。まだ動くには早いタイミングだ。が、この最後の数時間が全てを決めると言っても良い。故に、ソラが最後の確認を行った。
「トリン。A棟の奴らには?」
「うん。大半が、賛同してる……何人か、内通者も居るけどね」
ソラの問い掛けを受けたトリンは、少しだけ笑いながら内通者の存在を明かす。が、別に内通者なぞどうでも良い。所詮内通者もここに囚われている者。なんだったら兵士達と揃って襲いかかったとて、こちらに勝ち目がある。
「おし……」
「おい、トリン。そろそろ、作戦を教えてくれよ。人は集めた……けど、周りにもたくさん兵士達が集まってるぜ?」
一つ気合を入れたソラを横目に、グスタヴがトリンへと問い掛ける。実のところ、今に至るまでまだ彼とコンラートには作戦が教えられていなかった。ただトリンを信じて人を集めていただけだ。
「ダメです……分かるでしょう?」
グスタヴの問い掛けに対して、トリンは笑いながら左右の壁を見る。その先には、アビエルが差し向けた監視が潜んでいた。魔術を使って部屋に入り込み、そこから聞いていたのである。
「まぁ……そうだけどよ」
「安心して下さい。きちんと、策を用意してます」
「……わかった」
グスタヴはコンラートが黙したまま何も問わないのを見て、自分も何も問わない事にする。彼が何も知らない事はグスタヴもよく知っている。聞けるタイミングなぞ一切無かったのだ。そうして、一同は完全に夜になるのを待つ。
「……アビエルが出ていく」
夜になって、暫く。外を確認していたコンラートが一同に告げる。アビエルが出ていく事はトリンが賄賂を使って把握していた。無論、これはアビエルの側が意図的に流させた情報だ。
が、これをトリンは好都合と捉えていた。折角作戦通りに進んでいると思い、外に切れ者が出ていくのだ。残るのは、愚鈍なヒューイだけだ。こちらが想定外の行動に出た瞬間、一気に混乱に叩き込める。これを利用しない手は無かった。そうして、アビエルが出ていって一時間。一同はただ待機を続けていた。
「……一時間、経ったな」
「うん……皆、覚悟は良いね?」
「「「おう」」」
トリンの言葉に、三人が頷いた。今からアビエルが戻ろうとしても、もう戻れない距離だ。今こそ、事を起こすべき時だろう。そうして、トリンが立ち上がる。
「ソラ」
「おう」
唯一全てを知らされているソラは、トリンの言葉を受けて立ち上がる。今この時の為に、全てを万全に整えた。迷いは一切無かった。そうして、立ち上がったソラへとトリンが歩み寄って、その背中に手を当てた。
「はっ!」
「「なぁっ」」
気合一閃。そんな様子でトリンが声を出した瞬間、ソラに嵌められていた全ての拘束具が砕け散る。そしてその様子を見て、コンラートもグスタヴも思わず言葉を失った。が、その一方、ソラに迷いは無かった。
「おし……来い!」
一切の迷いなく、ソラは己の耳のイヤリングに収納されたままの己の本当の相棒を呼び出した。そうして、神剣<<偉大なる太陽>>が主の手に収まった。
「……よぉ、相棒……悪いな、一年も放置しちまって……」
こつん。ソラは懐かしげに、神剣の腹に己の額を当てる。そうして、彼は一切の迷いなく左右に二連撃の斬撃を放った。
「「ぐぎゃっ」」
殆ど声さえ出させず、左右の監視達が崩れ落ちる。今のソラは一切の抑制が解き放たれている。高々ここに配属されている監視程度で、反応出来るわけがなかった。そうして彼はそのまま一気に左右の壁を切り崩す。
「ふぅ……久しぶりに剣を振ったけど……やっぱお師匠さんの指示に従っててよかった……」
一年ぶりに振るう剣だが、ソラの身体は覚えていた。それは全て、ブロンザイトの指示に従っていたからだとソラはしみじみ理解する。と、そうして打ち崩された壁の先に居た捕らえられた者達は全員、何が起きたかわからない様子だった。そんな彼らへと、ソラが告げる。
「俺は今から、ここを出ていく。お前らはどうする? 今見てわかったと思うけど……今の俺なら、お前達の枷を外してやれる。ついてくるのなら、外してやる」
「「「……」」」
ソラの言葉に、捕らえられた者達が顔を見合わせる。今の一撃は明らかに、魔術がなければ出来ない芸当だ。であれば、彼が言っている事は嘘ではない。それを、誰もが理解した。
「お、俺はお前についていく! だから外してくれ!」
「お、俺もだ! こんな所で一生を終えたくねぇ!」
ソラの言葉を聞いて、捕らえられた者達が我も我もと駆け寄っていく。その一方、それを見ながらトリンは己の枷を手で破壊していた。
「ふぅ……これで大丈夫。コンラートさん。手を」
「お、おう……トリン。お前、どうやって……」
一体どうやれば吸魔石の枷を嵌められた状態でこんな事が出来るのか。それが理解出来ないコンラートはトリンに腕を差し出しながら、問い掛ける。それに、トリンは少しだけ己の胸元を開けさせた。
「それは……」
トリンの胸元にあったのは、黄金色に似た石。珠族の特徴である、第二のコアだ。が、コンラートはそれを見て余計に混乱した。彼も一度はトリンの胸元を見ていたが、その胸元にあったのは大きなキズであってこの第二のコアではない。なのに今はなぜか、彼の胸には第二のコアがあったのだ。
「……僕も、珠族なんです」
