第1647話 受け継がれし意思 ――潜入――
ミニエーラ公国の陰謀に巻き込まれ、強制労働施設に囚われてしまったソラ達。その救助に動いたカイトは、ミニエーラ公国の意向を受けた情報屋より施設の場所を記した地図を入手する。
それを受けた彼はひとまず、ミニエーラ公国にはすべてが彼らの作戦通りに動いている様に見せつつ、密かに救出作戦の準備を進めていた。そうして、地図を受け取った翌日の朝。カイトはユリィのみを連れて、バイエの東門から密かに出立していた。
「さて……今回も尾行は撒いたし、ここからは移動だな」
「やっぱり寒いねー」
「そろそろ秋も中頃だからな。ここからは寒い日が多くなる一方だろう」
そもそもバイエがあるのが山の中だ。故に標高も少し高く、それもあって少し肌寒い事が多かった。更には移り気な山の天気もある。天候に恵まれず曇り空になれば、余計に寒く感じる事もあった。
「どうする? 一気に行っちゃって、近くで待機する?」
「もち、そのつもりだ」
ユリィの提案に頷いたカイトは、笑って地面に手を当てて地脈に接続。地脈の流れを読み取って、異空間へ繋がる流れに乗って転移術を起動した。と言っても彼らが言っていた通り、このまま一気に異空間に乗り込むつもりはない。
情報屋から情報を仕入れているが、それ以外にも実際に見て分かる事がある。彼はギルドを預かる身だ。焦って万が一を引き起こすわけにはいかないのだ。故に逸る気持ちを抑えながらも、一日設けた。この一日で徹底的に調べ上げるつもりだった。
「良し」
地脈から出たカイトは、少し周囲を見回して自身が望んだ通りの場所に転移出来ていた事を確認する。そこは情報屋が持ってきた異空間への出入り口がある山ではなく、それが見れる山の上だった。
「ここらは発展してないね」
「主要な航路からは外れてるし、更に東に行けばもうそこは教国だからな。二百キロもない。バイエの北にある山とはまた別に危険地帯だったんだ。発展は遅れても無理はないさ……まぁ、戦略的な価値も無いから放置されたらしいが」
数ヶ月前まで、教国は全方位に戦争を吹っ掛けていた。皇国がそうである様に、ミニエーラ公国もまた教国と隣接する場所は被害を受けており、それ故にここらは発展がしていなかったようだ。
そしてそれ故、それを隠れ蓑に強制労働施設を設置出来たというわけなのだろう。教国側としても山林である事を考えれば、ここらから攻め入るのは無理があるだろう。そうして、彼らは二時間ほどそこから異空間の出入り口を監視する事にする。
「ふむ……飛空艇は……基本は南西からか。大半あっちからしか来ないな」
「あっちだと……ちょうど公都ミニエーラがある方だね」
「ということは、近隣の基地もここの存在は知らなさそうか」
地図――情報屋の地図とはまた別――を拡げながらカイトへと情報を投げ渡すユリィの言葉に、カイトは増援は無さそうだと判断する。これなら、最初に展開している敵を蹴散らすだけで良いだろう。ペース配分の指示にも役に立つ。
「どうする?」
「さて……どうしたもんかな」
二時間ほど監視したわけであるが、飛空艇の往来はそこそこある様子である。当然といえば当然だろう。外と中では時間の経過が違う。外では一時間でも、中では何日も経過しているのだ。となれば、資材や人員の搬送を考えれば一日に何度かは飛空艇が来る必要があるのだろう。
「巡回の飛空艇は……小型艇が10隻。山の幾つかの所に監視。巡回もそこそこ……厳重な警戒か」
「当然だろうねー。輝鉄鉱、安くはないし」
「純度が高くないと、手間が掛かるからな」
そもそも、ミニエーラ公国が異空間の中の時間を歪めたのは精錬の時間が掛かるからだ。採掘や加工にはさほど時間は掛からないのであるが、やはり魔金属だ。精錬には特殊な方法が必要となる。
どれだけ急いでも精錬にはおよそ半年近くの月日が必要となる、というのが通説だった。と言ってももちろん、これは急いだ場合だ。普通は加工やら休憩を考えた場合、本来は一年は必要となる計算だった。
「ふむ……含有量はどれぐらいだろうな」
「わっかんないけど……ミニエーラ公国の輝鉄鉱は結構、高品質で知られてるね」
「ふむ……含有量次第だと相当量を精錬してる、って所か」
カイトは魔道具の作製はしないのでよくは知らないが、冒険者として活動すれば輝鉄鉱の話は少しは耳に入る。ミニエーラ公国はかなり有名な産出国で、品質は高いという評判はカイトも聞いた事があった。そうして、カイトは次の一手を考えるべく双眼鏡を手に取った。
「徒歩の入り口はあそこ、と……」
見るのは、異空間への徒歩での出入り口。やはり何時も何時でも飛空艇で乗り入れていれば怪しまれる。なので獣道に近いが道も整備されており、馬車や竜車でも出入りしている様子だった。重要な物資は空路で、それ以外の物資は陸路で、というわけなのだろう。
