第1640話 受け継がれし意思 ――入国――
ミニエーラ公国の陰謀により、ソラ達が強制労働施設に送られておよそ40ヶ月。倒れたブロンザイトの介抱をしながらも、ソラ達は必死で脱出に向けて準備を進めていた。
その頃、外ではすでにカイトがミニエーラ公国入りを果たしていた。と言っても、今はまだミニエーラ公国に怪しまれたくない。なので表向きは行方不明になった仲間を探すべく、足跡を辿るという事にしてロツに降り立っていた。
「……」
ミニエーラ公国に入国したカイトであったが、その手にはブロンザイトから受け取った小箱があった。と、そんな彼にその入国に同行した瞬が問いかける。
今回、先遣隊として来たのは二人とユリィだけだ。他の面子についてはティナと桜率いる本隊が後から来る事になっていた。
「カイト。ここ暫く頻繁にそれを見ているが、一体それはなんなんだ?」
「これか……? これは……そうだな。ソラの命綱、という所か」
瞬の問いかけに対して、カイトは小箱を大切そうに抱えながらそう告げる。
「そんな物が?」
「ああ……まぁ、詳しい事は遠からずソラから聞けるだろう。とりあえず、先輩も警戒を怠らないでくれ」
「ああ、分かっている」
カイトの指示に、瞬はしっかりと拳を握る。すでに彼もミニエーラ公国が敵の可能性を知らされている。ここは敵地にも等しかった。
「それで、まずはどこに行くんだ?」
「まずはここから南にあるバイエという街を目指す。ソラが消息を絶った街だ」
「わかった……そこまではどうやって?」
ここら、やはり行方不明になった者の捜索というのは瞬はしたことのない作業だ。そして相手は小国と言えども国だ。迂闊な行動は出来ない。故にすべてカイトの指示に従う事にしていた。そうして、そんな問いかけにカイトは南の方を指差した。
「あの山、見えるか?」
「ああ……あの高い山か?」
「あれを越えて一気にバイエに向かう」
「一気に?」
「ああ」
瞬の問いかけに、カイトは一つ頷いた。今彼が指差したのは、ブロンザイトが危険と言っていた山だ。カイトはそれを一気に越えるつもりだった。
「かなり難易度の高い山だが……」
「大丈夫なのか?」
「何のために、先輩だけだと思ってる?」
「つまり、それだけというわけか」
「ああ」
どうやら自分しか供が居ないという話で、瞬はこの山越えが難しい事を理解したらしい。と、そんな二人の所に、ユリィが帰還する。
「カイトー。連絡のあった宿、わかったよ」
「そうか……とりあえず、そこへ向かおう」
「宿? 今日出るんじゃないのか?」
「出る……が、その前にやっておかないとダメな事があってな」
訝しんだ瞬の問いかけに頷いたカイトは、ユリィの案内に従いながら歩き出す。その後ろを、瞬もまた歩き出した。と、その道中だ。カイトが小声で瞬に告げた。
「先輩……基本、街中はユリィが偽装の為の結界を展開する。そこから出る場合は気を付けろ」
「どういう事だ?」
「見張られてる……わりと腕利きだな。ミニエーラ公国軍の諜報部隊だ」
カイトは視線を動かさず、瞬へと告げる。それに瞬も僅かに戦闘向けの思考に切り替え気配を読むと、確かに僅かだが視線を感じた。
「……明らかに俺達を見ているな」
「ああ……どうやら、相当オレ達を警戒しているらしい。まぁ、当然か」
ミニエーラ公国にとって輝鉄鉱は主要産業の一つだ。ソラ達が収容されている強制労働施設は、その一大生産地の中でも最重要施設と言える。
相手からすれば、カイト達はそこを探ろうとしているにも等しいのだ。しかも片やランクAの冒険者で、皇国が鳴り物入りで宣伝している。最初から最大限の警戒をしていた様子であった。
「撒くか? それとも潰すか?」
「撒く……が、その為にも表向きは一旦はソラ達の通ったルートを通る必要がある」
「わかった」
カイトの指示に、瞬は一つ頷く。ここは敵地にも等しいのだ。油断は出来そうになかった。そうして三人がまず向かったのは、カルコスが経営する宿屋だ。
「いらっしゃいませ。三人ですか?」
「ええ……申し訳ありません。実は私はブロンザイト殿の知り合いの冒険者で、こういう者です」
