第1648話 受け継がれし意志 ――ブリーフィング――
ミニエーラ公国の陰謀により囚われたソラ達の救出の為、ミニエーラ公国へと乗り込んでいたカイト。彼はブロンザイトを捕らえてしまった事を把握して事実の隠蔽を行いたいミニエーラ公国の思惑に乗る形で、強制労働施設のある異空間へと乗り込んでいた。
そんな彼が異空間に乗り込んでいた一方、その頃。ミニエーラ公国の公都ミニエーラではカイト達の動きが報告されていた。
「そうか。では乗ったか」
「はい……彼らとしても場所がわからないのは事実」
「まぁ、流石にバイエから東に数百キロの所にある国境付近にあるとは思うまいか」
ミニエーラ公国は確かに小国で、国土面積はカイトが領有するマクダウェル領よりも小さい。が、それでもある程度の国土面積はあるわけで、その中から秘密にされている施設を見つけ出す事は困難と言うしかない。
「が……おそらく当人も罠だろうとは分かっている筈」
「ああ……こちらで雇った情報屋曰く、相当警戒していたとの事だ」
「だろうな。そんな都合よく話が進むはずがない」
諜報部を主導する者の報告に、会議に参加している高位高官の一人が僅かに笑う。が、カイトにとっては罠だろうと手に入れねば先に進めない情報だ、と思われている。なので乗ってくるだろう、と彼らは推測を立てており、案の定乗ってきたと思っていた。と、そんな話をした所でふとミニエーラ公王が問いかけた。
「して、その情報屋は?」
「すでに事故に見せかけ、始末出来る様に手配しております。ご安心下さい」
「そうか。ならば良い」
カイトが見抜いていた通り、あの情報屋は所詮は小物だ。自分が利用されているだけと気付いていなかった。故にカイトに地図を売りつけたその次の日の夜、宿場町にて休んでいる所を事故に見せかけて殺されたそうだ。というわけで、僅か十数秒で彼に関する話は終わりとなり、再びカイトの話に戻る事になった。
「それで、奴らは今、何をしている?」
「は……奴らに張り付けている密偵によりますと、おそらく今日採掘場へと向かった物と思われます」
「であれば、今頃は中か」
「かと」
ミニエーラ公王の推測に対して、今回の一件を主導する高官が一つ頷いた。流石に彼らも本気で動いているランクAの冒険者の追尾が出来るとは思っていない。
そしてそれは実際に動く者達も一緒だ。もし動きが掴めているのなら、それは自分達が罠に嵌められているだけ。そう考えている。なので深追いはするな、と指示されていた。
「ふむ……アビエルから、ブロンザイトに関する報告は来ているか?」
「は……中々にしっぽは掴めないと」
「そうか……むぅ……流石は、と言うしかないか」
相手は賢者と謳われる者だ。ミニエーラ公王とてこの相手のしっぽを掴む事が難しい事ぐらい、最初から分かっていた。が、なんとしてもブロンザイトは殺さねばならない。とはいえ、それを命ぜられるか、というとそうではない。
「陛下……どうされますか? いっそ……」
「……いや、やめよ」
殺すか。高位高官の言外の問いかけに、ミニエーラ公王は暫く悩んだ後に首を振る。そうして、彼はその理由を明言した。
「確かにあの時であれば、それも良かったやもしれん。が、その件についてはアビエルに任せると決定した。あれもそれを前提に、策を立てておろう」
「ですがあまりに時間が掛かれば、助け出されかねませんが……」
「わかっている。無論、その兆候が見えれば殺すしかあるまい。アビエルにはその旨を伝えよ」
「わかりました」
ミニエーラ公王の指示に、高官は一つ頷いた。ブロンザイトが助け出される事だけは是が非でも避けねばならない事態だ。この場合、アビエルに任せている作戦だろうとこちらの方が優先される。
が、カイトが今すぐ動く事が出来ない事は彼らも理解出来ている。故に実際の行動までにはまだ一週間程度の余裕があると考えており、急いで殺させる必要はない、と判断していたのであった。
「で、よ。飛空艇の艦隊についてはどうなっている?」
「は……そちらについては、私の方で艦隊を整えました」
「人員についてはどうした?」
やはり強制労働施設だ。そこを知る者が増えれば、厄介な事になりかねない。故のミニエーラ公王の問いかけに、軍の高官がその対処を語る。
「は……そこについては、可能な限り人員を削減しました。新型の制御機構もこれを機に試験運用に」
「ふむ……もし必要とあらば、諜報部に命じ暗殺しても良い。口外しようとする者は消して良い」
「かしこまりました」
