第1654話 受け継がれし遺志 ――脱出へ――
ミニエーラ公国の陰謀により、永い眠りに就く事になったブロンザイト。彼が息を引き取った後、暫くの間三人は一言も口を利く事は無かった。そんな彼らがようやく口を開く事になったのは、グスタヴが帰ってきた時だった。
「はぁ……はぁ……持ってきたぞ!」
「「「……」」」
駆け足でラフィタの所へ向かったらしいグスタヴが帰ってきたのを、遺された三人は泣きながら悲しげな眼で見ていた。その眼で、グスタヴもブロンザイトが息を引き取った事を理解した。
「そうか……」
「「「……」」」
沈痛に俯いたグスタヴに、三人はただ泣きながら俯いた。彼は確かに、弟子入りしていない。が、性根が純朴だったからか、実の孫の様に慕っていた。その悲しみは、決して最期を看取った三人に劣るものではなかった。そうして、一時間か二時間か。短くない時間を、四人は過ごす事になる。
「……トリン」
ブロンザイトの遺体を囲み涙を流した四人であるが、最初に口を開いたのはソラだ。彼はブロンザイトの横で膝を折りながらも、同じく自分の逆側のトリンをしっかりと見ていた。
「……お師匠さん。お前に全部分かってるな、って言ってたよな」
この数時間、ソラはブロンザイトの死を嘆きながらもその最後の一言一句を忘れぬ様に何度も反芻して、脳裏に刻み込んでいた。そうして悲しみが僅かに去った後、彼はブロンザイトが何かの策を立てていたのだろうと理解したのだ。
「……教えてくれ。俺達はどうすれば良い」
「……」
ソラの問い掛けに、トリンは一度だけ眼を閉じて涙を拭う。そうして、しっかりと前を向いた。
「コンラートさん。グスタヴさん……僕を信じてくれますか」
「……ああ」
「……おう」
トリンの問い掛けに、二人もまた涙を拭って頷いた。ソラの言葉で、ブロンザイトの死は彼にとって単に可能性の一つでしかなかったのだ、と理解したのだ。
己の死さえ想定した、賢者の計画。その計画の中心は間違いなく、トリンだ。それを信じないというのはすなわち、ブロンザイトを信じないと言っているのと同義であった。そうして、二人に対してトリンははっきりと告げた。
「……一週間、時間を下さい。その間お二人には僕らが接触した者達に再度接触をして、自分達が怒っている姿を見せて下さい」
「どうするつもりだ?」
「最初の計画通り、武装蜂起を起こします」
「……悟られてるぞ、おそらく」
はっきりと告げられたトリンの言葉に、グスタヴが問い掛ける。彼はブロンザイトに学んでいないが、その教えを横で聞いていたのだ。これが狙いだろうというのは、見えていた。そしてそれを理解していないトリンではなかった。
「構いません。いえ、それどころか少しバレる様に動いて下さい」
「……策がある、って事で良いんだな?」
「はい」
コンラートの問いに、トリンははっきりと頷いた。その眼力はコンラートの理不尽に対する怒りの籠もった眼を真っ直ぐ見返しており、彼が賢者の孫でありその全てを受け継いだ者であると理解させた。そうして、その眼を見てコンラートもグスタヴも頷いた。
「……わかった。グスタヴ。そのままぶちまけてこい」
「おう……ボスは?」
「俺も俺で人を集める。元々トリンが腑抜けた事を言いだしたのなら、その時は俺だけでも大暴れしてやるつもりだった。兄弟子が策がある、ってんなら、それに従うだけだ」
グスタヴの言葉に、コンラートがはっきりと明言する。そうして二人が各々の行動に移った所で、ソラがトリンへと問い掛けた。
「……トリン。俺は何をすれば良い?」
「……君は何も。君は今回の作戦で僕と一緒に主力になって貰うからね。それに、幾つかやらないといけない事もある」
「お前と?」
ソラはトリンの言葉に、首を傾げる。トリンは老体のブロンザイトを含めてさえ戦闘力は一番弱かった。その彼と共に反乱においては主力となる。素直に信じられる事ではなかった。更にはまだやる事がある、だ。
「……うん。ソラ……君には僕の秘密を明かすよ。そこで君に殴られても良い。でも、今だけは僕を信じてくれ」
「……わかった」
