第1644話 受け継がれし意志 ――開幕直前――
ミニエーラ公国の陰謀により、捕らえられてしまったソラ達。彼らの救助の為、ミニエーラ公国にカイトは瞬、ユリィと共に乗り込んでいた。そんな彼はロツやバイエの北にある村を経由しつつバイエへと入ると、そこでブロンザイトの弟にして自分達に先んじて行動していたカルサと合流する。
そうして彼との間で作戦会議を行っていた一方、その頃。そんな彼の情報はミニエーラ公王の耳にも入る事となっていた。
「みすみす取り逃がしただと!? なぜだ!?」
「はっ……どうやら、彼らは監視に気付いていた模様。監視を操り、偽りの報告を出させたのだと」
「な……」
軍の暗部を取り仕切る高官の返答に、ミニエーラ公王は絶句する。そうして、盛大に頭を抱える事となる。
「名前が一緒な点を見込んだとばかり思っていたが……伊達にエンテシア皇国が鳴り物入りで宣伝したわけではないか……」
「どうしますか?」
「むぅ……」
侮っていた。苦い顔のミニエーラ公王の表情が、何より雄弁にそれを物語っていた。が、これは仕方がない。ミニエーラ公王だけではなく、各国揃ってカイトの力量を侮っているからだ。
というのも、彼は本来はランクAには到達出来ない腕なのだ。これは大陸間会議に関わる件だった為、各国が知っている。無論、それに見合った功績をラエリアで上げているわけであるが、それは他大陸だ。
ここは地球ではない。そう簡単に他大陸の正確な情報を入手出来るわけがないのである。故に大半の国はカイトがランクA相当の実力を持っている、と言われても信じられないのである。
「暗殺は可能か?」
「……わかりません。奴らはあまりにこちらの想定を上回っている。しかも、仲間が居なくなった関係で油断もしていないでしょう。ブロンザイト達と同じ手を使えるとは、思いません」
「むぅ……」
軍高官の返答に、ミニエーラ公王は何度目かになる唸り声を上げる。ブロンザイト達さえ騙せたのは、あくまでもミニエーラ公国軍という正規の軍という信頼があればこそだ。
が、カイト達は今、そのミニエーラ公国軍そのものを疑っている事は明白だ。操った、という事は彼らを見張っているのがミニエーラ公国軍である事を理解したと考えて良い。警戒されないはずがなかった。
「なんとしても、奴らを仕留めろ。ブロンザイトを片付けたとて、奴らに気付かれてはすべてがおしまいだ。なんとしても奴らだけは、片付けろ。どんな手を使っても構わん」
「かしこまりました。精鋭を送りましょう……中の者たちについては?」
「……」
どうするか。軍高官の問いかけに、ミニエーラ公王は再度悩む。カイト達の始末は絶対だ。が、ブロンザイト達は捕らえられている。故に悩ましい所だった。
「……確か……あの採掘場には一人、厄介な尋問官が居るという話だったな?」
「ええ……名前は確か……」
「別に名前は良い。もし何かがあって尋問の必要があれば、あれに担当させるようにアビエルに指示を出せ」
「殺さぬのですか?」
ミニエーラ公王の指示に、軍の高官は首を傾げる。もうここまで至っているのだ。殺してしまっても良いはずだ。これに、ミニエーラ公王は僅かに狂気の滲んだ笑みを浮かべる。
「無論、殺すとも。が、アビエルの奴に一つ献策をされてな。それを思い出した。奴にはこれですべて通ずるはずだ」
「わかりました。では、そのままをお伝え致しましょう」
「うむ……これで、後はあの冒険者共だけか……」
これでブロンザイト達についてはなんとかなるだろう。そう判断したミニエーラ公王は僅かにほくそ笑み、しかし一転苦い顔でカイト達の対処を考える。
ブロンザイト達は捕らえているのだ。最悪はそのまま放置でも良い。が、カイト達はなんとかせねばならなかった。精鋭を送る、とは言っていたがそれで大丈夫とは彼は露とも思っていないらしかった。
「……」
どうしたものか。ミニエーラ公王は次の対処を考える。そうして、彼はカイト達の対処を考える為、眠れない夜を過ごす事になるのだった。
少しだけ時は進み、バイエのカイト達。彼らは温泉にてゆっくりと疲れを癒やすと、そのまま床に就いていた。やはり二日も無理な行軍をしたからだろう。瞬は早々に寝息を立てており、カイトもまた安らかな眠りに落ちている様子を見せていた。そんな彼らの上に、複数の人影が落ちる。
「「「……」」」