コンラートの枷を破壊しながら、トリンは少しだけ悲しげにそう答えた。そうして、コンラートの見ている前で彼の胸の第二のコアはトリンの胸に沈んで見えなくなる。それを見て、コンラートは今までで一番目を見開いた。こんな事は珠族達にも出来はしないのだ。
「……一体、なんだよ、そりゃ……」
「……僕は珠族なんですけど……お医者さん曰く、突然変異体だそうです。こうやってコアを出せる様になったのは、お爺ちゃんに拾われてからで……」
「っ……もしかして、お前……捨てられたってのは……」
「……ええ、大体は。はい、これで大丈夫です」
トリンの心情を慮ったのか、僅かに悲しげな表情を浮かべたコンラートに対して、トリンは苦笑気味に笑って彼の最後の枷を破壊する。
「グスタヴさん。貴方も」
「あ、お、おう……」
あまりにあっけなく破壊された枷に、どうやらグスタヴは呆気にとられていたらしい。言われるがままに手を差し出した。そうしてあっという間に、四人を拘束していた吸魔石の枷は跡形もなく砕け散った。
トリンがやった事は簡単だ。以前に桜が狂信者達に捕らえられた時、伊勢と日向達が吸魔石の枷を破壊した事がある。あれを、彼もまたしたというだけだった。
その一方、グスタヴの枷を破壊する頃にはソラは己に駆け寄ってきた捕らえられた者達の枷を神剣で切り裂いていた。所詮、これは幾つもはめる事で魔力を使えない様にしているだけだ。神剣と今のソラという組み合わせであれば、切り裂けない道理はなかった。
「良し……トリン」
「うん……ソラ。お願い」
「おっしゃ」
トリンの要請を受け、ソラが一つ頷いて腹に力を入れる。そうして、大きく息を吸い込んで号令を下した。
「全員、こっから一気に行くぞ!」
「「「おぉおおおお!」」」
ソラの号令に合わせて、三つの部屋に捕らえられていた者達が雄叫びを上げる。今まで抑えられていた力は解き放たれている。今なら、兵士達と互角に戦える。中には冒険者だった者まで居るのだ。喩え武器がなかろうと、兵士達に負ける道理はなかった。
そしてそれに合わせて、A棟での暴動を報せる鐘の音がけたたましく鳴り響いた。そんな鐘の音を聞いて、ソラが一つほくそ笑む。
「良し」
「うん」
「……行くぜ、相棒。一年みっちり修行した俺の力、お前も見て驚くなよ?」
ソラはしっかりと己の相棒を握りしめ、力を込める。そうして、彼は天高く掲げた。
「「「っ!?」」」
ソラの剣の切っ先から、太陽を思わせる輝きが放たれる。それはソラ達には見えなかったが、天井を突き抜けて天高くまで切り裂いていた。そして、次の瞬間。それに触発されたかの様に、遠くで雄叫びが上がった。
『『『おぉおおおおお!』』』
「何だ!?」
「B棟とC棟でも反乱を同時に起こしました。今のは、まだ僕らの事を疑っていた人達への最後の一押しです。今なら、A棟に兵士が集まっている。全ての同時蜂起を抑える事は出来ませんからね。こちらには質。あちらは数。勝ち目は十分にあるわけです」
「「……」」
さも平然と誰も出来なかった事をやってのけたトリンに、コンラートもグスタヴも言葉を失った。が、そんな二人に、トリンは首を振った。
「……これは僕が臆病だったから、出来た策です。最初からこの力を振るう事を躊躇わなければ封ぜられていたし、逆にもっと早く決断していれば、お爺ちゃんも死なないで良かった」
トリンはただ冷酷に冷徹に、自身の失態を口にする。これは誰がなんと慰めようと、動かしようのない事実だ。それ故、ブロンザイトは最後に苦しむ事はない、と言ったのである。トリンが後々苦しむ事さえ、彼は想定していたのだ。そしてその言葉で、トリンもブロンザイトの思惑を全て悟ってしまった。
「……もし言いたい事があるなら、ここから脱出出来てから聞きます。だから、今は僕を」
「……いや、何も言うめぇ。何があったかは詳しくは知らねぇ。だが、お前の性格ぐらいは分かってるつもりだ」
自身の祖父の死でようやく決心出来たのだ。それだけトリンにとってこの力を使う事が恐ろしい事だっただろう事は、コンラートにもグスタヴにも察するにあまりあった。故に、コンラートはただ首を振ってトリンの指示に従う事にする。
「グスタヴ。行くぞ。まずはB棟の奴らと合流する」
「おう!」
コンラートの指示に、グスタヴが素直に頷いた。そうして、彼らも兵士達との戦いに乗り出していく。やはり兵士達はソラ達が全員枷が外れているのを見て、浮足立っている様子だった。この様子なら、問題無いだろう。
「……グスタヴさんもこれでよし、と」
そんな仲間達の背を見ながら、トリンは一つ小さく呟いた。これはソラにさえ語っていなかったが、実のところ。グスタヴもまた、内通者だった。が、やはりこちらが優勢であるのを見て、こちらに寝返ったのである。
何より、彼とてコンラートの腕は知っている。曲がりなりにもランクAの冒険者だ。その彼が解き放たれた時点で、自分に勝ち目が無い事は彼が一番よく知っていた。なら素直に従うべきだ、と思ったのである。
「良し。僕も行こう」
これで第一段階は全て突破。トリンはそう一つ頷くと、彼もまた戦いに乗り出していく。そうして、遂にソラ達の脱出戦が始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1656話『受け継がれし遺志』