ミニエーラ公王から出された許可に、軍の高官は頭を下げる。そうして、彼らはその後も暫くの間、カイト達への対処を話し合う事になるのだった。
さて、カイトが異空間へと潜入し、ミニエーラ公国側がそんな彼らへの対処を話し合った翌日。カイトはというと、再び強制労働施設に繋がる山の監視をしながらティナと連絡を取り合っていた。
「と、いう感じだ」
『ふむ……であれば、稜線上に飛空艇を隠そうな』
「だろう」
まぁ、当然の話であるが。ミニエーラ公国の考えはカイトにもティナにも見通されていた。伊達に天才と言われた魔王と、それの教えを受けた者ではない。
「さて、どうするかね」
『どうするか、か』
どこかあくどい笑みを浮かべるカイトの言葉に、ティナが笑う。そんなものは決まっていた。
『決まっておろう。相手がこう出ると分かっておるのであれば、それを利用し逆手に取る。此度、敵の人員は少なかろう』
「だろうな……なにせ場所が場所だ。なるべく知られたくはない筈だからな」
『うむ……であれば、よ。くくく……』
「はーい、魔王様がまーたろくでもない事考えましたー」
楽しげに笑ったティナに、カイトはため息を吐いた。というわけで、そちらについては彼女に任せる事にする。
『のう、カイト。ちょいと新アイテムあるんじゃが……どうじゃ?』
「どうじゃ、とはなんだ、どうじゃとは」
『くくく……』
楽しそうだなー。カイトは新アイテムを試したくて仕方がないらしいティナに、只々ため息を吐いた。彼女らしいと言えば彼女らしい。
『まぁ、そう言うてもじゃ。プランBの場合は兎も角、プランAになった場合には必要あろう』
「いや、その前にお前が言ってる新アイテムは何だ。それがわからん事にはゴーサインも何も出せんからな」
『うむ。飛翔機というか飛空艇の建造に立ち会ったお主は知っておろうが、余は飛翔機に安全装置を取り付けておる』
「不時着を安全に行う為に付けた奴だろ?」
ティナの改めての明言に、カイトは何を今更、と問いかける。僅かながらにでも解析されている現在では各国共に知る所で、そのまま使用されている。わざわざ天才が設けてくれた安全装置を外して量産するほど、どこの国も馬鹿ではなかったからだ。
『うむ。というわけで、こんなの作ってみました』
「ほん」
ティナがカイトに提示したのは、地球で言ってみれば9ミリパラベラム弾という所だ。というより、見た所そうにしか見えない。と言っても流石にこんな場所で出すから魔道具なのか、表面には複雑な模様が刻まれていた。が、そんな物をただ出された所で、カイトには何もわからない。
「で、それ何?」
『うむ……ぶっちゃければ飛翔機の安全装置を強引に起動させる弾丸じゃ。地球製の拳銃やライフル銃に入れねば使えぬので、余ら以外には使えんぞ』
「地球じゃ使えそうだがな」
『ま、そこは言いっこなしじゃ。それに、地球の場合は地球の場合でそも飛空艇が無いしのう。更に言うと、これは飛空艇に当てるだけで良いわけでもなし。まだまだ試験段階なので色々と条件が必要でのう。まー、どこかの戦場で試験するか、程度で考えておった代物じゃ』
「使いにくさも満点の様子だな……」
機能だけを聞けば垂涎と言えるわけであるが、条件が重すぎて使えないというわけなのだろう。
「で、その条件ってのは?」
『それは簡単じゃ。飛翔機を狙い撃てば良い』
「中々に難しいな、それは……」
戦闘中ともなれば、小型艇であれば時速数百キロで移動する事も珍しくない。その背後に回り込んだ上で、飛翔機を狙い撃てと言うのだ。中々に難題と言えた。
『うむ。そういうわけなんで、今まで試験しておらんというわけじゃ』
「で、そんな使い難い物をどう使えと?」
『確かに小型艇に当てるのは難しいと言わざるを得んが、他方戦艦や重巡洋艦であれば、使えよう』
「まぁ、あっちは基本固定砲台としての使い方を主眼としてるからな」
『うむ。設計思想の違いじゃな。小型艇はいわば戦闘機と一緒。威力は高くないが、速度や機敏性には優れておる。逆に戦艦や重巡は重く一撃もでかいからの』
当たり前といえば、当たり前の話だ。いくら魔術ありきの世界だろうと、物理法則を全部無視出来るわけではない。どうしても大きくなれば、その分動きは鈍くなる。と、そんな当たり前といえば当たり前の話を聞いて、カイトがふと口を開いた。
「そう言われると、中々にチート武器だな。小型艇……戦闘機は無理として、軽巡級はどうなんだ?」
『狙撃手次第と言えるが……軽巡クラスまでならなんとかなろう。流石に単座の小型艇となると、流石に無理じゃがのう』