覚悟をした者の眼で見据えられ、ソラもまた一つ覚悟を決める。ブロンザイトとの会話にどんな意味があったのかは、彼にもわからない。が、あの最後の会話で彼の殻が一つ破られた事だけは、事実なのだろう。そうして、ソラとトリンもまた武装蜂起に向けて動き出すのだった。
さて、ソラ達が悲しみを怒りに変えて動き出した一方、その頃。アビエルはというと、ブロンザイト死去の報を聞いていた。
「そうか……死んだか」
「はい」
「わかった。では、お前は急ぎ公王陛下にこの事をお伝えしてこい。陛下が一日千秋の思いでこの報をお待ちだ」
「はい。調整はいかがしますか?」
「……まぁ、一報を送るだけか。一時間で良いだろう」
「わかりました」
兎にも角にもブロンザイトが死んだのだ。これで懸念の一つが解消されたと言って良い。そしてこれは計画にとって重要な一つの節目でもある。ミニエーラ公王に報告するべきだろう。というわけで、側近の一人が報告に去った後、また別の側近へとアビエルが報告を聞く。
「それで、残った奴らは?」
「今は何もする気力は無いのか、部屋に閉じこもっております」
「見張りは?」
「常に」
そもそもブロンザイトを生かしておけ、と命じたのはアビエルだ。それ故にここまでの流れは彼からしても想定内であり、この後にソラ達が反乱を起こそうとするのは目に見えた話だった。そしてそれが理解できて、対処しようとしない筈がない。
「ふむ……ここからどう出るか、であるが……」
「少なくとも、コンラートかグスタヴは動くでしょう。二人共生粋の冒険者。王都のユニオン支部からの情報ですと、短絡的な所も見受けられるそうです」
「そうか……であれば、なんとかはなりそうか」
アビエルは側近からの報告書を受け取りつつ、一つ頷いた。報告書はコンラートとグスタヴに関する内容だ。少し前にコンラートとグスタヴに関する調査報告書をユニオンに提出させており、改めて確認していたのである。
「分かっていると思うが、下手に踏み込まない様に伝えておけ。外の奴と共に一緒くたに片付ける必要がある」
「ご安心下さい。常に付いている者達は、前回のC棟の時と同じ者です。うかつな事は決して」
「そうか……とはいえ、奴らとて監視が付けられる事は理解しているだろう。適度に監視は外れる様に告げろ。奴らには反乱を起こして貰わねばならん」
「はい」
ブロンザイトの死をきっかけとして、ソラ達に反乱を起こさせる。それがアビエルの目論見だ。その為に、わざわざブロンザイトを生かして帰したのだ。敢えて生かして帰して、彼らの前で死なさせる。
そうする事で適度に怒りを煽るつもりだったのである。これもC棟の時にやった方法だ。しかも巧妙に首謀者と目される者を痛めつけている。こうすることで首謀者を始末しつつ、残った者達の暴走を誘発するのである。カイトの時で例えれば、ソーラを拷問してカイトを焚き付けた、という所だろう。
「良し……さて、後はどれぐらいで動くか……」
「さぁ……とはいえ、そう遅くは無いでしょう」
「そうだな」
ここら、幸か不幸かアビエルは慣れていたと言って良い。そもそもこんな場所だ。何度と無く暴動は起きていた。そんな中、何度か同じ様な手を行った事はあった。それ故、彼は楽観的に考えている様子だった。
「兵士達には武器の用意をさせておけ。あぁ、何時も通り、当日はA棟付近に待機するのは忘れるな。また、飛空艇は闇夜に紛れて入らせろ」
「はい」
アビエルは特段の興味も無かったのか、メガネを拭きながら適当に命令を出す。そうして、ソラ達と共にミニエーラ公国側も行動を開始する事になるのだった。
さて、それから暫く。ブロンザイトが死んだ事を知ったカイトはというと、彼の死に合わせて作戦をプランAに移行した事で、ソラ達の動きに合わせられる様にバイエに待機していた。
そんな彼はバイエに待機しながら、情報屋に接触していた。無論、この情報屋もミニエーラ公国より雇われた者だ。が、カイトは相変わらずそれに気付いていない風を見せていた。
「……そうか」
「ああ……あの中はアビエルって奴が外に出る時だけ、内側と外側の時間が同期されるそうだ」