「後一時間ぐらい、巡回やらを見張るか」
「その後は?」
「乗り込む。幾つか行けそうなポイントを見付けた」
異空間に繋がる山を見ながら、カイトはなんとかなると判断する。どうやら、あの山にある洞窟が異空間に繋がっていると考えて良いのだろう。馬車が入る大きな洞窟以外にも、幾つかの亀裂が兵士達によって見張られていた。
「どうやるの?」
「オレの速度なら、目視されずに突破出来る」
「強引っていうかむちゃくちゃって言うか……」
相変わらずぶっ飛んでいるといえばぶっ飛んでいる。が、出来るのだからそれをしない手はなかった。というわけで、ユリィも呆れながらもカイトの肩に座る。入るのなら、移動する必要があった。
と言っても、流石にここから直接というわけにはいかない。近付く必要がある。というわけで、二人は森の中を進んで巡回の兵士達を掻い潜りながら、幾つかの洞窟の入り口を見回る事にする。
「……ここかな」
「ああ……緩んでる」
カイト達が目を付けたのは、大凡人が二人ぐらい通れるか、という程度の入り口だ。ここもしっかりと異空間へと繋がっているらしく、兵士達が常駐していた。が、その兵士達の気は緩みきっており、座って読書をしたり音楽をかき鳴らしたりしていた。
「てーか、俺達こんな所で何してんだろうな」
「しゃーねーだろ。じゃんけんで負けたんだから」
「良いよな、下の奴らは楽で」
「こちとら、飯食いに行くにしても何にしても下まで下りないと行けないからな」
どうやら、兵士達は不満が溜まっているらしい。まぁ、ここはろくすっぽ整えられておらず、おそらく彼らが持ち込んだのだろう椅子や簡素な休憩スペースがあるだけだ。大凡常駐に耐えうる環境が整えられているとは言い難かった。
「……これなら、余裕か」
兵士達の気は緩みきっており、誰かが来るとは想定さえしていない様子だった。まぁ、魔物を避ける結界は展開されており、最寄りとなるバイエからはかなり離れている。
場所としては教国とミニエーラ公国の国境とバイエの中間地点という所だ。大凡、誰かが来るとは思えない。せいぜい飛空艇が稀に通りかかるという程度だが、その飛空艇だって教国へ向かうごく僅かな便だ。気が緩んでいても当然だろう。というわけで、カイトは<<縮地>>で一気に駆け抜けた。
「ん?」
「どしたー?」
「いや、今何か通り抜けた気がしたんだが……気の所為か」
「大方、虫でも通り過ぎたんだろ」
「だーろうな」
音楽を聞いていただけの兵士はどうやら、何かが通り過ぎたかな、というぐらいの気配は感じたらしい。どれだけ高速だろうと、通り抜けた以上ある程度の気配の揺れはある。仕方がない。が、それに対して本を読んでいた兵士は何かを気付いた様子さえ無かった。
「……警戒ご苦労」
再び呑気に暇つぶしに入った兵士達を尻目に、洞窟に潜り込んだカイトは更に先に進む事にする。流石に洞窟の中を<<縮地>>で進むわけにはいかない。なのでここからはゆっくり、しかし巡回の兵士に気を付けながら進まねばならないだろう。とはいえ、だ。ここは洞窟。しかも光源が焚かれている様子はない。というわけで、例によって例の如く闇色の衣を取り出した。
「さて……」
シャルロットの力が宿る法衣を身に纏い、カイトは適当に進む事にする。どうやら、そこそこ広いらしい。幾つかの分かれ道で分かれている様子だった。
「……巡回は……居ないっぽいね」
「気配も流れてないか……」
自らの感覚で気配を読むカイトと、極小にまで細くした魔糸で周囲の状況を窺うユリィ。二人は警戒しながら、歩いていく。一応巡回は居ないではないが、どうやらそこまで厳重に警戒しているわけではないらしい。かなりの頻度でサボっている様子があった。とはいえ、それならこちらには好都合と言える。
「はぁ……あー……外出てぇ」
「てーか、巡回しろって言ったってなぁ」
「こんな辺境まで誰が来るんだよ」
気を抜いている所を通り過ぎたカイトに、見張りの兵士達は一切気付かない。シャルロットの力の宿った法衣に、神使であるカイトとその加護を得ているユリィという二人だ。見通しの悪い洞窟内で気を抜いている兵士では気付く様子さえ無かった。
「……」
こんな見張りの屯している場所を普通に幾つか越えて、二人は洞窟を奥へと進んでいく。まぁ、おそらくあの馬車等が入る出入り口なら一直線なのだろうが、脇道に逸れているルートなのでそこそこ時間が掛かる様子だった。と、そうして暫く進んでいくと、唐突に僅かな違和感を感じる事となる。
「……入ったな」
「うん」
違和感は異空間と実空間の境目を越えた時に感じる感覚だ。であれば、もう異空間に入ったという事なのだろう。そうして更に少し進むと、大きな通路へとたどり着いた。
「最終的には、ここで合流するわけか」
「どうする?」
「いかないわけにはいかないだろう」