人影はカイト達のベッドの周囲に音もなく忍び寄ると、目だけで合図を取る。ベッド一つにつき、四人。総勢で十二人だ。三人が強引にカイト達の動きを押さえ、最後の一人が問答無用に毒を塗った短剣を突き立てるつもりだった。と、そうして三人が一斉に押さえにかかった瞬間、カイトとユリィの姿がかき消えた。
「ふぁー……おはようさん。あ、夜遅くまでお仕事、ご苦労さん」
「うにゅ……眠い……」
「「「っ!?」」」
今の今まで寝ていたはずなのに、一瞬で目を覚まして消えたカイト達に暗殺者達が思わず驚きを露わにする。なお、一人で眠っている瞬であるが、彼についてはカイト達が予め結界を展開しており位相が僅かにずれていて、暗殺者達が彼の実体を掴む事は出来ていなかった。
無茶をさせたので今宵ぐらいは眠らせてやろう、という二人の配慮であった。そんなカイトであったが、指を一つスナップさせて暗殺者達ごとバイエの外へと転移する。そうして、目を擦りながら教えてやった。
「あー……オレ、暗殺者ギルドで対アサシン用の訓練とハニトラ対策の訓練受けてんだよ。なんで、お前ら程度で暗殺狙った所で無駄」
暗殺者ギルドで対アサシン用の訓練。そんな物が存在している事さえ知らなかった暗殺者達は事の真偽を判断しかね、僅かな困惑を浮かべる。嘘と断じるには、あまりにカイトの腕が見事過ぎた事があったようだ。その一方、カイトは眠気覚ましとそのまま語っていた。
「つーわけで、床の上での暗殺対策から毒殺まで手広く仕込まれてるんで。殺気感じりゃ嫌でも起きる。つーか、あの人もあの人でガチでスパルタやるんだよ……お前らが採掘場でやってる様な空間でみっちり仕込まれたわ……ふぁー……眠た……」
「くー……」
カイトが眠そうに目を擦り、ユリィが半ば寝てしまったのは当然といえば当然なのかもしれなかった。なにせ世界最強の彼にとって、この程度の相手なぞ寝ていようと警戒にも値しないのだ。そもそも彼の堅牢な障壁の前では、本来ならば掴む事さえ出来なかっただろう。
「あー……てーか、女抱く時ぐらい身の危険なんか考えたくねー……ヤッてる時に殺るのは基本ってこえぇよ……まぁ、だから古来から女による暗殺が成立するんだろーけど……ふぁ……あー……とりあえず、さっさとやろうや。寝たい」
「「「っ」」」
流石にここまではっきりとやる気を見せなければ、いくら無個性かつ無感情を叩き込まれている腕利きの暗殺者達とて苛立ったようだ。しかも、カイトは明らかに演技でやっているわけではない。尚更腹が立った。そうして、暗殺者達が一斉に襲いかかる。
「……はぁ……神陰流、<<転>>。お前らには過ぎた技だが……眠いんでこれで勘弁してくれ」
暗殺者達が一斉に襲いかかった一瞬の後。当然であるが、立っていたのはカイトだけだった。いくら眠たかろうが、彼は世界最強の男である。暗殺に失敗した暗殺者如きが勝てるわけがない。一瞬の内にすべてが斬り伏せられていた。
「はぁ……終わり終わり」
無感情に、無感動に。カイトは暗殺者達を始末すると刀に付着していた血糊を軽く一払いして払うと、そのまま納刀する。元々彼は見知らぬ誰かを殺す事に対して、大した痛痒はない。なので猛る事もなく、そのままその場を後にする。
更に言うと普通なら脂を拭ったりする必要があるのだろうが、使っているのは村正の最上大業物である。その刀身には刀身を保護するべく薄い魔力の膜が展開されており、これだけで問題はなかった。と、そんなわけで普通に歩き出したカイトであったが、そこにユリィが口を開いた。
「カイトー……後始末わしゅれてりゅー……」
「あ……これで良し」
舌っ足らずな口調で言われたカイトは後始末を忘れていた事を思い出すと、魔術で暗殺者達の遺体を消滅させて再び歩き出す。そうして、そのまま二人は帰って再び眠りにつく事にするのだった。
さて、時は進んで翌日の朝。ミニエーラ公王はカイトに送った暗殺者達の首尾を聞いて、やはりと思うだけだった。
「そうか……やはり暗殺は無理か」
「は……送ってはみたものの、一瞬の内に仕留められた模様。空間置換により、外で始末されたのを確認しております」
「当然か……」
ミニエーラ公王は苦い顔だったものの、これが成功するとは彼も思っていなかった。カイトはすでにミニエーラ公国が敵に回っているだろうと読んでいる。であれば、暗殺は警戒するだろう。罠の一つも仕掛けられようものだった。単に成功すれば儲けもの、というだけにすぎない。