「……わかった。感謝する。これが代金だ」
「へへ……まいどあり」
カイトの手渡した小袋の中身を確認して、男が嬉しげに笑みを浮かべる。実のところ、カイトはプランBと平行してプランAに動ける様に情報屋には頻繁に接触していた。敢えてここの事を探っている風を見せていたのだ。この中にミニエーラ公国と繋がる情報屋を紛れ込ませられる様にしていたのである。
「……」
去っていく情報屋の背を、カイトは冷たい目で見ていた。また、親しくした者が一人去った。それも陰謀に巻き込まれ、である。ソラと同じ様に、カイトもまた怒りを抱えていた。
「……はっ……馬鹿め。相手が誰かもわからねぇとはな。死んだ程度で、賢者の策が終わる? そんなだから、負けるんだよ」
送られてくる情報から、カイトは誰がミニエーラ公国の息の掛かった者なのかを理解していた。それ故、彼は今回接触してきた情報屋がミニエーラ公国の息の掛かった者だと理解し、そう吐いて捨てる。彼らは誘っているのだ。カイトが乗り込んでくる事を。それに、彼は乗ってやるつもりだった。
「……賢者ブロンザイトの策。それを更にウチの天才魔王とオレが直々に改良したんだ。とことん……いや、徹底的に味わって貰おうか」
今回、カイトは情け容赦無く一気にミニエーラ公国を荒らし回るつもりだ。が、それをためらうつもりは一切ない。それが、死んだ者に報いる事だからだ。
「……さて……」
カイトは手に入れた書類を見ながら、そろそろ動かねばならない事を理解する。それ故、彼は何時ものように通信機を起動させた。
「ティナ。オレだ」
『うむ。こちらは何時でも行ける』
「ああ……情報が入った。今日の夜、鉱山の副鉱山長とやらが外に出るらしい。緊急でミニエーラ公王から呼び出しがあった、との事だ」
『そうか……では、それに合わせて動くべきか』
「ああ……二人には細心の注意を払う様に伝えておいてくれ」
相手が作戦通りに進んでいるのなら、カイト達とて作戦通りに事を進めていた。故に手短な情報だけで、ティナはそれだけで全てを動かす。
『わかっておる。で、カイト。そちらはどうじゃ』
「ああ。良い場所を見付けた。地図を」
『うむ』
カイトの求めを受け、ティナがここら一帯の地図を展開する。そうして、ソラ達が捕らえられている山の南。少し進んだ所にある窪地を指し示した。
「見た所、ここなら大丈夫だ」
『わかった。では、こちらも動こう。夜には到着出来るはずじゃ』
「ああ……気を付けろよ」
『問題は無い。なにせこちらは、じゃからな』
カイトの注意喚起に対して、ティナが一つ笑う。それに、カイトもまた笑う。
「そうだな……アルは?」
『肩身が狭そうじゃのう。ま、仕方があるまいが』
「あはは……もう少し耐える様に言ってくれ。ルーファウスにもな」
『今日までじゃ。放っておけ』
「あはは……さて」
カイトはティナの言葉に笑いながら通信を切断すると、自身も一つ気合を入れ直す。そうして、彼は瞬達の所へと向かう事にした。
「先輩」
「ああ、カイトか。どうだった?」
「今日、動く。全部を今日で終わらせる」
「そうか……わかった。こちらも何時でも行ける」
カイトの報告に対して、瞬は一つ頷いた。ブロンザイトの死去から少し。瞬は何時でも動ける様に準備していた。そうして彼への指示をした後、カイトはカルサへと一つ頷きかけた。
「カルサさん」
「おう……任せてくれ」
「頼みます……オレはあいつらを」
「ああ……わりぃな。兄貴の尻拭いさせちまって」
「いえ……お互い、彼には何度も助けられた。これぐらいはやっておきましょう」
「あはは……だな。ま、弟だ。兄貴の尻拭いぐらいはやってやらねぇとな」
カイトの言葉に、カルサが笑って頷いた。彼には彼の。カイトにはカイトのやるべき事がある。それ故、彼とは一旦ここでお別れだった。無論、一旦だ。ソラ達の救助が終われば、また合流だ。そうして、カイト達もまたこの一件を全て終わらせるべく、行動を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1655話『受け継がれし遺志』