「はぁ……ギルドマスター様でございますか」
唐突に出された冒険者の登録証とギルドマスターの証に、宿屋の受付が首を傾げる。まぁ、当然だろう。ここに来る冒険者は一日当たりでさえ両手の指では事足りない。逐一覚えてなぞ居られなかった。
「支配人のカルコスさんにお会い出来ますか。ブロンザイト殿と知己で、ソラ・天城の所属するギルドのギルドマスターが危急の用で訪れた、と言えばお分かり頂けるはずです」
「はぁ……かしこまりました。少々、確認を取らせて頂きます」
とりあえずカイトは嘘を言っている様子はないし、クレームの類でも無さそうだ。さらに言えば流石にブロンザイトの名は知っていたらしい。それ故、受付もカルコスへと取り次いでくれる事にしたようだ。そうして暫く。受付がカイトへと声を掛けた。
「カイト・天音様。おまたせ致しました。支配人がお会いになるそうです。ご案内致します」
「ありがとうございます」
どうやら案内してくれるらしいコンシェルジュの後ろに従って、三人は支配人室へと通される。そうしてたどり着いた支配人室では、カルコスが椅子に腰掛けていた。
「おまたせしました。総支配人のカルコスです」
「カイト・天音です。この二人はソラと同じく、私のギルドのメンバーです」
「はじめまして……ああ、案内ご苦労。戻って良いぞ」
カイトと握手を交わしたカルコスはカイトの手早い紹介に頭を下げる。そうして、案内してくれたコンシェルジュが去った後。カイトはまず頭を下げた。
「お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「いえ……それでブロンザイトさんのお知り合い、という事でしたが」
「はい……その前に、一件お伺いしたい事が」
「なんでしょう」
座って早々に切り出したカイトに、カルコスはかなり急ぎの案件である事を把握する。が、その彼も流石にこの次のカイトの言葉には、仰天する事となった。
「そちらのお二人……信頼出来る相手ですか?」
「なんですか、藪から棒に……」
「気分を害したのなら、申し訳ありません。ですが、重要な事なのです」
「……もちろんです。この二人は私がこの宿を経営してからの最古参の二人。この二人の為なら、私は命を捧げても良い」
カイトの真剣な目で、カルコスも彼が冗談で言っているわけではないと把握したらしい。暫く考えた後、一切の迷い無い目ではっきりとそう請け負った。それを受け、カイトは深く頭を下げた。
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
「そこまで、仰られるのです。何か、よほどの事があったとお見受けします」
「ええ……これから話す事は決して、口外なさいませんようお願いします」
襟を正したカルコスに、カイトはソラ達の消息が途絶えた事。情報屋の情報からおそらくミニエーラ公国がその失踪に関わっているだろう事等を伝えていく。それを聞いた後、カルコスは非常に目を見開いて驚きを露わにしていた。
「まさか……ブロンザイト殿が? 本当なのですか?」
「はい……そう言えば少しお話された、という事でしたね。ソラが一時的に弟子入りしているという事は?」
「ええ……二ヶ月の間、弟子入りさせてもらっていると彼から」
「そうでしたか……それなら、話は早い。彼は本来、公都ミニエーラにて皇国行きの便に乗る予定だったのです。その彼が何も知らせず、ブロンザイト殿と共に公都から南に行くとは考えにくい」
「なるほど……そう言えばブロンザイト殿もミニエーラでソラと別れる、と仰っておいででしたね……」
思い返せば、確かに可怪しい。カルコスも当時を思い出して、一つ唸る。そんな彼に、カイトは告げた。
「……これは先程の話です。我々がロツに降り立った際、即座に尾行が付きました。おそらく、ミニエーラ公国もブロンザイト殿を捕らえた事を把握しているものだと思われます」
「……」
カイトが僅かに動かした視線に、カルコスもまた少しだけ視線を動かした。すると、そちらには僅かに光る何かがあった。鏡を使って部屋を覗いている者が居たのである。