「そういや。実体弾だよな? 後々弾丸を回収されて解析、とかは?」
『余が考えておらんとでも?』
「でーしょうね」
自分で考えつく程度の事だ。それをティナが思いつかないはずはないとカイトは考えていた。そしてであれば、対処もきちんと考えられていると考えて良いのだろう。
『これを作るの、すごい苦労したんじゃぞ? 対象に衝突後、刻印をウィルスの様に飛翔機内部の刻印に転送。弾丸に刻み込まれた魔法式はそっくりそのまま転写され、消滅となる。わかりやすーく言ってやれば、この弾丸は単なるウィルスの輸送カプセルの様なもんじゃ』
「なるほどなー……ん?」
どこか自慢げなティナの言葉からおそらくこの部分に相当の技術を注ぎ込んだんだろうな、と頷いていたカイトは、そこでふと何か引っかかる物があったらしい。小首を傾げていた。
『どした?』
「なんかどっかで似た魔術を聞いた気が……あ、そうか。二年前のアメリカの事件の時にニャルラトホテプ共が仕掛けたのが、確かウィルスに似た魔術って話だった気が……」
『おぉ、覚えておったか。うむ。あの時の経験が、この魔術の開発の根底にあってのう』
カイトの言葉を聞いて、ティナが懐かしげに頷いた。何度か述べられていたが、カイトはこれまでに数度、地球で所謂クトゥルフ神話の外なる神と呼ばれる者達と戦っていた。
であれば、ティナもまた交戦していたのである。そんな中には彼女をして見たことが無い、自分を上回る技術であると言わしめる魔術があり、この時に使われたのもまた、そんな物の一つだった。
「地球でもエネフィアでも無い魔術まで遂に組み込み始めましたか、この魔王様は……」
『どやぁ……と、ふざけた良いが、こんなもん、余でもなければ出来んし、何より今はまだ実験的過ぎる。余が出来るのも余が拵えた魔術を書き換えるという程度じゃな。そこまでの利便性はない』
「でも、飛空艇の飛翔機には使える、と」
『余が作った物じゃからな』
「そりゃ、確かに」
そのとおりといえばそのとおりとしか言えない。なのでカイトはティナの言葉に対して、当然と思うだけだ。とはいえ、だからといって問題が全てクリアになったわけではない。
「まぁ、そこらは良いや。だが、プランAの場合にどうやって使うよ」
『ホタルも翔もおるじゃろ』
「……」
そりゃそうだ。あまりにあっけなく解決した問題に、カイトは思わず目を丸くした。そもそも彼の場合は真正面から飛空艇の艦隊と戦えるわけで、おまけに言えば彼こそが主敵だ。背後を狙い撃ちというのは中々に難しい。
が、それは何でもかんでも彼がやってしまおうとするから問題なのであって、出来る者にやらせれば良いだけの話であった。まぁ、ここ市あら区は単独行動だった事もあり、思考からその点がすっぽりと抜けてしまっていたのだろう。
「まぁ、そういう事なら、プランAとなった場合には二人には異空間内部へ潜入する様に指示を出してくれ。オレは外で囮になる」
『それがよかろう。で、そちら天候はどうじゃ?』
「……少し雲行きが怪しいな」
ティナの問いかけにカイトは東の空を見ながら表情を険しくする。やはり山だ。天気は移り気で、雨模様だった。
「明日、行ければ行きたいが……」
『保つまいよ。こちらはすでに降っておる。下手をするとそちらは雪になろう。一国を相手にするのであれば、降雪時の作戦は避けよ。お主のわがままで死ぬのが誰か、しっかりと理解しておろうな?」
「……わかってる。そんな事で死人を出せば、ブロンザイト殿はオレを赦すまいよ……オレもオレを赦せん」
ティナの僅かに強い口調での言葉に、カイトは己の内心の焦りを嗜めて頷いた。もしこれでブロンザイトを助けられたとて、彼は感謝はしてくれるだろう。が、その内心では大いに負い目を感じる事になってしまう。それだけは、避けねばならなかった。故に、カイトは指示を出す。
「作戦は明後日決行する。明日は全員早めに休息を取る様に通達を出しておいてくれ」
『明後日のう……』
「分かるか?」
『相変わらずじゃのう……』
「軍略家としてのオレの得意技は、神速だぜ?」
『くっ……今となっては、道理としか思えぬが……よかろ。お主の意図、きちんと汲んだ。そう動ける様に指示を出そう』
気を取り直して笑ったカイトの言葉に対して、その言葉の真意を理解していたティナも笑って許可を出す。そうしてカイトは再びバイエに戻り、ティナはティナで明後日に備えて指揮に取り掛かるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1649話『受け継がれし意志』