ユリィの問いかけに、カイトは一つ気合を入れ直す。ここまで来たのは、この中を偵察する為だ。であれば、進まねばならないだろう。というわけで二人は大きな通路に出て、壁伝いに外を目指す。が、どうやらそこまで距離はなかったらしい。すぐに外へとたどり着いた。
「……うん? ここは……」
「畑?」
「みたい……だな」
洞窟を抜けた二人が見たのは、周囲に広がる広大な畑だ。ソラ達が聞いた食料を生産している場所だった。採掘場がどこかは二人にはまだわからないが、少し離れた所には幾つかの建物が見えた。とりあえずそちらを目指すが、その前に畑が何かを確認しておく事にした。
「ふむ……ユリィ」
「はーい……えーっと……これはじゃがいもに、豆……ひよこ豆に、大豆、色々ありそう……かな。気候は……春から夏って所かな」
「あっちは?」
「あっちは……多分、葉っぱの形からトマトとかだと思うよ。更に向こうは言うまでもなくとうもろこし、と」
「規模から見て労働者の為の食料を生産してる、って所か……」
数百ヘクタールはあるだろう巨大な農場に、カイトはここがこの中で働かされている者たちの為の食糧生産施設だと把握する。そうして、彼は更に周囲を見回す。
「ふむ……監視の高台が……おぉおぉ、こりゃ凄い」
見えるだけでも数十はある監視の高台に、カイトは思わず苦笑を浮かべる。まぁ、ここまで多いのはここらには背丈の高い草木もあり、死角が多くなってしまうからだろう。
遠くにあるとうもろこし畑に隠れられては面倒だし、それだけでなく少し背丈の高い草木であれば屈めばなんとか隠れられる。更には、遠くには採掘場もあるのだ。そちらから脱走者が出た場合に、という所でもあるのだろう。
「良し……さっさとあっちの建物へ行ってみるか」
「りょーかい」
カイトの言葉を受け、ユリィが再度彼の肩に腰掛ける。そうして、二人は高台に居る監視の目を掻い潜りながら、更に先へと進んでいく事にした。
「どの建物行く?」
「んー……とりあえずあの近いので良いだろう」
まず二人が目指したのは、4つある建物の内一番こちらに近かった建物だ。これはこの異空間を統括する兵士達が待機する中央建屋だったのだが、二人がそれを知る由もない。と、そうして建物の側にたどり着いて、二人の耳にも採掘を行う物音が聞こえてきた。
「ふむ……この先かな」
「迂回する?」
「……上の方が楽そうじゃないか?」
「じゃあ、先行くね」
「頼む」
カイトの要請を受け、ユリィが彼の肩から浮かんで屋上へと先行する。一応見付かる様なヘマはしないが、それでも先行して確認出来るのならそちらの方が良い。
それを考えれば、小柄なユリィが先行してカイトが続いた方が良かった。そうして、暫くの後に屋上の縁から彼女が顔を出してジェスチャーで合図する。それを受けて、カイトはジャンプ一つで屋上へと飛び乗った。
「っと」
「おけ」
「良し」
着地するなり己の肩に腰掛けたユリィに、カイトは一つ頷いた。そうして、屈みながら着地したとは逆側の屋上の縁に移動していく。
「……うわー……ド派手に採掘やってるねー」
「これだけの人員……どうやって集めたんだか」
縁に移動して外を見て、二人は思わず苦笑する。数百人単位で働かせていれば、驚きもするだろう。そうして、二人は少しの間採掘場を偵察する。と、そんな時だ。ユリィがカイトの裾を引っ張った。
「どした?」
「カイト、あれ。あのトロッコ」
「あれは……トリンか」
ユリィが見付けたのは、丁度空になったトロッコを操作するトリンの姿だ。どうやらそのまま採掘場の方へと向かっている様子だった。
「ふむ……ということは、この線路の先には精錬所がありそうか……ん?」
「あ……」
トリンを見ながら線路の続く先を見据えたカイトであったが、トリンが移動した先に見知った人影を見て僅かに笑みを浮かべる。
「随分と成長した様子じゃねぇか」
「ね」
カイトが見付けたのは、言うまでもなくソラの姿だ。が、ここは異空間でも調整が甘いらしい。肉体の方もある程度は時間経過に見合った成長を遂げる様子で、見知った姿より随分と成長している様子だった。そうして僅かな安堵を得た彼であるが、その周囲にブロンザイトの姿が無い事にすぐに気付く。
「……カイト、小箱は?」
「……大丈夫だ。まだ生きてる」
小箱の中を見たカイトは、ユリィの問いかけに首を振る。まぁ、カイト達はブロンザイトが精錬所で働かされている事を知らない。なので居ないのを知らないのだ。死んだと思っても不思議はない。
そうして、二人はその後少しの間は建屋や採掘場、侵入ルート等を偵察して、ソラ達と接触する事もなく異空間を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1648話『受け継がれし意志』