カイトの力量から、魔術は危険と判断したのだろう。物理的な監視をするつもりらしかった。そうしてカイトの言っている事が本当であると理解した彼は、即座に視線を戻す。
「そこから考えるに、おそらく彼らは足跡を洗い出した事でしょう。彼らにとって件の採掘場は最重要施設。情報の露呈を許すとは、思えません」
「……つまりは、我々も狙われると」
「……はい。遠からず、奴らはブロンザイトを殺して知らぬ存ぜぬを通す」
僅かに顔を青ざめたカルコスの言葉をカイトも認め、その先を更に彼へと告げる。これは確定と見ていた。今はまだ悩んでいるだろうが、それも後数日という所だろう。
彼らにとって輝鉄鉱の採掘場はそれだけ重要な施設だからだ。今はまだ足跡を洗い流しているだけで、それが終わればすぐにでも判断が下される。それが、カイトの読みだった。
「その際には、おそらく貴方方も口封じをしようとするかもしれません。私は、その危機をお知らせしに参りました」
「そうでしたか……ありがとうございます。それで……何か策はありますか?」
「一つだけ。これから半月の間、警護は何時もより厳重になさってください。貴方に何かをしていただく事はありません。ただ、私はブロンザイト殿に代わり危険をお知らせに参らせて頂いただけです」
「わかりました。信頼の置ける者に密かに、守って貰います」
どうやら、カルコスはカイトの助言に素直に従う事にしたようだ。まぁ、これは従わない道理がない。従わねば陰謀に巻き込まれて死ぬだけだ。
「そうして下さい。ブロンザイト殿が捕らえられ、すでに一ヶ月が経とうとしています。彼の事だ。長く捕らえられているとは、思えません。この案件はこの半月の間に、おそらく決着を見る事になるでしょう。ですがもし新聞に何らかの記事が出ても、一週間は警戒を」
「わかりました」
カイトのさらなる助言に、カルコスは再度頷いた。そうして頭を下げて急ぎその場を辞そうとしたカイトへと、カルコスが問いかける。
「そう言えば、天音さん」
「なんですか?」
「その採掘場の場所は、ご存知なのですか?」
「……これからブロンザイトの足跡を辿るつもりです。何かご存知ですか?」
カルコスの問いかけにカイトは首を振る。無論、これは嘘だ。が、完全に嘘ではない。足跡を辿るのは事実だ。あれほどの巨大な採掘場を情報屋ギルドが掴んでいないはずがない。ただ国家の暗部故に迂闊に手を出せないだけだ。
が、ソラ達を救い出す為には、一戦交えねばどうにもならない。故にカイトはティナ率いる本隊には強襲作戦を立案させており、きちんと準備も整えていた。
「いえ……私も噂だけは、耳にした事があるという程度です。が、この北部の山脈地帯のどこかにあるという事だけは、分かっています。無論、そんなものは考えれば分かる物ではありますが……」
「いえ、それでも半分に絞れるだけ、有り難い。では、失礼します」
「いえ……ご武運を」
頭を下げたカイトに対して、カルコスもまた頭を下げる。そうして、三人はカルコスの宿を後にする。
「さて……ここからが面倒だな」
「行くか?」
「いや、まだ一気にはいかない。先輩、魅衣から貰った呪符は?」
「ああ……きちんと準備出来ている」
カイトの問いかけに、瞬は肌身離さず持っていた呪符を握りしめる。これは変わり身を作る力のあるもので、今回の作戦に備えて魅衣が作ったものだ。性能は量産品よりも数段上だった。よほど近づかれない限りは、暫くはなんとかなる。
「良し……今から一番近い竜車にそれを乗せる。気付かれた頃には、オレ達は山の中だ」
「わかった」
「ユリィ……偽装は頼む」
「イエッサー」
カイトの指示に瞬とユリィが頷いた。ここからは、隠密行動だ。急ぐ必要はあるが、焦って下手を打ちたくはなかった。そうして、三人は竜車に尾行が乗り込んだのを見届けて、密かにロツの街を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1641話『受け継がれし意思』