「やはり、曲がりなりにもランクB以上の冒険者という所か。この程度ではな」
「はぁ……」
「それで、アビエルに例の件は伝えたか?」
「はっ。委細承知と伝える様、言伝を預かっております」
ミニエーラ公王の問いかけに、軍の高官は一つ頷いてアビエルからの伝言を報告する。現状、ブロンザイトの件は急務だ。故にこの指示は昨夜の会議の後すぐに伝えられたらしい。それに、ミニエーラ公王は一つ頷いた。
「そうか。であれば、問題はない……ああ、そうだ。合わせて伝令を出せ。流石に相手は賢者と言われる者だ。ヒューイはどうでも良いが、奴に不足があると困る。事が起きる時には、外に出ておく様に命ぜよ」
「わかりました……ですが、そうなると中に不足があるのでは?」
「完全にお膳立てまでしてやっているのに、か? いくらあれが愚鈍とは言え、流石にこれだけお膳立てしておいてやって鎮圧出来ぬ、という報告は私も聞きたくないな。単にC棟の時と同じ事をすれば良いだけだ」
「確かに」
僅かに苦笑するミニエーラ公王の言葉に、参列したミニエーラ公国の高位高官達も同じ顔で頷きあう。反乱をすべて掴んだ上で起こさせて、しかも彼らの予定ではその時にはブロンザイトは亡き者になっている予定なのだ。
いくら暗愚と言われるヒューイとて、この程度の鎮圧は出来るだろうと彼らは考えていた。それでもアビエルを出すのは、それに乗じて何者かが彼を狙う可能性を考えての事に過ぎなかった。
「さて……そうなるとますます面倒なのが、あの者らよ」
強制労働施設については、これで良い。となると次に考える事はカイト達の対処だ。そうミニエーラ公王が告げたのに合わせて、高位高官達も頭を悩ませる。
「いっそ、何らかの罪をでっち上げてひっ捕らえては?」
「引っ捕らえる、と言ってもどうやってやるのだ。現状、それが出来るのは街中ぐらいよ。が、そうなれば流石に目撃者は多数。皇国はこれ幸いと介入してくるぞ」
ああでもないこうでもない。高位高官達はカイト達への対処を話し合う。三人をなんとかしなければならないのは確定だ。暗殺者が仕向けられた事から、彼らはもうミニエーラ公国の暗部がソラ達の失踪に関わっている事を把握しているだろう。このままの放置は最悪、皇国の介入を招きかねない。それだけは、避けねばならなかった。
「いっそ、奴らをおびき寄せては?」
「どうやって、おびき寄せる」
高位高官の一人の言葉に、ミニエーラ公王は興味深げに問いかける。それに、提案した者が口を開く。
「は……奴らはいずれ、あの場を嗅ぎ付けましょう。あそこは冒険者であればバイエから程遠くない。であればいっそ敢えて場所を掴ませ、そこで始末すれば良いのでは、と……」
「なるほど……確かに採掘場には飛空艇の艦隊を隠せる場所もある。しかも、異空間故に多少大事になっても問題はない」
「ふむ……であれば、飛空艇の艦隊に増員を掛けるか。どこか可能な隊はあったか?」
どうやら、この策は比較的悪くなかったらしい。高位高官達は口々にこの提案への修正を行っていく。そうしてそれがある程度の所になった所で、先に提案した者が改めてミニエーラ公王へと問いかけた。
「陛下。この様な策で如何でしょうか」
「うむ。それなら良かろう。いくらランクAの冒険者とて、飛空艇の艦隊を相手には出来ぬ。一隻二隻であれば、落とされても良い。なんとしても奴らを仕留めよ」
「「「はっ」」」
ミニエーラ公王の許可に、高位高官達が頭を下げる。それに彼は一つ頷いて、更に続けた。
「うむ。ただ、おそらく奴が仕掛けるのは反乱と同時になろう。反乱にかまけて奴を仕留め損なう事のないよう、飛空艇の艦隊には奴の討伐を優先する様に命じよ。所詮、武器を持たぬ奴らよ。鎮圧に飛空艇なぞ必要あるまい。またお主らも危惧している通り、飛空艇が増えれば反乱も起こせまい。奴に対応する飛空艇の艦隊は採掘場からは見えぬ様に隠せ」
「「「はっ」」」
続いたミニエーラ公王の指示に、再度高位高官達が頭を下げて了承を示す。そうして、両陣営はそれぞれの目的の為、行動を開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1645話『受け継がれし意志』




